ラベリング理論とは?「名前の貼り方」が行動を変える心理構造

雑学・教養
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ラベリング理論とは?「名前の貼り方」が行動を変える心理構造

なぜ「ラベル」が人の行動に影響するのか

社会学・心理学が注目する「名づけの作用」

「問題児」「優等生」「変わり者」「落ちこぼれ」──
こうしたラベルが貼られたとき、人はそれをただの言葉として受け流せるでしょうか。

ラベリング理論(Labeling Theory)は、**“人に与えられるラベル(呼び名・評価)が、その人自身の行動や自己像に影響を与える”**という社会的現象を扱う理論です。
この考え方は、1950〜60年代にかけて、犯罪学や教育、社会心理学の分野で注目されました。

“犯罪者”“不良”と呼ばれたときに起きること

たとえば、ちょっとした違反行為をした若者に「お前は問題児だ」と言い続けたとき、本人がその言葉を内面化して、**“問題児として”行動し始めてしまう**ことがあります。
これは単なる評価ではなく、ラベルそのものが行動の枠組みを決定づけてしまうことを意味します。

このように、**社会が与えるラベルが、人の行動や社会的役割を形作ってしまう可能性がある**──それがラベリング理論の出発点です。

ハワード・ベッカーとエドウィン・レマーの視点

逸脱行動の第一段階と第二段階の違い

この理論を発展させた代表的な社会学者のひとりが、ハワード・ベッカーです。
彼は著書『アウトサイダーズ』(1963)で、逸脱行動(規範から外れた行為)に対して「ラベリングされること」が果たす役割に注目しました。

ベッカーによると、人は初めから“逸脱者”であるわけではなく、**社会が「それは逸脱だ」と判断したときに逸脱者として位置づけられる**といいます。

この視点は、先行する研究者エドウィン・レマーの「一次逸脱(二次逸脱)」という区分にもつながります。
– 一次逸脱:本人が特に逸脱と認識していない行為
– 二次逸脱:社会的に逸脱とみなされ、本人もそれを自認して行動が強化される段階

つまり、**ラベルが貼られることで“本当の意味で”逸脱が始まる**という見方です。

ラベリングが社会的役割を固定するプロセス

この理論の興味深い点は、ラベルが「予測」ではなく「形成」の役割を持つということです。
たとえば、「万引き常習犯」と名指しされることで、その人物がそれまで一度きりの行為だったにもかかわらず、今後も同様の行動をとるようになってしまうという構造が生まれます。

ラベリング理論では、このように**外部からの評価がアイデンティティと行動のパターンに直接影響を与える**ことが、社会的問題の温床となる可能性を指摘しています。

ラベリングが“行動を生み出す”理由とは

他者の視線と自己認識の相互作用

なぜ、ラベルはこれほど強く行動に影響を与えるのでしょうか。

その背景には、人間が**「他者の視線」を通して自分自身を見つめる**という社会的性質があります。
たとえば、「君は頼りになる」と繰り返し言われた人は、その期待に応えるように振る舞い始めることがあります。
逆に「お前はダメだ」と繰り返されれば、その枠の中で自分を定義してしまうこともあります。

このようなプロセスは、**ラベルが“期待”として伝達され、それに応じた行動が引き出される**という点で、前回扱ったローゼンタール効果にも通じる部分があります。

「レッテル」がアイデンティティに変わるまで

ラベルの影響は、一時的なものにとどまらず、**本人の自己認識そのものを変えてしまう**ことがあります。

「不良」「発達が遅い」「被害者気質」「お調子者」など、反復的に使われる呼称は、**やがて“自分とはそういう人間だ”という認識**につながり、行動の傾向を固定してしまうことがあります。

この構造が続くと、他者からも「やっぱりあの人はそういう人だ」と認識されるようになり、社会的にもそのラベルが“事実”として扱われるようになります。

教育・司法・医療などでの応用と懸念

子どもへの評価、再犯者への対応における影響

ラベリング理論は、教育や福祉、司法の現場でもたびたび引用されます。
たとえば、学校における通知表のコメントや指導者の発言が、生徒の自己イメージに大きく作用することはよく知られています。

また、刑事司法の分野では、**再犯リスクのある人物を「犯罪者」として扱い続けることが、社会的な排除や行動の強化を招く**という懸念があります。

医療や障害分野においても、「うつ病患者」「発達障害者」といった表現が、必要な支援と同時にラベリング効果を持つことがあり、その扱い方が問われています。

ラベリングを回避・再構築する視点も

こうした背景から、近年ではラベルの影響を最小限にとどめるためのアプローチも模索されています。

たとえば、
– **「○○がある人」という表現でラベルを主語にしない**
– **特定の行動だけに焦点を当て、「その人全体」を規定しない**
– **一度貼られたラベルを再検討・更新する機会を設ける**

など、ラベルが固定的な枠組みとして使われないよう配慮する実践も増えています。

まとめ:「名づけ」が行動に影響する構造をとらえる

ラベルは説明か、予言か、あるいは枠組みか

ラベリング理論は、言葉が単なる「記述」ではなく、**人の行動と社会的役割を形づくる“力”を持ちうる**ことを示しています。

あるラベルが事実を説明するだけでなく、その人の将来をも方向づけてしまうことがある──
その構造を理解することは、日常の中で用いる「呼び名」や「評価」の重みを見直す視点にもなります。

個人と社会のあいだにある“認識の橋渡し”として

私たちは、他者からの認識によって自分を見つめ、自分自身のラベルを受け入れることもあれば、抵抗することもあります。
そのプロセスを丁寧に捉えることは、**「行動の原因」を内面だけでなく、社会的関係性の中に位置づけ直す**試みにもつながります。

ラベリング理論は、人間の行動が“名づけられること”とどのように結びついているのかを見つめるひとつの視点を提示しています。