「何メートルから山」という決まりはない——山と丘の違い

日本の地理と自然
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日本の地図をつくっている国土地理院は、「山」を定義していません。何メートル以上なら山、それ未満なら丘、という線引きは公式には存在しないのです。

そのため日本には、標高3メートルの「山」もあれば、標高1,000メートル地点にある「丘」もあります。高さで決まっていないなら、いったい何が両者を分けているのでしょうか。

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  1. 山と丘を分けているのは、高さではない
  2. 国土地理院が「山の定義」を持たない理由
    1. 辞書の説明と、実際の地形がずれてしまう
      1. 「丘」の一般的な説明
      2. 説明に当てはまるのに「山」と呼ばれる地形
    2. 地図に載る山名は、地元の呼び名で決まる
      1. 実質の基準は「地名として通っているか」
      2. 「日本一低い山」も把握していない
  3. 標高3メートルの山と、標高1,000メートルの丘
    1. 「日本一低い山」は一つではない
      1. 肩書きごとに主役が変わる
      2. 津波が生んだ、標高3メートルの日本一
    2. 「丘」のほうが高いことは珍しくない
      1. 標高1,000メートルにある「丘」
      2. 標高0メートルという不思議な山
  4. 地図から消え、署名で戻ってきた山
    1. 20メートルの築山が、4.53メートルになるまで
      1. 川ざらいの土でできた山
      2. 削られ、沈み、5メートルを切る
    2. 1993年の抹消と、1996年の復活
      1. 地形図から山名が消えた
      2. 署名を集めて陳情した住民たち
  5. 学問と法律には、それぞれの物差しがある
    1. 地形学では「丘陵」を数字で区切る
      1. おおむね標高300メートル以下
      2. 実務では「山地・丘陵地」とひとまとめ
    2. イギリスの「1,000フィート伝説」
      1. 映画にもなった線引き
      2. いまは600メートルという別の線
  6. 「山」と名がついても地形とは限らない
    1. 平地の寺にも「◯◯山」が付く
    2. 定義が無いまま祝日になった「山の日」
      1. 山に感謝する日、ただし山とは何かは決めず
      2. 8月12日にならなかった理由

山と丘を分けているのは、高さではない

高さの基準が無い、という一点さえ押さえてしまえば、あとの話は驚くほどすっきり通ります。まずは全体像です。

観点実際のところ
国の公式な定義国土地理院は山の定義をしていない。丘との区別も「明確ではない」としている
高さの下限無い。標高3メートルでも地形図に山名が載っている例がある
地図に載る決め手地元でその名前が地名として通っているかどうか
辞書の説明丘は「周囲より高いが、山より低く傾斜のゆるやかな地形」。ただし例外だらけ
学問上の目安地形学では丘陵をおおむね標高300メートル以下とするが、これは研究上の区分

つまり「山」というのは、測って決まるものではなく、呼ばれて決まるものだということになります。

国土地理院が「山の定義」を持たない理由

地図の作り手が定義を避けているのは、決められないからではなく、決めると現実と合わなくなるからです。

辞書の説明と、実際の地形がずれてしまう

「丘」の一般的な説明

国土地理院自身も辞典類の説明を引いて、丘とは「その周囲より高いが、山よりは低くかつ傾斜のゆるやかな地形」だと紹介しています。多くの人が思い浮かべるイメージと、そう変わりません。

説明に当てはまるのに「山」と呼ばれる地形

ところが同院は、続けて「山と丘の区別は明確ではなく」と断っています。低くてなだらかで、辞書の言う丘そのものの地形が、地元では昔から堂々と「◯◯山」と呼ばれている。そういう場所が全国にいくらでもあるからです。

仮に「標高100メートル未満は丘とする」と決めてしまえば、地図から消える山名が大量に出てしまいます。

地図に載る山名は、地元の呼び名で決まる

実質の基準は「地名として通っているか」

報道などで紹介されている国土地理院の説明によれば、山名を地形図に載せるかどうかの決め手は、地元の自治体や住民がそれを地名として認識しているかどうかだとされています。高さも傾斜も、判断材料にはなりません。

「日本一低い山」も把握していない

この姿勢は徹底していて、国土地理院は公式なQ&Aで「日本で一番低い山は把握しておりません」とまで書いています。定義していないものの順位は付けようがない、というわけです。日本一を名乗る山が複数あるのは、そのためでもあります。

標高3メートルの山と、標高1,000メートルの丘

定義が無いとどうなるか。実例を並べると、その振れ幅がよく分かります。

「日本一低い山」は一つではない

肩書きごとに主役が変わる

低い山の世界では、「日本一低い山」という称号がいくつにも枝分かれしています。人工の築山(つきやま)を含めるか、三角点があるかどうか。条件が変われば主役も変わります。徳島の弁天山は「自然の山で日本一低い」、堺の蘇鉄山は「一等三角点のある山で日本一低い」という看板をそれぞれ掲げています。

山名所在標高肩書き
日和山(ひよりやま)宮城県仙台市3メートル地形図に載る山で最も低いとされる
天保山(てんぽうざん)大阪府大阪市4.53メートル二等三角点のある山で日本一低い
弁天山徳島県徳島市6.1メートル自然の山で日本一低い
蘇鉄山(そてつやま)大阪府堺市6.97メートル一等三角点のある山で日本一低い
大潟富士(おおがたふじ)秋田県大潟村0メートル1995年に築かれた築山

三角点とは、測量の基準として国土地理院が地面に設置している標識のことです。精度や配置の密度によって一等から四等までの等級があります。

津波が生んだ、標高3メートルの日本一

仙台市の日和山は、明治時代に地元の住民が海を見張る目印として築いたと伝えられる小さな山でした。かつての標高は6.05メートルで、平成初期に地形図へ載って日本一低い山と呼ばれた時期があります。

その日和山は2011年の東日本大震災の津波で失われました。跡地を国土地理院が改めて測ったのが2014年です。標高は3メートルとされ、日和山は18年ぶりに日本一低い山へ返り咲きました。称号が戻ってきた理由が津波だという事実は、素直には喜びにくいものがあります。

「丘」のほうが高いことは珍しくない

標高1,000メートルにある「丘」

山梨県北杜市の清里には「清里丘の公園」という施設があり、標高1,000メートルの高原リゾートをうたっています。名前は丘でも、標高は先ほどの低い山たちの200倍以上。高さで呼び名が決まっていないことが、これほど分かりやすく出る例もそう多くありません。

標高0メートルという不思議な山

逆方向の極端もあります。秋田県大潟村の大潟富士は、周囲からの高さが3.776メートルの築山です。八郎潟を干拓した大潟村は全域が海面より低い土地のため、この山は頂上がちょうど標高0メートルになるよう造られました。3.776メートルは富士山の1,000分の1で、竣工日も1995年6月3日の「測量の日」に合わせてあります。

ちなみに、ふるさとの山になぞらえて「◯◯富士」と名づける習慣そのものにも背景があります。詳しくは北海道の山に「○○富士」が多いのはなぜかで取り上げました。

地図から消え、署名で戻ってきた山

山かどうかを決めるのが人の呼び方だとすると、地図の山名は住民の意思で動くことになります。それが実際に起きたのが大阪の天保山でした。

20メートルの築山が、4.53メートルになるまで

川ざらいの土でできた山

天保山の始まりは1831年(天保2年)です。大阪の安治川で行われた浚渫(しゅんせつ)工事の土砂を河口に積み上げてできた築山で、当初は十間、およそ20メートルの高さがありました。船の目印になることから「目印山」と呼ばれ、のちに工事の元号をとって天保山になったと伝わります。

浚渫(しゅんせつ)とは、川や港の底にたまった土砂を掘り取り、船が通れる深さを保つ工事のことです。

削られ、沈み、5メートルを切る

幕末には砲台をつくる土を取るために掘り崩され、1868年の時点で標高は7.2メートルまで下がりました。その後も地盤沈下などで低くなり続け、1971年に7.1メートル、1977年には4.7メートル。1993年以降は4.53メートルで落ち着いています。

1993年の抹消と、1996年の復活

地形図から山名が消えた

1993年、天保山の名は地形図から姿を消しました。詳しい判断の経緯までは公にされていませんが、削られ沈み続けた末の抹消です。地元にとっては、町の顔をひとつ失うような出来事でした。

署名を集めて陳情した住民たち

黙っていなかったのが地元の有志です。署名を集めて再掲載を求め、1996年7月1日、天保山は地形図に戻りました。山かどうかを決めたのは測量の数字ではなく、そこに暮らす人たちの「山だ」という主張だったわけです。

頂上には二等三角点があり、登った人には天保山山岳会や地元商店会が登頂証明書を無料で出しています。所要時間は数十秒。世界一気軽な登山かもしれません。

学問と法律には、それぞれの物差しがある

公式の定義が無いといっても、目的に応じた区分そのものは存在します。共通のひとつの基準が無い、という言い方が正確です。

地形学では「丘陵」を数字で区切る

おおむね標高300メートル以下

地形学の分野では、丘陵を「稜線の高さがおおむね標高300メートル以下で、稜線と谷底の高低差が100メートル以下の地形」とする区分が使われます。ただしこれは研究や防災のための道具立てであって、個々の地名を山か丘かに仕分ける規則ではありません。

実務では「山地・丘陵地」とひとまとめ

防災や土地利用の分類では、山地と丘陵地をまとめて一区分として扱う例もあります。斜面の性質が近く、分けても実務上の意味が薄いためです。分ける必要のない場面では、そもそも分けない。これも一つの答え方でしょう。

イギリスの「1,000フィート伝説」

映画にもなった線引き

山と丘の境目に数字を当てはめる発想は、日本だけのものではありません。かつてイギリスでは1,000フィート(約305メートル)を境に山と丘を分ける考え方が知られていました。この線引きを題材にした『ウェールズの山』という映画もあります。村人が土を運んで丘の高さをかさ上げし、山として認めさせようとする物語です。

いまは600メートルという別の線

その1,000フィート基準は遅くとも1970年代までにすたれたとされ、現在は2,000フィート(約610メートル)を山と見なす慣行が一般的です。イギリスでは土地への立ち入りを認める法制度上、標高600メートルを超える土地を山地として区分する扱いもあります。線を引き直せること自体が、絶対の基準など無い何よりの証拠でしょう。

「山」と名がついても地形とは限らない

ここまでは地面の話でした。日本語の「山」は、地形を離れたところでも使われています。

平地の寺にも「◯◯山」が付く

浅草寺の正式な呼び名は金龍山浅草寺、成田山新勝寺も同じ形です。この頭に付く「山」を山号(さんごう)といいます。もともとは中国で山中の寺を所在地の山名で呼び分けたことに由来し、比叡山延暦寺のような呼び方がその流れをくむものです。

鎌倉時代になると、禅宗が中国の制度にならって平地の寺にも形式的な山号を付けるようになりました。だから隅田川沿いの平らな土地に建つ浅草寺にも、堂々と「金龍山」が乗っているわけです。地形ではなく、格式を示す称号なのです。

定義が無いまま祝日になった「山の日」

山に感謝する日、ただし山とは何かは決めず

8月11日は国民の祝日「山の日」にあたります。2014年に祝日法が改正され、2016年から施行されました。趣旨は「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」こと。その山が何メートルからを指すのかは、やはりどこにも書かれていません。

8月12日にならなかった理由

日付は当初8月12日が案に挙がっていました。しかしこの日は日本航空123便が群馬県の御巣鷹の尾根に墜落した日にあたり、毎年慰霊が行われています。配慮から1日ずらして11日になった、という経緯が伝えられています。「八の字が山の形に見えるから」といった説明も見かけますが、これは後から付けられた解釈です。

標高0メートルの富士があり、津波を越えて日本一に返り咲いた3メートルの山があり、平地の寺にも山が乗っている。「何メートルから山か」という問いに答えが無いのは、地図の手抜きではありません。その土地の人が山と呼んできた歴史のほうを、測量の数字より上に置いてきたからです。山と丘を分ける境目は、地面ではなく人の側にあります。