「単純温泉」は何が“単純”なのか——泉質の分類

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「単純温泉」の「単純」は、成分の乏しい安っぽい湯という意味ではありません。温泉に溶けている物質の総量が、ある基準に届かないというだけの話です。中身が単純なのではなく、数字が控えめ。ここを取り違えると、隠れた名湯を「ただのお湯」と読み違えてしまいます。

では、その基準とは何なのか。なぜ「単純」と呼ばれることになったのか。順にほどいていきます。

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まず位置を確かめる——単純温泉はどこにいる湯か

露天風呂の湯船

単純温泉を理解する近道は、「温泉」という言葉が三段階で絞り込まれていく様子をつかむことです。いちばん広い「温泉」から、治療に使える「療養泉」へ。そこからさらに「単純温泉」へと、条件が段々に狭まっていきます。

段階満たす条件満たすと
温泉法上の「温泉」湧出時の泉温が25℃以上、または定められた成分を一定量以上含む「温泉」を名乗れる
療養泉泉温25℃以上、または療養向けの特定成分が規定量以上泉質名が付けられる
単純温泉療養泉のうち、溶存物質が1kgあたり1000mg未満「単純温泉」に分類される

温泉法の「温泉」はかなり幅広く、冷たくても定められた成分さえ入っていれば温泉を名乗れます。そこから一歩進んで、泉質名が付くのが療養泉です。単純温泉はその療養泉の一種で、溶けている物質の量が少ない側に位置します。「弱い温泉」ではなく、「濃さで線を引いたときに薄い側に入る温泉」という言い方が実態に近いところです。

「単純」が指すのは成分の“量”——種類ではない

ビーカーに入った液体

単純温泉という名前は、成分の「種類」が単一だと言っているわけではありません。見ているのは、あくまで溶けている物質の合計の量です。

1000ミリグラムという境界線

溶存物質の総量で線を引く

環境省の鉱泉分析法指針では、温泉水1kg中の溶存物質(気体を除く)が1000mg、つまり1gに満たないものを単純温泉としています。ナトリウムや炭酸水素イオンといった成分が、ぜんぶ足しても1gの壁を越えない。この一点だけで単純温泉かどうかが決まります。1gを超えれば、含まれる成分に応じて塩化物泉や炭酸水素塩泉などの別の名前になります。

25℃という温度の条件も付く

もうひとつの条件が、泉温25℃以上であること。溶存物質が少なくても、この温度を満たせば単純温泉として扱われます。逆に成分も温度も基準に届かなければ、そもそも療養泉の泉質名は付きません。単純温泉は「薄いけれど、温泉としての線はきちんと越えている湯」というわけです。

成分の種類はむしろ多彩

量だけを見た分類だから中身は一様でない

単純温泉は「溶質の総量」という一本の物差しだけで区切った分類です。そのため、同じ単純温泉でも湯ごとに含まれる成分の顔ぶれはばらばらで、決まった性質があるわけではありません。ある湯はナトリウムがやや多く、別の湯はカルシウムが目立つ、といった具合です。「単純温泉」とひとくくりにされていても、中身は思いのほか多様なのです。

「単純」は“薄い”の意味に近い

言い換えれば、「単純」という語は成分の少なさというより、濃度の薄さを表しています。個々の成分がゼロなのではなく、どれも規定の量には届かない。料理でたとえるなら、たくさんの出汁が入っていても、どれも主役になるほど濃くはない。そんな状態に近いと言えます。だからこそクセが出にくく、後で触れるように多くの人に向く湯になるわけです。

pHで顔が変わる——アルカリ性単純温泉の“とろとろ”

温泉に入る女性

同じ単純温泉でも、pH(酸性・アルカリ性の度合い)によって肌ざわりが大きく変わります。とくにアルカリ性に寄った湯は、独特のぬるぬる感で知られる存在です。

pH8.5が分かれ目

アルカリ性単純温泉という呼び名

湧出地でのpHが8.5以上の単純温泉は、「アルカリ性単純温泉」と呼ばれます。8.5未満なら、頭に何も付かないただの単純温泉です。同じ薄さの湯でも、この数字ひとつで名前と入り心地が変わってくるのが面白いところです。

ぬるぬるの正体

アルカリ性の湯に入ると、肌が「とろとろ」「ぬるぬる」する感触があります。これは、アルカリ成分が皮膚表面の古い角質をやわらかく落とすために起きるとされています。石けんで洗ったときのぬめりに近い現象です。汚れやざらつきが取れて、湯上がりに肌がすべすべに感じられます。

「美肌の湯」と呼ばれる理由

下呂・道後という実例

アルカリ性単純温泉は、名の知れた温泉地にも多くあります。岐阜の下呂温泉はアルカリ性単純温泉に分類され、愛媛の道後温泉はpHが約9のアルカリ性の単純泉です。どちらも「美肌の湯」として親しまれてきました。派手な色や強い匂いはなくても、肌あたりのよさで長く愛されている湯だと言えます。

薄いのに“効きそう”な感触の理由

成分が薄いはずなのに、入るとはっきり肌が変わる。この体感は、成分の濃さではなくpHという別の性質から来ています。溶けている量が少なくても、アルカリ性という水の質そのものが肌に働きかけるわけです。「濃い湯ほど効く」という思い込みが、単純温泉では通用しないことがよくわかります。

刺激が少ないから“万人の湯”——弱いのではない

温泉に入る高齢の男性

単純温泉の最大の持ち味は、クセの少なさです。これを「効き目が弱い」と受け取るか、「誰にでも合う」と受け取るかで、この湯の見え方はまるで変わります。

体にやさしいという価値

子どもから高齢者まで

成分が薄いぶん肌や体への刺激がおだやかで、小さな子どもから高齢の方まで安心して入りやすいとされています。強い酸性泉や硫黄泉のようにピリッとした刺激や独特の匂いがなく、湯あたりもしにくい。家族で湯めぐりをするようなときに、選びやすい湯だと言えます。

期待される効能

単純温泉には、療養泉に共通する一般的適応症のほか、不眠症などへの効果が挙げられています。疲労回復やのんびりしたい日にも向く湯です。刺激が少ないことは、裏を返せば体への負担が軽いということでもあります。

日本で最も多いタイプの湯

各地にありふれている

単純温泉は、日本列島の各地で見られるありふれた泉質です。日本の温泉の4割以上が単純温泉だとも言われます。数が多いぶん「ふつうの湯」という印象を持たれがちですが、それは裏を返せば、それだけ多くの土地で湧いている身近な湯だということです。

ありふれているが名湯も多い

ありふれているからといって、格が低いわけではありません。前に挙げた下呂や道後のように、単純温泉には全国区の名湯がいくつもあります。分類の上では地味でも、実際に浸かってみれば「これが単純温泉か」と印象が変わる湯は少なくありません。名前の地味さと湯の実力は、別の話なのです。

まぎらわしい名前——「単純硫黄泉」は単純温泉ではない

木の風呂桶

温泉分析書を見ると、「単純」の付く泉質名が単純温泉のほかにもあります。ここが混乱しやすいところなので、整理してみましょう。

特定の成分が規定量に届けば別の泉質になる

硫黄が規定量あれば硫黄泉

溶存物質の総量は1000mg未満でも、硫黄やラドンといった特定の成分だけが規定量に達している場合があります。そのときの呼び名は単純温泉ではなく、その成分の名を冠した泉質、たとえば硫黄泉です。総量が薄くても、特定成分が一定量あれば話は別、というわけです。

「単純◯◯泉」の読み解き方

たとえば栃木の鬼怒川温泉は「アルカリ性単純硫黄泉」と表示されることがあります。これは硫黄泉の一種で、単純温泉ではありません。この「単純」は、硫黄以外の成分が薄いことを表すために付いています。つまり「単純温泉」の単純と、「単純硫黄泉」の単純は、同じ字でも役割が違います。前者は分類名そのもの、後者は硫黄泉の中の性質を表す修飾語なのです。

呼び名分類「単純」が意味するもの
単純温泉泉質名そのもの溶存物質の総量が1000mg未満
アルカリ性単純温泉単純温泉の一種薄く、かつpH8.5以上
単純硫黄泉硫黄泉の一種硫黄は多いが他の成分は薄い

泉質は全部で10種類

2014年の改訂で含よう素泉が独立

療養泉の泉質は、単純温泉・塩化物泉・炭酸水素塩泉・硫酸塩泉・二酸化炭素泉・含鉄泉・酸性泉・含よう素泉・硫黄泉・放射能泉の10種類に分けられます。2014年(平成26年)の鉱泉分析法指針の改訂で、それまで塩化物泉に含まれていた含よう素泉が独立し、現在の10種類になりました。

単純温泉はその筆頭

10種類のうち、単純温泉は総量で線を引くいちばんシンプルな分類であり、数の上でも代表格です。他の9つが「何が入っているか」で名前が決まるのに対し、単純温泉だけは「どれも規定量に届いていない」という消去法的な立ち位置にあります。分類表の先頭に置かれることが多いのも、うなずける話です。

豆知識:色のついた単純温泉「モール泉」

紅茶のような茶褐色の飲み物

「単純温泉は無色透明で地味」という印象を裏切る湯もあります。北海道の十勝川温泉などに見られる、紅茶のような茶褐色をした「モール泉」です。

この色は、大昔の植物が土の中で長い時間をかけて変化してできた腐植質(フミン酸などの有機物)が溶け込んでいるためだとされています。有機物で色づいていても、溶存物質の総量としては1000mgに届きません。だから、モール泉という通称で呼ばれていても、正式な分類は単純温泉です。十勝川温泉のモール泉は、その希少さから北海道遺産にも選ばれています。「単純温泉=色も個性もない湯」という思い込みが、いちばんの誤解なのかもしれません。

「単純温泉」という名前は、湯そのものが単純だと言っているのではなく、成分表の数字が控えめだと言っているだけのこと。中身は湯ごとに違い、pH次第で肌ざわりも変わり、色づく湯さえあります。強い個性を主張しないぶん、誰のことも選ばずに受け入れる——単純だからこそ、いちばん懐が深い湯なのだと言えそうです。

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