「お辞儀」はなぜ日本特有の挨拶になったのか

歴史と変遷の話
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初めて会う人にも、すれ違うだけの相手にも、日本人は反射的に頭を下げます。握手やハグで挨拶する国が多いなかで、なぜ日本では「お辞儀」がこれほど定着したのでしょうか。その答えは、1700年以上前の記録と、刀を帯びた武士の作法にあります。

お辞儀の歴史がどう積み重なってきたか

大まかな流れを、先に年表にしました。

時代できごと
3世紀(弥生時代末)中国の史書『魏志倭人伝』に、目上の人に道で会うとうずくまる様子が記録される
飛鳥〜奈良時代中国から礼法が伝わり、身分に応じたお辞儀の形が定められる
鎌倉時代以降武家政権のもとで、刀を持つことを前提にした武家の礼法が洗練される
現代会釈・敬礼・最敬礼など、角度によって意味が区別される

この後は、各時代で何が起きていたのかをたどっていきます。

「お辞儀」という言葉と、その起源

語源は「時宜」 — もとは”頃合い”を表す言葉だった

「お辞儀」という言葉は、もともと「時宜(じぎ)」という言葉に由来するとされています。時宜とは「ちょうどよい頃合いや状況」を意味する言葉で、これが次第に「場面に応じたふさわしい所作」、つまり挨拶の動作そのものを指す言葉に変化していきました。

記録に残る最古のお辞儀は、ひざまずく姿だった

お辞儀という所作そのものは、言葉が生まれるよりもずっと前から存在していました。3世紀に書かれた中国の史書『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』には、当時の倭人(日本列島の住人)が目上の人に道で会うと、うずくまったりひざまずいたりして、両手を地につけて敬意を示していたと記されています。今のように立ったまま上半身を折る形ではなく、もっと身を低くする所作が、お辞儀のルーツのひとつだったわけです。

魏志倭人伝(ぎしわじんでん)とは、3世紀の中国の歴史書『三国志』の中にある、日本列島の様子を記した部分の通称です。当時の日本の風習や卑弥呼の記述で知られています。

その後、飛鳥〜奈良時代にかけて、中国から「礼法」という考え方が伝わり、身分や場面に応じてどう頭を下げるかが、制度として整えられていきました。お辞儀は、最初から日本独自のものではなく、外から伝わった考え方を、日本の社会に合わせて作り直していったものだといえます。

武士の作法が、今のお辞儀の型を作った

刀を持つことを前提にした「左進右退」

お辞儀が今に近い形へ洗練されたのは、鎌倉時代以降の武家政権の時代です。武家の礼法には「左進右退(さしんうたい)」という考え方があり、座って礼をする際、進むときは左手から、退くときは右手から畳に手をつくという順序が決められていました。これは、座礼の途中でもいつでも右手で刀を抜けるようにするための作法で、お辞儀の所作ひとつひとつに、刀を構えた生活が反映されていたのです。

日本刀を構える武士のイラスト

後頭部という”急所”を相手に見せる行為

お辞儀で頭を下げると、自分から見えない後頭部を相手にさらすことになります。これは、相手に背後から攻撃されても文句が言えない状態を、自分から作ってみせる行為です。つまりお辞儀は、「あなたに敵意はありません、攻撃されても構わないほど信頼しています」という意思表示でもありました。深く頭を下げるほど、相手への敬意や信頼の度合いが大きいことを示す、という感覚は、ここから生まれています。

なぜ握手ではなく、お辞儀が定着したのか

「利き手を預ける」握手は、武士の作法とかみ合わなかった

握手は、武器を持つ利き手を相手に差し出すことで「攻撃する意思がない」ことを示す挨拶だとされています。しかし、刀を腰に帯びていた武士にとって、利き手を相手に預けてしまう動作は、防御の手段を自ら手放すことに等しく、簡単には受け入れられないものでした。一方のお辞儀は、刀を腰に差したまま、身を低くするだけで敬意を示せます。武士が社会の規範を作っていた時代の日本では、握手よりもお辞儀のほうが、ずっと自然な挨拶の形だったのです。

日本人と外国人が握手をしているイラスト

現代のお辞儀は、角度で意味が変わる

現代のビジネスマナーでは、お辞儀の角度によって意味合いが分けられています。すれ違う相手への軽い挨拶は「会釈」で約15度、来客対応や「いらっしゃいませ」のような場面では「敬礼」で約30度、深い感謝やお詫びを伝える場面では「最敬礼」で約45度が目安とされます。武士が刀を前提に作り上げた所作が、形を変えながら、今のオフィスや接客の現場にもそのまま受け継がれているのです。

普段なにげなく行っているお辞儀の角度には、千年以上前の「敵意がないことを示す」という発想と、武士が培った身体の使い方が、両方詰め込まれています。会釈と最敬礼を分けているのは、わずか30度の差。その差の中に、これだけの歴史が折り込まれているのは、なかなか面白い事実です。