ゴミ置き場を荒らす黒い鳥、というだけの印象で片づけてしまうと、カラスの正体を見誤ります。枝を削って道具を作り、水位を計算して餌を取り、一度こわい目にあわせた人の顔を何年も忘れない。研究者たちが実験でたしかめてきたカラスの能力は、鳥という枠を超えて「霊長類に近い」とまで言われるほどです。
ここでは、カラスの賢さを裏づける代表的な行動を、実際の研究にそって一つずつ見ていきます。その土台にある「脳のつくり」まで踏み込めば、賢さの正体がぐっと具体的になるはずです。
カラスの賢さは、この四つの証拠に表れる
まず、この記事で紹介する能力を一望にしておきます。それぞれが別々の研究で確かめられたもので、単なる逸話ではありません。
| 能力 | 代表的な例 | そこからわかること |
|---|---|---|
| 道具を作る | 枝を削ってかぎ形の道具にする(カレドニアガラス) | 目的に合わせて物を加工できる |
| 因果を読む | 石を落として水位を上げ、浮いた餌を取る | 「こうすればこうなる」を理解している |
| 顔を覚える | 危害を加えた人の顔を数年たっても見分ける | 個体を長期に記憶し、仲間にも伝える |
| 場所を覚える | 餌を数十か所に隠し、隠し場所を記憶する | 膨大な位置情報を管理できる |
以下、上から順に見ていきましょう。なお「カラス」とひとくくりにしましたが、研究の主役は種によって違います。登場する顔ぶれは記事の後半で整理します。
道具を「作って」使う——枝を削るカレドニアガラス

道具を使う動物はチンパンジーやラッコなど何種かいますが、道具を自分で「作る」段階まで進む野生動物はごくわずかです。南太平洋のニューカレドニアに暮らすカレドニアガラスは、その数少ない例のひとつです。
かぎ形の道具を、自分で削り出す
世界で唯一「フックを作る」野生動物
カレドニアガラスは、特定の植物から枝分かれした小枝を選びます。それを足で押さえながら先端を噛んで削り、小さなかぎ(フック)を作り出すのです。このかぎで木の穴や樹皮のすき間から幼虫を引っかけて取り出します。かぎ付きの道具を野生でこしらえる動物は、人間以外に確認されていないとされています。
フックがある道具は数倍速い
ただの棒とかぎ付きの道具では、餌の取れる速さはまるで違うのです。研究では、かぎ付きの道具を使うと、まっすぐな道具に比べて隠れた餌を数倍(条件によっては十倍近く)速く取り出せたと報告されています。手間をかけてかぎを作るのは、それに見合う効率の差があるからでしょう。
道具を「価値あるもの」として扱う
手間のかかる道具ほど、なくさないように置く
作るのに手間のかかるかぎ付きの道具を、カレドニアガラスはただの棒よりも慎重に扱うことがわかっています。足で押さえたり穴に差し込んだりして、落として失わないように管理するのです。作る労力が大きい道具ほど大事にする——人の「もったいない」に近い感覚がうかがえます。
針金を曲げて道具にしたベティ
飼育下のベティという個体は、まっすぐな針金を自分でかぎ形に曲げ、深い筒の底にある餌入りのバケツを引き上げてみせました。もともと針金を曲げる習性があったわけではなく、目の前の問題を解くために素材を加工した点が驚きをもって受け止められました。ただし後年、野生でも枝を曲げる行動が知られており、まったくの無からの発明ではないとする見方もあります。
※ 日本の街で見かけるハシブトガラス・ハシボソガラスは、こうした枝の道具作りはしません。道具作りが確認されているのは主にカレドニアガラスで、「カラスは道具を作る」は種を限った話です。
水を「増やして」餌を取る——イソップ寓話の実証

「のどのかわいたカラスが、水差しに小石を落として水位を上げ、水を飲む」——イソップ寓話の一話です。この作り話を実験で再現すると、カラスの仲間は本当に石を使って水位を上げてみせました。
石を落として水位を上げる
ミヤマガラスが寓話どおりに解いた
研究者が、水に餌を浮かべた細い筒と小石を用意したときのことです。ミヤマガラス(カラス科の一種)は石を筒に落として水位を押し上げ、浮いた餌を手繰り寄せました。カレドニアガラスでも同じ課題が確かめられています。石を水に入れれば水面が上がるという因果を、教わらずに使いこなしたわけです。
大きい石を選び、水位に合わせて数を調整する
この行動はまぐれではありません。カラスたちは小さい石より大きい石を選んで入れ、水ではなくおがくずの入った筒には石を落とさず、餌が届く高さになったところで手を伸ばしました。落とす石の数まで水位に合わせて加減していた例もあります。「何をどうすれば水面が上がるか」を、かなり正確に把握していたのでしょう。
人の顔を覚え、何年も忘れない

カラスは、一度こわい思いをさせた相手の顔を長く記憶します。この能力を確かめたのが、アメリカのワシントン大学でおこなわれた「マスク実験」です。
「こわい人」の顔を記憶する実験
原始人マスクをかぶった捕獲実験
研究チームは原始人のゴムマスクをかぶってアメリカガラスを捕まえ、足環を付けてから放しました。カラスにとっては「こわい目にあわされた顔」です。その後、同じ原始人マスクをかぶって構内を歩いてみます。するとカラスたちはいっせいに「カー」と鳴き、羽をばたつかせて騒ぎ立てました。一方、無害な別のマスクをかぶって歩いても、そうした警戒はほとんど起きませんでした。
危険人物には「叱り声」で応じる
この警戒の鳴き声は、英語で scolding(叱ること)と呼ばれます。捕獲に使った顔を見分けて、集団で抗議するのです。しかも顔さえ一致すれば服装が変わっても反応したことから、髪型や服ではなく「顔そのもの」を手がかりにしていると考えられています。
覚えた顔を、仲間に「伝える」
五年で、叱るカラスが二割から六割へ
もっとも驚かされたのは、時間がたつほど反応する個体が増えた点です。実験直後に原始人マスクを叱ったのは大学周辺のカラスの二割ほどでしたが、五年後にはおよそ六割にまで広がっていたといいます。捕まえた七羽だけでは、この増え方は説明できません。
直接会っていない個体にも広がる
研究者は、危険な顔の情報が親から子へ、また騒ぎを見ていた仲間へと伝わっていったと見ています。つまり自分が捕まっていなくても、「あの顔は危ない」と学んだ個体が増えたわけです。個体を覚えるだけでなく、その知識を集団で共有する——社会性の高さを示す結果として注目されました。
餌を隠し、隠し場所を覚えている——貯食のすごさ

カラス科の鳥には、食べきれない餌をあちこちに隠しておく習性があります。これを貯食(ちょしょく)と呼びます。ただ隠すだけなら他の動物もしますが、カラスの仲間はその場所を驚くほど正確に覚えているのです。
何十か所もの隠し場所を記憶する
百か所を超える隠し場所を覚える例も
余った餌を数十か所、多いときには百か所以上に分けて隠し、その大半を後から回収できると報告されています。人が同じことをすれば、隠した端からどこに置いたか怪しくなりそうなものです。カラスはこの膨大な位置情報を、地形や目印を手がかりに管理していると考えられています。
腐りやすい餌から先に回収する
場所を覚えるだけではありません。傷みやすい餌をどこに隠したかも把握し、腐る前に先に食べにいくとされています。「いつ・どこに・何を」隠したかをまとめて記憶しているわけで、単純な暗記を超えた情報処理がうかがえるのです。
「見られていた」ことまで覚えている
目撃者がいると、あとで隠し直す
近縁のアメリカカケスでは、餌を隠すところを別の個体に見られていると、その相手が去ったあとにこっそり隠し場所を移し替える行動が知られています。盗まれる危険を見越しているのでしょう。「あいつに見られた」という記憶が、その後の行動を変えている点が興味深いところです。
賢さの土台——小さな脳に「霊長類並み」の神経細胞

ここまでの能力を支えているのが、カラスの脳のつくりです。鳥の脳は小さく、長らく単純だと思われてきましたが、近年の研究でその見方は大きく塗り替えられました。
密度でかせぐカラスの脳
同じ重さの霊長類の、およそ二倍の神経細胞
2016年に発表された研究で、鳥の脳の神経細胞(ニューロン)が数え直されました。するとカラスなどの脳は、同じ重さの霊長類の脳のおよそ二倍もの神経細胞を詰め込んでいたのです。脳は小さくても、中身がぎっしり高密度なわけです。しかもその多くが、思考をつかさどる前脳に集まっていました。
前頭前野のような働きをする領域
カラスの脳には、哺乳類の前頭前野(ぜんとうぜんや)——計画や判断を担う部分——に相当する働きをする領域があるとされています。人間とは進化の道すじが違うのに、似た機能を別のつくりで実現している点が、研究者を惹きつけてきました。数の少ない脳細胞を効率よく使うことで、あの複雑な行動が生まれているのだと考えられています。
豆知識——身近なカラスの「クルミ割り」

海外の話ばかりではありません。日本のカラスにも、賢さをうかがわせる有名な行動があります。宮城県仙台市などでは、ハシボソガラスが硬いクルミを道路に置く姿が観察されてきました。通りかかった車にひかせて殻を割り、中身を食べるのです。二十年ほど前から見られるようになった行動だといわれます。
「信号が赤で車が止まっている間に殻を拾いにいく」といった、まるで信号を読んでいるかのような描写も紹介されます。ただ、どこまでを本当に理解しているのかは慎重に見る必要があり、そこは今も議論の残るところです。とはいえ、身近な道具(車)を殻割りに利用する発想そのものが、カラスらしいしたたかさを感じさせます。
最後に、この記事に登場したカラスたちを整理しておきます。
| 名前 | おもな舞台 | 知られる行動 |
|---|---|---|
| カレドニアガラス | ニューカレドニア | かぎ形の道具を作る |
| ミヤマガラス | 実験(欧州) | 石で水位を上げる |
| アメリカガラス | 北米 | 人の顔を覚える |
| アメリカカケス | 北米 | 見られると餌を隠し直す |
| ハシボソガラス | 日本 | 車にクルミを割らせる |
ゴミ置き場でこちらをちらりと見るあの黒い鳥は、もう私たちの顔を覚えているのかもしれません。賢さを厄介がる前に、相手がこの世界をどう見ているのかを想像してみる。そうすると、ただの害鳥だと思っていた存在が、少し違った表情を見せてはこないでしょうか。
関連記事



