赤い体に、黒い水玉。手のひらにちょこんと乗る、てんとう虫。漢字で書くと「天道虫」です。天の道の虫とは、ずいぶん壮大な名前をもらったものだと思いませんか。
この名前の由来は、てんとう虫のある習性にありました。しかも英語の名前には、はるか西洋の聖母マリアがかくれています。小さな虫の名に込められた、意外な物語をたどっていきましょう。
てんとう虫 早見表

この虫の名前の由来と正体を、表にまとめました。細かな話は、このあと一つずつ見ていきます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 漢字 | 天道虫 |
| 和名の由来 | 枝先から、お天道様(太陽)へ飛び立つから |
| 英語名 | ladybird / ladybug(聖母マリアの虫) |
| 役割 | アブラムシを食べる益虫(畑の味方) |
| 象徴 | 世界各地で「幸運」のしるし |
「天道虫」——太陽へ飛び立つ虫

まずは、和名「天道虫」の由来からです。カギは、てんとう虫が見せる、ちょっと変わった行動にありました。
枝の先から、お天道様へ
※ お天道様(おてんとさま)とは、太陽を親しみと敬いをこめて呼ぶ言葉です。昔の人は、太陽を見守り神のように大切にしてきました。
とにかく高い所へ登る
てんとう虫には、ひたすら高い所へ登りたがる、という強い習性があります。指にとまらせると、指先へ向かって一直線に歩いていきます。木の枝にのせても、迷わず枝の先端をめざすのです。上へ上へと進み、それ以上いけない、いちばん高いところまでたどり着くのです。
行き止まると、空へ飛び立つ
枝の先までたどり着くと、てんとう虫はどうするのでしょうか。行き止まったその場所で、ぱっと羽を広げ、空へ飛び立ちます。その飛んでいく先が、まるでお天道様、つまり太陽をめざしているように見えました。太陽へ向かって昇っていく虫。そこから「天道虫」の名がついたと言われています。名前の中に、あの健気な飛び立ちが刻まれていたのです。
なぜ、そんなに上へ登るのか
枝先にある、ごちそうを求めて
では、なぜてんとう虫は上をめざすのでしょう。理由の一つとして、餌の在りかが考えられています。てんとう虫の大好物であるアブラムシは、植物の新芽やのびたばかりの枝先に、びっしりと群がります。つまり枝の先は、てんとう虫にとってのごちそう畑。上へ登るのは、おいしい餌を探す旅でもあったのです。
飛び立つのに都合がよい
高い場所は、飛び立つのにも好都合です。地面の近くより、枝の先のほうが、羽を広げてふわりと風に乗りやすい。次の餌場へ移るときも、高い所からのほうがスムーズに飛べます。上へ登る習性は、食べることと移動することの両方にかなった、無駄のない行動だったといえます。
英語では「聖母マリアの虫」

ところ変わって、英語の世界へ。てんとう虫は英語で ladybird(レディバード)、または ladybug(レディバグ)と呼ばれます。この「lady」に、意外な意味がこめられていました。
「Lady」は聖母マリアのこと
Our Lady=聖母マリア
ここでいう「lady」は、ふつうの女性ではありません。キリスト教で「Our Lady(われらの貴婦人)」といえば、聖母マリアを指します。つまり ladybird とは、「聖母マリアの鳥(虫)」という意味なのです。小さな虫が、聖なる名前で呼ばれているとは、なんとも意外な話です。
農民を救った、という言い伝え
なぜマリアの名がついたのか。中世ヨーロッパに、こんな言い伝えが残っています。畑がアブラムシの害に苦しんだとき、農民たちは聖母マリアに祈りをささげました。すると、どこからともなくてんとう虫の群れが現れ、アブラムシを食べつくしてくれたというのです。人々はこの虫を、マリアが遣わした救いの使いと信じ、感謝をこめてその名で呼んだのでした。
七つの星と、マリアの物語
ナナホシテントウの七つの点
てんとう虫の代表格に、背中に七つの黒い星をもつナナホシテントウがいます。この七つの点もまた、マリアと結びつけて語られてきました。一説では、聖母マリアが経験したという「七つの悲しみ」になぞらえたものだといわれます。赤い体は、マリアがまとう赤い衣。小さな背中の模様にまで、信仰の物語が重ねられていたのです。
畑を守る、小さな益虫

名前の由来を彩ってきたアブラムシ退治は、今も昔も変わらない、てんとう虫の大切な仕事です。この虫は、農業にとって頼もしい味方でした。
アブラムシを食べる働き者
幼虫も成虫も、よく食べる
ナナホシテントウやナミテントウといった種類は、肉食性です。作物に群がって汁を吸うアブラムシを、幼虫のうちからさかんに食べてくれます。その食欲はおうせいで、一生のあいだに何百匹ものアブラムシをたいらげるとされます。農薬にたよらず害虫を減らしてくれる、まさに畑の用心棒なのです。
草食の仲間もいる
ただし、てんとう虫がみな益虫かというと、そうとも限りません。ニジュウヤホシテントウのように、植物の葉を食べてしまう草食の仲間もいます。こちらは作物を荒らすため、農家からは害虫あつかいされることもあります。同じてんとう虫でも、食べるものによって、味方にも困り者にもなる。ひとくくりにできない奥深さがありました。
なぜ世界中で「幸運」なのか

太陽へ飛び立ち、聖母の名で呼ばれ、畑を守る。そんなてんとう虫は、世界のあちこちで幸運のしるしとして愛されています。その理由も、これまでの話と地続きです。
愛される、小さな赤い虫
手に乗ると幸せが訪れる
ヨーロッパには、てんとう虫が体にとまると幸運が訪れる、という言い伝えが各地にあります。畑を救ってくれる益虫であり、太陽へ昇っていく縁起のよい虫。人の役に立ち、見た目も愛らしいこの虫が幸せの象徴になっていったのは、ごく自然な流れだったのでしょう。飛び立つ姿に、願いをたくす人も多かったようです。
赤い色は「危険」の合図でもある
いっぽうで、あの目立つ赤には、別の役割もあります。鳥などの天敵に対して、「自分はまずいぞ」と知らせる警告の色なのです。てんとう虫は、おそわれると足の関節から、苦くて黄色い液を出します。あざやかな赤と黒は、その「まずさ」を敵に覚えさせる看板のようなもの。愛らしい水玉模様は、じつは身を守るための知恵でもあったのです。
豆知識——ピンチには「死んだふり」

最後に、てんとう虫の身の守り方を、もう一つ紹介します。苦い液のほかにも、この虫はとっておきの手を持っていました。
ころんと落ちて、やり過ごす
死んだふりで敵をあざむく
危険がせまると、てんとう虫はぱたりと足を縮め、葉の上からころんと落ちて動かなくなります。いわゆる「死んだふり」です。動くものを追う天敵の目をあざむき、地面に落ちてやり過ごす作戦です。しかも落ちる間ぎわに、あの苦い液を出すこともあります。小さな体に、逃げるための工夫をいくつも備えていました。あの愛らしい虫が、じつはなかなかのしたたか者だったというわけです。
赤い体に黒い水玉、手のひらにちょこんと乗る小さな虫。その名前には、太陽へ飛び立つ健気な習性と、西洋の聖母マリアへの祈りが折りたたまれていました。畑を守り、幸運を運ぶ小さな働き者。てんとう虫という名は、その生き方をまるごと言い当てているのでしょう。


