ホタルの光は、成虫と幼虫で役目が入れ替わる——求愛の合図になるのは一生の最後だけ

生きものの話
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ホタルの光は、相手を探すための合図です。ただしこの説明が当てはまるのは、飛んでいる成虫だけです。

卵も、水の中の幼虫も、土にもぐったサナギも光ります。求愛とは関係のない段階で、同じ仕組みがすでに動いているのです。「ホタルはなぜ光るのか」という問いが一言で片づかないのは、そのためです。

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  1. 光っているのは、飛んでいる成虫だけではありません
  2. 光をつくる仕組み——材料は四つ、装置は腹の先にある
    1. 反応に必要なもの
      1. ルシフェリンとルシフェラーゼ、ATP、そして酸素
      2. 発光器は三層でできている
    2. 点滅のスイッチは、酸素の蛇口
      1. 足りないのは酸素だけ
      2. 黄緑が多数派、けれど全部ではない
    3. 「熱くない光」はどこまで効率がいいのか
      1. 電球は熱してから光らせている
      2. 「ほぼ100%」という有名な数字は下方修正されている
  3. 成虫の光は、暗闇でのやりとり
    1. オスが飛び、メスが返す
      1. 飛ぶ側と、待つ側
      2. 合図を決めているのは「間」
    2. 点滅の間隔は、種ごとの符丁
      1. 三種で速さがまるで違う
      2. 同じ種なのに、東西で速さが二倍違う
    3. 偽の返事で誘い出すホタル
      1. 返事を真似て、寄ってきたオスを食べる
      2. 目当ては栄養だけではないらしい
  4. 幼虫や卵の光は、求愛では説明できない
    1. すべての幼虫が光る
      1. 水の中でも、林の落ち葉の下でも
      2. つつかれると、強く光る
    2. 「毒の警告」説と、2024年の揺さぶり
      1. ルシブファギンという毒
      2. 毒のほうが、あとから手に入っていた
      3. では、最初は何のためだったのか
  5. 日本のホタルは約50種、光るのはその一部
    1. よく見かける三種
      1. ゲンジボタル
      2. ヘイケボタルとヒメボタル
    2. 光らないホタルもいる
      1. 昼に活動する地味な多数派
      2. 成虫は水しか飲まない
  6. ホタルの酵素は、いまも検査室で光っている
    1. 「きれいさ」を数字にするATPふき取り検査
      1. 汚れの量を、光の強さで測る
      2. 10秒で結果が出る
    2. 遺伝子の働きを知らせるランプとして
      1. 目印として組み込む
      2. 虫の都合が、人間の道具になった
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光っているのは、飛んでいる成虫だけではありません

夏の夜、頭の高さを流れていく光ばかりを目で追っていると、答えは「求愛のため」で足りてしまいます。視線を地面と水の中へ下ろすと、そこにも光っているものがいます。下の表は、ゲンジボタルの一生に沿って光る場面を並べたものです。

段階期間の目安光るか光の役目とされるもの
約1か月光るはっきりしていない(警告説あり)
幼虫(水中)約9か月光る同上
前蛹・サナギ(土中)上陸から羽化まで約50日光る同上
成虫約2週間種による相手を探す合図

期間を足し算すると、成虫の2週間は一生の端にある短い区間にすぎません。私たちが「ホタルの光」と呼んでいるのは、その最後の場面だけなのです。

前蛹(ぜんよう)とは、幼虫が動きを止めてサナギになる準備に入った状態を指します。ゲンジボタルは雨の降る春の夜に水から上がり、岸辺の土にもぐってこの時期を過ごします。

光をつくる仕組み——材料は四つ、装置は腹の先にある

ホタルの光をつくっているのは、体温でも電気でもなく化学反応です。必要なものが揃った瞬間だけ光る、という点が電球との決定的な違いです。

反応に必要なもの

ルシフェリンとルシフェラーゼ、ATP、そして酸素

光のもとになる物質をルシフェリン、その反応を進める酵素をルシフェラーゼと呼びます。ここにATPとマグネシウムイオン、酸素が加わって反応が成立します。

反応の道筋も明らかになりました。ルシフェリンがATPと結びついてルシフェリルAMPという中間体になり、そこへ酸素が反応すると、エネルギーの高い状態のオキシルシフェリンができます。それが落ち着いた状態へ戻るとき、余ったぶんが黄緑色の光として外へ出ていきます。

ATP(アデノシン三リン酸)とは、生き物が体の中でエネルギーをやりとりするときに使う物質のことです。筋肉を動かすときにも同じものが消費されます。

発光器は三層でできている

腹の先にある発光器は、外側からクチクラ層・発光細胞層・反射層という三つの組織でできた装置です。光をつくるのは真ん中の発光細胞層です。

いちばん奥の反射層は、体の内側へ逃げようとする光を外へ跳ね返す役目を担います。懐中電灯の内側が銀色に光っているのと同じ発想が、虫の腹の中にすでに組み込まれているわけです。

点滅のスイッチは、酸素の蛇口

足りないのは酸素だけ

ルシフェリンもルシフェラーゼもATPも、発光細胞のなかに最初から用意されています。裏を返せば、揃っていない材料は酸素だけなのです。

酸素は気管という管を通って発光器へ届きます。その供給を神経が調節していて、一酸化窒素(NO)が関わっていることも分かってきました。点滅は光のスイッチというより、酸素の蛇口をひねる動作に近いのです。

黄緑が多数派、けれど全部ではない

いちばんよく見られるのは黄緑色です。ただし種によっては黄色寄りだったり、赤みを帯びたりします。

色を決めているのはルシフェラーゼ側のわずかな構造の違いだとされ、大型放射光施設SPring-8を使った構造解析なども行われています。同じ材料から違う色が出る理由は、物質そのものではなく酵素のかたちの側にあるという見方です。

「熱くない光」はどこまで効率がいいのか

電球は熱してから光らせている

白熱電球はフィラメントを高温にして光を出す装置です。投入した電力のうち光になるのは1割前後で、残りは熱として逃げていくと言われます。

ホタルは化学反応から直接光を取り出すので、そもそも熱を経由しません。手のひらにとまったホタルが熱くないのは、光り方の設計が根本から違うからです。

「ほぼ100%」という有名な数字は下方修正されている

ホタルの発光効率は、長らく「88%以上」と紹介されてきました。この値は1959年に、いくつかの仮定と当時の測定技術のもとで評価されたものです。

2007年、東京大学物性研究所の秋山英文氏らが専用の計測装置で測り直したところ、量子収率は41.0±7.4%という結果になりました。「ほぼ100%が光になる」という言い回しは、この修正を反映していない古い数字が独り歩きしたものと考えられます。

量子収率とは、反応した分子のうち何個ぶんが実際に光の粒(光子)を出したかを示す割合のことです。エネルギーの何%が光になったか、とは少し違う指標です。

それでも41%は破格の数字です。人工の化学発光として知られるルミノール反応は、条件にもよりますが1%前後とされます。半分近くを光に変える化学反応は、人工的にはいまだ真似ができていません。

成虫の光は、暗闇でのやりとり

成虫が光る目的は、はっきりしています。相手を見つけて交尾にたどり着くためです。

オスが飛び、メスが返す

飛ぶ側と、待つ側

ゲンジボタルの場合、川面の上を移動しながら光っているのはたいていオスです。メスは草や葉にとまり、そこから応じます。

ヒメボタルにいたっては、メスの後翅(こうし)が退化していて飛ぶことができません。待つ側と探す側の分業が、体のつくりにまで表れている種もいるわけです。

合図を決めているのは「間」

やりとりで効いているのは明るさよりも、光る長さと次に光るまでの間隔です。オスの合図に対して、メスがどのくらい待ってから返すか。その呼吸が合わなければ、会話は成立しません。

発光がいちばん盛んになる時間帯もおおよそ決まっていて、午後8時15分から9時半ごろが山とされます。10時を回ると光は目に見えて減ります。

点滅の間隔は、種ごとの符丁

三種で速さがまるで違う

日本でよく話題になる三種を並べると、点滅の速さはきれいに三様です。

体長(オス)幼虫のすみか点滅の目安
ゲンジボタル約15mm水中(主食はカワニナ)東日本4秒/西日本2秒
ヘイケボタル約8mm水田・湿地本州以南で約0.5秒/北海道で約1秒
ヒメボタル約9mm陸上(雑木林・竹林)0.7〜1秒の金色のフラッシュ

ヒメボタルの光はストロボのように鋭く、川辺ではなく林の中で見られます。ホタル狩りは水辺のものという思い込みが、この一種だけで崩れてしまうのです。

同じ種なのに、東西で速さが二倍違う

同じゲンジボタルでも、東日本ではおよそ4秒間隔、西日本と九州ではおよそ2秒間隔で光ります。中部地方の一部には3秒の中間型もいて、境目はフォッサマグナ西縁地帯にあたるとされています。

この差に最初に気づいたのは神田左京(かんだ さきょう/1874〜1939年)でした。1935年の著書『ホタル』に「東日本は1分間に16回、西日本は1分間に34回」と書き残しています。のちに横須賀市博物館の大場信義氏(1945〜2020年)が調査を重ね、秒数まで詰めました。

例外もあります。長崎県の五島列島では、1秒間隔で明滅する集団が長崎大学の大庭伸也准教授によって見つかっています。全ゲノム解析が進んだ現在も、なぜ東西で速さが分かれたのかは分かっていません。

偽の返事で誘い出すホタル

返事を真似て、寄ってきたオスを食べる

光が符丁である以上、それを盗む相手も現れます。北米にすむPhoturis属のメスは、別の属であるPhotinus属のメスの返事を真似て光り、寄ってきたオスを捕らえて食べてしまいます。

研究者はこの行動に「ファム・ファタール(femmes fatales)」という名前を与えました。偽の返事を送るときは自分の発光器を地面側へ隠し、体の大きさを悟られないようにする行動も報告されています。

目当ては栄養だけではないらしい

この捕食には、餌を得る以上の意味があるとみられています。獲物が体内に持つ防御用の毒を取り込み、自分の身を守るために転用しているとされるのです。

南北アメリカのホタルにとって、この擬態は交信のしかたそのものを変えてしまうほどの圧力になっていると考えられています。相手をだます光と、だまされないための光。同じ暗闇のなかで、二つの進化が押し合っている状況です。

幼虫や卵の光は、求愛では説明できない

ここからが、冒頭で触れた「一言で片づかない」部分です。交尾とは無縁の段階が、しっかり光っています。

すべての幼虫が光る

水の中でも、林の落ち葉の下でも

知られているかぎり、ホタルの幼虫はすべて発光すると報告されています。ゲンジボタルのような水生の幼虫も、ヒメボタルのような陸生の幼虫も例外ではありません。

成虫になると光らなくなる種すらいるなかで、幼虫の発光だけは共通して残っている。この偏りが、発光の出発点を考える手がかりになっています。

つつかれると、強く光る

幼虫は刺激を受けたときに光を強めます。この反応のしかたが、警告として使われているのではないかという見立ての根拠になってきました。

ゲンジボタルでは卵もサナギも光ります。動くことも逃げることもできない卵が光を放つのですから、少なくとも「相手を探すため」ではありえません。

「毒の警告」説と、2024年の揺さぶり

ルシブファギンという毒

ホタルの一部は、ルシブファギンと呼ばれる有毒な成分を体内に持っています。鳥やクモが吐き出すほどまずい物質で、これを「食べても損をするぞ」と光で予告しているという説明が、長く教科書的な位置を占めてきました。

目立つ体色や強いにおいで危険を知らせる仕組みは、動物界に広く見られます。テントウムシの赤やスカンクのにおいと同じ路線に、ホタルの光も置かれていたわけです。

毒のほうが、あとから手に入っていた

ところが2024年6月、この筋書きに待ったをかける論文が『PNAS Nexus』に出ました。ルシブファギンを持つのはホタル科のうちLampyrinae亜科だけで、その共通祖先がこの毒を獲得したのはおよそ6600万年前と推定されたのです。

発光の起源は、それよりずっと古いとされています。順序が逆であれば、「毒を知らせるために光り始めた」という説明は成り立ちません。光が先にあり、あとから手に入れた毒の宣伝に使い回された、と読むほうが素直です。

では、最初は何のためだったのか

論文の著者らは、別の可能性を挙げています。大気中の酸素が増えた時代に、体内で余った酸素を処理する仕組みとして発光反応が始まったのではないか、という見立てです。

光を出すこと自体が目的ではなく、酸素の後始末の副産物だったという筋書きになります。あくまで仮説の一つで、決着はついていません。ホタルがなぜ光り始めたのかは、いまも開いたままの問いです。

日本のホタルは約50種、光るのはその一部

「ホタル」と聞いて思い浮かぶ姿は、実はかなり狭い範囲を指しています。日本には約50種のホタルがいますが、成虫が光るのは14種ほどにとどまるとされます。

よく見かける三種

ゲンジボタル

日本産では大型の部類で、オスが約15mm、メスが18mm前後。前胸の背にある赤い部分に黒い十字の紋があるのが目印です。

幼虫は水深10〜50cmほどの流れのある水中で暮らし、カワニナという巻貝を主食にします。噛みついて消化液を出し、身を溶かしながら食べるという方法です。清流でしか見られないと言われるのは、この餌の都合が大きいところです。

ヘイケボタルとヒメボタル

ヘイケボタルはひと回り小さく、オスで約8mm。水田や湿地を好み、南西諸島を除く日本全域のほか、朝鮮半島から東シベリアまで広く分布します。餌の幅も広く、カワニナのほかタニシやイトミミズも口にする雑食ぶりです。

ヒメボタルは幼虫が陸生で、雑木林や竹林の落ち葉の下で育ちます。海抜数メートルから標高1700mまで生息域が広いことも特徴です。活動時間が真夜中にずれ込む集団もいて、日付が変わるころから光りはじめる場所もあります。

光らないホタルもいる

昼に活動する地味な多数派

日本のホタルには、幼虫しか光らない種も、幼虫も成虫も光らない昼行性の種もいます。数のうえではむしろこちらが多数派です。

鑑賞の対象にならないため名前が知られないだけで、彼らも立派なホタル科の一員。光る虫としてのホタル像は、観光や俳句を通して選び抜かれた一部の姿なのです。

成虫は水しか飲まない

成虫になったゲンジボタルは、口から水を摂るだけで固形の餌をとりません。飛ぶことも産卵も、幼虫時代にためた栄養でまかないます。

成虫の活動期間は2〜3週間ほど、野外では1週間程度で終わることも珍しくありません。9か月かけて水の中で蓄えたものを、最後の数日で使い切る計算になります。

ホタルの酵素は、いまも検査室で光っている

ホタルの発光反応は、観賞の対象にとどまりませんでした。ルシフェラーゼという酵素は、産業や研究の現場でごく普通に使われています。

「きれいさ」を数字にするATPふき取り検査

汚れの量を、光の強さで測る

食品工場や厨房では、調理台をぬぐった綿棒を専用の試薬と反応させる検査が行われています。使われているのが、ホタル由来のルシフェラーゼです。

汚れには、微生物や食品残渣に由来するATPが含まれます。ATPが多ければ光は強く、少なければ弱い。目に見えなかった「汚れ具合」が、そのまま光の量に置き換わります。

10秒で結果が出る

この方法の強みは、なんといっても速さです。細菌を培養して数える従来の検査が数日かかるのに対し、ATPふき取り検査は約10秒で数値が出ます。

その場で洗い直す判断ができるため、衛生管理の現場に広く入り込みました。夏の川辺で見た光と、厨房で鳴る測定器の数字が、同じ化学反応でつながっているわけです。

遺伝子の働きを知らせるランプとして

目印として組み込む

生命科学の実験では、調べたい遺伝子にルシフェラーゼの遺伝子をつなげて細胞に入れる手法が定番になっています。目的の遺伝子が働けば、ルシフェラーゼもいっしょに作られて光が出る仕組みです。

遺伝子がどれだけ活発に働いたかを、光の量として読み取れます。レポーターアッセイと呼ばれるこの手法は、薬の候補を探す場面でも使われています。

1986年には、ホタルのルシフェラーゼ遺伝子を組み込んだタバコが『Science』誌で報告されました。暗室で10分ほど目を慣らすと、葉がぼんやり光って見えたそうです。ホタルの仕掛けは、まったく別の生き物の体の中でもちゃんと働きました。

虫の都合が、人間の道具になった

ホタルからすれば、暗闇で相手を見つけるためだけの仕掛けでした。それが人間の手に渡ると、汚れの指標にも遺伝子の活動計にもなります。

生き物の仕組みを借りてくる技術は珍しくありませんが、ホタルの場合は「光る」という結果がそのまま測定値になる点が使いやすかったのでしょう。数えるための目盛りを、最初から自分で持っていた形です。

「なぜ光るのか」と一つの答えを探しにいくと、どこかで行き止まりに突き当たります。問いのほうを「いつ・誰が・誰に向かって光っているのか」に置き換えると、答えは段階ごとに整列してくれます。求愛の合図は、最後の2週間だけの話。その手前には役目のはっきりしない長い発光があり、さらに奥には毒より古い起源の謎が控えています。夏の夜に見えているのは、その長い列の最後尾ひとつぶんの光です。

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