歴史と変遷の話

歴史と変遷の話

サーカスの発祥は古代ローマではない、テントが丸いのはなぜ?

サーカスの丸いテントは、古代ローマの円形の競技場から受け継いだものではありません。受け継いだのは名前だけです。ラテン語のキルクス(circus)は「輪」を意味し、その語がイギリスで生まれた新しい見世物に貼りつきました。テントが丸いのは、中の...
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お年玉はなぜ子どもがもらうのか、江戸の年玉は貝杓子や鼠半紙

お年玉のもとは、お金ではなく餅でした。正月に年神(としがみ)を迎えるため、家々は餅を供えます。その餅を家長が下ろして家族に分け与えたもの。それが年玉のはじまりだと考えられています。配るのが大人で、受け取るのが子どもなのにも理由があります。年...
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門松の主役は松か竹か、玄関の前に立てるのはどうして?

門松は、正月に家を訪れるとされる年神(としがみ)を迎えるための目印です。玄関の前という場所が選ばれたのは、そこが家の内と外の境にあたるからでした。松と竹のどちらが主役かは、時代によって入れ替わっています。古いのは松のほうで、竹が添えられるよ...
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端午の節句の主役は菖蒲だった、なぜ五月五日に決まったのか

端午の節句は、もともと菖蒲(しょうぶ)で厄を払う日でした。兜も武者人形も空を泳ぐ鯉も、ずっとあとから加わった飾りです。主役は軒に挿す一束の草で、香りの強さこそが行事の中心にありました。では、なぜ五月五日なのでしょうか。「端」は「はじめ」、「...
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還暦はなぜ60歳なのか、赤いちゃんちゃんこは子どもの防寒着

還暦は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた六十通りの暦がひと回りして、生まれた年と同じ干支(えと)に戻る節目です。辞典はこれを数え年六十一歳の異称として載せています。いま祝われているのは、たいてい満六十歳のほうです。赤いち...
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暖簾分けの暖簾はもともと何のための布だったのか

暖簾(のれん)は、もともと店の看板ではありませんでした。禅寺で冬の寒さをしのぐために、簾(すだれ)のすきまをふさいで掛けた布。それが「暖簾」という言葉のはじまりです。屋号を染め抜いて店先に掛けるのは、布としての歴史からすればずっと新しい使い...
歴史と変遷の話

けん玉はどこで生まれたのか、皿が三つあるのは日本だけ?

けん玉の発祥地は、一か所には決まっていません。玉を糸でつないで受け止める遊びは世界のあちこちにあり、はっきり残っている最も古い記録は16世紀フランスの「ビルボケ」です。ただし、いま私たちが手に取るあの形——先のとがったけん先と、大中小の三つ...
歴史と変遷の話

昔のすごろくはバックギャモン、絵双六は江戸で生まれた

すごろくと呼ばれてきた遊びは、ひとつではありません。奈良時代の貴族が熱中した「盤双六(ばんすごろく)」は、二個のさいころを振って十五個の駒を相手の陣地へ送り込む対戦ゲームで、いま世界で遊ばれているバックギャモンとほぼ同じ形をしています。紙に...
言葉と論理の話

「ずさん」はなぜ「杜撰」と書くのか、杜は人の名前?

「ずさん」を漢字で書くと「杜撰」です。「撰」は詩や文章を作ること、「杜」は中国・北宋の詩人である杜黙(ともく)の名字だとする説がよく知られています。杜黙の作る詩は漢詩のきまりに合わないものが多く、そこから「きまりに合わないもの」を杜撰と呼ぶ...