「いってきます」「ただいま」、日本語に往来のあいさつがあるのはなぜか

言葉と論理の話
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家を出るとき、私たちは「いってきます」と口にします。そして帰ってくれば「ただいま」。あまりに自然で、いちいち意味を考えることなどありません。

ところが、あらためて並べてみると、これらの言葉はきれいな”対”になっています。「いってきます」には「いってらっしゃい」、「ただいま」には「おかえりなさい」。しかも英語などには、ぴったり同じ決まり文句が意外と見当たりません。この何気ないやりとりには、いったい何が込められているのでしょうか。

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日本語の往来あいさつは「対」になっている

まず、日本語の往来のあいさつを整理してみましょう。出かけるときも帰ってきたときも、必ず相手からの返しがあります。

場面出入りする人送る・迎える人
出かけるいってきますいってらっしゃい
帰ってくるただいまおかえりなさい

※ これらは「行って参ります(いってまいります)」のような、より古い言い方がもとになっています。「参る」は自分をへりくだって言う形で、目上の人にも使える丁寧な表現です。

「行き」の対、「帰り」の対

表のとおり、日本語のあいさつは「行き」と「帰り」の両方に対がそろっています。片方が声をかければ、もう片方がきちんと応じる。キャッチボールのように、言葉が往復するのです。

この”言い合う”形が、日本語のあいさつの特徴といえます。ただの合図ではなく、二人でひとつのやりとりを完成させている。そこが面白いところです。

どちらにも「相手の返し」がある

「いってきます」と言われて、黙っている家はあまりないでしょう。自然と「いってらっしゃい」が返ります。帰宅の「ただいま」にも、「おかえりなさい」がついてくる。

返しがあることで、あいさつは一往復の”儀式”になります。誰かが行き、誰かが送り、また迎える。その繰り返しが、家族や職場のリズムを作っているのかもしれません。

「いってきます」に隠れた”帰る約束”

何気ない「いってきます」ですが、言葉をほどくと、そこには小さな約束が隠れています。ポイントは、最後の「きます」です。

「行って+来ます」=必ず帰るという宣言

「いってきます」は、もともと「行って来ます」と書きます。「行きます、そして必ず帰って来ます」を縮めた形なのです。つまり、出かける本人が「ちゃんと戻ってくる」と宣言している言葉といえます。

ただ「行きます」だけなら、そのまま帰らないかもしれません。そこに「来ます」を足すことで、帰ってくる約束になる。たった一言に、そんな仕掛けがひそんでいます。

送る「いってらっしゃい」も帰りを願う

送り出す「いってらっしゃい」も、「行って、いらっしゃい(帰ってきてください)」という意味を持っています。「無事に行って、無事に帰っておいで」と願う言葉なのです。

じつは江戸時代、夜道の移動は命がけでした。「行って参ります」は、大切な人への「必ず帰る」という重い誓いだったといわれます。今の軽やかな響きの裏には、そんな切実な祈りが眠っているのです。

「ただいま」「おかえり」は何を略しているか

帰宅のときの「ただいま」と「おかえり」も、じつはどちらも言葉が省略されています。もとの形を知ると、意味がぐっと立ち上がってきます。

「ただいま」=「ただいま帰りました」

「ただいま」は、「ただいま帰りました」の後半を省いた言い方です。「ただいま」はもともと「たった今」という意味で、「今この瞬間に帰ってきましたよ」と告げています。省略が進みすぎて、今では「ただいま」だけで帰宅の合図になりました。

言われてみれば、「ただいま」という言葉自体に「帰る」の意味はありません。それでもちゃんと通じるのは、対の「おかえり」がすぐそばにあるからでしょう。

「おかえりなさい」=よく帰ったね

迎える「おかえりなさい」には、「よくぞ無事に帰ってきましたね」というねぎらいがこもっています。「ここはあなたの帰る場所ですよ」と伝える言葉でもあります。

だから「おかえり」を言われると、どこかほっとする。長い一日の終わりに、自分の居場所を確かめてもらえる言葉なのかもしれません。

なぜ日本語に根づいたのか——「帰る場所」の確認

では、なぜ日本語はこれほど往来のあいさつを大切にするのでしょうか。背景には、「帰る場所」を重んじる感覚があるといわれます。

家という「帰る場所」を確かめる

日本語には、身内や自分の居場所を「ウチ(内)」、それ以外を「ソト(外)」ととらえる感覚があります。ウチからソトへ出て、またウチへ戻る。その出入りを、あいさつで一つひとつ確認しているわけです。

「いってきます」「ただいま」は、その境界をまたぐたびに交わす合図。言葉にすることで、「あなたはこの場所の一員だ」と、たがいに確かめ合っているのかもしれません。

「無事を願う」名残

先に見たように、往来のあいさつには「無事に帰ってきてほしい」という祈りがしみ込んでいます。交通も治安も今ほど安全でなかった時代、家を出ることには危険がつきまとっていました。だからこそ、送り、迎える言葉が儀礼として根づいたと考えられます。

今では、通勤も通学も当たり前の日常です。それでもあいさつが残っているのは、言葉が”つながりの確認”として、なお役立っているからでしょう。

世界の「いってきます」事情

では、ほかの言語ではどう言うのでしょうか。出かけるときのあいさつ自体は、どの国にもあります。ただ、日本語のような”対の儀礼”は、そのまま訳しにくいのです。

場面日本語英語で近い言い方
出かけるいってきますI’m off / See you
見送るいってらっしゃいHave a good day
帰宅するただいまI’m home
迎えるおかえりなさいWelcome back

出かける挨拶は、どの国にもある

「行ってくる」にあたる言葉は、多くの言語にあります。英語なら「I’m off(もう出るね)」や「See you(またね)」、見送る側は「Have a good day(よい一日を)」などと声をかけます。外出に一言そえる習慣は、世界に広く見られるものです。

つまり「出かける合図」そのものは、日本語だけのものではありません。あいさつを交わすこと自体は、人の営みに共通するといえるでしょう。

でも”帰宅の対”は訳しにくい

ちがいが出るのは、「ただいま」「おかえり」のような帰宅時の対です。英語にも「I’m home(帰ったよ)」や「Welcome back(おかえり)」はありますが、毎日きっちり言い合う決まり文句としては、日本語ほど定着していないとされます。とくに「いってきます」の”必ず帰る”というニュアンスは、そのまま訳しづらいのです。

言葉があるかないかというより、それを”対の儀礼”としてどれだけ大切にするか。そこに、言語ごとの色合いが出るのかもしれません。

「いってきます」は、「行って、必ず帰ってくる」という小さな約束の言葉でした。そして「おかえりなさい」は、その約束が果たされたことを喜ぶ言葉。毎日なにげなく交わすこの一往復には、帰る場所と迎えてくれる誰かの気持ちが、静かに宿っているのです。