方位磁石はなぜ北を指すのか——地球という大きな磁石

身近な科学の話
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方位磁石の赤い針が、いつも同じ方向でぴたりと止まる。あれは、地球そのものが巨大な磁石になっているからです。ただし少しあまのじゃくな話で、北極のあたりにあるのは磁石の「N極」ではなく「S極」。異なる極どうしは引き合うので、針のN極が北へ引き寄せられる、という仕組みになっています。

身近な道具のわりに、その理由をたどると地球の中心や、遠い過去の話にまでつながっていきます。方位磁石をめぐる素朴な疑問は、大きく四つ。まずは全体像を一枚の表にまとめておきます。

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方位磁石の四つの疑問と答え

疑問答え(一言で)
なぜ北を指すのか地球が大きな磁石で、その磁力に針が引かれるから
北極にあるのはどの極か磁石でいう「S極」。だから針のN極が引き寄せられる
正確に真北を指すのか少しずれる。地図の北(真北)との差を「偏角」という
その北はずっと同じかいいえ。北を示す点は動き、過去には南北が逆転した

ここから先は、この四つを順にほどいていきます。針が「だいたいの北」を指す道具である理由も、その途中で見えてくるでしょう。

地球そのものが「大きな磁石」だから

方位磁石が北を指す一番の理由は、地球が一個の巨大な磁石として働いているからです。この地球規模の磁力を「地磁気」と呼びます。

地球の中に棒磁石があると考える

北極側にS極、南極側にN極

地磁気のイメージをつかむには、地球の中心にまっすぐな棒磁石が一本ささっていると考えるのが近道です。その棒磁石は、北極の近くにS極、南極の近くにN極が来るように置かれています。理科で習う「北はN極」の感覚とは逆で、ここがつまずきやすいところです。

異なる極が引き合うから針は北へ

磁石には、同じ極どうしは反発し、異なる極どうしは引き合うという性質があります。方位磁石の赤い側はN極なので、地球側のS極、つまり北へと引き寄せられます。「北を指す」という現象の正体は、この一組の引き合いにほかなりません。

磁力を生むのは地球の中心「外核」

溶けた鉄の流れが電流を生む

もちろん、地球の中に本物の棒磁石が埋まっているわけではありません。地磁気の源は、地下およそ2900キロより深い場所にある「外核」だと考えられています。ここは鉄やニッケルがどろどろに溶けた層で、その流れが電流を生み、電流がまた磁場をつくる。この自己増殖のような働きが、地球全体を磁石にしています。

ダイナモ作用とは、溶けた金属などの導電性の流体が動くことで電流と磁場が生まれ、それが互いを保ち合う仕組みのことです。地球の磁場はこの働きで維持されていると考えられています。

目に見えない磁場を「見せる」道具

地磁気は目にも見えず、手でも感じられません。その見えない流れに沿って軽い針がそっと向きを変え、私たちに方向を教えてくれる。方位磁石は、地球の磁場を可視化する小さな装置だといえます。数百円の道具が、地球の中心の営みを映している、と考えると少し愉快です。

針はどうやって「北」を知るのか

地球が磁石であることは分かりました。では、あの細い針はどうやってその向きを読み取っているのでしょうか。

磁力線に沿って回り、止まる

針そのものが小さな磁石

方位磁石の針は、鉄を磁化してつくった小さな磁石です。ごく軽い針を中心の一点で支え、摩擦をほとんどゼロに近づけてあるので、弱い地磁気でもくるりと回れます。地球の磁力の向き(磁力線)に沿うところまで回り、そこで落ち着くのです。

「N極」という名前は「北を指す極」の意味

そもそも磁石のN極・S極という呼び名は、方位磁石から来ています。Nは北(North)、Sは南(South)の頭文字で、「北を指すほうの極」がN極と名づけられました。つまり「N極が北を向く」というのは、半分は名前の約束でもあるわけです。地球側の極をS極と呼ぶのも、この決め方から自然に導かれています。

じつは針は水平ではない

伏角(ふっかく)という傾き

地球の磁力線は、地面と平行に走っているわけではありません。北半球では斜め下向きに地面へもぐり込んでいて、これに素直に従うと針の北側が下へ傾こうとします。この地面に対する傾きが「伏角(ふっかく)」です。日本ではおよそ50度前後もの角度で、針を下へ引く力がかかっています。

だから重さで調整してある

そのままでは針が傾いて読みにくいので、方位磁石は反対側にわずかな重さを加えるなどして、水平に見えるよう調整されています。地磁気の傾き方は場所で違うため、針の重心を地帯ごとに変えた製品も市販されているほどです。北半球用をそのまま南半球へ持って行くと、針が傾いて使いにくくなることがあります。

「北」を指すといっても、少しずれている

方位磁石が示す北は、地図の真上の北とぴったり同じではありません。この差を知らないと、登山などで少しずつ道をそれてしまいます。

磁北と真北は同じではない

偏角(へんかく)とは何か

方位磁石が指す北を「磁北」、地図の縦線が示す北(北極点の方向)を「真北」といいます。この二つの角度のずれが「偏角(へんかく)」です。地球の棒磁石はきれいに自転軸と重なってはおらず、少し傾いているため、両者は一致しません。

日本では西へずれる

日本の場合、磁北は真北より西側にずれます。これを西偏といいます。国土地理院によると、そのずれ幅は過去50年ほどで1.4度ほど大きくなってきました。針は正確な真北ではなく、「少し西寄りの北」を指していると覚えておくと安心です。

ずれ方は場所によって違う

北海道は大きく、沖縄は小さい

偏角の大きさは日本の中でも一様ではありません。北ほど大きく、南ほど小さくなる傾向があります。国土地理院の2020年の地磁気図をもとに、おおよその値を並べてみましょう。

地域西へのずれ(偏角の目安)
北海道(中頓別町付近)約11度
本州の多く約7〜8度
沖縄・石垣島約5度
南鳥島約0.2度(ほぼ真北)

地図と登山での補正

地形図の欄外には、その土地の偏角が書き込まれています。登山者が地図とコンパスを合わせるときは、この値のぶんだけ角度を補正するのが基本です。ほんの数度でも、長い距離を歩けば到達点は大きくずれてしまう。方位磁石の「少しの西寄り」は、山では無視できない差になります。

指す先の「北」も動いている

ここまでの話には、もう一つの前提が隠れていました。針が向かう「北」そのものが、実はじっとしていないのです。

北磁極はカナダからシベリアへ

年に数十キロで移動している

方位磁石が実際に向かう地点を「北磁極」といいます。この点は長年カナダの北の海にありましたが、近年はシベリア方向へ移動を続けています。2000年以降は平均で年およそ55キロというかなりの速さで動いた時期もあり、専門家が予想を上方修正するほどでした。

動く原因は外核の流れ

北磁極が動くのは、磁力を生む外核の流れが少しずつ変化しているからだと考えられています。地球の内部は固定された機械ではなく、ゆっくり対流し続ける液体の層を抱えています。その揺らぎが、地表の私たちの針先にまで届いている、というわけです。

過去には北と南が入れ替わった

最後の逆転は約77万年前

もっと長い目で見ると、地磁気のN極とS極はこれまで何度も入れ替わってきました。これを「地磁気逆転」と呼びます。直近の逆転はおよそ77万年前で、名前を松山‐ブリュンヌ逆転といいます。もしその時代に方位磁石があったなら、針は北ではなく南を指していたことでしょう。

証拠は千葉の地層「チバニアン」

この逆転の記録が、きれいに残っている場所が日本にあります。千葉県市原市の地層で、地磁気が逆転していく様子が連続して読み取れることから、この時代は「チバニアン(千葉時代)」と名づけられました。研究によれば、南北が入れ替わるまでには約2万年ほどかかったとされています。針の指す北は、地質の時間では決して当たり前の向きではないのです。

もう一歩深く ― 方位磁石のルーツ

始まりは中国の「指南」

方位を磁石で知る道具のルーツは、古代中国にさかのぼるとされています。天然の磁石(磁鉄鉱)が南北を向く性質は早くから知られ、やがて航海や占い、風水などに使われるようになりました。方角を教えるという意味で「指南」の語が生まれ、今も「指南役」という言葉に残っています。

GPSの時代に、それでも消えない道具

衛星で位置が分かるGPSが普及した今も、方位磁石は登山やアウトドアの定番であり続けています。電池も電波も要らず、地球そのものを相手にしているので、電源が切れても壊れにくい。文明の道具というより、地球の性質をそのまま借りている道具だからこその強みです。

手のひらの小さな針は、地球の中心で渦巻く鉄の流れといまつながっています。その北は完全な真北ではなく、しかもごくゆっくりと居場所を変えている。針が指しているのは「地球という大きな磁石が、いまこの時代にいる場所」です。そう思って眺めると、あの震えるような一瞬の静止も、少し違って見えてきます。