方位磁石の針が北を指すのは、地球そのものが大きな磁石だからです。北極のそばには磁石の「S極」にあたる場所があり、針のN極がそこへ引き寄せられます。ただし針が向くのは地図の北、つまり北極点ではありません。日本の多くの地域では真北より西へ5〜11度ほどずれていて、その向きも年ごとに少しずつ動いているのです。
地球はひとつの大きな磁石

北極のそばにあるのは磁石のS極
地球が持つ磁石の力が「地磁気」です。地球の中心に一本の棒磁石が埋まっている姿を思い浮かべると分かりやすく、その棒は北極側にS極、南極側にN極を向けています。気象庁の地磁気観測所も、北極付近は地磁気の「S極」にあたると説明しているほどです。
磁石は同じ極どうしが反発し、違う極どうしが引き合います。方位磁石の色の付いた側はN極なので、地球のS極がある北へ向かって回ります。「北はN極」という感覚とは逆向きで、ここが一番つまずきやすいところです。
磁石の力を生むのは地下の溶けた鉄
もちろん、地球の中に本物の棒磁石があるわけではありません。地磁気の大部分は、地下深くの「外核」でつくられています。外核は鉄を主とする金属がどろどろに溶けた層です。その流れが電流を生み、電流が磁場をつくり、磁場がまた流れに働きかけます。この繰り返しで、地球全体が磁石として保たれていると考えられています。
※ ダイナモ作用とは、電気を通す液体が動くことで電流と磁場が生まれ、互いを保ち合う仕組みのことです。発電機(ダイナモ)になぞらえて、こう呼ばれます。
地表に届く磁石の力はごく弱い
地球規模の磁石といっても、地表での力はとても弱いものです。地磁気観測所によると、日本付近の地磁気の強さは約4万6000ナノテスラ(0.046ミリテスラ)です。磁石を近づけた砂鉄のように目に見えて動くほどの力ではありません。方位磁石は、そんなかすかな力でも動けるように作られた道具なのです。
針はどうやって北を探り当てる?

針そのものが軽い磁石
方位磁石の針は、鉄などを磁化してつくった細長い磁石です。とても軽く作られ、中心の一点だけで支えられているので、摩擦がほとんどありません。弱い地磁気に引かれて磁力の向きに沿うところまで回り、そこで止まります。砂鉄が磁石のまわりで線を描くのと同じで、針は見えない磁力の流れをなぞっているのです。
N極という名前は「北を指す側」
磁石のN極・S極という呼び名は、方位磁石の向きから来ています。NはNorth(北)、SはSouth(南)の頭文字で、北を指す側をN極と決めました。そう決めた以上、北で針を引きつけている地球側の極は、引き合う相手であるS極と呼ぶほかありません。北極にS極があるという少し不思議な話は、名前の付け方から生まれた結果でもあります。
針はなぜ下へ傾こうとする?

磁力の線は地面へ斜めにもぐる
地磁気の力は、地面と平行に走っているわけではありません。北半球では斜め下へ向かって地面にもぐり込んでいて、針を自由に動けるようにすると北側が下へ傾きます。この水平からの傾きが「伏角(ふっかく)」。伏角は極に近づくほど大きくなり、北極・南極の真上では針がほぼ真下を向きます。
日本でも北と南で20度ほど違う
国土地理院の「磁気図(伏角)2020.0年値」を見ると、日本の伏角は本州の中ほどで約50度です。北海道の北部では60度近く、沖縄では40度前後まで小さくなる。同じ国の中でも、針を下へ引く角度にはこれだけの差があるのです。
針の反対側に小さなおもり
そのままでは針が傾いてケースに触れてしまうので、方位磁石は南側に小さなおもりを付けるなどして水平に見えるよう調整してあります。伏角は場所で変わるため、登山用のコンパスには地域ごとにつり合いを変えた製品もあります。北半球向けを南半球へ持って行くと、針が傾いて動きにくくなることがあるのはこのためです。
針が向く先は北極点ではない

磁北と真北のずれが「偏角」
方位磁石が指す北を「磁北」、地図の縦の線が示す北極点の方向を「真北」といいます。この二つの角度の差が「偏角(へんかく)」です。地球の棒磁石は自転の軸とぴったり重なっておらず、磁場の形も場所ごとに複雑にゆがんでいます。そのため磁北と真北は一致しません。
日本はほぼ全域で西へずれる
磁北が真北より東を指すことを東偏、西を指すことを西偏といいます。国土地理院によると、いまの日本は南鳥島を除くすべての地域が西偏です。方位磁石の針は、日本ではいつも「真北から少し西へ寄った方向」を指しているわけです。
北へ行くほどずれは大きい
偏角の大きさは全国で同じではなく、おおむね北ほど大きく、南ほど小さくなります。国土地理院がまとめた2020年1月1日時点の値を、いくつか並べてみます。
| 場所 | 偏角(西向き・2020年) |
|---|---|
| 北海道中頓別町の上頓別(かみとんべつ) | 約11.2度(日本で最大) |
| 札幌 | 9.7度 |
| 東京 | 7.6度 |
| 福岡 | 7.7度 |
| 那覇 | 5.5度 |
| 南鳥島 | 約0.2度(日本で最小) |
東京と福岡がほぼ同じ値なのは、ずれ方が緯度だけで決まらないからです。最大の上頓別と最小の南鳥島では、11度もの開きがあります。
地図とコンパスを合わせるには?

地形図の欄外に偏角が書いてある
国土地理院の地形図には、その土地の偏角が書き込まれています。登山で地図とコンパスを使うときは、この角度のぶんだけ地図の北と針の北を合わせ直すのが基本です。東京付近なら約8度。1キロ歩くと、横へ100メートル以上ずれる計算になります。
スマホやカーナビも補正している
偏角を気にするのは登山者だけではありません。スマートフォンの地図アプリやカーナビも、内蔵の磁気センサーで向きを測り、偏角を使って方位を直しています。国土地理院の観測データは地磁気の世界モデルにも使われ、こうした補正を支えています。画面の矢印が正しい北を指すのは、見えないところでずれを差し引いているからです。
ずれは50年で約1.4度広がった

全国平均で西へ1.4度
偏角は一度決まったら動かない値ではありません。国土地理院の資料では、都道府県庁所在地の全国平均で、1970年から2020年までの50年間に西向きへ約1.4度大きくなりました。直近の5年間だけでも約0.3度です。50年で増えた幅がいちばん大きいのは那覇の2.0度でした。
伊能忠敬の時代はほぼゼロ
さらにさかのぼると、向きそのものが変わります。伊能忠敬(いのうただたか)が全国の測量を始めた約220年前、日本の偏角はほぼ0度で、地図の北と方位磁石の北が一致していました。約350年前には、逆に東へ約8度ずれていたと考えられています。いまの西へ約8度とは、ちょうど反対です。
二条城は南北が3度傾いている
昔の偏角は、建物にも跡を残しました。1603年に徳川家康が築かせた京都の二条城は、いまの地図で見ると南北の軸が約3度東へ傾いています。国土地理院の資料は、当時の南北を方位磁石で決めたためといわれると紹介しています。城の向きに、400年前の針の向きが写し取られているわけです。
北磁極そのものも動いている

1831年はカナダ北部にあった
方位磁石を水平でなく自由に動けるようにしたとき、針が真下を向く地点を「北磁極」といいます。アメリカ海洋大気庁(NOAA)によると、この地点を初めて突き止めたのは探検家ジェームズ・クラーク・ロスで、1831年のことです。場所はカナダ北部でした。
日付変更線を越えてシベリア側へ
北磁極はその後もじっとしていません。英国地質調査所が公開している位置の表では、1900年に西経96度ほどのカナダ北部にあった北磁極が、2020年には日付変更線を越えて東経160度台に移っています。北極点の近くを通り過ぎ、いまはシベリアの方角へ進んでいる途中です。
動く速さは年に約55キロ
NOAAは、最新の調査で北磁極が北北西へ年に約55キロの速さで動いていると説明しています。フルマラソンより長い距離を、毎年移っていく計算です。原因は、磁場を生む外核の流れが少しずつ変わることだと考えられています。偏角が年ごとに変わるのも、根は同じところにあります。
77万年前、針は南を指していた

地磁気は何度も向きを変えてきた
もっと長い目で見ると、地磁気のN極とS極は入れ替わってきました。これを「地磁気逆転」といいます。地磁気観測所の解説では、過去360万年の間に11回ほど逆転があったと考えられています。逆転の前なら、方位磁石のN極は北ではなく南を向いたはずです。
最後の逆転は千葉の地層に残る
いちばん新しい逆転は、約77万年前の「松山‐ブリュンヌ逆転」です。その記録が連続して読み取れるのが、千葉県市原市の養老川沿いの地層。この地層にちなみ、逆転のころから始まる地質時代は「チバニアン(千葉時代)」と名づけられました。
不安定な時期は約2万年続いた
国立極地研究所などのチームは、千葉の地層から約4万年分の地磁気の記録を連続して復元しました。それによると逆転の年代は約77万2900年前と見積もられ、その前後には磁場が不安定な時期が約2万年続いていたとされます。南北の入れ替わりは、ある日突然ではなく長い揺らぎの末に起きたのです。
手のひらの小さな針は、地下深くで渦巻く溶けた鉄の流れとつながっています。指しているのは北極点ではなく、少し西に寄った、しかも年ごとに居場所を変える「いまの北」。数百円の道具が、地球の中身の動きをそっと映し出しているのです。
参考
- 国土地理院「方位磁石の指す北は動き続けています」(磁気図2020.0年値と資料)
- 気象庁地磁気観測所「よくある質問」
- NOAA NCEI「Wandering of the Geomagnetic Poles」
- 国立極地研究所「「チバニアン」の地層から明らかになった直近の地磁気逆転の全体像」
関連記事






