「公園の遊具が減っている」のはなぜ?—安全基準と時代の変化をたどる
はじめに:いつの間にか“遊具が消えている”現実
すべり台、ジャングルジム…減った実感は本当か
「昔はもっと公園に遊具があったのに…」という声は、世代を問わず多くの人が感じているものです。ブランコ、うんてい、すべり台、回転遊具、登り棒…記憶の中の風景にあった遊具のいくつかが、今や影も形もないということも少なくありません。
単なる気のせいではない、実際に起きている変化
これは“懐かしさの錯覚”ではなく、実際に全国で起きている現象です。遊具の撤去や未更新が進み、公園の姿が変わりつつあるのは事実。では、その背景には何があるのでしょうか?
全国で遊具はどう変わってきたのか
ブランコ・うんてい・回転遊具などの減少傾向
国土交通省や地方自治体の調査によれば、特に2000年代以降、老朽化した遊具の撤去が急増しています。対象になっているのは、ブランコ、ジャングルジム、回転遊具など。とくに“落下”や“巻き込み”のリスクがある遊具が目立ちます。
“複合遊具”や“ネット遊具”への置き換えも進行中
一方で、撤去された遊具の代わりに設置されているのは、より安全性を重視した低いすべり台や、ネット型の登り構造を持つ“冒険型複合遊具”です。ただし、設置費用が高いため、すべての公園に導入できるわけではありません。
砂場も姿を変えつつある
猫対策・衛生対策で“柵つき・鍵つき”砂場へ
遊具と同様に変化しているのが砂場です。猫のふん尿問題やゴミの不法投棄といった衛生問題により、金網や柵で囲んだ“閉じられた砂場”が増えています。地域によっては施錠されていて、使用時に管理者へ連絡が必要な場所もあります。
地域によっては完全撤去や芝生化も
メンテナンスの手間やトラブル防止のために、砂場自体を撤去して芝生や花壇に変えてしまう例もあります。公園は単なる遊び場ではなく、管理と責任が求められる“公共インフラ”として扱われているのです。
安全基準の強化と古い遊具の撤去
JIS基準の変更が“再設計か撤去か”の判断に
遊具の設計にはJIS(日本産業規格)の安全基準が定められています。2002年と2014年に大きな改定があり、「転落防止」「指詰まり防止」などの基準が厳格化されました。既存の遊具がこれに適合していない場合、撤去か更新が求められます。
回転ジャングルジムや登り棒が“基準外”に
基準変更の影響で、特に高所性・回転性の遊具が“基準外”となり、撤去対象になりました。かつての定番遊具であった登り棒や回転遊具が姿を消していったのは、こうした制度的な背景があります。
事故・訴訟リスクと自治体の対応
“想定外の使い方”でも責任を問われる時代
事故が起きた場合、遊具の設置者(=多くは自治体)が責任を問われるケースが増えています。たとえ“想定外”の遊び方だったとしても、「危険を予見して防げなかったか」が問題視されるため、訴訟リスクを避けて撤去に踏み切る例が多くなっています。
安全対策よりも“撤去のほうが安い”という現実
安全対策や更新には莫大な費用がかかります。部品の調達や職人の確保も必要です。一方で、撤去には比較的安価な一時費用で済むことから、「事故が起こる前に撤去してしまおう」という判断が生まれやすい構造があります。
管理コストと行政の構造的課題
遊具の設置・管理は誰の仕事?公園の所管と責任分担
公園は基本的に市区町村の都市公園課などが所管しています。遊具の点検・修繕・更新も自治体の責任で行われるため、財政状況や職員体制によって“放置”や“撤去”の判断が大きく変わります。
市区町村が管理主体、点検・修繕には人手と予算が必要
多くの自治体では、遊具の専門点検を年1回以上行うことが求められています。点検項目は数十〜百項目に及び、外注すると数十万円単位の費用が発生。これがすべての公園にかかるため、現場では「壊れたら撤去」の選択が現実的となってしまうのです。
老朽化・部品の供給停止・人材不足という三重苦
加えて、古い遊具の部品は生産終了しているケースも多く、修理しようにも部品がない、対応できる業者がいないという事態も起きています。技術的・制度的な壁が、撤去を加速させる要因になっています。
“危ない遊び”は悪なのか?という価値観の変化
ケガも経験?それともリスク回避?
かつては「少々のケガは遊びのうち」とされていた価値観が、現代では「危ない=悪」という風潮に変わりつつあります。結果として、安全性が最優先されるようになり、「危険性のある遊具=排除対象」となる傾向が強まっています。
ゼロリスク社会が遊具を変えてきた
子どもの安全を守るという意図は当然としても、それが「ゼロリスク=危険の芽をすべて摘む」方向へと進んだことで、遊びの多様性や挑戦の機会が失われているという指摘もあります。
遊具が“遊び道具”から“事故のリスク源”へ
使い方の指導ではなく、“物そのものをなくす”方向へ
かつては「正しい使い方を教える」ことで安全を確保していた時代がありました。しかし現代では、使い方の多様性や保護者の不在も相まって、「危ないものは最初から置かない」という方向にシフトしています。
使用制限・対象年齢表示・ルール看板の増加
残された遊具にも「6歳未満使用禁止」「保護者同伴で遊んでください」などの注意書きが増えています。公園が“自由に遊べる場所”ではなく“管理された場所”になりつつあるのです。
公園の“多目的化”と遊具スペースの圧縮
健康器具・ドッグラン・ベンチ優先の設計へ
近年の公園は、子どもだけでなく高齢者やペットを含む“多世代利用”を意識した設計が主流になっています。その結果、スペースが限られた中で「遊具の優先度」が下がっているケースも少なくありません。
「子どもだけの場所」から「共用の空間」へ
子どもだけのための“冒険空間”から、共用スペースとしての“憩いの場”へ。これは都市設計の流れでもあり、遊具が減るのは“社会のニーズの変化”という側面も持っています。
安全と“遊びの自由”のバランスは取れるのか
欧州の“冒険遊び場”に学ぶ危険の許容
ドイツやデンマークなどでは、“壊れる前提”や“失敗する前提”で設計された冒険遊び場が多数存在します。一定のリスクを許容することで、子どもが自分で判断し、危険を学ぶ機会が得られるという考え方です。
“失敗前提”の遊具設計と日本の難しさ
日本でもこうした考え方を取り入れた取り組みが少しずつ始まっていますが、制度・責任・保険の面で実現が難しいのが現状。遊具設計にも“文化の違い”が反映されています。
工夫次第で残された遊具の事例もある
地域の声で補修・安全対策を行った事例
自治体によっては、住民の要望を受けて遊具を撤去せず、安全対策を施して継続使用する例もあります。ウレタンマットを敷く、フェンスをつける、周囲に説明看板を設置するなどの工夫がなされています。
PTAや住民による保全活動の可能性
地域によっては保護者会や住民団体が遊具点検を手伝い、簡単な補修を行って維持しているケースもあります。公園は“使う側の参加”によって守られる場でもあるのです。
まとめ:遊具が語る、社会と子どもの関係の変化
“なくなった理由”を知ることは未来の選択肢になる
遊具が減ったのは「誰かが悪いから」ではなく、時代の価値観・制度・安全基準・予算の総合的な結果です。その背景を知ることで、「どうするのがよいか」を私たちは考えることができます。
今の公園に、私たちはどんな姿を望むのか
単に“遊具を戻す”のではなく、“どんな公園を次世代に残したいのか”を問う視点が大切です。遊具の数は、その社会が子どもに何を期待し、どう育てたいかを映す鏡なのかもしれません。