ハヤシライスの起源と歴史——名前の由来が今も謎の明治洋食

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ハヤシライスは牛肉と玉ねぎをデミグラスソースで煮込んでご飯にかけた日本の洋食で、明治時代に誕生したとされています。名前の由来については複数の説があり、「林(ハヤシ)さんが考案した」「ハッシュドビーフが変化した」など今も確定していません。カレーライスと並ぶ「ご飯にかけるルウ料理」として、日本の洋食文化を代表する一皿です。

ハヤシライスの歴史——年表

ハヤシライスが誕生し、家庭料理として定着するまでをまとめました。

時期できごと
1872年頃(明治5年)丸善創業者・早矢仕有的(はやし ゆうてき)が考案したという説が有力。東京・日本橋で提供され始める
明治中期〜後期洋食店のメニューとして広まる。「ハヤシライス」という名称が定着し始める
大正〜昭和初期カレーライスと並ぶ「ご飯にかけるルウ料理」として家庭に普及
1960年代ハウス食品・エスビー食品がハヤシライスのルウを発売。家庭での調理が手軽に
現代洋食店・ファミレス・家庭料理として定着。カレーほどの普及度はないが、根強い人気を持つ

カレーライスが「国民食」と呼ばれるほど普及したのに対し、ハヤシライスは「洋食の定番」として上品なポジションを維持しています。

発祥——名前の由来をめぐる3つの説

有力説①:丸善創業者・早矢仕有的が考案

最も広く知られる説は、丸善(書籍・文具の老舗)の創業者・早矢仕有的(はやしゆうてき、1837〜1901年)が考案したというものです。早矢仕が友人をもてなすために牛肉と野菜をご飯にかけた料理を作り、それが「ハヤシ(早矢仕)ライス」として広まったとされています。明治5年(1872年)頃のことで、現在の丸善丸の内本店でも「元祖ハヤシライス」として提供されているのです。

有力説②:「ハッシュドビーフ」が変化した

英語の「Hashed Beef(ハッシュドビーフ)」が日本語に取り込まれる際に「ハシドビーフ」→「ハヤシ」と変化したという説もあります。「ハッシュ(Hash)」とは肉を細かく刻むという意味で、ハヤシライスの原型に近い西洋料理の調理法です。明治時代の洋食普及の過程で外来語が日本語化された例として、この語源変化説も根拠のある仮説とされています。

ハヤシライスの特徴——カレーライスとの違い

同じ「ご飯にかけるルウ料理」として並び称されるカレーライスとの違いをまとめました。

項目ハヤシライスカレーライス
ベースのソースデミグラスソース(洋風ブラウンソース)カレー粉・スパイスベース
主な具材牛肉・玉ねぎが中心。マッシュルームも定番肉(牛・豚・鶏)・じゃがいも・にんじん・玉ねぎ
味の特徴コクのある深い旨み。辛みはほぼなしスパイスの辛みと複雑な香りが特徴
家庭普及度カレーに比べると頻度は少ない週1回以上食べる家庭も多い国民食

ハヤシライスはデミグラスソースの深いコクが特徴で、じっくり煮込むほど旨みが増します。カレーよりも「洋食レストランの味」というイメージが強い料理です。

ハヤシライスのルウのイラスト

豆知識——丸善の「元祖ハヤシライス」と缶詰の歴史

丸善で食べられる「元祖ハヤシライス」

丸善の書店内に入っているレストランでは「早矢仕ライス」として創業者ゆかりのハヤシライスを提供しているのです。東京・丸の内の丸善本店のほか、複数の店舗で食べられます。本屋に入っているレストランで「元祖」料理を食べられるという組み合わせは珍しく、本好きと食通の両方から親しまれています。

ハヤシライスの缶詰は明治時代から

ハヤシライスの缶詰が日本で製造されるようになったのは明治時代後期のことです。兵食・保存食として缶詰技術が発展した時代に、ハヤシライスも缶詰化されました。現在でもハヤシライスの缶詰・レトルトパウチは多くのメーカーが製造しており、「いつでも手軽に食べられる洋食」の代名詞として受け継がれているのです。

名前の由来が今も謎のまま残っているハヤシライスは、明治の洋食文化がいかに庶民の生活に溶け込んでいったかを物語る料理です。カレーライスの陰に隠れがちですが、デミグラスソースの深いコクは一度食べたら忘れられないでしょう。