カスピ海はなぜ湖なのか、海か湖かで5か国は22年もめた

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カスピ海が湖に分類されるのは、まわりをすべて陸に囲まれ、外の大洋へ出る水路がひとつも無いからです。面積は日本の国土とほぼ同じ約37万km²で、世界最大の湖にあたります。それでも水はしょっぱく、はるか昔は本物の海の一部でした。この「海らしさ」が、沿岸5か国が22年も話し合いを重ねる火種になります。

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カスピ海が湖に分類されるのはなぜ?

森に囲まれた湖のイラスト

外の大洋へ出る水路が無い

海と湖を分けるいちばんの目安は、外の大洋と水がつながっているかどうかです。地中海はジブラルタル海峡で大西洋とつながり、日本海もいくつかの海峡で太平洋へ通じています。カスピ海はロシア・カザフスタン・トルクメニスタン・イラン・アゼルバイジャンの5か国に囲まれ、どこにも出口がありません。この「閉じた水」という一点で、地理の上では湖に入ります。

水面は海面より約28m低い

日本大百科全書によると、カスピ海の湖面は海面下28メートルにあります。外海とつながっていれば、水面は海と同じ高さにそろうはずです。ボルガ川などから流れこむ水と、湖面から蒸発する水がつり合うところで、水位が決まっています。海より低い位置に水をためていられること自体が、海から切り離されている証拠といえます。

面積は琵琶湖の550倍ほど

面積は約37万1000km²です。日本の国土は約37万8000km²なので、ほぼ同じ広さの水面が内陸に広がっている計算になります。琵琶湖(約670km²)と比べると、およそ550倍。最も深いところは1000メートル前後あり、世界大百科事典は995メートル、ブリタニカ国際大百科事典は1025メートルとしています。

面積も水位も、時代によって変わる

世界地図のイラスト

1930年には42万km²あった

カスピ海の面積として紹介される数字は、37万km²台と38万km²台の二通り。ブリタニカ国際大百科事典は38万6400km²とし、1930年には42万4300km²あったと記しています。100年足らずのあいだに、四国2つ分ほどの水面が増えたり減ったりしてきた計算です。どの数字が正しいかより、いつの面積かが大事な湖といえます。

カラ・ボガズ・ゴル湾を入れるかどうか

面積の数字を左右するもうひとつの要素が、東岸のカラ・ボガズ・ゴル湾です。せまい水路でカスピ海とつながる大きな入り江で、百科事典マイペディアはこの湾を除いて37万4000km²としています。湾を本体に含めるのか、別の水域とみるのか——その線引きひとつで、世界最大の湖の大きさも変わってくるわけです。

水位は時代によって上下する

水面の高さも一定ではありません。日本大百科全書は海面下28メートル、ブリタニカ国際大百科事典は海面下27メートルです。国連などが進めたカスピ海環境計画の解説は、執筆時点で約26.5メートル下としています。出口の無い湖は、川の水量や蒸発のわずかな変化で水位が動きます。面積の数字が揺れるのも、岸の位置がそのたびに動くからです。

湖なのに「海」と呼ばれるのはどうして?

塩の入った容器のイラスト

水がしょっぱい

普通の湖は淡水ですが、カスピ海の水は塩水です。日本大百科全書は平均の塩分を12.6‰(パーミル。1000分のいくつかを表す単位)としています。海水がおよそ35‰なので、3分の1ほどの濃さです。カスピ海環境計画の解説も「海水の3分の1の塩」と書いています。飲み水にはならない程度にはしょっぱく、なめれば海を思わせる味がします。

もとは古代の海の一部

カスピ海は、はるか昔には本当に海の一部でした。カスピ海環境計画の解説は、古代の大洋テチス海の名残だとしています。日本大百科全書によれば、新生代第三紀までは「サルマート海」の一部でした。大陸の動きで海が分断され、その一部が内陸に取り残されたのが今のカスピ海です。黒海も同じ古い海の流れをくむ水域とされています。

対岸の見えない広さ

広さそのものも、人に海を感じさせます。日本の国土ほどの水面が広がっているのですから、岸に立っても対岸は見えません。風が吹けば白波が立ち、荒れれば船も揺れます。古くから沿岸に住む人々にとって、目の前の水は海と変わりませんでした。分類は湖でも、名前が「海」のまま残ったのは無理のない話です。

海より塩が薄いのはなぜ?

木々の間を流れる川のイラスト

大きな川がたえず真水を注ぐ

塩が海の3分の1ほどにとどまる大きな理由は、川から流れこむ真水の多さです。カスピ海環境計画の解説によると、流れこむ真水の9割以上を大きな5本の川が運んでいます。中でもボルガ川は年に約241km³を注ぎ、ほかの川を大きく引き離す存在です。北部の浅い海域ほど川の影響が強く、塩はさらに薄くなります。

塩をため込む「蒸発皿」の湾

もうひとつの役者が、前に触れたカラ・ボガズ・ゴル湾です。カスピ海の水がこの湾へ流れこみ、強い日差しで蒸発していきます。カスピ海環境計画の解説では、1900〜1979年に平均で年15km³がこの湾へ流れ出ていました。残された塩は湾のほうにたまり、湾の水はカスピ海よりずっと濃い塩水になっています。

1980年にはこの水路がダムでふさがれ、40km³を超える水がカスピ海側にとどまりました。湾はその後ほとんど干上がっています。人の手で湖の水の出入りが変わった例です。

成分も海水とは違う

カスピ海の水は、濃さだけでなく中身も海水と違います。日本大百科全書は硫酸ナトリウムの量が多いと記しています。海水の塩の大部分は塩化ナトリウム、つまり食塩です。カスピ海では川が運んでくる成分の割合が大きく、外海と水が入れかわらないため、独自の組み合わせになりました。同じ「しょっぱい水」でも、海とは別物です。

海か湖かで、資源の分け方が変わる

石油を掘る設備のイラスト

「海」なら岸から線を引く

カスピ海が「海」と認められると、国連海洋法条約のルールで分けることになります。各国は岸から12カイリの領海を引き、その外側に排他的経済水域を設けることができるのです。境目は岸からの距離で決まるため、海岸線の形や長さで取り分に差が出ます。

※ 排他的経済水域(EEZ)とは、沿岸から一定の範囲で、その国が魚や海底の資源を優先して使える水域のことです。

「湖」なら5等分という考え方

一方で「湖」として扱うなら、沿岸国で等しく分け合うという考え方が出てきます。海岸線が長くても短くても、取り分は同じ5分の1です。同じ水域なのに、呼び方ひとつで配分のルールが入れかわってしまいます。どちらに決めるかは、各国の財布に直結する問題でした。

海底に眠る石油と天然ガス

争いを大きくしたのは、湖底とその周りに眠る資源です。米国エネルギー情報局(EIA)は2012年、カスピ海とその周辺の確認・推定埋蔵量を石油480億バレル、天然ガス292兆立方フィート(約8兆m³)と見積もりました。このうち石油の41%、ガスの36%が水の下の油田・ガス田にあります。線の引き方ひとつで、国の取り分が大きく変わる量です。

イランは5等分を求めた

海岸線の短いイランは、カスピ海を5つの等しい部分に分けるよう長く求めてきました。岸からの距離で区切ると、自国の取り分が小さくなるからです。旧ソ連が1991年に解体して沿岸国が2か国から5か国に増えると、線引きの話し合いは一気に複雑になりました。米国のシンクタンク、カーネギー国際平和財団は条約までの交渉を「22年の難しい交渉」と表しています。

2018年のアクタウ条約が出した答え

握手する二人のイラスト

海でも湖でもない扱い

2018年8月12日、5か国はカザフスタンのアクタウで「カスピ海の法的地位に関する条約」に署名しました。条約の文面ではカスピ海を「Sea」と呼んでいますが、国連海洋法条約は当てはめていません。カーネギー国際平和財団の解説は、海でも湖でもない独自の水域として扱われたと説明しています。二択のどちらも選ばず、カスピ海だけのルールを作ったわけです。

領海15カイリと漁業水域10カイリ

条約の第7条は、各国の領海を15カイリ以内と定めています。海洋法条約の12カイリより少し広い幅です。第9条では、その外側に幅10カイリの漁業水域を置き、そこでの漁は沿岸国だけに認めました。さらに外側は、5か国が共同で使う水域です。排他的経済水域という仕組みは取り入れていません。

海底の線引きは隣国どうしの話し合いへ

いちばんもめた海底の分け方は、条約では決着していません。海底とその下を区画に分ける作業は、向かい合う国や隣り合う国どうしの合意にゆだねられました。カーネギー国際平和財団も、この条約を「枠組み」の文書と評しました。大きな器は決まり、中身の線は国ごとの協議で引いていくことになります。

5か国以外の軍は入れない

条約には、守るべき原則のひとつとして「沿岸国に属さない軍隊がカスピ海にいないこと」が並んでいます。外の大国の艦船を入れず、安全も5か国で閉じて管理するという取り決めです。湖のように閉じた水域だからこそ、こうした約束が成り立ちました。

「海」の名を持つ湖はほかにもある

チョウザメのイラスト

死海の塩は海水の7〜9倍

イスラエルとヨルダンの境にある死海も、出ていく川の無い塩湖です。湖面は海面下約400メートルと、カスピ海よりはるかに低い位置にあります。塩分は約25〜30%。海水の7〜9倍ほどの濃さで、体がぷかりと浮くことで知られています。

アラル海は60年で大きく縮んだ

カザフスタンとウズベキスタンにまたがるアラル海も、名前に反して塩湖です。1950年代から、流れこむアムダリア川とシルダリア川の水が砂漠の灌漑(かんがい)に大量に使われました。マイペディアによると、面積は1960年ごろの約6万6100km²から1990年には約3万6500km²へ。デジタル大辞泉は、のちに10分の1になったと記しています。

チョウザメとキャビアの産地

カスピ海の豊かさは、石油だけではありません。北部の浅い海域はチョウザメが多く、その卵から作るキャビアの産地として世界に知られてきました。カスピ海環境計画の解説は、7つの種・亜種のチョウザメが1世紀以上にわたり地域の暮らしを支えてきたと書いています。石油に塩、そしてキャビア。湖とは思えない富です。

地図の上では湖、なめれば海の味、条約の上ではどちらでもない水。カスピ海は、ひとつの名前に三つの顔を持っています。「海」という一文字は、分類の誤りというより、この水域がたどってきた長い歴史の記録なのです。

参考

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