「読解力」が下がっているというけれど、そもそも読解力とは何か?—PISA・OECDと現場のずれ

雑学・教養

「読解力」が下がっているというけれど、そもそも読解力とは何か?—PISA・OECDと現場のずれ

  1. ニュースでよく聞く「読解力の低下」とは
    1. PISAの調査結果が話題になる理由
    2. 「読解力が下がった」とは何を意味するのか
  2. そもそも「読解力」とは何を指すのか
    1. 国語の成績と同じではない?
    2. 情報の取捨選択・解釈・評価まで含む力
  3. OECDが考える「読解力」の定義
    1. PISAで測定される3つの読解的活動
    2. リテラシーとしての読解力=生きる力
  4. PISA調査が示す“問題の設計思想”
    1. 「正解を出す」よりも「意味を構築する」
    2. 複数資料の比較・矛盾の整理が問われる
  5. 現場の国語教育とのギャップ
    1. 教科書重視の構造と記述式問題の少なさ
    2. 「問いに答える力」と「問題を読む力」の違い
  6. 学校現場で起きている混乱
    1. 「読解力を育てろ」という圧と手段の不在
    2. 教員の指導スキルと制度のねじれ
  7. 子どもたちは本当に読めていないのか
    1. 音読や語彙はできているのに意味が取れない
    2. 「文脈のない読み方」に潜む限界
  8. デジタル時代の読解力とは何が違う?
    1. スクリーンでの読みと紙の読みの違い
    2. 情報を「つなぐ力」としての読解
  9. 家庭環境と読解力の関係
    1. 読書習慣・会話量・ニュースへの接触
    2. 文化資本としての「言葉に触れる機会」
  10. 読解力を支える周辺スキル
    1. 語彙力・背景知識・論理構成の理解
    2. 学力よりも“読みの体力”が問われる
  11. 「読解力の低下」をどう受け止めるか
    1. 過去との単純比較では見えない構造
    2. 読解力を“テスト”以外で捉える視点
  12. 読み直す:私たちが目指す「読み」の力
    1. 正解を当てる力から「意味を探る力」へ
    2. 読解力を問い直すことが教育を問い直す

ニュースでよく聞く「読解力の低下」とは

PISAの調査結果が話題になる理由

「日本の読解力が下がった」といったニュースを、耳にしたことのある人も多いのではないでしょうか。これは、OECDが3年に一度行っている国際的な学力調査「PISA(ピサ)」の結果に基づくもので、読解力・数学的リテラシー・科学的リテラシーの3領域が対象です。

このPISAの調査結果は、各国の教育政策にも影響を与えるほど注目されており、日本では特に「読解力」の順位変動がメディアで大きく取り上げられます。

「読解力が下がった」とは何を意味するのか

しかし、そもそも「読解力が下がった」とは、何をもってそう言えるのでしょうか? 単に国語の平均点が下がったという話ではありません。PISAの読解力とは、日常生活における情報の理解・活用力を広くとらえた概念であり、その中身を理解することで「なぜこの議論が起きているのか」が見えてきます。

そもそも「読解力」とは何を指すのか

国語の成績と同じではない?

「読解力」という言葉は、国語の読解問題が得意かどうかという印象を持たれがちですが、それだけではありません。たとえば、ニュース記事を読んで要点を把握する力、複数の資料を読み比べる力、文章の前提を疑う力なども、読解力に含まれます。

情報の取捨選択・解釈・評価まで含む力

現代における読解力とは、「文章を正確に読む力」だけでなく、「必要な情報を見つける力」「意味を構築する力」「意見を比較・評価する力」など、より複雑で実践的なリテラシーを指しています。

OECDが考える「読解力」の定義

PISAで測定される3つの読解的活動

PISAでは、読解力を以下の3つの活動に分類しています:

– 情報を「探し出す」
– 内容を「理解する」
– 文脈に応じて「評価し、考察する」

つまり、読解力とは単なる読字力や意味把握力ではなく、文書を使ってタスクをこなす力、問題解決に使える知的ツールとしての能力なのです。

リテラシーとしての読解力=生きる力

OECDは読解力を「社会に参加するための基礎能力」ととらえており、新聞、ネット記事、説明書、掲示物、規則など、日常的に触れるあらゆる“テキスト”に対応できる力が求められています。

PISA調査が示す“問題の設計思想”

「正解を出す」よりも「意味を構築する」

PISAの問題は、与えられた文章に対して「どのように読んだか」が問われるものが多く、正解を暗記しているかどうかではなく、自分の頭で情報を組み立てられるかが問われます。

複数資料の比較・矛盾の整理が問われる

たとえば、架空のウェブサイトやブログ投稿を読み比べて、主張の違いや信頼性を判断するといった問題が出題されます。こうした形式は、既存の「読解力」とは大きく異なる視点を求めてきます。

現場の国語教育とのギャップ

教科書重視の構造と記述式問題の少なさ

日本の学校教育では、依然として「本文をよく読んで、正しく答える」型の読解指導が主流です。PISA型の問題に比べて、文章の出典が限られ、答えの形式も定型化されています。

「問いに答える力」と「問題を読む力」の違い

現場では、与えられた設問に正確に答える訓練はされても、「問題文そのものを読み解く力」や、「情報の整理・批判的理解」といったPISA的読解力は後回しにされがちです。

学校現場で起きている混乱

「読解力を育てろ」という圧と手段の不在

PISAで順位が下がれば、現場には「読解力を伸ばせ」という圧力がかかります。しかし、どうすれば育つのか、何を教えればよいのかという具体策が不足しているのが現実です。

教員の指導スキルと制度のねじれ

記述式問題への対応、複数資料の読解、主観を含んだ文章評価などは、教員側にも高度なスキルが求められます。しかし、その研修や時間が十分に確保されているとは言いがたく、制度と現実の間にねじれが生じています。

子どもたちは本当に読めていないのか

音読や語彙はできているのに意味が取れない

文を正しく読める、言葉の意味もわかっている。それでも「何を言いたいかがわからない」と感じる子どもが増えています。これは「単語」と「文脈」をつなげる力がうまく働いていない状態です。

「文脈のない読み方」に潜む限界

授業では「本文から探して抜き出そう」という指導が多く、「この文章が書かれた背景」「筆者の立場」「読者との関係性」といった文脈的な読みを育てる機会が乏しいため、深い理解につながりにくいという側面があります。

デジタル時代の読解力とは何が違う?

スクリーンでの読みと紙の読みの違い

紙の文章では前後の文脈を行き来しながら読むことができますが、デジタル環境では「情報の洪水」の中から素早く意味を拾う力が求められます。読むスピードと深さのバランスが変化しているのです。

情報を「つなぐ力」としての読解

ひとつの文章を読むだけでなく、リンク先や他の情報源も含めて「意味の地図」を描く力が、現代の読解力には必要です。これは、従来の“読解”を超える、情報リテラシーの領域に接近しています。

家庭環境と読解力の関係

読書習慣・会話量・ニュースへの接触

家庭でどれだけ本に触れているか、大人とどんな会話をしているか、ニュースや時事問題にどれだけ関心があるか。これらは読解力の下地となる「言語の経験値」を大きく左右します。

文化資本としての「言葉に触れる機会」

読解力は単なるスキルではなく、文化資本の一部として蓄積されます。言葉に囲まれた環境で育つことが、後の理解力や表現力を大きく左右するのです。

読解力を支える周辺スキル

語彙力・背景知識・論理構成の理解

読解力は一つの能力ではなく、複数の力の合成物です。語彙の豊富さ、背景となる知識、文章構造を把握する力などが支え合って、初めて意味のある読みが可能になります。

学力よりも“読みの体力”が問われる

長い文章、複数の文書、難解な構成に耐えて読み進める“持久力”も必要です。単に読み方を知っているだけではなく、読み続ける集中力や習慣が読解力の土台を支えています。

「読解力の低下」をどう受け止めるか

過去との単純比較では見えない構造

「昔に比べて読解力が落ちた」と言われますが、読む文章の種類や量、社会の情報環境が大きく変わっている以上、単純な比較は意味をなしません。読解力の“質”そのものが変化しているのです。

読解力を“テスト”以外で捉える視点

ペーパーテストでは見えない読解力もあります。プレゼンで他者の意見を聞きながら議論を深める力、複雑な情報を自分なりに整理して発信する力も、現代における重要な「読解」のかたちです。

読み直す:私たちが目指す「読み」の力

正解を当てる力から「意味を探る力」へ

読解力のゴールは、設問の正解を当てることではありません。むしろ、「自分はこの文章から何を読み取ったか」「それはどんな根拠に基づいているか」を考え抜く力が問われているのです。

読解力を問い直すことが教育を問い直す

「読解力が下がっている」という話題に出会ったとき、私たちはまず、「読解力とは何か?」という問いに立ち返るべきなのかもしれません。それは単に学力の話ではなく、教育の本質にかかわる問いなのです。