子どものころ、ぐらぐらの乳歯が抜けて、その下から大人の歯が生えてきた。だれもが経験する、あの歯の生え変わりです。ところが、この生え変わりは一生に一度きり。大人になってから永久歯を失っても、もう二度と、新しい歯は生えてきません。
いっぽう、海の中には歯を何度でも生やす動物がいます。サメです。抜けても抜けても、次から次へと新しい歯が出てきます。同じ「歯」なのに、なぜこれほど差があるのでしょうか。その理由を、ひもといていきましょう。
歯の生え変わり 早見表

ヒトとサメの歯のちがいを、表で見くらべてみましょう。くわしいしくみは、このあと順にたどります。
| 項目 | ヒト | サメ |
|---|---|---|
| 生え変わり | 一生に一度だけ | 一生に何度でも |
| 呼び方 | 二生歯性 | 多生歯性 |
| 歯の数 | 乳歯20本→永久歯32本 | 一生で数万本ともいわれる |
ヒトの歯は「一生に一度」だけ

まずは、私たちヒトの歯から見ていきます。ヒトの歯が生え変わるのは、生涯でたった一度だけです。
乳歯から永久歯への、一度きり
※ 二生歯性(にせいしせい)とは、生きているあいだに歯が一度だけ生え変わる性質のことです。ヒトやイヌ、ネコなど、多くの哺乳類がこれにあたります。
乳歯は20本、永久歯は32本
ヒトの歯は、子どものときの乳歯が20本。それが成長とともに抜けて、大人の永久歯へと入れかわります。永久歯は、親知らずまで数えると全部で32本です。この乳歯から永久歯への交代が、人生で一度だけ起こる生え変わりの正体でした。数のうえでも、大人の歯のほうがぐっと多くなっています。
永久歯を失うと、もう生えない
問題は、その名のとおり「永久歯」が最後の歯だという点です。永久歯は、一度失ってしまうと、二度と自然には生えてきません。虫歯や事故で大人の歯を抜くことになれば、そこはもう歯のない場所になります。入れ歯やインプラントで補うしかないのは、ヒトの歯に「三度目」が用意されていないからなのです。
なぜ子どものときに生え変わるのか
顎の成長に合わせるため
そもそも、なぜ一度だけとはいえ生え変わりがあるのでしょう。カギは、顎(あご)の成長にあります。子どもの小さな顎に、大人サイズの大きな歯は入りきりません。そこでまず、小さな乳歯で子ども時代をしのぎます。そして顎が育ったところで、大きくて丈夫な永久歯へバトンタッチするのです。一度の生え変わりは、体の成長に合わせた、よくできた仕組みでした。
サメの歯は「使い捨て」——ベルトコンベア式

では、何度でも生え変わるサメの歯は、どうなっているのでしょうか。その口の中には、おどろきの仕組みがかくれていました。
何列も控える、予備の歯
※ 多生歯性(たせいしせい)とは、一生のあいだに歯が何度も生え変わる性質のことです。サメをはじめ、ワニなどの爬虫類の多くがこれにあたります。
抜けたら、すぐ次が出てくる
サメの口の中では、歯が何列にもなって奥に控えています。いちばん前の歯の後ろには、次の歯・その次の歯と、順番待ちの予備がずらりと並んでいるのです。前の歯が抜けると、すぐ後ろの歯が前へせり出してきます。そのようすは、まるでベルトコンベア。歯が奥から前へ、たえず送り出されているのです。
一生で数万本を使い捨てる
この仕組みのおかげで、サメは歯が抜けてもまったく困りません。次々と新品に交換されるからです。その数はすさまじく、種類によっては、一生のうちに数万本もの歯を使い捨てるともいわれます。ヒトの32本とは、けたちがいの多さです。サメにとって歯は、大切に使う道具というより、どんどん取りかえる消耗品なのでした。
なぜ「使い捨て」が有利なのか
狩りで歯が傷つくから
サメが歯を使い捨てにするのには、理由があります。サメは海の狩人。硬い獲物にかみつき、引きちぎる荒っぽい食事をくり返します。当然、歯は欠けたり抜けたりと、しょっちゅう傷みます。ならば一本一本を大事に守るより、傷んだそばから新品に取りかえるほうが合理的です。使い捨ての歯は、激しい狩りの暮らしにかなった仕組みだったのです。
なぜヒトは「一度だけ」を選んだのか

何度も生えるサメが少しうらやましくもなります。しかしヒトの歯には、生え変わらないからこそ手に入れた、大きな強みがありました。
精密な「かみ合わせ」を守るため
上下がぴったり合う歯
ヒトの歯は、上と下がぴたりとかみ合うようにできています。食べ物をすりつぶしたり、こまかく砕いたりできるのは、この精密なかみ合わせのおかげです。もし歯がしょっちゅう生え変わったら、どうでしょう。新しい歯が生えるたびに位置がずれ、大切なかみ合わせが崩れてしまいます。ぴったり合う歯を保つには、むやみに生え変わらないほうが都合がよかったのです。
切る・砕く・すりつぶす、役割分担
さらにヒトの歯は、場所によって形と役割が変えてあります。前歯は食べ物を切り、犬歯は引き裂き、奥の臼歯(きゅうし)はすりつぶす。それぞれが専門の仕事を受け持つ、精巧なチームです。サメの歯が似た形ばかり並ぶのとは、対照的でした。この複雑で高性能な歯だからこそ、何度も作りなおすより、じっくり使うほうが向いていたのです。
「交換」ではなく「守る」進化

サメが「壊れたら交換」なら、ヒトは「壊れないように守る」道を選びました。ここに、二つの歯の進化のちがいがはっきり表れています。
壊さないための、丈夫な歯
体でいちばん硬いエナメル質
一生ものの歯を守るために、ヒトの歯の表面は、とても硬い「エナメル質」でおおわれています。これは、人体の中でもっとも硬い組織です。骨よりも硬いこの鎧(よろい)が、毎日の食事から歯を守っています。交換がきかないぶん、簡単には壊れない丈夫さを備える。それが、ヒトの歯の戦略でした。
だから歯みがきが欠かせない
とはいえ、どんなに硬いエナメル質も、虫歯には勝てません。そして一度うしなった永久歯は、二度と戻らない。だからこそ、毎日の歯みがきが大切になります。サメのように取りかえがきかないヒトにとって、歯を守るケアは、そのまま歯を長持ちさせる唯一の方法でした。生え変わらない歯だからこそ、日々の手入れが効いてくるのです。
豆知識——一度も生え変わらない「親知らず」

永久歯の中に、ちょっと変わり者がいます。大人になってから、いちばん最後に生えてくる「親知らず」です。
最後に生える、第三の大臼歯
生えない人も、めずらしくない
親知らずは、正式には「第三大臼歯(だいさんだいきゅうし)」と呼ばれる奥歯です。多くの永久歯が子どものうちに生えそろうのに対し、親知らずだけは10代後半から20代にかけて、遅れて顔を出します。しかも、生えてこない人や、顎の中にうもれたままの人も少なくありません。「親知らず」という名も、親元をはなれる年ごろに生えることに由来するといわれます。同じ永久歯でも、ずいぶんマイペースな一本だったのです。
何度でも生え変わるサメの歯は、たしかに便利そうに見えます。けれどヒトの歯は、そのかわりに精密なかみ合わせと、一生ものの丈夫さを手に入れました。二度目がないからこそ、一本一本に値打ちがある。毎日の歯みがきは、二度と替えのきかないたった一組の歯を、長く使いつづけるための小さな習慣なのです。
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