行列を見ると並びたくなるのは、長い列が「もう大勢が確かめてくれた」という手軽な情報に見えるからです。味も評判も分からない場面ほど、人は他人の選択を正解の目印にします。前の人を見て並ぶ人が増え、列がさらに列を呼ぶしくみもあります。ただ、列の長さと中身の良さは別物です。その違いを見分けるコツまで、順に見ていきます。
行列は「みんなが確かめた」という目印

多くの人の行動を正解とみなす「社会的証明」
社会心理学者ロバート・チャルディーニは、著書『影響力の武器』で人を動かす原理の一つに「社会的証明」を挙げました。多くの人がしている行動を、正しい行動とみなす心の働きです。一つひとつ自分で吟味するより、ずっと手間のかからない判断の近道になります。行列は、その近道がいちばん目に見える形で現れたものです。
知らない街の食堂選びで強く働く
旅先で二軒の食堂が並んでいる場面を思い浮かべてください。片方は満席で、もう片方はがらがら。味の情報がなければ、多くの人は混んでいるほうに入ります。頼れる手がかりが「客の数」しかないからです。地元の行きつけの店なら、店先の列に左右されることはほとんどありません。手持ちの情報が少ないときほど、他人の選択が重く見えます。
待ち時間の長さが品質の印に変わる
長く待つことは、ふつうに考えれば損です。ところが行列では、その損が「これだけの人が時間を使ってまで並ぶのだから良いはずだ」という評価に変わります。待つ人が多いほど、品質の印も強く見える。並んでいる人たちは、自分の時間を担保にして店を推薦しているようにも見えるわけです。
多数派に合わせる力はどれくらい強い?

線の長さを当てるだけの簡単な問題
周りに合わせる力の強さは、心理学者ソロモン・アッシュが1951年に報告した実験でよく知られています。見本の線と同じ長さの線を、3本の中から選ぶだけの問題です。ひとりで答えた対照グループでは、誤答は1%に届きませんでした。ところが同じ部屋にいる数人のサクラ役(実験側の協力者)が、そろって明らかに違う線を答えると様子が変わります。
約3分の1が合わせ、4人に3人が一度は流された
サクラが誤答する試行で、本当の参加者が多数派に合わせた割合は平均でおよそ3分の1でした。最初の報告(大学生50人)では約32%、人数を増やした1956年の報告では約37%とされます。12回の試行のうち一度でも流された人は、全体の約75%にのぼりました。答えが目で見て分かる問題でこれだけ引っぱられるのです。店の良し悪しのような曖昧な判断なら、影響はもっと大きくなりそうです。
判断を借りる気持ちと、浮きたくない気持ち
人が多数派に合わせる理由は、大きく二つに分けて説明されます。ひとつは「みんなが選ぶなら正しいのだろう」という判断の借用。もうひとつは「自分だけ違う行動をとって浮きたくない」という気持ちです。店先の列に加わるとき、私たちの中ではこの二つが同時に動いています。
行列はなぜ行列を呼ぶ?

自分の勘より前の人の選択を優先する「情報カスケード」
1992年、経済学者のビクチャンダニ・ハーシュライファー・ウェルチの3人は、この連鎖を「情報カスケード」と名づけてモデルにしました。前の人たちの行動を見たあとでは、自分の手持ちの情報を捨てて前の人をまねるのが一番得になる。そういう状態が生まれると、後から来る人も次々に同じ選択をします。ひとりの勘が「こっちかな」と言っていても、列の向きに逆らうのは難しくなります。
最初の数人の偶然が流れを決める
やっかいなのは、連鎖の向きが最初のわずかな偶然で決まりうることです。たまたま最初の数人がA店に入ると、後から来た人は「人気なのはA店」と受け取ります。B店はもう検討もされません。二つの店の実力が同じでも、出だしの小さな差が時間とともに大きな列の差になっていきます。
歩道で空を見上げる人が増えると
1969年、心理学者スタンレー・ミルグラムらは人通りの多い歩道で、協力者に立ち止まってビルの上階を見上げてもらう実験をしました。見上げる人数を変えて、通行人がどれだけつられるかを数えたのです。結果は、見上げる人が多いほどつられる通行人も増え、最初の数人が加わる段階で引き寄せる力が急に強まるというものでした。行列の最後尾につく人が増えていくのと、よく似た光景です。
人気の差は実力だけで決まらない

1万4千人が参加した音楽市場の実験
2006年、社会学者のサルガニクらは科学誌『サイエンス』に、ネット上に作った架空の「音楽市場」の実験を発表しました。参加者は1万4341人。無名のバンドの曲48曲を聴き、気に入れば無料でダウンロードできます。参加者の一部には曲名だけを見せ、残りには各曲がそれまで何回ダウンロードされたかも見せました。
同じ曲でも世界ごとに順位が変わった
ダウンロード数が見えるグループは、互いに行き来のない8つの「世界」に分けられました。どの世界も同じ48曲・ダウンロード数ゼロから始まります。それでも他人の選択が見えると、人気の差は大きく開き、どの曲が売れるかの予測もつきにくくなりました。曲が並ぶ順を人気順にして他人の影響を強めると、この傾向はさらにはっきりしました。
良い曲は外れにくいが、真ん中は何でも起こる
品質がまったく関係なかったわけではありません。論文によると、最も良い曲が大きく沈むことはまれで、最も悪い曲が大きく当たることもまれでした。ただ、そのあいだの曲はどんな結果もありえた。行列のできる店とできない店の差にも、実力のほかに「たまたま」がかなり混ざっていると考えられます。
「乗り遅れたくない」が背中を押す

みんなが持つほど欲しくなる「バンドワゴン効果」
ある商品を持つ人が増えるほど、その商品への需要がさらに増える。経済学者ハーヴェイ・ライベンシュタインは1950年の論文で、これを「バンドワゴン効果」として整理しました。バンドワゴンとは、パレードの先頭を行く楽隊車のこと。「時流に乗る」という英語の言い回しが、そのまま名前になっています。
「残りわずか」が焦りを生む
「数量限定」「本日分なくなり次第終了」が加わると、引力はさらに強まります。手に入りにくいものほど価値が高く見えるうえ、人は得をする喜びより損をする痛みを大きく感じやすいからです。この「損失回避」と呼ばれる傾向が、「並ばないと買えないかもしれない」という焦りに火をつけます。列が長いほど、その焦りも大きくなります。
混むと冷める「スノッブ効果」
人はいつも多数派に流れるわけではありません。ライベンシュタインは同じ論文で、逆向きの「スノッブ効果」も取り上げています。みんなが持っているなら自分はいらない、という心理です。日々の昼食なら「人気なら安心」と並び、こだわりの趣味では「人が多い店はちょっと」と避ける。ひとりの中でも、場面によって二つの心理が入れ替わります。
人気店はなぜ値上げしないの?

行列が続いても価格を据え置く謎
教科書どおりなら、いつも客があふれている店は値上げして利益を増やすはずです。ところが人気のレストランや演劇、スポーツの試合では、行列が続いても値段を上げないことがよくあります。ノーベル経済学賞を受けたゲーリー・ベッカーは、1991年の短い論文でこの謎を取り上げました。
人気そのものが客を呼んでいるから
ベッカーの説明の土台は、ひとりの客の「行きたい気持ち」がほかの客の多さで強まるという仮定です。人が人を呼んでいる店では、値上げで客が少し減ると、その分だけ店の魅力も下がります。この考え方は、流行の移り気さも説明します。人気は一度落ち始めると戻りにくく、取り戻すより失うほうがずっと簡単だというのです。
あえて席を増やさない店もある
行列が続いても席や供給を増やさない理由も、同じ論文が説明の対象にしています。列が消えれば、「人気店」の印も一緒に消えかねないからです。なかには提供数を絞って、意図して列を作る店もあるといわれます。すべての行列が演出ではありませんが、列の長さがそのまま味の差を表しているとは限りません。
星の数や「売れ筋」表示も見えない行列

通販の「ベストセラー」も同じ原理
通販サイトの「ベストセラー」ラベル、レビューの星の数、「◯人が購入」の表示。どれも多くの人が選んでいると伝えて、社会的証明を働かせます。いわば数字でできた行列です。音楽市場の実験でダウンロード数が人気の差を広げたように、画面の中の行列も、店先の列と同じように私たちの選択を引っぱっているはずです。
広告を隠した口コミは2023年から規制の対象
この心理は、演出やごまかしにも使われてきました。報酬をもらって書かれた高評価レビューなど、広告なのに広告と分からない宣伝は「ステルスマーケティング(ステマ)」と呼ばれます。日本では2023年10月1日から、景品表示法の不当表示として規制されるようになりました。消費者庁によると、対象になるのは依頼した側の事業者(広告主)です。
※ 景品表示法とは、商品やサービスの品質・価格について、実際より良く見せる表示や過大な景品を規制する法律のことです。
行列を賢くかわすにはどうする?

並ぶ前に「何の列か」を知っているか
最初の一歩は、列に加わる前に「この列について自分は何を知っているか」を考えることです。店の名前や評判を前から知っていて並ぶのか。それとも列の長さしか知らないのか。後者なら、自分は情報カスケードの途中にいるかもしれません。列の先頭の人に何の列か聞いてみるだけでも、流れに乗るかどうかを自分で決められます。
待てる時間を先に決めておく
列を見てから考えると、「ここまで並んだのだから」と待ち時間がずるずる延びがちです。出かける前に「待つのは20分まで」「この予算まで」と自分の基準を決めておけば、列の長さに判断を預けずにすみます。整理券や予約の仕組みがある店なら、列そのものを避けて同じものにたどり着けることも。
反対の声をひとつ探す
アッシュの実験には続きがあります。サクラの中にひとりだけ正しい答えを言う「味方」を入れると、多数派に合わせる割合は約32%から約5%まで下がりました。多数派の空気を崩すのに、反対の声はひとつで足ります。口コミなら、高評価の数だけでなく低い評価の中身を読む。行列なら、同じ店に行った知人の感想をひとつ聞く。それだけで判断が自分の手に戻ってきます。
並ぶのは悪い選択なのか?

他人の判断を借りるのは理にかなった近道
情報カスケードのモデルでは、前の人をまねること自体はそれぞれの人にとって合理的な選択です。すべての店を自分で試すことはできません。他人の経験を手がかりにするのは、限られた時間で良いものに出会うための知恵でもあります。並びたくなるのは、意志が弱いからではありません。
行列ブームは意外ともろい
1992年の論文は、カスケードで生まれた集団の行動が「もろい」ことも指摘しています。多くの人が中身を確かめずに前の人をまねているだけなので、少し新しい情報が入ると流れがあっさり逆転しうるのです。あれほど並んでいた店が数年で静かになるのも、珍しいことではありません。列の長さは、その時点での「流れ」を映しているにすぎないともいえます。
行列は、知らない人たちが残していった道しるべのようなものです。頼りになることも多いけれど、その道しるべを立てた人も、実は前の人の背中を見ていただけかもしれません。並ぶか通り過ぎるかを列の長さに決めさせず、自分の舌と時計に聞いてみる。それができれば、街の長い列は並ぶ対象であると同時に、ちょっと面白い観察対象にもなります。
参考
- Bikhchandani, Hirshleifer & Welch「A Theory of Fads, Fashion, Custom, and Cultural Change as Informational Cascades」Journal of Political Economy 100(5), 1992
- Salganik, Dodds & Watts「Experimental Study of Inequality and Unpredictability in an Artificial Cultural Market」Science 311, 2006
- Becker「A Note on Restaurant Pricing and Other Examples of Social Influences on Price」Journal of Political Economy 99(5), 1991
- 消費者庁「ステルスマーケティング」
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