「終活」という言葉そのものは日本生まれで、2009年に週刊誌の連載から広まった造語です。一方で、死んだあとに備える習慣は世界のあちこちにあります。違うのは「何を、誰のために、どんな形で」準備するか。
アメリカでは成人の半数近くが遺言書を持ち、イギリスでは判断力を失ったときの代理人を国に登録する仕組みが整っています。宗教の教えが相続の分け方まで決めている地域もあれば、スウェーデンのように「死ぬ前の片づけ」に名前がついている国もあります。日本の終活をその地図の上に置いてみると、輪郭がはっきりしてくるはずです。
「終活」という言葉はいつ生まれた?

言葉の出どころははっきりしていて、2009年の『週刊朝日』の連載です。そこから3年ほどで流行語になりました。
始まりは2009年の週刊誌の連載
『週刊朝日』は2009年に「現代終活事情」という連載を組みました。人生の終わりに向けた準備を、就職活動の略語「就活」にかけて「終活」と呼んだのが始まりです。
『現代用語の基礎知識』には2010年版から
新しい言葉を集める『現代用語の基礎知識』(自由国民社)には、連載の翌年にあたる2010年版から「終活」が載っています。雑誌の見出しが、1年で辞典の見出し語になった計算です。
「就活」をもじった軽さが広まった理由
「死の準備」と言うと身構えますが、「終活」なら就活や婚活と同じ並びに見えます。重い話題を「活動」に言い換えた軽さが、口に出しやすさにつながったと考えられています。
2012年に流行語トップテン入り
2012年の「新語・流行語大賞」で、「終活」はトップテンに選ばれました。造語から3年で、その年を代表する言葉の一つになったわけです。
受賞者は41歳で亡くなった流通ジャーナリスト
受賞者として名前が挙がったのは、週刊朝日編集部と故・金子哲雄さんです。金子さんは2012年10月2日に41歳で亡くなりました。生前から自分の通夜や葬儀・告別式、墓の準備まで進めていたことが、選考の説明に書かれています。
「高齢者の話」ではない印象を残した
40代の人が自分の葬儀を段取りしていたという事実は、終活が高齢者だけのものではないと印象づけました。「人生の最期を自分の望むように自分で準備すること」という説明が、そのまま言葉の定義として広まっていきます。
ブームの下地は3人に1人に迫る高齢化
言葉が根づいた背景には人口の変化があります。内閣府の『高齢社会白書』によると、2024年10月1日時点で65歳以上は3,624万人、総人口に占める割合(高齢化率)は29.3%です。
準備をする側の人数が多いうえに、見送る側の子ども世代は少なくなっています。「残される人の手間を減らしたい」という動機が生まれやすい条件がそろっていた、と言えそうです。
日本の終活では何を準備する?

日本の終活は、法的な書類よりも「身の回りの整理」と「家族への申し送り」に重心があります。やることを分けると、おおむね次の5つです。
身辺整理から葬儀まで5つの分野
物の片づけから医療・お金・葬儀まで、範囲はかなり広くなります。
| 分野 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 身辺整理 | 不要な物の処分・デジタルデータの整理・形見にしたい物の選別 |
| 医療・介護 | 延命治療についての希望・介護の希望・かかりつけ医の情報 |
| 財産・法律 | 遺言書の作成・預貯金や保険の一覧づくり |
| 葬儀・お墓 | 葬儀の形式や規模・お墓の場所・散骨や樹木葬などの選択 |
| エンディングノート | 上の内容をまとめた覚え書き。家族への情報源になる |
表の上半分は「生きているあいだ」、下半分は「亡くなったあと」の話です。両方を1冊にまとめるのが日本の終活の特徴と言えます。
エンディングノートと遺言書の違い
終活の入口として人気なのがエンディングノートです。ただし遺言書とは役割がまったく違います。
ノートに法的な効力はない
エンディングノートに「家は長男に」と書いても、相続の手続きでは効力を持ちません。財産の分け方を決めるには、民法の決まった方式で書いた遺言書が必要です。
その代わり何でも書ける
形式が自由なぶん、連絡してほしい友人の名前や、ペットの世話の頼み先まで書き込めます。家族が困るのは財産よりも「どこに何があるか分からない」ことだ、という実感から広まった道具です。
関心は6割、遺言書は3.5%
日本財団が2022年11月に60〜79歳の2,000人へ行った調査では、終活に「関心がある」「やや関心がある」人が60.6%いました。ところが遺言書をすでに作った人は3.5%にとどまります。
関心の1位は病気や認知症の心配
終活に関心がある人に内容を聞くと、最も多いのは「病気や認知症の心配」(46.7%)でした。「死後の事務手続きのこと」(34.8%)がそれに続きます。死そのものより、死ぬ前後に周りを困らせることへの関心が強い結果です。
書かない理由の最多は「財産がない」
今後も遺言書を作らないと答えた人の理由は、「遺言を書くほどの財産を持っていないから」が43.3%で最多でした。「法定相続通りに分けてもらえればいい」(24.6%)が2位です。遺言書は「お金持ちのもの」という受け止め方が、数字にそのまま出ています。
遺言書を書く習慣はどれくらい違う?

日米で比べると、遺言書を持つ人の割合には10倍以上の開きがあります。ただし調査の年齢層が違うので、数字は目安として見てください。
アメリカは成人の46%が遺言書を持つ
米ギャラップ社の2021年の調査では、アメリカの成人の46%が「死後のお金や財産の扱いを記した遺言書がある」と答えました。対象は18歳以上の全年齢です。
65歳以上に限ると76%
年齢で分けると、65歳以上では76%が遺言書を持っています。18〜29歳でも20%です。日本の60〜79歳の3.5%と並べると、差の大きさが分かります。
1990年から30年間ほぼ横ばい
ギャラップは1990年から同じ質問をしており、結果は44〜51%のあいだで動いてきました。アメリカで遺言書が当たり前なのは、最近のブームではなく長く続く習慣だということです。
日本の公正証書遺言は年12万件台
日本でも遺言書が増えていないわけではありません。公証人が作る「公正証書遺言」は、日本公証人連合会の集計で2024年に12万8,378件と、過去10年で最多になりました。
※ 公正証書遺言(こうせいしょうしょいごん)とは、公証役場で公証人が本人から内容を聞き取って作る遺言書のことです。原本は公証役場に保管されます。
2016年の10万5,350件から2割増
2016年は10万5,350件でした。2020年に9万7,700件へ落ち込んだあとは毎年増え、2025年は12万3,891件です。「終活」の言葉が定着した時期と重なっています。
年間の葬送件数と比べると1割未満
日本の年間の葬送は160万件を超えます。年12万件の公正証書遺言は、単純に比べても1割に届きません。自分で書く自筆証書遺言を足しても、アメリカとの差は大きいままです。
2020年に始まった法務局の遺言書保管
自宅で書いた遺言書の弱点は、なくしたり見つからなかったりすることです。そこで2020年7月10日から、法務局が自筆の遺言書を預かる「自筆証書遺言書保管制度」が始まりました。
手数料は1通3,900円
保管の申請は1通につき3,900円です。法務局の職員が、日付や氏名の自書・押印といった形式を外から確かめてから預かります。
家庭裁判所の「検認」が要らない
自宅で保管していた遺言書は、亡くなったあと家庭裁判所で中身を確認する「検認(けんにん)」が必要です。法務局に預けた遺言書は、この手続きを省けます。書く手間より「残したあとの手間」を減らす仕組みです。
欧米の死後準備は何を重視する?

欧米の準備は「自分で決められなくなったとき、誰が代わりに決めるか」を先に書面にする発想が中心です。一方で、北欧には日本の身辺整理によく似た習慣もあります。
イギリスは判断力を失ったときの代理人を登録
イングランドとウェールズには「永続的代理権(LPA)」という制度があります。判断する力を失ったときに、代わりに決める人をあらかじめ指名しておく書類です。
※ LPA(Lasting Power of Attorney、永続的代理権)とは、本人の判断能力が失われても効力が続く委任状のことです。18歳以上で、判断能力があるうちに作ります。
「健康と福祉」「財産」の2種類
LPAは、介護や医療の判断を任せる「健康と福祉」と、お金や家の管理を任せる「財産と金銭」に分かれます。片方だけでも両方でも作れます。
国への登録料は1件92ポンド
作った書類は公的機関の後見庁(Office of the Public Guardian)に登録し、登録料は1件92ポンドです。遺言書が「死後」の書類なら、LPAは「生きているけれど決められない時期」の書類と言えます。
医療の希望を話し合うACP
最期の医療をどうするかを、元気なうちから家族や医療者と話し合っておく取り組みを「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」と呼びます。欧米で広まった考え方で、日本でも厚生労働省が普及を進めてきました。
日本での愛称は「人生会議」
厚生労働省は2018年にACPの愛称を募り、1,073件の応募から「人生会議」を選びました。意味の分かる言葉で、日常の会話に広げたいというねらいです。
11月30日は「いい看取り」の日
あわせて11月30日が「人生会議の日」になりました。「いい(11)看取り(30)」の語呂合わせです。一度決めて終わりではなく、繰り返し話し合うことが大事だとされています。
スウェーデンの「デス・クリーニング」
日本の身辺整理にいちばん近いのは、スウェーデンの「döstädning(デスステーディング)」かもしれません。dö は「死」、städning は「掃除」で、死ぬ前に持ち物を減らしておく片づけを指します。
31言語に翻訳された本で世界へ
この言葉を世界に知らせたのは、スウェーデンのマルガレータ・マグヌセンさんが書いた本です。2017年に出版され、31言語に翻訳されました。高齢の著者が自分の片づけ体験をもとに書いた点も、説得力につながっています。
始めるのは早いほどよいという考え方
本の主張は、年を取って物に押しつぶされる前に始めよう、というものです。「残った人に片づけさせない」という動機は、日本の終活とほとんど同じです。
宗教が死後の準備を担う地域はある?

あります。信仰が葬り方や財産の分け方をあらかじめ決めている地域では、個人が一から準備する余地はそもそも小さいのです。
イスラームは相続の取り分が聖典にある
イスラームでは、誰がどれだけ相続するかの基本がコーランに書かれています。マレーシアやインドネシアなどでは、ムスリムの相続にこの規定が使われています。
息子の取り分は娘の2倍
子どもの取り分は、男子が女子の2倍です。娘だけの場合は、1人なら遺産の2分の1、2人以上なら3分の2を分けます。男性に家族を養う義務があることが、その理由として説明されてきました。
子がいれば妻は8分の1
亡くなった人に子どもがいる場合、妻の取り分は8分の1、両親はそれぞれ6分の1です。配偶者の相続分がはっきり定められていた点は、1,300年以上前の規定としては先進的だったと指摘されています。
土葬を求めるムスリムと日本の火葬
イスラームでは遺体を土に葬ることが教えの上で求められるとされます。ここで日本の習慣とぶつかるわけです。
日本の葬送は99.97%が火葬
2022年度に日本で行われた葬送は162万8,048件で、そのうち99.97%が火葬でした。土葬はわずか490件です。日本の終活で「お墓」といえば、ほぼ例外なく骨を納める場所のこと。
土葬できる墓地は全国に十数か所
日本に住むムスリムは、2024年の推計で約35万人。国立国会図書館のレファレンス事例によると、土葬できる墓地は全国で11〜14か所ほどで、四国と九州には無いと紹介されています。日本で暮らすムスリムにとっては、墓地探しこそが終活の中心になりうるでしょう。
メキシコは死者を毎年迎える
準備の向きが逆の文化もあります。メキシコの「死者の日」は、自分の死に備えるのではなく、亡くなった家族を毎年家に迎える行事です。
10月末から11月初めの祭り
家族は家に祭壇を作り、故人の好物や花を供えます。墓地から家までの道に花びらやろうそくを並べ、戻ってくる死者の道しるべにします。日本のお盆とよく似た発想です。
2008年にユネスコ無形文化遺産へ
この祭りは2003年に傑作として宣言され、2008年にユネスコの無形文化遺産の一覧に記載されました。先住民の伝統と、16世紀に持ち込まれたカトリックの行事が混ざり合った形だとされています。
デジタルの持ち物はどう残す?

写真やメッセージ、クラウドの書類は、国を問わず新しい「遺品」になっています。ここでは宗教や法律より先に、IT企業が自前の仕組みを用意しました。
Googleは「使われなくなったら」を合図にする
Googleには「アカウント無効化管理ツール」があります。一定の期間アカウントが使われなかったら、指定した人に知らせたりデータを共有したりする仕組みです。
受け取る人は10人まで
データを受け取る相手は10人まで指定できます。何か月使わなかったら動き出すかは、設定するときに自分で決める方式です。
渡すデータは相手ごとに選べる
すべてを渡すか、写真だけなど特定の種類に絞るかを相手ごとに選べます。「家族には写真、仕事仲間には書類」といった分け方ができるわけです。
Appleは「故人アカウント管理連絡先」
Appleは、自分の死後にデータへアクセスできる人をあらかじめ選んでおく「故人アカウント管理連絡先」を用意しています。iOS 15.2以降で設定できます。
アクセスキーと死亡の証明がそろって開く
指定された人がデータを受け取るには、設定時に作られるアクセスキーと死亡証明書の両方が必要です。日本では、死亡の記載がある戸籍謄本がその代わりになります。
写真は渡せても購入した音楽は渡せない
引き継げるのは写真やメッセージ、メモ、ファイルなどです。購入した映画や音楽、パスワードを保存するiCloudキーチェーンは対象外になっています。
豆知識:遺言書を書いた人の一番の感想

先の日本財団の調査には、実際に遺言書を書いた人に「書いてよかったこと」を聞いた項目もあります。最も多かった答えは、相続トラブルの予防ではありませんでした。
1位は「気持ちの整理になった」
1位は「気持ちの整理になった」で44.9%でした。「相続トラブルの心配が減った」(40.6%)、「自分の財産の使い道を自分の意思で決められた」(39.1%)がそれに続きます。
家族のために書いたはずの書類が、いちばん効いたのは書いた本人の心だった、というわけです。書くきっかけの1位も「自身の高齢化」(60.1%)で、他人より自分に向き合う作業だったことがうかがえます。
「迷惑をかけない」と「自分で決める」は両立する
遺言書で重視したいことの1位は「できる限り自分のしたいように決めること」(47.6%)でした。家族への配慮で始まる日本の終活も、中身は欧米と同じく「自分の意思を残す」作業に行き着いています。
言葉は日本生まれでも、死んだあとに困る人を減らしたいという気持ちは、ロンドンにもストックホルムにもありました。違うのは道具の形だけです。書類で残すか、片づけで残すか、信仰に預けるか。終活は、どの形が自分に合うかを選ぶ作業なのかもしれません。
参考
- 自由国民社「現代用語の基礎知識」選 新語・流行語大賞 第29回(2012年)
- 日本財団「遺言・遺贈に関する意識・実態把握調査」要約版(2023年1月5日)
- Gallup「How Many Americans Have a Will?」(2021年)
- 日本公証人連合会「令和7年の遺言公正証書作成件数について」
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