2011年1月、神奈川県茅ヶ崎市の道路を原付で走っていた人が「自転車道を通行した」として罰金6,000円の略式命令を受けました。ところが、その道は自転車道ではなく自転車専用通行帯でした。2015年4月20日、最高裁はこの罰金を取り消し、無罪を言い渡しています。自転車道は縁石や柵で車道から切り離された道です。自転車専用通行帯は、車道に線を引いて自転車用に指定した車線。この違いが、確定していた罰金を消しました。
自転車道と自転車専用通行帯は何が違う?

二つを分けるのは、車道との間に物があるかどうかです。道路交通法は、両者をまったく別の種類の場所として定めています。
自転車道は縁石や柵で区切られた道
道路交通法は自転車道を、縁石線や柵などの工作物で「区画された車道の部分」と定めています。ブロックや植え込み、柵などで車道から物理的に切り離されていることが条件です。国土交通省と警察庁のガイドラインでは、幅は2.0m以上(やむを得ない場合は1.5m以上)が目安とされています。
自転車専用通行帯は車道に引かれた車線
自転車専用通行帯は、法律の上では「車両通行帯」、つまり車線の一つです。車道の左端に白線を引き、「自転車専用」の標識と路面の標示で自転車用と指定します。青く塗られていることが多く、ふだん「自転車レーン」と呼ばれているのはたいていこちら。ガイドラインが示す幅は1.5m以上です。
原付が入れないのはどちらも同じ
原付(特定小型原付を除く)は、自転車道も自転車専用通行帯も走れません。ただ、破った場合に問われる違反の名前が違います。並べると次のとおりです。
| 比べる点 | 自転車道 | 自転車専用通行帯 |
|---|---|---|
| 車道との区切り | 縁石や柵などの工作物 | 白線と標識・路面標示 |
| 法律上の分類 | 自転車道(車道の一部) | 車両通行帯(車線) |
| 幅の目安 | 2.0m以上 | 1.5m以上 |
| 原付が走ったときの違反 | 通行区分違反 | 通行帯違反 |
見た目が似ていても、法律の上では「道」と「車線」の違いがあります。この取り違えが、茅ヶ崎の事件の出発点でした。
茅ヶ崎の道路で何が起きた?

違反とされたのは、2011年1月23日の午後3時57分ごろのことです。判決文に残る事実は短いものですが、交通違反が裁判になるまでの道すじがよく分かります。
原付で「自転車道」を走ったとされた
現場は茅ヶ崎市矢畑の道路です。警察は、この人が原付で自転車道を通行したとして違反を取りました。通告されたのは「通行区分違反」。車両ごとに決められた通る場所を守らなかった、という種類の違反です。今の反則金でいえば、原付の通行区分違反は6,000円にあたります。
青切符から略式命令へ進んだ
軽い交通違反は、まず反則金を納めるよう通知されます。いわゆる青切符です。納めれば刑事裁判にはなりません。納めなかったときに、はじめて起訴へ進む仕組みです。この人のケースも起訴へ進み、横浜市の保土ケ谷簡易裁判所が2011年12月19日、罰金6,000円の略式命令を出しました。
※ 略式命令(りゃくしきめいれい)とは、簡易裁判所が法廷を開かずに書類だけで100万円以下の罰金などを言い渡す手続きのことです。
14日間の不服申し立てはされなかった
略式命令に納得できなければ、受け取ってから14日以内に正式な裁判を求められます。この人は申し立てず、命令は2012年1月5日に確定しました。普通なら、ここで話は終わりです。罰金の記録は、そのまま残るはずでした。
どこが間違っていたのか?

間違っていたのは、現場の道の種類です。違反の中身そのものではなく、その道に付けられた名前が誤っていました。
県公安委員会が決めたのは専用通行帯
最高裁が事件の記録を確かめると、この道路の部分は自転車道にあたりませんでした。神奈川県公安委員会が決めて「自転車専用」の路面標示と標識を設けた、自転車だけが通れる自転車専用通行帯だったのです。判決はこう述べています。
被告人が本件車両を運転して自転車道を通行したとはいえないから,前記略式命令の認定事実は罪とならなかったものといわなければならない。
(最高裁第二小法廷 平成27年4月20日判決)
「自転車道を走った」は罪にならなかった
略式命令が使ったのは、原付などが自転車道を走ることを禁じる条文(道路交通法17条3項)です。現場に自転車道が無い以上、その条文に当てはまる行為も起きていません。命令に書かれた事実は、書かれたとおりなら罪にならないものでした。
原付で走ってよい場所でもなかった
注意したいのは、この人の走り方が問題なしと認められたわけではない点です。自転車専用通行帯も、原付が入ってはいけない場所でした。こちらを破ると「通行帯違反」になり、罰則は5万円以下の罰金です。
ただ、刑事裁判は起訴された事実について判断します。起訴されたのは「自転車道を走った」という事実だけでした。別の違反があったかどうかは、この判決の中では問われていません。
確定した罰金を最高裁はどう取り消した?

確定した罰金をくつがえしたのは「非常上告(ひじょうじょうこく)」という、めったに使われない手続きです。申し立てたのは本人ではなく、検察のトップでした。
申し立てられるのは検事総長だけ
刑事訴訟法は、判決が確定した後に裁判の法令違反が見つかったとき、検事総長が最高裁に非常上告できると定めています。本人や弁護士が使える道ではありません。罪を問う側の検察が、自分たちの起訴した事件の誤りを最高裁に持ち込む形になります。
※ 非常上告とは、確定した有罪判決や略式命令に法令違反が見つかったとき、検事総長が最高裁判所に正してもらう手続きです。法律の解釈や適用をそろえることが本来の目的とされています。
申し立ては2014年、判決は2015年4月
事件番号は「平成26年(さ)第1号」。2014年に最高裁が受け付けた最初の非常上告だったことが分かります。判決は2015年4月20日、第二小法廷の裁判官4人の全員一致でした。違反の日から数えると、4年3か月ほどがたっています。主文は2行だけです。「原略式命令を破棄する。」「被告人は無罪。」
判決の効き目は本人にも届いた
非常上告の判決は、原則として本人の立場を変えません。誤った法解釈を正すことが目的だからです。例外は、元の裁判が本人に不利だった場合。このときは最高裁が改めて判決を出し、その結果が本人にも効き目を持ちます。茅ヶ崎の件はこの例外にあたり、無罪がそのまま本人の判決になりました。
青切符の誤りは問題にされなかった?

非常上告の申立書は、もう一つの誤りも挙げていました。青切符の段階での通告が、実際の違反と種類の違うものだったという点です。最高裁はこちらは退けています。
違う違反で通告したのは無効という主張
交通違反を起訴するには、先に反則金の通告を済ませておく必要があります。申立書の考えでは、この人が実際にしたのは通行帯違反でした。それなのに通行区分違反で通告している。正しい通告を経ていないのだから、起訴の手続きも違法だという主張です。
物差しは起訴状に書かれた内容
最高裁は、通告がそろっているかは起訴状に書かれた違反の中身で判断すると述べました。起訴状にあったのは「自転車道通行」という通行区分違反です。通告も同じ通行区分違反でされていたので、手続きには欠けがない。そう結論づけ、この主張は採用しませんでした。手続きは正しく、中身の事実が罪にならなかった。判決はこの二つを切り分けたうえで、無罪の結論を出しています。
確定した罰金が消えるのは珍しい?

非常上告は、ふだんは年に数件ほどとされる珍しい手続きです。ただ、交通違反の略式命令をめぐる例は、裁判所の公開している裁判例の中にいくつも見つかります。
2010年は自動車専用道路の速度違反
2010年には、山梨県南アルプス市などの速度違反をめぐる非常上告が相次ぎました。例えば2007年、南アルプス市で時速30km超過として罰金6万円が確定した件です。現場は自動車専用道路の区間でした。そこでの30km超過は反則金で済む違反なので、先に青切符の手続きが必要だったのです。
この年の事件番号は、少なくとも「平成22年(さ)第250号」に達しました。一般の道路と取り違えた処理が、まとめて正されたことがうかがえます。
2017年は免許の期限をめぐる取り違え
2017年4月の最高裁判決は、大阪の原付の通行禁止違反を扱っています。免許の期限が切れているとして、青切符を飛ばして罰金5,000円が確定していました。ところが期限の末日は土曜日で、法律上は週明けの違反の日まで免許は有効だったのです。
「無罪」と「公訴棄却」の二つの形
同じように罰金が消えても、判決の形は二通りあります。茅ヶ崎の件は事実が罪にならないので無罪。ほかの2件は、起訴の手続きそのものをやり直すべきだったので公訴棄却(こうそききゃく)です。
| 判決 | 取り違えたもの | 結論 |
|---|---|---|
| 2010年3月(山梨) | 自動車専用道路を一般の道路と同じに処理 | 公訴棄却 |
| 2015年4月(神奈川) | 自転車専用通行帯を自転車道として処理 | 無罪 |
| 2017年4月(大阪) | 有効だった免許を期限切れとして処理 | 公訴棄却 |
公訴棄却は「裁判にかける手続きが整っていなかった」という意味です。無罪とは違い、行為が罪かどうかには踏み込みません。
払った罰金は戻ってくる?

非常上告で無罪になり、すでに罰金を払っていた人は、国にお金を返すよう求められます。根拠は刑事補償法という法律です。
利息をつけて返す刑事補償
刑事補償法は、再審や非常上告で無罪になった人が元の判決で刑を受けていた場合、補償を求められると定めています。罰金なら、払った額に法定の利息を加えた金額です。利息は、払った翌日から補償が決まる日までの分がつきます。
補償は本人の請求から始まる
補償は、本人が裁判所に請求してはじめて支払われます。この人が6,000円を納めていたかどうかは、判決文には書かれていません。それでも、確定した有罪の記録が無罪に置きかわった意味は、罰金の額よりずっと大きいものです。
自転車に乗る人にはどう関わる?

この区別は、原付だけの話ではなくなりました。2026年4月1日から、16歳以上の自転車の違反にも青切符が使われています。
自転車の反則金は原付と同じ額
対象になる反則行為は100種類を超えます。額は原付と同じで、スマートフォンを持って使いながらの運転は12,000円、信号無視は6,000円です。飲酒運転のような悪質な違反は、これまでどおり刑事手続きの赤切符で扱われます。
違反の名前で反則金が変わる
自転車レーンや自転車道に関わる違反も、名前ごとに額が違います。茅ヶ崎の件と同じく、どの種類の場所かで当てはまる違反が分かれる仕組みです。
- 通行区分違反(車道の右側を走る、通れない歩道を走る など):6,000円
- 通行帯違反(指定された車線を通らない):5,000円
- 自転車道通行義務違反(自転車道があるのに使わない):3,000円
自転車道がある道路では、普通自転車(一般的な大きさの自転車)はやむを得ない場合を除いて自転車道を走る決まりです。自転車レーンは車線なので、自転車はその車線を通ることになります。
青い矢羽根は専用通行帯ではない
車道の左端に青い矢印が並んでいるだけの道もよく見かけます。この「矢羽根型路面表示」は法令で決められた標示ではなく、自転車が走る位置の目安です。ガイドラインも、表示のある場所を無理に避けて走る必要はないとしています。自転車専用通行帯と呼べるのは、白線と「自転車専用」の標識がそろった車線だけです。
どの道にどの形が選ばれる?

自転車道にするか、自転車レーンにするかは、その道を走る車の速さと量で決まります。国土交通省と警察庁のガイドラインが目安を示しています。
車の速さと量で三つに分ける
車の速度がおおむね時速50kmを超える道路では、構造物で分ける自転車道。時速40km以下で、車の量が1日4,000台以下なら、矢羽根などで注意をうながす車道混在。その中間が自転車専用通行帯です。速い車が多いほど、自転車との間に物理的な壁を置くという考え方。
自転車道は一方通行が基本
意外なのは、自転車道が一方通行を基本としていることです。双方向にすると、車と逆向きに走る自転車が交差点で出会い頭にぶつかる危険が増えるためとされています。双方向は条件をすべて満たす特別な場合に限って暫定的に認められ、既存の双方向の自転車道も、できるだけ一方通行に改めるとされました。
茅ヶ崎の6,000円は、縁石1本と白線1本の違いでした。歩道から見れば同じ「自転車の通り道」でも、法律はその境目の作り方で道を呼び分けています。名前を一つ取り違えただけで、確定した有罪が無罪に変わる。法の線引きは、路面に引かれた線よりもずっと細かいところで効いています。
参考
- 裁判所 裁判例結果詳細(最高裁第二小法廷 平成27年4月20日判決 平成26(さ)1)
- e-Gov法令検索 道路交通法
- 警察庁 自転車の交通ルール等(青切符・反則金の額)
- 国土交通省・警察庁 安全で快適な自転車利用環境創出ガイドライン(令和6年6月)
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