アリクイの口には、歯が1本もありません。代わりに働くのが約60cmにもなる細長い舌で、これを1分間に150回ほど出し入れしながら、ねばつく唾液でアリやシロアリをくっつけて口へ運びます。噛まずに丸のみした虫は、胃の硬いひだと一緒に飲み込んだ砂粒でもみつぶされるとされています。
つまり「噛む」仕事は、口ではなくおなかの中に移されているのです。舌の根もとは胸の骨まで届き、前足には巣を崩すための大きな爪が備わっています。歯を持たないことは欠点ではなく、小さな虫を大量に食べるための設計でした。
アリクイはどんな動物?

アリクイは中南米の森や草原にすむ哺乳類で、アリやシロアリをほぼ専門に食べて暮らしています。ひとくちにアリクイと言っても、体重は数百グラムから40kg前後までさまざま。暮らし方もかなり違うのです。
アリクイは大きく分けて3つのなかま
現在知られているアリクイは3つのなかまに分かれます。地上を歩くオオアリクイ・木にも登るコアリクイ・ほぼ木の上だけで暮らすヒメアリクイです。同じアリクイでも、いちばん重い種と軽い種の体重は100倍以上も開きます。
| なかま | 体の大きさ(目安) | おもな暮らし |
|---|---|---|
| オオアリクイ | 頭胴長100〜120cm・体重18〜40kgほど | 地上を歩き回る |
| コアリクイ(2種) | 頭胴長50〜90cm・体重は平均4.5kgほど | 地上と木の上を行き来する |
| ヒメアリクイ | 全長35cmほど・体重250g前後 | 夜に木の上だけで動く |
大きさがこれだけ違っても、歯がないことと長い舌を持つことは全員に共通しています。以下では、いちばん研究の多いオオアリクイが話の中心です。
コアリクイはしっぽで枝をつかむ
コアリクイ(タマンドゥア)には北と南の2種がいます。しっぽの裏側には毛がなく、枝に巻きつけて体を支えられます。起きている時間の1〜6割ほどを木の上で過ごすという観察もあり、地上と樹上を使い分ける中間型です。
ヒメアリクイは7種に分けられた
ヒメアリクイは長く1種だと考えられてきました。2017年にブラジルの研究チームが、博物館の標本280点以上とDNAを調べ直し、少なくとも7種に分けられるという論文を発表しています。夜行性で木から下りないため、じっくり調べる機会がそれだけ少なかったのです。
ナマケモノやアルマジロの親戚
アリクイに近いのは、見た目の似たほかのアリ食い動物ではありません。同じ中南米にすむナマケモノやアルマジロです。
※ 異節類(いせつるい)とは、アリクイ・ナマケモノ・アルマジロをまとめた哺乳類の大きなグループのことです。背骨の関節に、ほかの哺乳類にはない余分なつなぎ目があることから名づけられました。
いちばん近いのはナマケモノ
異節類の中でも、アリクイとナマケモノはとくに近い関係にあり、同じ「有毛目(ゆうもうもく)」にまとめられています。のんびり枝にぶら下がるナマケモノと、せわしなく舌を動かすアリクイ。動きの印象は正反対でも、体温が低めで代謝をおさえた暮らしという点では似たところがあります。
南米で独自に進化したグループ
南米大陸は長いあいだほかの大陸から離れた「島」でした。異節類はその間に独自の道を進んだ哺乳類とされ、アリクイの歯のない口もこの流れの中で生まれた形です。
名前はどれも「アリを食べる」
和名のアリクイは漢字で書けば「蟻食」。英語のanteaterも「アリを食べるもの」で、どの言葉でも食べ物がそのまま名前になっています。
学名は「3本指のアリ食い」
オオアリクイの学名はMyrmecophaga tridactyla。前半はギリシャ語の「アリ」と「食べる」、後半は「3本の指」を組み合わせた言葉です。前足の指のうち3本に大きな爪が目立つことから、この名がつきました。
実際の主食はシロアリも多い
名前はアリでも、オオアリクイが食べるのはアリだけではありません。横浜のズーラシアは、地上に塚をつくるシロアリ類とアリを主食にすると紹介しています。シロアリはゴキブリに近い昆虫なので、厳密には「アリとゴキブリの親戚を食べる動物」です。
歯がないのにどうやって食べる?

アリクイは虫を噛まず、舌にくっつけて丸のみにします。1匹が数ミリしかない獲物なら、歯で細かくする必要がそもそもありません。
口は細い筒のような形
あの細長い顔は、ほとんどが口の筒です。鼻先は長さ45cmにもなり、先端の口はすき間ほどの大きさしか開きません。
下あごをひねって口を開ける
ふつうの哺乳類は、あごを上下に動かして口を開け閉めします。オオアリクイの下あごは左右2本の骨がじん帯でつながっていて、この2本を内側へ回すようにひねって口を開けるとされています。噛む力はいらないので、大きく開くより舌の出入りを邪魔しないことが大事なのです。
噛むかわりに丸のみ
シロアリ1匹は米粒ほどの大きさです。これを1匹ずつ噛んでいたら、1日に数万匹を食べることはできません。歯をなくし、なめ取った虫をそのまま飲み込む方式は、数で勝負する食事にはむしろ向いています。
舌の長さは約60cm
東山動植物園やズーラシアは、オオアリクイの舌の長さを約60cmと紹介しています。体長が1m余りなので、体の半分ほどの長さの舌をしまっている計算です。
舌の根もとは胸の骨にある
これだけ長い舌は口の中に収まりきりません。オオアリクイの舌を動かす筋肉は、のどを通り越して胸骨(きょうこつ)という胸の真ん中の骨まで伸びています。舌は、胸から鼻先までを1本で貫く長いひものような器官です。
1分間に150回の出し入れ
スミソニアン国立動物園は、舌を1分間に最大150回ほど出し入れできると紹介しています。1秒に2回以上のペースです。資料によっては160回とするものもあり、ヘビの舌のように素早く出たり入ったりをくり返します。
ねばねばの唾液が虫をとらえる
舌が長くて速いだけでは、虫はつかまりません。決め手になっているのは、舌をおおう唾液のねばりです。
大きな唾液腺
首のあたりには大きな唾液腺があり、食事中はねばり気の強い唾液を舌にたっぷり塗りつけます。巣穴に差し込んだ舌を引き抜くと、表面にくっついたアリやシロアリがまとめて口へ運ばれる仕組みです。
舌の表面にある小さな突起
舌の表面には細かな突起が並び、唾液と一緒に虫を引っかける役を担うとされます。のりと小さなかえしの両方で、逃げようとする虫を舌から落とさない。いわば、使い捨てではない粘着テープです。
歯の代わりにどこでアリをすりつぶす?

丸のみにした虫をすりつぶす場所は、胃です。オオアリクイの胃には硬いひだがあり、一緒に飲み込んだ砂や土の粒も加わって、中身をもみつぶしていると考えられています。
胃が鳥の砂肝のように働く
歯のない動物が胃ですりつぶす方法は、じつは身近な例があります。焼き鳥でおなじみの砂肝です。
硬いひだのある胃の壁
鳥にも歯はなく、筋肉の厚い胃(砂のう)で食べ物をすりつぶします。オオアリクイの胃も、硬くなったひだを持つ筋肉質の部屋で、動き方が鳥の砂のうに似ていると説明されます。口で省いた「噛む」仕事を、胃の壁の運動が引き受けているわけです。
砂粒はすりこぎの代わり
アリ塚を崩しながら舌を差し込むと、虫と一緒に砂や土もいくらか口に入ります。胃の中ではこの粒がすりこぎの役をして、虫の硬い体をくだく助けになるとされています。わざわざ飲み込んでいるというより、食べ方そのものが砂を連れてくるのです。
獲物の酸を消化に使うという説
もう一つよく紹介されるのが、胃酸の話です。オオアリクイは自分ではあまり胃酸を出さず、アリの体にある蟻酸(ぎさん)を消化に役立てているという説明があります。
アリは酸を持った虫
蟻酸はその名のとおりアリから見つかった酸で、一部のアリは身を守るために体の中にためています。獲物が酸を運んでくるなら、自前で作る量は少なくてすむ。筋の通った話ではあります。
確かめられた話かどうかは慎重に
ただしこの説は、図鑑や百科事典でくり返し紹介される一方、胃の中を詳しく測った研究までたどれる資料は多くありません。「そう考えられている」くらいの受け止め方がちょうどよいでしょう。
動物園での食事はおかゆ状
毎日何万匹ものシロアリを用意するのは、動物園でも簡単ではありません。そこで飼育下では、歯がなくても飲み込める形に整えた食事が出されています。
固形飼料と馬肉のミンチ
ズーラシアでは、食虫動物用の固形飼料と、馬肉のミンチをおかゆ状にしたものを与えていると紹介しています。舌ですくい取れるやわらかさにしてあるのがポイントです。
食べ方は野生と同じ
器に入った食事でも、オオアリクイは口を大きく開けず、舌を何度も出し入れしてなめ取ります。中身が変わっても、歯を使わない食べ方そのものは変わりません。
アリクイは1日に何匹のアリを食べる?

オオアリクイが1日に食べるアリやシロアリは、およそ3万〜3万5千匹とされています。それも1つの巣からではなく、たくさんの巣を少しずつ回って集めた数です。
1日3万匹を超える食事
ズーラシアは「一日で約3万匹」、ナショナル ジオグラフィックは「約3万5000匹」と紹介しています。数字に幅があるのは、どの種類の虫をどのくらい食べるかで変わるからでしょう。
1か所の巣には1分ほど
1つの巣にとどまるのは、長くても1分ほどです。1日に回る巣の数は、多いと200か所にのぼるという報告もあります。一気に食べ尽くすのではなく、はしご酒のように次々と店を替えていく食べ方です。
虫は小さく数で稼ぐ
1匹ずつの栄養は、ごくわずかです。体重40kg前後の体を保つには、とにかく数を集めるしかありません。舌を1分間に150回動かすのも、この数の勝負に追いつくための速さといえます。
巣を全部は壊さない
アリ塚を前足の爪で壊せば、中のアリは食べ放題に見えます。それでもオオアリクイは、1か所の巣を空にするまでは居座りません。
兵隊アリの反撃から引き上げる
巣が荒らされると、兵隊アリや兵隊シロアリが集まってきて噛みつきます。鼻先や舌を攻められる前に次の巣へ移ること。それが短い滞在の理由の一つと考えられているのです。
また来られるように残しておく
アリの全滅を避けるため、特定のアリ塚を集中的に食べることはない。東山動植物園はそう説明しています。少しだけ食べて立ち去れば、巣は回復して次の食事の場になります。自分の縄張りの中に、食料庫をいくつも持っているようなものです。
巣を探すのは鼻の力
200か所もの巣をどうやって見つけるのか。頼りにしているのは、長い鼻先に詰まった嗅覚です。
人の40倍ともいわれる嗅覚
その嗅覚は、人の40倍ほど鋭いともいわれます。スミソニアン国立動物園によれば、巣を壊す前ににおいだけで中のアリやシロアリの種類まで見分けられるそうです。
目と耳はあまりよくない
その一方で、視力や聴力は弱いとされています。地面に鼻を近づけて歩き回る暮らしには、遠くを見る目より近くを嗅ぐ鼻のほうが役に立つのでしょう。
大きな前足の爪は何に使う?

オオアリクイの前足の爪は、硬いアリ塚を崩す道具であり、身を守る武器でもあります。とくに3本目の指の爪は大きく、長さ10cmに達することもあります。
アリ塚を崩すつるはし
シロアリの塚は、土を唾液で固めて作った硬い建物です。人がスコップで崩そうとしても、簡単には穴があきません。
穴をあけて舌を差し込む
まず前足の爪で塚の壁に穴をあけ、そこへ細い口先と舌を差し込みます。塚全体を壊すのではなく、舌が入る分だけ開ければ十分です。
爪と舌の分業
壊すのは爪、集めるのは舌、すりつぶすのは胃。ほかの哺乳類なら歯とあごが一手に引き受ける仕事を、アリクイは体のあちこちに割り振っています。
爪を守るための歩き方
これほど長い爪があると、ふつうに足の裏をつけて歩くことはできません。オオアリクイは歩き方で爪を守っています。
前足の甲を地面につける
歩くときは前足の甲を地面につけ、爪を内側に折りたたんでいる。東山動植物園はオオアリクイの歩き方をこう紹介しています。ゴリラやチンパンジーのナックルウォークに似た歩き方です。
爪がすり減らない工夫
爪を地面から浮かせておけば、毎日の移動で先が丸くなることはありません。少しぎこちなく見える歩き方は、商売道具を研いだまま持ち歩くための姿勢でした。
ジャガーにも向かっていく武器
天敵はジャガーやピューマです。追いつめられたとき、この爪は武器に変わります。
しっぽで支えて立ち上がる
危険が迫ると後ろ足で立ち上がり、太いしっぽでバランスをとります。両腕を広げて爪を振りかざす姿には、ふだんののんびりした印象からは想像しにくい迫力があるのです。コアリクイも同じように立ち上がって腕を広げる姿勢をとり、その様子が「威嚇のポーズ」として知られています。
大型の肉食獣と渡り合う
この爪はジャガーに深い傷を負わせるほどの力があるとされます。歯のない口は戦いに使えませんが、その分を補うのが前足です。
アリばかり食べて体はもつの?

アリやシロアリは栄養が少なく、食べられる量にも限りがあります。オオアリクイは、使うエネルギーをおさえた体でこれをやりくりしています。
体温は33℃ほど
オオアリクイの体温はおよそ33℃で、ヒトの平熱より3〜4℃低めです。胎盤を持つ哺乳類の中でも、記録された体温はかなり低い部類。
代謝をおさえて燃料を節約
体温を高く保つには、それだけ多くの燃料が要ります。低めの体温と遅めの代謝は、栄養の薄い食べ物で暮らすための節約術と考えられています。近い親戚のナマケモノにも、同じ傾向が見られるのは興味深いところです。
暑さ寒さには弱い面も
そのぶん、体の外の温度の影響は受けやすくなります。暑い日中は日陰で休み、涼しい時間に動くなど、行動の時間帯を変えて体温を調整しているという報告があるのです。
ふさふさのしっぽは寝るときの布団
しっぽは長さ70cm前後あり、長い毛がほうきのように広がっています。この尾が、休むときの布団がわりです。
丸まって体にかぶせる
眠るときは体を丸め、しっぽを上からすっぽりかぶせます。熱を逃がしにくくする、保温の役目があると考えられているのです。
草むらにまぎれる目くらまし
しっぽをかぶった姿は、遠くからだと枯れ草の山のようにも見えます。保温と一緒に、天敵の目から隠れる効果もあるとされています。
子どもは母親の背中で育つ
妊娠期間は約6か月。母親は1回に1頭だけ子どもを産みます。生まれた子は体重1.3kgほどです。
半年以上おんぶで移動
子どもは生まれてからしばらく、母親の背中にしがみついて移動します。背負われる期間は6〜9か月ほどとされ、そのあいだに母親の食べ方を間近で覚えていきます。
ゆっくり増えるから減りやすい
1回に1頭、しかも手をかけて育てるため、数はゆっくりとしか増えません。オオアリクイは国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで危急種に分類され、ウルグアイやグアテマラなど、すでに姿を消したとされる国もあるほどです。
※ 危急種(ききゅうしゅ)とは、IUCNのレッドリストで「絶滅のおそれがある」とされる3段階のうち、いちばん下の段階のことです。英語ではVulnerable(VU)と書きます。
歯のないアリ食い動物はほかにもいる?

アリやシロアリを専門に食べる哺乳類は、アリクイのほかにも世界各地にいます。系統はばらばらなのに、長い鼻先と長い舌、そして歯が退化した口という似た姿にたどり着いています。
※ 収斂進化(しゅうれんしんか)とは、血縁の遠い生きものどうしが、似た暮らしに適応するうちに似た形へ進化することです。
大陸ごとに現れた「アリクイ型」
住む大陸ごとに並べてみると、アリ食いの専門家が別々の場所で生まれてきたことが一目瞭然です。
| 動物 | おもな地域 | 歯 | 近い親戚 |
|---|---|---|---|
| アリクイ | 中南米 | ない | ナマケモノ・アルマジロ |
| センザンコウ | アフリカ・アジア | ない | ネコやイヌなどの食肉類 |
| ツチブタ | アフリカ | 奥歯だけある | ゾウなどと同じアフリカ獣類 |
| ハリモグラ | オーストラリア・ニューギニア | ない | カモノハシ(卵を産む哺乳類) |
親戚の欄を見ると、4種がまったく別のなかまだとわかります。それでも行き着いた食べ方は、長い舌でなめ取るという一つの答えでした。
センザンコウも胃に石をためる
うろこにおおわれたセンザンコウも歯を持たず、長い舌でアリをなめ取ります。胃には小石がたまり、アリクイと同じく胃の中ですりつぶす方式です。見た目はまるで違うのに、口と胃の使い方はよく似ています。
ツチブタには奥歯がある
アフリカのツチブタは例外で、奥に歯が残っています。ただしその歯はエナメル質を持たず、根もともなく一生伸び続ける変わった形です。名前はオランダ語系のアフリカーンス語で「土の豚」を意味する言葉から来ています。
「アリクイ」と呼ばれる別の動物
名前にアリクイがつくのに、アリクイの親戚ではない動物もいます。オーストラリアにすむフクロアリクイがその例です。
フクロアリクイは有袋類
フクロアリクイはカンガルーと同じ有袋類で、シロアリを専門に食べます。こちらは小さな歯をたくさん持っているので、「歯がない」はアリクイという名前の条件ではありません。
名前は食べ物で決まる
アリクイ、フクロアリクイ、英語でスパイニーアントイーターと呼ばれるハリモグラ。人は見た目の近さより、何を食べているかでこうした動物に名前をつけてきました。
アリクイの口元を見ていると、何か足りないものがあるように思えてきます。けれど歯の仕事は、胸から伸びる舌と前足の爪と砂を抱えた胃へ、ちゃんと引き継がれていました。
硬いものに歯が立たない。アリクイにとってそれは、はじめから困りごとではなかったのです。
参考
- 東山動植物園「オオアリクイ」
- よこはま動物園ズーラシア「オオアリクイ」
- Smithsonian’s National Zoo「Giant anteater」
- Animal Diversity Web(ミシガン大学)「Myrmecophaga tridactyla」
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