「ゴキブリ」は、江戸時代まで「ごきかぶり(御器噛)」と呼ばれていた虫です。御器は食器のことで、食器をかじる虫という意味でした。明治17年(1884年)に出た用語辞典『生物学語彙(せいぶつがくごい)』で、この名のルビから「カ」が一文字抜けた「ゴキブリ」が印刷されます。その形を学者たちが使い続け、正式な名前になったとされています。
「ゴキブリ」のもとの名前は何だった?

もとの名前は「ごきかぶり」です。江戸時代の文書には「御器齧」「五器齧」といった字で書かれ、食器をかじる虫を指していました。
御器はふたの付いたお椀のこと
「御器(ごき)」は、食べ物を盛る器を指す言葉です。とくにふたの付いたお椀をこう呼びました。「かぶり」は「かじる」の古い言い方で、漢字では「齧り」「噛り」と書きます。二つを合わせると「お椀をかじる虫」になるわけです。
国語辞典でも、ゴキブリは「ごきかぶり」が変化した語と説明されています。『精選版 日本国語大辞典』は、1712年(正徳2年)の百科事典『和漢三才図会(わかんさんさいずえ)』を「御器噛」の用例に挙げています。
木の食器を本当にかじっていた
いまの感覚だと、陶器の皿に残った食べかすをなめる姿を思い浮かべるかもしれません。ところが昆虫学者の松本和馬さんは、食器そのものをかじったという記録が江戸時代の文書に残っていると書いています。昔の家では、木でできた椀がふつうに使われていました。木の器なら、虫の口でも歯が立ちます。名前は、台所で見たままの被害をそのまま言葉にしたものだったようです。
明治の辞典には何が書かれていた?

1884年7月、東京の集英堂から『生物学語彙』という本が出ました。生物学の専門用語に日本語を当てた辞典で、編者は動物学者の岩川友太郎(いわかわともたろう)です。
英語・ラテン語・日本語を並べた用語集
英語の書名は「A biological vocabulary in English, Latin and Japanese」。西洋の学問を日本語で学ぶために、専門用語の訳語をそろえる本でした。国立国会図書館の目録にも、集英堂刊・1884年7月の本として記録が残っています。
cockroachの訳語に振られたルビ
この本では、英語の「cockroach」に漢字の「蜚蠊(ひれん)」が当てられました。蜚蠊は中国から入った漢名です。江戸時代には本草学(薬になる動植物を調べる学問)の用語として使われていました。その蜚蠊に振られたルビが「ゴキブリ」でした。本来入るはずの「ゴキカブリ」から、まん中の「カ」が抜けた形です。中日新聞の記事も、この振り仮名の脱字を名前の起こりとして紹介しています。
脱字を掘り起こしたのは昆虫学者
この経緯を詳しく調べたのは、昆虫学者の小西正泰(こにしまさやす)です。著書『虫の博物誌』(朝日選書)で、ゴキブリという形がこの本から広まったと論じました。
小西は同じ本のなかで、誤記や誤植を安易に見逃すのは言葉の破壊につながる、という趣旨の警告も残しています。一文字の脱落が虫の正式な名前まで変えてしまった例を前にすると、重みのある言葉です。
誤植だったのか、なまっただけなのか?

「カ」が消えた理由には、本の誤りとする説と、話し言葉で自然に縮んだとする説があります。どちらか一方に決まったわけではなく、誤記の出どころとされる本も一冊ではありません。
「なまってゴキブリになった」という説明
国語辞典は、ゴキブリを「ごきかぶり」の音変化と説明しています。ゴキカブリは5音あり、口に出すと少し長い名前です。毎日の会話のなかで縮まったと考えても、不自然ではないでしょう。
松本さんの随筆も、なまったという解説があることに触れています。そのうえで、明治の出版物で「カ」が脱字になり、そのまま定着したらしいと見ています。
世界大百科事典は1898年の本を挙げる
ややこしいのは、誤記の出どころとして別の本を挙げる辞典があることです。平凡社『世界大百科事典』は、松村松年(まつむらしょうねん)が1898年(明治31年)の『日本昆虫学』でゴキカブリをゴキブリと誤記した、と書いています。1884年の『生物学語彙』と、1898年の『日本昆虫学』。誤記の始まりとされる本が、14年離れて二つあることになります。
二つの説は年の順に並べるとつながる
年の順に並べると、先にゴキブリと印刷したのは『生物学語彙』です。松村の本は、その形を引き継いで広めた一冊と読めば話がつながります。どちらの説でも、明治の学者の本で「ゴキブリ」が使われ、後の本に写されていった点は共通しています。名前の変化は、人の口からというより紙の上から進んだ可能性が高そうです。
間違った形がなぜ正式な名前になった?

脱字の形が残ったのは、学者たちが標準和名として採用したからです。ただし最初から、仲間全体を指す名前だったわけではありません。
※ 標準和名とは、生物の種ごとに一つ決めておく日本語の名前のことです。学名(ラテン語の世界共通名)とは別に、日本国内で呼び方をそろえるために使われます。
1898年、松村松年が一種の名前に使う
標準和名としての使用は、1898年に松村松年がワモンゴキブリにこの名を当てたのが始まりとされています。このときのゴキブリは、仲間全体ではなく一つの種だけを指す名前でした。
1903年、名和靖は別の種に当てる
ところが1903年(明治36年)、名和靖(なわやすし)はヤマトゴキブリを指してゴキブリと呼びました。翌1904年に出た松村の図鑑でも、ゴキブリの名でヤマトゴキブリが描かれています。同じ名前が、わずか数年で別の種へ移ったことになります。名前が二つの種のあいだで揺れたままでは、学問の記述として使えません。
1906年、矢野宗幹が総称にまとめる
この揺れを整理したのが矢野宗幹(やのむねもと)です。1906年(明治39年)、矢野は江戸時代の本草書『本草綱目啓蒙(ほんぞうこうもくけいもう)』の記述をもとに論じました。ゴキブリは特定の一種ではなく、仲間全体の総称と考えるべきだという主張です。
こうして「ゴキブリ」は一種の名前から、仲間全体を呼ぶ言葉へと格上げされました。最初の印刷から数えると、22年目のことです。
「油虫」はなぜ正式な名前にならなかった?

江戸時代には「油虫(あぶらむし)」という呼び名も広く使われていました。ところが同じアブラムシという名前が、植物の汁を吸う別の虫にも使われていたのです。
油のようなつやから付いた名前
油虫は、体の表面が油を塗ったように光って見えることから付いた名前です。国語辞典でも、ゴキブリの別名として「あぶらむし」が挙げられています。「ごきぶり」「御器噛」は、どちらも辞典では夏の季語です。
植物につくアブラムシと名前が重なる
植物の汁を吸う小さな虫も、アブラムシ(別名アリマキ)と呼ばれます。両者は見た目も暮らしも違い、とくに関係のない虫です。学術の本で同じ名前を二つの虫に使えば、どちらの話なのか分からなくなります。
矢野がゴキブリを総称にしたとき、アリマキとの混同を避けることも理由に挙げたとされます。日常の言葉として油虫が残っても、学問の名前にはゴキブリが選ばれたわけです。
和漢三才図会は油虫とゴキカブリを分けていた
1712年の『和漢三才図会』は、「蜚蠊(あぶらむし)」と「五器齧(ごきかぶり)」を別々の項目で解説しています。松本さんが両者を読み比べたところ、油虫は体長が五、六分(15〜18mm)で飛べない虫として書かれていました。ゴキカブリは一、二寸(30〜60mm)で、飛ぶ虫でした。
小西正泰は、この油虫をチャバネゴキブリ、ゴキカブリをクロゴキブリと見ています。小さくて卵のさやを尾につけて歩くという記述は、たしかにチャバネゴキブリとよく合います。江戸の人は、大きさの違う二種類を別の名前で呼び分けていたのかもしれません。
平安時代は何と呼ばれていた?

ゴキカブリより古い名前は、平安時代の本に出てきます。10世紀はじめの薬の辞典『本草和名(ほんぞうわみょう)』に見える「あくたむし」と「つのむし」です。
「あくたむし」はごみの虫
『本草和名』は、中国の薬物名に日本での呼び名を当てていった本です。そこでは「阿久多牟之(あくたむし)」「都乃牟之(つのむし)」と、漢字で音を写して書かれています。
「あくた」はごみのことで、「ちりあくた」という言い方にいまも名残をとどめる古い語です。松本さんは、アクタムシを「ごみ(を食う)虫」、ツノムシを触角の目立つ虫という意味ではないかと推測しています。
平安末期の辞書には「アキムシ」
平安時代末期の辞書『伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)』には、「アキムシ」という名前も見えます。ツノムシのほうは江戸時代の文書にも出てくるため、かなり長く使われた呼び名だったようです。
指していたのはヤマトゴキブリか
平安時代の古名は、どれも現在のヤマトゴキブリを指すと考えられています。ヤマトゴキブリは、日本にもとからいた在来種とされる種類です。
ゴキブリの仲間は世界に約4,000種いるとされ、人の暮らしと関わるのはそのうち1%ほどにすぎません。帝京短期大学の紀要に載った大森南三郎の解説(1982年)も、ほかの多くは熱帯の森で暮らしているという見立てです。千年以上つづく名前の歴史は、ごく一部の種と人との付き合いの記録でもあります。
方言や外国語ではどう呼ばれている?

名前の揺れは、地方の言葉や外国語にも見られます。ここでも漢字の読みや聞き違いが、新しい名前を生んでいました。
ゴキカブリ系の方言はさまざま
方言では、ゴキカブリ系の呼び名が少しずつ形を変えて残っています。松本さんの随筆に挙がっているのは次のような形です。
- ゴキカブリムシ・ゴキカブロウ
- ゴキクライムシ・ゴキクイムシ・ゴキムシ
- ゴッカブリ・ボッカブリ
一方の「アブラムシ」には、方言としての変化がほとんど見られません。松本さんはこの差から、アブラムシのほうがゴキカブリより新しい呼び名ではないかと推測しています。
沖縄の「ヒーレー」は蜚蠊の音読み
沖縄では、ゴキブリを「ヒーレー」「フィーレー」と呼ぶことがあります。これは漢名「蜚蠊」の音読み「ひれん」から来た言葉です。明治の辞典で「ゴキブリ」とルビを振られたあの漢字が、南の島ではそのまま音で暮らしの言葉になっていました。
英語のcockroachも聞き違いから
英語の cockroach は、スペイン語の cucaracha(甲虫の一種)がもとになっています。1624年には、ジョン・スミスが著書のなかでこの虫を「Cacarootch」と書きました。まだスペイン語の音に近い形です。
耳慣れない外来語は、やがて英語の cock(雄鶏)と roach(コイの仲間の魚)に分解されます。知らない語を知っている語に読み替える「民間語源」の典型です。日本の名前が一文字の脱落なら、英語の名前は聞き違いから生まれました。
「ごきぶりホイホイ」は最初どんな名前だった?

1973年(昭和48年)にアース製薬が発売した捕獲器にも、名前をめぐる話があります。最初に考えられていた商品名は「ゴキブラー」でした。
怪獣ブームから生まれた「ゴキブラー」
当時は子どもたちのあいだで空前の怪獣ブームが起きていて、それにちなんだ強そうな名前が考えられました。日本経済新聞の記事によると、これに異を唱えたのが当時の大塚正士会長です。
会長は「おどろおどろしすぎる」として、主婦が親しみを持てる名前にするよう求めたといいます。毎日台所に置く道具に、怪獣の名前は重すぎたのでしょう。
「ホイホイ捕れる」から付いた名前
こうして「ゴキブリがホイホイ捕れる」という意味を込めた「ごきぶりホイホイ」が生まれました。商品名では、虫の名前もひらがなで書かれています。虫の名前は明治の本の一文字で決まり、その虫を捕る道具の名前は親しみやすさで決まったことになります。
あくたむしからごきかぶり・あぶらむし、そしてゴキブリへ。千年のあいだに何度も呼び名を変えてきた虫ですが、いちばん新しい名前には、決めた人がいませんでした。台所で耳にするあの四文字には、明治の本から抜け落ちた「カ」の空白がいまも残っています。
参考
- 国立国会図書館サーチ『生物学語彙』岩川友太郎 集英堂 1884年
- コトバンク「蜚蠊(ゴキブリ)」
- 国際環境研究協会 AIRIES随筆「ゴキブリ物語」(2)松本和馬
- Online Etymology Dictionary「cockroach」
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