たとえば「行く」という一つの動詞。相手の動作なら「いらっしゃる」になります。自分の動作なら「伺う」や「参る」、ふつうに丁寧なら「行きます」。場面によって、何通りにも姿を変えるのです。同じ意味なのに、言い方がこれほど枝分かれする言語は、そう多くありません。
日本語の敬語は、外国人学習者を悩ませる難所であり、日本人でも社会に出てから迷うものです。なぜここまで複雑なのでしょうか。じつはその背景には、千年をこえる歴史と、日本の社会のかたちが深く関わっていました。仕組みと成り立ちを、順にほどいていきます。
敬語のしくみ早見表

敬語を分けるものさしは、たった一つ。「だれを高めるのか」です。まずは全体像を、表で見てみましょう。
| 種類 | はたらき | 「食べる」の例 |
|---|---|---|
| 尊敬語 | 相手の動作を高める | 召し上がる |
| 謙譲語 | 自分を低めて相手を立てる | いただく |
| 丁寧語 | 聞き手に丁寧に述べる | 食べます |
| 美化語 | 言葉を上品に飾る | お食事 |
敬語は「3種類」から「5種類」へ

学校で習う敬語は、たいてい3種類です。ところが現在の公式な分類では、5種類に増えています。まずはこの「増えた」いきさつから見ていきましょう。
昔ながらの3分類
尊敬語・謙譲語・丁寧語
長らく親しまれてきたのが、尊敬語・謙譲語・丁寧語の3分類です。相手の動作を高めるのが尊敬語、自分の動作を低めるのが謙譲語、聞き手に丁寧に言うのが丁寧語。多くの人が学校でこの形を教わりました。
3つでは説明しきれない言葉
ところが、この3分類にうまく収まらない言葉がありました。たとえば「参る」。「明日そちらへ参ります」の「参る」は、相手を高めているわけではなく、聞き手に対してあらたまっているだけです。従来の枠では、そのあたりの説明があいまいでした。
文化庁の5分類(2007年)
※ 敬語の指針とは、2007年に文化審議会が答申した、敬語の使い方の公式な手引きです。ここで、伝統的な3分類が5分類へと整理し直されました。
謙譲語が2つに分かれた
2007年の「敬語の指針」では、謙譲語が二つに分けられました。相手に向かう動作をへりくだる「謙譲語I」と、聞き手に丁重に述べるだけの「謙譲語II(丁重語)」です。さきほどの「参る」は、この謙譲語IIにあたります。長年もやもやしていた区別に、名前がついたわけです。
美化語という第5の敬語
もう一つ加わったのが「美化語」です。「お茶」「ご飯」の「お」「ご」のように、相手を高めるのでも自分を下げるのでもなく、ただ言葉を上品に整えるはたらきを指します。だれかを敬うというより、話し手の品を映す敬語だといえるでしょう。「お」で始まる言葉の由来は、「ご飯」と「お米」の違いを扱った記事でもふれています。
それぞれの敬語の作り方

分類がわかったところで、実際の作り方を見ていきましょう。ここを押さえると、迷ったときにも組み立てられるようになります。
尊敬語——相手を持ち上げる
専用の言葉に置きかえる
尊敬語には、まるごと別の言葉に変わるものがあります。「言う」は「おっしゃる」、「見る」は「ご覧になる」、「食べる」は「召し上がる」。これらは形を覚えるしかない、いわば特別な語です。よく使うものだけに、間違えると目立ってしまいます。
「お〜になる」「〜れる」で組み立てる
専用の言葉がない動詞は、型にはめて作れます。「書く」なら「お書きになる」、「読む」なら「読まれる」。この「お〜になる」や「〜れる・られる」は、どんな動詞にも使える便利な尊敬語の型でした。ただし、あとで述べるように、重ねすぎには注意が必要です。
謙譲語——自分を低くする
自分の動作をへりくだる
謙譲語は、自分側の動作を低めることで、結果として相手を立てる敬語です。「言う」は「申す」、「見る」は「拝見する」、「もらう」は「いただく」。主語はあくまで自分。自分を一歩下げることで、相手が自然と持ち上がる仕組みになっています。
謙譲語Iと謙譲語II(丁重語)のちがい
さきほど分かれた二つの謙譲語は、ここで効いてきます。「先生のお宅に伺う」の「伺う」は、向かう相手(先生)を立てる謙譲語I。いっぽう「これから参ります」の「参る」は、特定の相手ではなく、聞き手にあらたまる謙譲語IIです。同じ「行く」でも、相手がいるかどうかで使い分ける。ここが敬語の細やかさであり、難しさでもありました。
丁寧語と美化語——聞き手への心づかい
です・ます・ございます
丁寧語は、相手が目上でも目下でも、聞き手に対してていねいに述べるための敬語です。「です」「ます」「ございます」がその代表。敬語の中では、いちばん身近で使いやすい形といえるでしょう。会話の土台を、やわらかく整えてくれます。
「お」「ご」で上品に
美化語は、「お」「ご」を付けて言葉に品を持たせます。「花」を「お花」、「連絡」を「ご連絡」とするように。ただし、なんにでも付ければよいわけではありません。付けすぎるとかえって嫌味に響くこともあり、さじ加減が問われる敬語でした。
なぜここまで複雑になったのか

これほど込み入った体系は、一日でできたものではありません。敬語の複雑さは、日本の社会が長い時間をかけて積み上げてきたものでした。
身分社会が生んだ上下の言葉
起源は古代の神事とされる
敬語のはじまりは、古代の神事にさかのぼるといわれます。神をうやまう祝詞(のりと)の中で、特別な言い回しが使われたのがルーツだという説です。尊敬語や謙譲語は、すでに8世紀の文献に姿を見せています。敬語は、思いのほか古い衣をまとっていたのでした。
身分を言葉で示す必要があった
古代から中世の身分社会では、だれが上でだれが下かを、言葉ではっきり示す必要がありました。相手の位に応じて言い方を変えることは、礼儀であると同時に、社会の秩序でもあったのです。上下関係が、そのまま言葉の形に刻み込まれていきました。
江戸で「身分によらない敬語」へ
武家社会の「相手を立てる」精神
大きな転機は江戸時代でした。武家社会では、身分が同じか自分より下の相手であっても、むやみに粗末に扱ってはならないという考えが広まります。相手を立てるという発想が、身分の上下だけに縛られない敬語を育てました。敬語が「マナー」に近づいていった時期です。
町人や客商売のなかで広がる
師匠と弟子、あるいは店と客。こうした関係が広がると、身分ではなく間柄に応じた敬語が発達しました。身分制度がなくなった今も敬語がしっかり残っているのは、それが早い段階で「人と人の距離をはかる道具」へと育っていたからでした。敬語は、身分の名残であると同時に、対人関係の潤滑油でもあるのです。
やりがちな「敬語の誤用」

複雑なだけに、敬語には落とし穴もつきものです。ていねいにしようとするあまり、かえって形をくずしてしまう例を見ておきましょう。
二重敬語——重ねすぎ
敬語を二重にかけてしまう
一つの言葉に同じ種類の敬語を重ねるのが、二重敬語です。「召し上がる」だけで十分な尊敬語なのに、「お召し上がりになる」とさらに型をかぶせてしまう。ていねいにしようとする気持ちが、かえって過剰さを生みます。もっとも、「お召し上がりください」のように、慣習として広く許されている形もあります。
バイト敬語(マニュアル敬語)
「〜のほう」——意味もなくぼかす
接客の現場でよく耳にするのが、いわゆるバイト敬語です。「お会計のほう、お願いします」の「のほう」は、本来は二つを比べるときの言い方。比べる相手がいないのに使うと、意味もなくぼやけた表現になってしまいます。「お会計をお願いします」で、じつはすっきり通じるのでした。
「〜になります」「よろしかったでしょうか」
「こちらがワインリストになります」も、よく指摘される例です。「なる」は本来、何かが別のものへ変化することを表す言葉。変わらないものに使うのは筋が通らず、「ワインリストでございます」が正しい形です。また「ご注文はこちらでよろしかったでしょうか」の過去形も、確認は今のことなので、「よろしいでしょうか」で足ります。どれも、ていねいさを求めた結果、文法がねじれてしまった例でした。
豆知識——敬語は日本だけのもの?

ここまで見ると、敬語は日本語だけの特殊な仕組みに思えてきます。けれど、世界を見わたすと、そうとも言い切れません。
世界の「敬意の表し方」
韓国語にも複雑な敬語がある
お隣の韓国語にも、相手や場面によって語尾や言葉が変わる、こみ入った敬語の体系があります。年上か年下かで話し方をきっちり変える点は、日本語以上に厳密ともいわれます。敬語は、日本だけの発明ではなかったのです。
英語は文法よりも言い回しで
いっぽう英語には、日本語ほど整った文法的な敬語はありません。そのかわり、「Could you〜?」のような遠回しな言い方や、pleaseといった婉曲な表現で丁寧さを出します。敬意の表し方は、言語ごとに個性があるというわけです。形が違うだけで、相手を思う気持ちは、どの言葉にも流れていました。
敬語は、ときに面倒で、ときに息苦しくも感じます。それでも一つひとつの言い回しには、相手との距離をはかり、立てようとする心づかいが宿っています。千年をかけて磨かれてきたこの繊細な道具を、私たちは今日も、無意識のうちに使いこなしているのでした。頭を下げるお辞儀と同じく、敬語もまた、日本人の「敬いのかたち」の一つなのかもしれません。

関連記事



