「期待」で成績が変わる?ローゼンタール効果の実験
「期待」はただの気持ちか、それとも影響力か
心理学が注目した“予言の自己成就”という概念
人は誰かから何かを“期待されている”と感じたとき、その影響をどのくらい受けているのでしょうか。
この疑問に正面から取り組んだのが、アメリカの心理学者ロバート・ローゼンタールです。
ローゼンタールは、**「予言の自己成就(self-fulfilling prophecy)」**という社会学の概念に注目しました。
これは、「ある期待や予想があると、それにふさわしい行動が引き出され、結果として予言が“本当”になる」という現象です。
この理論を教育の場で検証するために行われたのが、いわゆる「ローゼンタール効果(Rosenthal effect)」を示した実験です。
教育現場で観察された「期待と成果」の関係
教育において、教師が「この生徒は伸びる」と思って接することが、実際にその生徒の成績や態度に影響を与えるのではないか──
そうした仮説は長年にわたって議論されてきました。
ただ、従来はその影響が直感的に語られることが多く、実験によって確かめられた例はほとんどありませんでした。
ローゼンタールの実験は、この関係を実証しようとした点で画期的なものでした。
ローゼンタールとジェイコブソンの実験
架空のIQテストで教師に「伸びる子」を示唆
この実験は1960年代、カリフォルニア州の公立小学校で行われました。
ローゼンタールと教育学者レノア・ジェイコブソンは、教師に対して「学力とは別の新しい知能検査を行い、“今後学力が著しく伸びる可能性のある生徒”を特定する」と説明します。
実際には、そのテストはまったくのダミーで、成績とは無関係にランダムで選ばれた生徒の名前が、教師に「伸びる可能性が高い生徒」として伝えられました。
数か月後に“示唆された生徒”の成績が実際に向上
その後、数か月間にわたって通常の授業が行われたのち、全生徒の学力を再テストした結果、**“伸びる”と伝えられていた生徒たちの成績が、他の生徒よりも実際に大きく向上していた**ことが判明しました。
特に、もともとの成績や能力に関係なく、ランダムに選ばれた生徒であっても、教師の期待がかけられていたことによってパフォーマンスが向上した点が注目されました。
この結果は、教師の“期待”という要因が、学力のような客観的に測られる成果にまで影響を及ぼす可能性を示したものとして、大きな議論を呼びました。
「教師の態度」が生徒に与える具体的な影響とは
話しかけ方、まなざし、フィードバックの違い
では、教師の“期待”はどのようにして生徒に伝わるのでしょうか。
研究では、次のような教師のふるまいが変化していた可能性が指摘されています。
– 声をかける頻度が高まる
– 難しい質問にも挑戦させる
– 小さな成功をしっかり褒める
– 目を見て話す、うなずくなどの肯定的な非言語反応
こうした行動の積み重ねが、特定の生徒に対して「あなたには能力がある」と伝えるシグナルとなり、結果的に生徒の行動や自信に影響を与えたのではないかと考えられています。
生徒の側の自己認識や行動変化の兆候
一方、生徒側でも、「先生に注目されている」「自分は期待されている」と感じることで、**自発的に課題に取り組む姿勢が強まったり、集中力が増したりする**傾向が報告されています。
つまり、**期待されることが、自信とやる気を生み出し、結果として本当に成果が上がる**というループが成立していた可能性があります。
ローゼンタール効果の応用と関連研究
教育以外の場面:上司・親・リーダーと部下
この効果は教育の場面にとどまりません。
企業におけるマネジメントや、家庭での子育て、さらにはスポーツや医療の現場でも、**「相手に対してどのような期待を持って接するか」が、相手の行動を変化させる**という報告があります。
たとえば、部下に対して「この仕事、君ならできると思ってる」と伝えたときと、「できるかどうか分からないがやってみて」と伝えたときでは、その後の行動や取り組み方に差が出ることがあるのです。
ピグマリオン効果との違いと重なり
ローゼンタール効果は、より広い文脈では「ピグマリオン効果(Pygmalion effect)」とも呼ばれます。
これは、ギリシャ神話の彫刻家ピグマリオンが、自ら彫った像に恋し、それが本当に命を持ったという話に由来します。
どちらの用語も「期待が現実に影響を与える」という点では共通していますが、**ローゼンタール効果は主に実験的な現象名として、ピグマリオン効果はより一般的な社会現象やメタファーとして使われることが多い**傾向にあります。
まとめ:期待がもたらす変化の構造を見つめて
どこまでが外部からの影響で、どこからが内発か
ローゼンタール効果は、行動や成果が「期待されること」によって変化しうるという可能性を示しました。
ただし、その変化がどこまで“外部から与えられたもの”なのか、それとも“自分自身の中にあった力が引き出された”ものなのか──
その境界線は曖昧であり、単純に割り切れるものではありません。
観察されること、期待されることが持つ作用
注目されること、見守られること、信じられること。
それらが人の行動にどのような影響をもたらすかを観察することは、人間の社会的な側面を理解するうえで重要なヒントを与えてくれます。
ローゼンタール効果の実験は、「他者の認識が、現実の行動を形作る」という視点を心理学にもたらしました。
そこから何を読み取るかは、今も多くの場面で問われ続けています。