日本人の名字に「田・山・川」が多いのはなぜか——地形から生まれた名前

一般教養の話
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日本人に多い名字を思い浮かべると、「田中」「山田」「川口」のように、田・山・川のいずれかが入ったものが次々と出てきます。

どうして、自然の地形を表す字がこれほど名字に使われているのでしょうか。そこには、日本人のほとんどが名字を持った時期と、その付け方が深く関わっています。

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名字に「田・山・川」が多い理由

まず、要点を一覧で押さえておきましょう。

問い答え
なぜ地形の字が多い?住んでいた土地の特徴から名字を付けたから
いつ全員が名字を持った?明治時代に、法律で義務づけられた
一番多い名字は?佐藤。約180万人といわれる
「田」が目立つのは?米作りの国で、水田が身近な地形だったから

理由を、ひとつずつほどいていきましょう。

印鑑(ハンコ)のイラスト

名字の多くは「土地」から生まれた

田・山・川は、暮らしのそばにあった地形

名字に地形の字が多いのは、多くの人が自分の住む土地の特徴を名字にしたからです。昔の人にとって、田んぼや山や川は毎日目にする身近な風景でした。「田のそばに住む家」が「田中」や「田所」に、やがて広まっていったのです。とりわけ日本は米作りの国ですから、「田」のつく名字がとても多くなりました。

田植えをする子供のイラスト

「藤」のつく名字は、地形ではなく一族の名残

いっぽうで、地形とは関係のない名字もあります。「佐藤」「伊藤」「加藤」のように「藤」のつく名字は、平安時代に栄えた藤原氏(ふじわらし)とつながりがあるとされます。たとえば伊勢の藤原家が「伊藤」、加賀の藤原家が「加藤」というように、土地の名と「藤」を合わせたものが多いのです。地形由来とはまた別の、家のルーツをたどれる名字といえます。

なぜ全員が名字を持つようになったのか

江戸時代まで、庶民は公に名乗れなかった

いまでは当たり前の名字ですが、誰もが持つようになったのは、実はそれほど古いことではありません。江戸時代まで、名字を公に名乗れたのは武士などの一部に限られていました。庶民も家ごとの呼び名は持っていましたが、おおやけの場で使うことは許されていなかったのです。

江戸時代の町民のイラスト

明治の法律で、名字が義務になった

流れが変わったのは、明治時代です。明治三年(1870年)にすべての人が名字を名乗ってよいことになり、明治八年(1875年)の「平民苗字必称義務令(へいみんみょうじひっしょうぎむれい)」で名乗ることが義務になりました。このとき多くの人が、住む土地の地形や地名をもとに名字を決めたと考えられています。田・山・川の字が一気に広がったのも、この時期の影響が大きいのです。

多い名字と、地形のつながり

上位に並ぶ名字

日本で多い名字を上から並べると、おおよそ次のようになります。

順位名字
1位佐藤
2位鈴木
3位高橋
4位田中
5位伊藤
6位渡辺
7位山本

上位を見るだけでも、地形にちなむ字がいくつも見つかります。「田中」の田・「高橋」の橋・「山本」の山が、その代表です。

日本地図のイラスト

「田」「山」「川」を含む名字

田・山・川を含む名字を挙げてみると、その多さがよくわかります。田なら田中・吉田・前田、山なら山本・中山・山下、川なら石川・川口・中川などです。日々目にする地形が、そのまま家の名になっていったわけです。

名字には地域差がある

東日本と西日本で、多い名字が違う

名字の多さには、地域のかたよりもあります。たとえば佐藤や鈴木は東日本に、田中や山本は西日本に多いことが知られています。同じ国のなかでも、土地ごとに広まった名字がちがうのです。引っ越し先で出会う名字の顔ぶれが変わるのにも、こうした背景があります。

地域別に色分けした日本地図のイラスト

豆知識——全国2位「鈴木」は地形ではない

田・山・川と同じ自然の字に見えて、地形とは関係のない名字もあります。全国で二番目に多い「鈴木」が、その代表です。

鈴木のルーツは、紀伊半島(きいはんとう)の熊野地方にあるとされます。刈り取った稲を積み上げたものを、この地方の方言で「すすき」と呼び、それが「鈴木」になったという説が有力です。神事にかかわる家から広まり、いまは東海地方を中心に多く見られます。

稲穂のイラスト

ふだん何気なく呼んでいる名字の多くは、ご先祖がどんな土地で暮らしていたかを、いまに伝える小さな記録です。田・山・川という字には、米と自然とともに生きてきた人々の暮らしが、そのまま映りこんでいます。身のまわりの名字をいくつか並べてみるだけでも、昔の風景がほんの少し立ちあがってくるはずです。