猫が段ボール箱を選ぶのは、狭い箱が「身を隠せる安全な場所」で、しかも体温がこもって暖かいからです。ふかふかのベッドは柔らかくても、まわりが開けていて隠れられません。オランダの保護施設で行われた実験では、隠れ箱をもらった猫のほうが新しい環境に早く慣れました。箱好きは気まぐれではなく、安心と暖かさを求める行動といえます。
猫にとって箱は「隠れ家」

猫は狩る側であり、狙われる側でもある
猫は小さな動物をしとめるハンターですが、野外ではもっと大きな動物に狙われる側でもあります。物陰に身をひそめていれば、獲物を待ち伏せできて敵からも見つかりにくい。すきまや茂みにもぐりこむ習性は、この二つの立場から生まれたと考えられています。四方を壁に囲まれた箱は、その条件をそろえた場所です。
開けた場所より、狭く区切られた場所を好む
米タフツ大学の獣医行動学者ニコラス・ドッドマン名誉教授は、猫が広い場所のざわつきや危険を避け、はっきり区切られた小さな空間を好むと説明しています。背中と横が壁で守られていれば、注意を向ける方向は入り口だけで済みます。人がカフェで壁ぎわの席を選びたくなる感覚に、少し近いのかもしれません。
高い場所の隠れ家はさらに好まれる
高いところにある隠れ場所なら「なおよい」と、同じドッドマン氏は述べています。上からなら周りを見渡せるうえ、下から近づく相手にも気づけるからです。棚の上に置いた箱やキャットタワーの小部屋が人気になりやすいのは、隠れることと見張ることが一度にできるためでしょう。
箱があると猫のストレスは下がる?

保護施設の猫で、箱あり・箱なしを比べた
オランダの研究チームは2014年、保護施設に来たばかりの猫を2組に分け、片方にだけ隠れ箱を与えて様子を比べました。物差しにしたのは、表情や姿勢から緊張の度合いを1〜7段階で採点する「キャット・ストレス・スコア」。到着から5日目までと14日目に記録をとっています。
その結果、箱のある組は箱なしの組より少なくとも4日早く落ち着いたと報告されました。どちらの組も時間がたてば慣れていくものの、箱があると不安な時期が短くなるわけです。この結果を確かめるため、同じ研究者らは数年後にもう一度試験を組みます。
2019年の追試では7日早く落ち着いた
2019年の試験の舞台は、オランダ東部アルンヘムの保護施設です。23匹をくじ引きで組に分け、箱あり12匹と箱なし11匹を検疫期間の12日間比べました。箱のある組は2日目に点数が安定し、箱なしの組が安定したのは9日目でした。差はおよそ1週間になります。
体重や引き取られやすさには差が出なかった
箱がすべてを解決したわけではありません。2019年の試験では、ほぼ全頭が施設に来てから体重を落としました。減り方は箱なしの組が平均7.7%、箱ありの組が6.3%で、統計的な差はなかったと報告されています。引き取り手が見つかった割合や施設にいた日数にも、はっきりした違いは出ていません。箱が効くのは、あくまで「気持ちの落ち着き」の面だといえます。
猫が快適に感じる温度は30℃以上

余計なエネルギーを使わない温度は30〜38℃
体温を保つために余計なエネルギーを使わずに済む気温の幅を「熱的中性圏」と呼びます。アイルランド獣医師会の会誌は、米国学術研究会議(NRC)の値として、猫のこの幅を30〜38℃と紹介しました。人は18〜25℃、犬は20〜30℃とされているので、猫だけが飛び抜けて高い温度を好むことになります。
※ 熱的中性圏(ねつてきちゅうせいけん)とは、震えたり汗をかいたりせずに体温を保てる周りの温度の範囲のことです。
人の快適な室温は、猫には肌寒い
人がちょうどいいと感じる20℃前後の部屋でも、猫にとっては下限の30℃をかなり下回ります。同じ会誌の記事は、冬になると猫が乾燥機の中や車の下にもぐりこんだり、日の当たる窓辺や暖房器具のそばを占領したりする例を挙げていました。暖かい場所を探して回るのは、猫にとってごく自然なふるまいなのです。
段ボールは体温を逃がしにくい

波形の芯が空気をたくわえる
段ボールは、表と裏の紙のあいだに波形の芯をはさんだ構造をしています。芯のすきまには空気がたまり、この空気の層が熱を伝えにくくするとされます。床の冷たさが下から伝わりにくく、猫の体から出た熱も壁に吸われにくい。プラスチックや金属のケースより、手で触れたときにひんやりしないのもそのためです。
狭い箱ほど自分の体温で暖まる
箱の中の空間が小さいほど、猫自身の体温で温める空気の量も少なくて済みます。体がぎりぎり収まるくらいの箱に、猫がわざわざ体を押しこむ姿はよく見かけるもの。窮屈に見えても、猫からすれば暖まりやすい寝床を選んでいる、と考えると納得がいきます。冬に紙袋や小さな箱の人気が上がるのも、同じ理由で説明できそうです。
ふかふかのベッドより箱を選ぶのはなぜ?

柔らかさより「囲まれていること」
平らなクッションやマット型のベッドは、どれだけ柔らかくても周りが開けています。猫にとって大事なのは寝心地より、背中や横を守ってくれる壁があるかどうか。高いベッドを買ったのに、それが入っていた箱のほうで寝ている――飼い主のあいだでよく聞く話は、この優先順位の違いから生まれます。
体が壁に触れると落ち着く
ドッドマン氏は、子猫が母猫やきょうだいと体を寄せ合って眠るときの心地よさが、箱に体を押し当てる行動につながっていると見ています。赤ちゃんを布でくるむと落ち着く「おくるみ」に近い効果だという説明です。体が何かに触れていると脳内で気分を和らげる物質が出るのでは、とも述べていますが、これは本人の仮説の段階にとどまります。
同じ囲いでもキャリーケースは嫌われやすい
囲まれた場所が好きなら、キャリーケースにも喜んで入りそうなものです。ところが実際は、見ただけで逃げ出す猫も少なくありません。ドッドマン氏はその理由を、キャリーが車での移動や動物病院と結びついて覚えられているからだと説明しています。箱そのものより、その箱で何が起きたかを猫はよく覚えているわけです。
床に描いた四角にも猫は入る?

2017年に広まった「#CatSquare」
2017年の春、床にテープで四角い枠を貼ると猫がその中に座る、という写真がTwitter(現X)で次々に投稿されました。「#CatSquare」の名で話題になり、立体的な壁がなくても猫が入るのはなぜか、と多くの人が首をかしげます。ドッドマン氏は、テープの四角は本物の箱の「お粗末な代用品」だとしつつ、何もない床よりは安心できるのだろうと答えました。
見えない四角にも座ったという実験
2021年、米ハンター大学のガブリエラ・スミス氏らは、線の一部だけで四角が浮かんで見える「カニッツァの四角」という錯視の図形を使いました。飼い主が自宅の床に、普通の四角・錯視の四角・形を崩した図形の3種類を並べ、猫が3秒以上その中に座るかを撮影します。飼い主は猫の判断に影響しないよう、サングラスをかけて目を合わせないようにしました。
はっきり図形を選んだ猫は9匹。座った回数は普通の四角が8回と錯視の四角が7回で、形を崩した図形は1回だけでした。猫は人と同じように、描かれていない輪郭を「四角」として見ている可能性があります。
結果は控えめに受け取りたい
この研究は新型コロナの流行中に、一般の飼い主の協力で行われました。参加の申し込みは500件ほどあったものの、6日間の手順を最後までやり通したのは30組にとどまります。図形を選んだ猫は9匹と少なく、なぜそうするのかを確かめるには、さらに研究が要るでしょう。それでも「囲いらしく見えれば入りたくなる」という見立ては、箱好きの理由とよく噛み合うものです。
家で箱を用意するなら深めのものを

浅い箱より、体が隠れる深さ
浅い箱は深い箱ほどの安心をくれない、というのもドッドマン氏の指摘です。猫が丸くなったときに背中まで隠れる深さがあれば、隠れ家としての役目を十分に果たします。ふだんから飼い猫に箱や入れ物を用意しておくことを、同氏は暮らしを豊かにする工夫の一つとして勧めていました。
環境が変わる日こそ役に立つ
保護施設の実験が示したのは、新しい場所に来た直後ほど隠れ家が効くということでした。引っ越しの直後や来客の多い日、子猫を迎えたばかりのころには、部屋の静かなすみに箱をひとつ置いておくと逃げ場になります。猫が中にこもっているときは、無理に引き出さずにそっとしておくのがよいでしょう。
荷物が届いて中身を取り出したあとの段ボールは、人にとってはただの空き箱です。けれど猫から見れば、敵から身を隠せて体温で暖まる部屋。四方の壁が体を支えてくれるおまけ付きです。高価なベッドが負けてしまうのも、無理のない話でしょう。
参考
- van der Leij ほか「The effect of a hiding box on stress levels and body weight in Dutch shelter cats; a randomized controlled trial」PLOS ONE(2019)
- Veterinary Ireland Journal「The heat is on: the feline TNZ」(2023)
- Nicholas Dodman「Why cats love to sit on squares」PBS NewsHour(2017。The Conversationからの転載)
- Smithsonian Magazine「’If I Fits I Sits’ Experiment Shows Felines Also Sit in Illusory Boxes」(2021)
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