「会うだけで好きになる?」ザイアンスの単純接触効果が示す“なじみの力”

雑学・教養

会うだけで好きになる?ザイアンスの単純接触効果が示す“なじみの力”

第一印象だけでは決まらない“好意”の仕組み

「何度も会ううちに好きになる」は本当か

誰かに対して、「最初は何とも思っていなかったけれど、何度も顔を合わせるうちに自然と好感を持った」──そんな経験はないでしょうか。
これは偶然ではなく、心理学では「単純接触効果(mere exposure effect)」として知られている現象です。

この効果は、1960年代にアメリカの心理学者ロバート・ザイアンスによって体系的に研究されました。
彼の研究は、人が“慣れたもの”に対してより好意を持ちやすくなるという傾向を実証し、好感形成の新たなメカニズムとして注目を集めました。

社会心理学が注目した“接触回数”の影響

それまでの研究では、相手に対する好意は「性格」や「共通点」といった内面的・論理的な要因に注目が集まっていました。
しかしザイアンスは、**相手が“どんな人か”を知る前の段階でさえ、ただ会う回数だけで好感度が上がる**ことに着目します。

この発見は、人間関係の形成、広告の効果、選挙活動など、広い領域で応用可能な知見として急速に影響を拡げていきました。

ロバート・ザイアンスによる単純接触効果の実験

無意味な文字や顔写真に対する好感度の変化

ザイアンスの実験は、被験者に無意味な文字列や外国語の単語、無名の顔写真などを提示することで行われました。
同じ刺激を複数回見せるグループと、初めて見る刺激を見せるグループに分け、それぞれに対して「どれくらい好感を持ったか」を評価させるというシンプルな方法です。

結果は明確でした。**意味のわからない文字であっても、何度も見たものの方が「好き」と評価される傾向**がはっきりと現れたのです。
つまり、「理解しているかどうか」に関係なく、“見慣れている”というだけで好感が生じるという現象が確認されました。

「知っている」というだけで評価が上がる理由

この効果は、人間の脳が「なじみのあるもの=安全」と判断する進化的な仕組みに由来している可能性があります。
初対面の人や未知の情報には警戒心が働きますが、繰り返し接すると「これは危険ではない」と認識され、警戒が解けていくのです。

この“警戒の解除”が、次第に「安心感」や「好感」に転じていく──それが単純接触効果の本質だと考えられています。

単純接触効果が成立する条件と限界

ネガティブな印象からの接触では逆効果になる?

単純接触効果は万能ではありません。
ザイアンス自身の研究でも、「最初の印象が非常に悪い場合は、繰り返し接することで好感が下がる場合もある」という結果が示されています。

たとえば、嫌悪感を持つ音や嫌いな顔、攻撃的な態度を持つ相手など、**初期に強いネガティブ反応を起こした対象**に対しては、接触回数が増えても逆に不快感が増す傾向があるとされています。

つまり、単純接触効果が働くには、「無関心〜中立」の範囲にある対象に対して行われることが前提条件となるのです。

“回数”だけでなく“気づかれ方”もカギになる

また、刺激が意識されているかどうかも重要な要素です。
繰り返し見ていることに気づかない場合でも効果はありますが、**あまりに短時間だったり、不自然な形で繰り返されたりすると効果が薄れる**こともあります。

さらに、「反復される対象の質」や「反復のリズム」なども単純接触効果の強度に影響を与える要因とされており、その後の研究によってさまざまな変数が検証されています。

研究の展開と関連する現象

「見慣れたものに安心する心理」の背景

この効果は、他の心理学的現象とも関係しています。
たとえば「保守性バイアス(status quo bias)」や「馴化(habituation)」なども、“なじみ”に対する安心感を基盤とした心理傾向と考えられます。

日常生活では、いつもと同じ道を選んだり、聞き慣れたBGMのほうが集中しやすかったりすることもあるでしょう。
これらも広義には単純接触効果と通じる心理反応とされます。

広告・選挙・日常行動への応用とその限界

広告や選挙ポスターなどで、何度も同じ名前やロゴを目にするのは、単純接触効果を狙った戦略です。
たとえ情報が詳細に伝わっていなくても、「見たことがある」というだけで候補への印象が柔らかくなることがあるのです。

ただし、この戦略も限界があります。
過剰な繰り返しや“不快な印象”と結びついた場合は逆効果になること、また情報が実際に検討される場面では他の要因が勝ることも多く、単純接触効果だけで説明できる現象は限定的であることがわかってきています。

まとめ:なじみがもたらす“快”の構造とは

知らないことより、知っていることの方が心地よい?

ザイアンスの研究は、人間の好意や判断がいかに“繰り返し”によって影響されるかを明らかにしました。
意味がわからないものにすら、見慣れることで親しみを感じるという結果は、意識よりも深い層で働く心理の存在を示しています。

単純な反復の中にある、人の判断の傾き

好意や安心は、時として理由ではなく「なじみ」によって生まれる。
そのしくみを理解することは、私たちの判断がどのように形作られているかを見直すきっかけになるかもしれません。

単純接触効果は、知識や感情よりも先に、心が環境に“なじむ”という感覚をとらえようとした心理学的アプローチのひとつです。