モナコの国旗とインドネシアの国旗は、上が赤・下が白の二色旗で、デザインがほぼ同じです。違いは縦横の比率だけ。国際会議のように比率をそろえて掲げる場では、事実上見分けがつきません。世界にはこうした「そっくり国旗」のペアがいくつもあり、なかには抗議騒動に発展した組み合わせまであります。
なぜ、国の顔であるはずの旗が他国とかぶってしまうのか。この記事では、そっくり国旗の代表的なペアを見比べながら、偶然の一致・抗議合戦・そして「似てしまう構造的な理由」までたどります。
そっくり国旗の代表ペア・早見表

まずは、この記事に登場する組み合わせを一覧にしました。「見分けポイント」の細かさに注目してください。
| ペア | 見分けポイント |
|---|---|
| モナコ × インドネシア | 縦横比のみ(4:5 と 2:3) |
| チャド × ルーマニア | 青の濃さのみ(チャドがやや濃い) |
| ニュージーランド × オーストラリア | 星の数と色(赤4つ と 白6つ) |
| リヒテンシュタイン × ハイチ | かつて同一→王冠を足して解消 |
モナコとインドネシア——比率だけが違う双子

そっくり国旗の代表格が、この2か国です。どちらも「上が赤・下が白」の横二色旗で、色の並びは完全に一致しています。
違いは縦横の比率だけ
モナコは4:5、インドネシアは2:3
両国の旗を区別する手がかりは、縦横比だけです。モナコは縦4:横5で正方形に近く、インドネシアは縦2:横3でやや横長。並べて掲げればかろうじて分かりますが、単独ではまず見分けられません。
国際的な場では「同じ旗」になる
さらにやっかいなことに、オリンピックや国際会議では、見栄えをそろえるため各国の旗を同じ比率で作ることがよくあります。そうなると、唯一の違いだった比率まで消えてしまい、2つの旗は完全に同じ見た目になるのです。
どちらも譲らなかった歴史
モナコは1881年、インドネシアは1945年
旗として先に正式制定したのはモナコで、1881年のことです。インドネシアの旗は、1945年の独立宣言とともに掲げられました。時期だけ見ればモナコに分がありそうですが、話はそう単純ではありません。
「うちの赤白は13世紀から」という反論
モナコはインドネシアの独立時、旗が同じだとして抗議したと伝えられています。これに対しインドネシア側は、赤と白は13世紀のマジャパヒト王国以来の伝統の色であり、由緒ならこちらが上だと譲りませんでした。結局どちらも変更せず、双子の旗は今日までそのまま。それぞれの旗に、それぞれの歴史が染みこんでいるわけです。
チャドとルーマニア——青の濃さだけの二枚

「比率すら同じで、色味だけが違う」という、さらに際どいペアもあります。アフリカのチャドと、ヨーロッパのルーマニアです。
青・黄・赤の縦三色旗どうし
違いは青がわずかに濃いかどうか
どちらの旗も、左から青・黄・赤の縦三色。違いは、チャドの青のほうがわずかに濃いという一点だけとされています。風にはためく旗でこの差を見抜くのは、ほとんど不可能でしょう。
チャドは1959年から使っている
チャドがこの旗を採用したのは、フランスから独立する直前の1959年です。一方のルーマニアも青・黄・赤の三色を19世紀から使ってきましたが、社会主義時代には中央に国章が入っていました。1989年の革命で国章が外され、素の三色旗に戻ったことで、チャドの旗と瓜二つになったのです。
国連にまで持ち込まれた旗問題
チャドの不満と、ルーマニアの公式回答
この件でチャド側は2000年代に不満を表明し、国際的な話題になりました。これに対して2004年、ルーマニアの大統領は「旗は変更しない」と公式に表明しています。三色旗はルーマニアの国民的アイデンティティそのものであり、手放せないという立場です。
「先に使っていたのはうち」の応酬
チャドからすれば、国章を外して自国の旗に寄ってきたのはルーマニアのほう。ルーマニアからすれば、三色の組み合わせ自体は自国が19世紀から使ってきたもの。モナコとインドネシアの場合と同じく、「どちらが本家か」を決めること自体が難しいのです。
星を数えて見分ける——ニュージーランドとオーストラリア

隣国どうしで似てしまった例が、南半球のこの2か国です。こちらは「同じ事情から生まれた兄弟」といえます。
ユニオンジャックと南十字星
赤い星4つか、白い星6つか
どちらも青地で、左上にイギリス国旗(ユニオンジャック)、右側に南十字星の星々という構図です。見分けポイントは星。ニュージーランドは白く縁取られた赤い星が4つ、オーストラリアは白い星が6つです。両国ともイギリス植民地の歴史を持ち、同じ南十字星を見上げる位置にあるため、似た旗になりました。
「パクったのはそっちだ」騒動も
2018年には、ニュージーランドのピーターズ首相代行が「オーストラリアは我々の旗を真似た。彼らが変えるべきだ」と発言し、国際ニュースになりました。ニュージーランドが現行デザインを法律で国旗としたのは1902年、オーストラリアの正式確定は1954年。「先に使ったのはうち」という主張は、モナコやチャドの例と見事に重なります。
旗を変えようとした国民投票
シルバーファーン案が最終候補に
ニュージーランドは2015年から2016年にかけて、国旗変更の国民投票を実際に行いました。まず新デザイン候補から、国の象徴であるシダの葉「シルバーファーン」をあしらった案が選ばれ、現行の旗との一騎打ちに進みます。
結果は56.6%で現状維持
2016年3月の最終投票の結果は、現行の旗の維持が約56.6%、変更が約43.2%。オーストラリアとの紛らわしさ解消も論点でしたが、慣れ親しんだ旗への愛着が上回りました。国旗を変えるとは、それほど重い決断なのです。
同じすぎて変えた国もある

「紛らわしいけれど変えない」国が多いなか、実際にデザインを変えた国があります。ヨーロッパの小国リヒテンシュタインです。
オリンピックで発覚した「完全一致」
1936年ベルリン五輪での気まずい発見
リヒテンシュタインの旗は、上が青・下が赤の二色旗でした。ところが1936年のベルリンオリンピックに参加した際、カリブ海の国ハイチの旗とまったく同じであることが判明します。地球の反対側に、偶然「同じ旗の国」が存在していたのです。
翌年、王冠を描き足した
リヒテンシュタインは翌1937年、旗の左上に金色の王冠を描き足しました。公国である自国の性格を示すと同時に、ハイチとの区別をつけるためです。そっくり国旗の歴史のなかでは、めずらしく「あっさり解決した」例といえます。
なぜ国旗は似てしまうのか

ここまでのペアは偶然の一致もあれば、共通の背景から似た例もありました。実は国旗の世界には、「似てしまう構造」がいくつも組み込まれています。
色や形に「共通の意味」があるから
地域で共有される色のセット
アフリカには緑・黄・赤を使った国旗が数多くあります。独立の先輩であるエチオピアの旗に由来する、「汎アフリカ色」と呼ばれる色のセットだからです。同じように、中東には赤・白・黒・緑の「汎アラブ色」、北欧にはデンマーク発祥とされる十字デザイン「北欧十字」のグループがあります。仲間であることを示す色選びが、結果として似た旗を量産するのです。
※ 汎アフリカ色(はんアフリカしょく)とは、アフリカの連帯を象徴する緑・黄・赤(または赤・黒・緑)の配色のことです。独立を保ったエチオピアの国旗が手本になったとされています。
三色旗という「発明」の広まり
フランス革命のトリコロールに代表される三色旗は、「自由や革命の理念を色で表す」形式として世界中に広まりました。縦か横に三色を並べるという同じ土俵で、しかも使いやすい色は限られています。組み合わせが尽きて、似てしまうのは時間の問題でした。
それでも旗を変えない理由
旗は国の記憶そのもの
インドネシアの赤白には独立の記憶が、ルーマニアの三色には革命の記憶が刻まれています。「他国と紛らわしいから」という実務的な理由は、その重みの前ではなかなか勝てません。ニュージーランドの国民投票の結果が、それをよく物語っています。
似ていること自体が、歴史の証言
裏を返せば、旗が似ているのは、独立運動や革命や植民地の歴史を共有してきた証拠でもあります。そっくりな旗を見つけたら、間違い探しを楽しみつつ、その2か国が歩んだ道を見比べてみる。世界地図が少し立体的に見えてくるはずです。
ちなみに、世界には一つだけ「四角くない国旗」の国があります。こちらの記事もどうぞ。
国旗がかぶるのは、デザインの手抜きではなく、限られた色と形に国の歴史を詰め込もうとした結果の「渋滞」でした。では、もしどこかでモナコとインドネシアの旗が並んで揺れていたら——あなたは、どちらがどちらか言い当てられるでしょうか。


