てんとう虫の名前はどこから来たのか、英語では聖母マリアの虫だった

てんとう虫 生きものの話
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てんとう虫の「てんとう」は、太陽を指す「お天道様」のことです。枝の先までよじ登り、行き止まるとそこから空へ飛び立つ。その姿が太陽をめざして昇っていくように見えたことから「天道虫」と呼ばれるようになったとされます。英語の ladybird の lady は聖母マリアのことで、こちらはキリスト教の信仰から生まれた名前です。

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「天道」は太陽を指すお天道様

太陽のイラスト

お天道様は太陽を敬う呼び名

漢字で書くと「天道虫」。天の道を行く虫とは、小さな体に似合わない堂々とした名前です。この「天道」は、日本で古くから太陽を親しみと敬いをこめて呼んできた「お天道様(おてんとさま)」の天道にあたります。「お天道様が見ている」という言い回しが残るように、太陽は人の暮らしを見守る存在でした。

枝の先で行き止まると空へ飛び立つ

てんとう虫を指にとまらせると、指先へ向かってまっすぐ歩いていきます。木の枝にのせても同じで、迷わず先端をめざします。いちばん上まで来て行き場がなくなると、ぱっと羽を広げて飛び立つ。『日本大百科全書』は、こうして枝などの先に登り太陽に向かって飛び立つことから名づけられたともいう、と紹介しています。

西洋から来た名前という説もある

名前の由来をめぐっては、別の見方もあるのです。『世界大百科事典』は「天道」という字が天と関係することから、16世紀後半以降に来日したキリスト教の宣教師がもたらした西洋起源の名ではないか、という説を挙げています。ヨーロッパではこの虫を聖母マリアや神と結びつけて呼ぶので、そうした呼び名が日本に伝わったという考え方です。どちらの説も決め手はなく、辞典も「ともいう」「説がある」と含みを残しています。

なぜ上へ上へと登るのか?

アブラムシのいる葉を登るてんとう虫のイラスト

新芽や枝先にはアブラムシが群がる

上をめざす理由の一つとして考えられているのが、えさの在りかです。てんとう虫の多くが好んで食べるアブラムシは、のびたばかりのやわらかい新芽や枝先に集まって汁を吸います。上へ登ることは、そのままごちそうのある場所へ向かうことでもあります。高い所は風を受けやすく、次のえさ場へ飛び移る足場としても都合がよいのでしょう。

ハウスでは天井に集まって逃げてしまう

上へ向かう性質は、農業の現場では困りごとになりました。農研機構によると、アブラムシ退治のためにビニールハウスへナミテントウを放しても、上に向かって飛んで天井付近に集まってしまいます。そのまま隙間から逃げたり挟まったりして、肝心の作物のまわりに居つかなかったのです。名前の由来になった習性が、そのまま壁になっていました。

30世代かけて「飛ばないナミテントウ」が生まれた

そこで農研機構は、自然界にいる飛ぶ力の弱いナミテントウを探し出し、交配と選抜を30世代にわたってくり返しました。こうして遺伝的に飛ばない系統が育ち、2013年9月に生物農薬(虫や微生物を使う農薬)として登録されます。翌2014年6月には「テントップ」の名で販売が始まりました。コマツナやイチゴ、ナスのハウス栽培で効果が確かめられています。

英語の ladybird の lady とは誰?

十字架のある教会のイラスト

Lady は Our Lady=聖母マリア

てんとう虫はイギリス英語で ladybird、アメリカ英語では ladybug と呼ばれます。この lady は普通の女性ではありません。キリスト教で Our Lady(われらの貴婦人)といえば聖母マリアのことです。ラテン語の Domina Nostra を訳した言い方で、パリのノートルダム大聖堂の「ノートルダム(Notre Dame)」も同じ意味になります。

「の」が見えなくなった古い英語のしくみ

ladybird は本来「レディの鳥」、つまりマリアの虫という所有の形です。古い英語では「レディの」にあたる形が音の変化で「レディ」と同じ形になり、所有の印が見えなくなりました。マリアにささげた礼拝堂を Lady chapel、受胎告知の祝日(3月25日)を Lady Day と呼ぶのも同じしくみです。ちなみに lady のさらに古い語源は「パンをこねる人」でした。

虫の名として記録に出るのは1674年

ladybird が虫の名前として文献に初めて現れるのは1674年とされます。それ以前の英語には、ladycow(マリアの牛)や cow-lady のほか bishop(司教)・golden knop(金のつまみ)といった呼び名もありました。鳥や牛と呼ばれてはいても、正体は甲虫。生きものを広くくくって身近な家畜や鳥にたとえるのは、各地の呼び名に共通する傾向です。

七つの星が表すマリアの七つの悲しみ

手を組んで祈る女性のイラスト

学名は「赤い七つの点」

ヨーロッパで最もなじみ深いてんとう虫は、日本にもいるナナホシテントウです。学名は Coccinella septempunctata(コクキネラ・セプテンプンクタータ)。Coccinella は「緋色(あざやかな赤)」を意味するラテン語から、septempunctata は「七つの点」を意味します。赤い体に黒い点が七つという見た目を、そのまま学名にしたわけです。

七つの点は聖母の悲しみになぞらえられた

この虫の名前は中世に生まれ、虫そのものが聖母マリアにささげられたと伝えられます。七つの黒い点は、キリスト教で「聖母の七つの悲しみ」と呼ばれる出来事を表すと考えられてきました。数えられているのは次の七つです。

  • シメオンの予言(わが子の受難を告げられる)
  • エジプトへの逃避
  • 神殿で幼いイエスを3日間見失う
  • 十字架を背負うイエスに出会う
  • はりつけ
  • 十字架から降ろされる
  • 埋葬

祈りに応えてアブラムシを退治した言い伝え

イギリスには、作物を守ってほしいと農民たちが聖母マリアに祈ったところ、てんとう虫が現れて畑を守ったという話が伝わります。農民はこの虫を「聖母の甲虫(Beetles of Our Lady)」と呼び、それが ladybug になったというのです。地中海のマルタ島には、十字架の下でマリアの血と涙を受けた黒い虫が、赤い体に涙の跡の点が残る姿になったという話もあります。

ほかの国ではどう呼ばれている?

地球儀のイラスト

国ごとの呼び名を並べると

聖母や神と結びついた名前は、英語だけのものではありません。ヨーロッパの言葉には、マリアの名を借りたものと、神の家畜にたとえたものがよく見られます。

言語呼び名意味
ドイツ語Marienkäferマリアの甲虫
スペイン語mariquitaマリアの愛称から
カタルーニャ語marietaマリアの愛称から
フランス語bête à bon Dieu神さまの虫
ルーマニア語vaca-Domnului主の牛
スウェーデン語nyckelpiga鍵の手伝い

神さまの牛やニワトリにたとえる

表のほかにも、フランス語には vache à Dieu(神さまの牛)、ルーマニア語には「神さまのニワトリ」にあたる呼び名があります。ポルトガル語の vaquinha は「小さな牛」という意味です。英語の ladycow と同じく、小さな虫を身近な家畜になぞらえて、そこに神やマリアの名を添えているのが目を引きます。

スウェーデンでは天国の鍵の番人

スウェーデン語の nyckelpiga は「鍵の手伝い」という意味です。言い伝えでは、てんとう虫は聖母マリアの手伝いとして天国の鍵を預かっていたとされます。七が七つの徳に通じる聖なる数であることと結びつけて語られる話です。捕まえたてんとう虫を逃がしてやると、天国の門に入れてもらえるとも言われていました。

幸運を運ぶ虫とされるのはなぜ?

四つ葉のクローバーを持って喜ぶ男の子のイラスト

トルコ語ではずばり「幸運の虫」

聖母の使いで、畑の害虫を食べてくれる虫。そうした見方から、てんとう虫は多くの国で縁起のよい虫とされてきました。トルコ語の呼び名 uğur böceği は、そのまま「幸運の虫」という意味です。ロシアやトルコ、イタリアなどでは、見かけたら願いごとをする習わしがあります。願いがもうすぐかなう印と受け取る土地もあるそうです。

飛んでいく先に結婚相手がいる

恋や結婚の占いにも使われました。中央ヨーロッパには「てんとう虫さん、どこへお嫁に連れて行ってくれるの?」という言い回しがあり、虫が飛んでいった方角に結婚相手がいると信じられていました。フランスでは指にのせて年を数え、飛び立つまでの数で結婚する年を占ったそうです。手にとまると新しい手袋の寸法を測っている、つまり近く結婚式か葬式があるというスウェーデンの言い伝えもあります。

てんとう虫はみんな益虫?

丸いナスのイラスト

日本に約160種、大部分は肉食

てんとう虫の仲間(テントウムシ科)は、日本だけで約160種が記録されている大きな一族です。『日本大百科全書』によると大部分は肉食で、アブラムシやカイガラムシ、ハダニなどを食べます。身近なナミテントウやナナホシテントウは幼虫も成虫も肉食で、作物の害虫を食べてくれる益虫です。えさが尽きると、ほかの幼虫やさなぎを共食いすることもあります。

ナスやジャガイモの葉を食べる仲間

一方で、植物の葉を食べる種類もいます。ニジュウヤホシテントウやオオニジュウヤホシテントウは、成虫も幼虫もナスやジャガイモ、トマトといったナス科の葉を食べる害虫です。食べた跡は葉脈だけが残った網目模様になります。益虫と区別して「テントウムシダマシ」とまとめて呼ばれることもありますが、れっきとしたテントウムシ科の仲間です。

海を渡ってミカン畑を救った仲間

カビを食べる「菌食」の種類までいて、食べものはじつにさまざまです。肉食の仲間の中には、海を越えて活躍したものもいます。オーストラリアのベダリアテントウは、カイガラムシの大発生でミカン畑が壊滅しかけた北アメリカ西部へ連れてこられました。てんとう虫を害虫退治に使う考え方は、いまも各地の畑や庭で生きています。

赤と黒の模様は「まずい」の合図

てんとう虫のキャラクターのイラスト

脚の関節から苦い黄色の液を出す

あの目立つ赤と黒は、じつは身を守るための装い。てんとう虫は手でつかまれると、脚の関節から黄色い液を出します。この液には強いにおいと苦みがあり、鳥などの敵を追い払います。あざやかな模様は、一度口にした敵に「まずい虫」と覚えさせる看板のようなものです。触ったあと指が黄色くなり独特のにおいが残るのは、この液のためでしょう。

ころんと落ちて死んだふり

もう一つの手が「死んだふり」です。危険を感じると脚を縮め、葉の上からころりと落ちて動かなくなります。動くものを追う敵の目をごまかし、地面の草にまぎれてやり過ごす作戦です。手のひらでじっと動かなくなったてんとう虫も、しばらく待てば何事もなかったように歩き出します。

寒くなると集まって冬を越す

てんとう虫は多くが成虫のまま冬を越します。10月下旬ごろから人家や草の根もと、落ち葉の下などに移り、集団で冬眠することが多い虫です。ナミテントウは11月ごろに白い建物へ集まる性質があり、家の中に入ってくることもあります。1匹で越冬するより、集まったほうが生き残る率が高くなるとされます。

日本では太陽へ昇る虫、ヨーロッパでは聖母マリアの虫。遠く離れた土地で、同じ小さな甲虫が天にまつわる名前をもらっていました。枝の先から飛び立つ一瞬を見上げたとき、昔の人が空のどこを思い浮かべたのか。名前は、その視線の向きを今に伝えています。

参考

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