「読解力」が下がっているというけれど、そもそも読解力とは何か?—PISA・OECDと現場のずれ
ニュースでよく聞く「読解力の低下」とは
PISAの調査結果が話題になる理由
「日本の読解力が下がった」といったニュースを、耳にしたことのある人も多いのではないでしょうか。これは、OECDが3年に一度行っている国際的な学力調査「PISA(ピサ)」の結果に基づくもので、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3領域が対象です。
このPISAの調査結果は、各国の教育政策にも影響を与えるほど注目されており、日本では特に「読解力」の順位変動がメディアで大きく取り上げられます。
「読解力が下がった」とは何を意味するのか
しかし、そもそも「読解力が下がった」とは、何をもってそう言えるのでしょうか? 単に国語の平均点が下がったという話ではありません。PISAの読解力とは、日常生活における情報の理解・活用力を広くとらえた概念であり、その中身を理解することで「なぜこの議論が起きているのか」が見えてきます。
そもそも「読解力」とは何を指すのか
国語の成績と同じではない?
「読解力」という言葉は、国語の読解問題が得意かどうかという印象を持たれがちですが、それだけではありません。たとえば、ニュース記事を読んで要点を把握する力、複数の資料を読み比べる力、文章の前提を疑う力なども、読解力に含まれます。
情報の取捨選択・解釈・評価まで含む力
現代における読解力とは、「文章を正確に読む力」だけでなく、「必要な情報を見つける力」「意味を構築する力」「意見を比較・評価する力」など、より複雑で実践的なリテラシーを指しています。
OECDが考える「読解力」の定義
PISAで測定される3つの読解的活動
PISAでは、読解力を以下の3つの活動に分類しています:
– 情報を「探し出す」
– 内容を「理解する」
– 文脈に応じて「評価し、考察する」
つまり、読解力とは単なる読字力や意味把握力ではなく、文書を使ってタスクをこなす力、問題解決に使える知的ツールとしての能力なのです。
リテラシーとしての読解力=生きる力
OECDは読解力を「社会に参加するための基礎能力」ととらえており、新聞、ネット記事、説明書、掲示物、規則など、日常的に触れるあらゆる“テキスト”に対応できる力が求められています。
PISA調査が示す“問題の設計思想”
「正解を出す」よりも「意味を構築する」
PISAの問題は、与えられた文章に対して「どのように読んだか」が問われるものが多く、正解を暗記しているかどうかではなく、自分の頭で情報を組み立てられるかが問われます。
複数資料の比較・矛盾の整理が問われる
たとえば、架空のウェブサイトやブログ投稿を読み比べて、主張の違いや信頼性を判断するといった問題が出題されます。こうした形式は、既存の「読解力」とは大きく異なる視点を求めてきます。
現場の国語教育とのギャップ
教科書重視の構造と記述式問題の少なさ
日本の学校教育では、依然として「本文をよく読んで、正しく答える」型の読解指導が主流です。PISA型の問題に比べて、文章の出典が限られ、答えの形式も定型化されています。
「問いに答える力」と「問題を読む力」の違い
現場では、与えられた設問に正確に答える訓練はされても、「問題文そのものを読み解く力」や、「情報の整理・批判的理解」といったPISA的読解力は後回しにされがちです。
学校現場で起きている混乱
「読解力を育てろ」という圧と手段の不在
PISAで順位が下がれば、現場には「読解力を伸ばせ」という圧力がかかります。しかし、どうすれば育つのか、何を教えればよいのかという具体策が不足しているのが現実です。
教員の指導スキルと制度のねじれ
記述式問題への対応、複数資料の読解、主観を含んだ文章評価などは、教員側にも高度なスキルが求められます。しかし、その研修や時間が十分に確保されているとは言いがたく、制度と現実の間にねじれが生じています。
子どもたちは本当に読めていないのか
音読や語彙はできているのに意味が取れない
文を正しく読める、言葉の意味もわかっている。それでも「何を言いたいかがわからない」と感じる子どもが増えています。これは「単語」と「文脈」をつなげる力がうまく働いていない状態です。
「文脈のない読み方」に潜む限界
授業では「本文から探して抜き出そう」という指導が多く、「この文章が書かれた背景」「筆者の立場」「読者との関係性」といった文脈的な読みを育てる機会が乏しいため、深い理解につながりにくいという側面があります。
デジタル時代の読解力とは何が違う?
スクリーンでの読みと紙の読みの違い
紙の文章では前後の文脈を行き来しながら読むことができますが、デジタル環境では「情報の洪水」の中から素早く意味を拾う力が求められます。読むスピードと深さのバランスが変化しているのです。
情報を「つなぐ力」としての読解
ひとつの文章を読むだけでなく、リンク先や他の情報源も含めて「意味の地図」を描く力が、現代の読解力には必要です。これは、従来の“読解”を超える、情報リテラシーの領域に接近しています。
家庭環境と読解力の関係
読書習慣・会話量・ニュースへの接触
家庭でどれだけ本に触れているか、大人とどんな会話をしているか、ニュースや時事問題にどれだけ関心があるか。これらは読解力の下地となる「言語の経験値」を大きく左右します。
文化資本としての「言葉に触れる機会」
読解力は単なるスキルではなく、文化資本の一部として蓄積されます。言葉に囲まれた環境で育つことが、後の理解力や表現力を大きく左右するのです。
読解力を支える周辺スキル
語彙力・背景知識・論理構成の理解
読解力は一つの能力ではなく、複数の力の合成物です。語彙の豊富さ、背景となる知識、文章構造を把握する力などが支え合って、初めて意味のある読みが可能になります。
学力よりも“読みの体力”が問われる
長い文章、複数の文書、難解な構成に耐えて読み進める“持久力”も必要です。単に読み方を知っているだけではなく、読み続ける集中力や習慣が読解力の土台を支えています。
「読解力の低下」をどう受け止めるか
過去との単純比較では見えない構造
「昔に比べて読解力が落ちた」と言われますが、読む文章の種類や量、社会の情報環境が大きく変わっている以上、単純な比較は意味をなしません。読解力の“質”そのものが変化しているのです。
読解力を“テスト”以外で捉える視点
ペーパーテストでは見えない読解力もあります。プレゼンで他者の意見を聞きながら議論を深める力、複雑な情報を自分なりに整理して発信する力も、現代における重要な「読解」のかたちです。
読み直す:私たちが目指す「読み」の力
正解を当てる力から「意味を探る力」へ
読解力のゴールは、設問の正解を当てることではありません。むしろ、「自分はこの文章から何を読み取ったか」「それはどんな根拠に基づいているか」を考え抜く力が問われているのです。
読解力を問い直すことが教育を問い直す
「読解力が下がっている」という話題に出会ったとき、私たちはまず、「読解力とは何か?」という問いに立ち返るべきなのかもしれません。それは単に学力の話ではなく、教育の本質にかかわる問いなのです。