駅のアナウンスで聞く「ダイヤが乱れております」の「ダイヤ」は、英語の diagram(ダイヤグラム=図表)を縮めた言葉です。宝石のダイヤモンドとは関係がありません。縦に駅と横に時刻をとって列車の動きを斜めの線で描くこの図は、フランスの鉄道技師シャルル・イブリーが考えました。1840年代、パリから西へ延びる路線で使い始めたとされています。
「ダイヤ」はダイヤグラムの略

宝石のダイヤモンドとは別の言葉
鉄道の「ダイヤ」は diagram、宝石は diamond です。綴りも語源もまったく違います。diamond はギリシャ語で「征服されないもの」を意味する adamas にさかのぼるとされ、硬さを表した名前です。日本語ではどちらも頭の3音をとって「ダイヤ」と縮めたため、たまたま同じ音になりました。
菱形の模様が名前の由来ではない
「上りと下りの線が交わって菱形(ダイヤ)の模様に見えるから」という説明を見かけることがあります。たしかに図の上では線が交差して菱形のすき間ができます。けれども辞典の説明はどれも diagram の略としており、形から付いた名前ではありません。トランプの◇とも無関係です。
正式な名前は「列車運行図表」
日本民営鉄道協会の鉄道用語事典では、路線ごとに全列車の運転が一目でわかるよう横長の紙に描いた図表を「列車運行図表(れっしゃうんこうずひょう)」と呼んでいます。これを別名でダイヤグラムといい、さらに縮めたのが「ダイヤ」です。路線バスや船の運行計画も、同じように「ダイヤ」と呼ぶのが普通です。JR西日本の広報誌では「運転線図」という呼び方も見られます。
ダイヤグラムはどんな図?

縦軸に駅、横軸に時刻
図の縦方向には、始発駅から終着駅までの駅名を上から順に並べます。駅と駅の間隔は、実際の距離に合わせた幅。横方向は時刻で、朝から深夜まで一日ぶん。列車ごとに「何時何分にどの駅にいるか」を点で打ち、それを線でつなぐと一本の折れ線ができあがります。
平凡社の世界大百科事典によると、横軸の目盛りの刻みは1時間・10分・2分・1分の4種類。細かい目盛りの図ほど、駅ごとの到着や発車まで正確に読み取れます。
線の傾きが速さ、水平な部分は停車
同じ時間で長い距離を進む列車ほど、線は急な角度で立ち上がります。特急の線は鋭く、各駅停車の線はゆるやかです。駅で止まっている間は時刻だけが進むので、線は横にまっすぐ伸びます。線の形を眺めるだけで、どの列車がどれだけ速く、どこで休んでいるかがわかるしくみです。
線が交わる点はすれ違いと追い越し
上り列車と下り列車は、図の上では逆向きに傾いた線になります。二本が交わる点は、その時刻にその場所で両方の列車が出会うことを意味します。単線区間なら、交点は必ず駅に来なければなりません。同じ向きの線が交われば、それは追い越し。一枚の図で衝突の危険と待ち合わせの場所を同時に確かめられる点が、この図法の強みです。
考えたのはフランスの技師イブリー

パリから西へ延びる路線で生まれた
シャルル・イブリー(1819〜1883年)は、パリ生まれの鉄道技師です。1843年に開業したパリ〜ルーアン間の路線で列車の運行を受け持ち、1840年代にこの図を考え出しました。路線はのちに港町ル・アーヴルまで延びます。まだ蒸気機関車が走り始めて間もないころで、列車の安全な間隔をどう保つかは手探りの段階でした。
1847年には「毎日使われている」と報告
フランスの土木技術の専門誌『土木年報(Annales des ponts et chaussées)』は、1847年の号でこの方法を取り上げています。イブリーが考案したもので、すでに数年前から毎日の運行管理に使われている、という報告でした。ダイヤグラムは思いつきの図ではなく、現場で鍛えられた道具として世に出たことになります。
イブリーは町長も務めた人物
イブリーは技師の仕事のほかに、パリ西郊のヌイイで1860年から町議会議員を務め、1868年から1870年までは町長でした。綴りは Ybry と書かれることもあります。図法の名前としては残らなかったものの、鉄道の時刻を図で組む考え方はフランスから世界の鉄道へ広がっていきます。
なぜマレーの発明と思われてきたのか?

生理学者マレーの本で世界に知られた
この図を世界に広めたのは、鉄道とは縁の薄い生理学者エティエンヌ=ジュール・マレーでした。マレーは心臓の拍動や人の歩き方をグラフで記録する研究者で、1878年の著書『グラフ表現法(La méthode graphique)』に、パリ〜リヨン間の列車ダイヤを図の見本として載せました。この本が版を重ねたことで、ダイヤグラムは「マレーの図」として知られるようになります。
マレー自身は「イブリー氏の方法」と書いた
ところがマレーは本の中で、この図はイブリー氏が考案した方法だとはっきり断っています。名前を横取りしたわけではありません。有名な本に載ったせいで、紹介者の名前のほうが独り歩きしたのです。発見や発明が最初の考案者でなく後から広めた人の名で呼ばれる現象は、科学史では珍しくありません。
データの可視化の古典として今も引かれる
マレーの本に載ったパリ〜リヨンの図は、20世紀になってデータの見せ方の名作として再評価されました。アメリカの統計学者エドワード・タフテは、著書『The Visual Display of Quantitative Information』でこの図を取り上げています。駅の時刻表を作るための実務の図が、情報デザインの教科書に載るまでになったわけです。
日本に入ってきたのはいつ?

1897年ごろから広く使われた
日本で鉄道が開業したのは1872年(明治5年)の新橋〜横浜間です。開業当初の運行は本数も少なく、時刻の一覧だけで足りていました。世界大百科事典によれば、ダイヤグラムが日本で広く使われるようになったのは1897年(明治30年)ごろからです。路線が延びて列車が増え、図で全体を見渡す必要が出てきた時期と重なるのは偶然ではないでしょう。
明治の中ごろまでは縦横が逆の図もあった
明治の中ごろまでは距離を横軸にとる形式も見られた、と同じ事典は記しています。今の日本の鉄道は、時刻が横軸で距離が縦軸の形にそろいました。図の向きひとつにも、使いやすさを探った試行錯誤の跡が残っているわけです。
「イギリスで考案」と書く事典もある
世界大百科事典は、列車ダイヤを「イギリスで考案されたといわれ」と説明しています。鉄道そのものがイギリスで生まれ、日本の鉄道もイギリスの技術で始まったため、そう伝わったのかもしれません。ただ、考えた人の名前と年代まで記録に残っているのは、フランスのイブリーです。裏づけは1847年の専門誌の報告です。
ダイヤを引く職人は「スジ屋」

1本の線を「スジ」と呼ぶ
鉄道の現場では、ダイヤの上の列車1本ぶんの線を「スジ」と呼びます。ダイヤを作ることは「スジを引く」と言い表されます。このスジを引く専門の担当者が「スジ屋」です。JR西日本の広報誌は、ダイヤ作りには職人技ともいえる高度な技術が要るため、担当者がこう呼ばれると紹介しています。
運行は秒単位で組まれている
同じ記事によれば、ダイヤは1本1本の列車を秒単位で管理するほど緻密に組まれています。駅での停車時間、駅と駅の間を走る時間、前の列車との間隔。どれか一つが数秒ずれるだけで、後ろの列車がつかえてしまうからです。乗客が目にする時刻が分単位なのは、この細かな計画を読みやすく丸めて見せているためです。
手描きからコンピューターへ
かつてのダイヤは、大きな方眼紙に定規で1本ずつ線を引く手作業でした。今は本数の多い大都市の路線を中心に、条件をコンピューターに入れて作るのが一般的です。それでも台風や地震で運行が乱れたときの臨時ダイヤ作りには、担当者の判断が欠かせません。仕組みが変わっても「スジ屋」の呼び名は現役です。
時刻表とダイヤはどう違う?

時刻表はダイヤを数字に置き換えたもの
民鉄協の鉄道用語事典は、駅などにある時刻表を、ダイヤを時刻の形に置き換えたものと説明しています。線で描かれた図から、各駅の到着と発車の時刻だけを読み取って数字の一覧にしたのが時刻表です。順番としてはダイヤが先にあり、時刻表はそこから作られます。
見る人も細かさも違う
二つを並べると、役割の違いがはっきりします。
| ダイヤ(列車運行図表) | 時刻表 | |
|---|---|---|
| 見た目 | 斜めの線が並ぶ図 | 数字の一覧 |
| 細かさ | 秒単位まで計画 | 分単位で公表 |
| 主に読む人 | 鉄道の現場 | 乗客 |
| わかること | すれ違い・追い越し・間隔 | 乗りたい駅の発車時刻 |
時刻表からは、自分の乗る列車がどこで特急に抜かれるかまでは読み取れません。全体の流れを見渡せるのは、線で描いたダイヤのほうなのです。
「ダイヤ改正」と「ダイヤの乱れ」の意味

ダイヤ改正は時刻の総点検
民鉄協の事典によると、ダイヤ改正とは今の運転時刻を見直したり、新しい時刻を決めたりする一連の作業のこと。利用者の数や混み具合・車両の性能・線路の条件などを突き合わせて組み直す仕事です。新しい駅や線路ができたときにも行われるもの。設計図が変われば、その写しである時刻表も一緒に書き換わります。
全部を引き直すのが「白紙ダイヤ改正」
今あるダイヤに列車を足して前後を調整する程度なら、部分的な改正です。いったん全部を白紙に戻し、一から引き直す大がかりなものは「白紙ダイヤ改正」と呼ばれます。線区の全列車のスジを描き直すので、スジ屋にとっては最も手間のかかる仕事でしょう。
「乱れる」とは線が計画からずれること
1本の列車が遅れると、図の上ではその線が右へずれます。ずれた線は、すれ違うはずだった列車や後ろを走る列車の線とぶつかってしまう。そこで後続の列車も待たされ、ずれが次々と広がっていきます。駅で聞く「ダイヤが乱れております」は、まさにこの図の線が崩れた状態を言い表した言葉です。
宝石のような輝きはなくても、毎朝決まった時刻に電車が来るのは、170年以上前にパリで引かれた一本の斜め線のおかげです。「ダイヤ」という短い言葉には、フランスの技師が考えた図の名前がそのまま残っています。
参考
- 日本民営鉄道協会 鉄道用語事典「ダイヤ」
- コトバンク「列車ダイヤ」(世界大百科事典ほか)
- JR西日本 広報誌「Blue Signal」2017年vol.171
- É.-J. Marey『La méthode graphique dans les sciences expérimentales』(1885年版・Internet Archive)
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