「君が代」に歌われるさざれ石は、実在します。小石が石灰分で固まって一つの巨岩になったもので、岐阜県揖斐川町春日の河原にある重さ約50トンの岩が、県の天然記念物に指定されています。ただし、それが歌に詠まれたその石だという証拠はありません。言葉と岩と名所は、千年かけて別々の道をたどってきました。
さざれ石の巨岩は岐阜県揖斐川町にある

県の天然記念物「笹又の石灰質角礫巨岩」
岐阜県が1977年11月18日に天然記念物に指定した岩の正式な名前は、「笹又(ささまた)の石灰質角礫巨岩」です。通称がさざれ石。場所は揖斐郡揖斐川町春日の笹又地区で、粕川(かすかわ)の河原にあります。県の説明によれば、所有者は個人です。
横5.6メートル・重さ約50トンの塊
大きさは横5.6メートル、高さ3.0メートル、いちばん厚いところで2.7メートルと記録されています。重さはおよそ50トン。軽自動車に直せば50台ぶんほどにもなる重さで、小石の集まりという言葉から浮かぶ姿とはずいぶん違います。
伊吹山の石灰岩がつくった谷
春日の谷は、石灰質の石が多い土地です。近くには石灰岩の山として知られる伊吹山がそびえ、岩の材料になった角ばった石もこの山の石灰岩だと説明されています。さざれ石は、この谷の地質がそのまま形になった岩といえます。
歌の石だと言い出したのは誰?

1961年、地元の愛石家が唱えた説
この岩が世に知られたのは1961年(昭和36年)のことです。石を愛好する地元の人が山中で見いだし、これこそ「君が代」のさざれ石だとする説を発表しました。学者の調査から始まった話ではありません。岩と歌を結びつける古い記録も、知られていないとされます。
16年後に村と県が天然記念物に
説はその後、地元での働きかけを経て公的な形になります。1977年に旧春日村が、同じ年の11月に岐阜県が、この岩を天然記念物に指定しました。歌が生まれた10世紀初めから数えると、およそ千年後の出来事です。
認められたのは岩石としての価値
天然記念物として認められたのは、石灰質角礫岩の大きな塊という地質の価値です。指定名が「さざれ石」ではなく「石灰質角礫巨岩」になっているのも、その表れといえます。歌に詠まれた石そのものだと証明されたわけではない点は、押さえておきたいところです。
「さざれ」は細かいという意味

漢字で書くと「細石」
さざれ石の漢字表記は「細石」です。細かい石という字のとおりで、細かさを担うのが「さざれ」の部分にあたります。同じ言葉は、水面に立つ細かな波を指す「さざ波」にも生きています。もとは特別な石の名前ではなかったわけです。
川原にころがる、ありふれた小石
古い和歌のさざれ石は、川原や浜辺の小石を指しています。宝石でも霊石でもなく、手のひらに乗るくらいのどこにでもある石。歌の面白さは、いちばん小さくありふれたものを、いちばん大きく動かない「巌(いわお)」に変えてみせたところにあります。
元の歌はどこから来たのか?

『古今和歌集』の賀歌、作者は不明
もとになった和歌は、10世紀初めに編まれた『古今和歌集』の巻七「賀歌(がのうた)」に収められています。作者の名は記されず、読人知らずとして伝わりました。祝いの席で相手の長寿を願う歌です。
※ 賀歌(がのうた)とは、長寿や繁栄を祝う場面で詠まれた和歌の分類のことです。
書き出しは「わが君は」だった
『古今和歌集』での初句は「わが君は」で、いまの「君が代は」とは違います。「君が代は」の形は、平安時代中ごろの『和漢朗詠集』の写本に始まるといわれます。目の前の一人をほめる言い方から、誰の祝いにも使える言い方へ。書き出しが変わったことで、歌は特定の相手から離れて広まっていきました。
小石はどうやって岩になる?

押し固める力と、すきまを埋める力
積もった粒が岩に変わる過程は、続成作用(ぞくせいさよう)と呼ばれます。砕けた粒からなる岩の場合、中身は大きく二つ。上に積もったものの重みで押し縮められる圧密と、粒のすきまを別の物質が埋める膠結(こうけつ)です。二つがそろうと、ばらばらだった粒が動かない岩になります。
のりの役目をする炭酸カルシウム
すきまを埋める物質の代表が炭酸カルシウムです。産業技術総合研究所の『GSJ地質ニュース』は、石灰岩が溶けて生じた炭酸カルシウムが小石のすきまを埋めて一つの大きな岩になったものがさざれ石と呼ばれることが多い、と解説しています。小石をまとめているのは、圧力よりもこの化学の「のり」のほうです。
揖斐川町の岩は雨水が固めた
揖斐川町の巨岩については、岐阜県ができ方を説明しています。谷の石灰質の石が長い年月のあいだに雨水に溶けて乳状の液になり、それが小さな角礫を少しずつ集めて固まった。いまの大小さまざまな岩は、そうして生まれたというのです。「さざれ石の巌となりて」は、誇張ではなく実際の地質の話でもありました。
礫岩と角礫岩はどう違う?

境目は粒の大きさと角の丸さ
直径2ミリ以上の粒が固まった岩を礫岩(れきがん)と呼びます。粒が水に運ばれて角の取れた丸い形なら礫岩、割れたままの角ばった形なら角礫岩(かくれきがん)。丸いか尖っているかは、石が長い旅をしてきたかどうかの記録でもあります。
名前の似た三つの岩を比べる
揖斐川町の岩は、三つのうち最後の「石灰質角礫岩」。粒の形とでき方で並べると、違いがはっきりします。
| 呼び名 | 粒の形 | できかたの特徴 |
|---|---|---|
| 礫岩 | 角の取れた丸い礫 | 川や海に運ばれるうちに角が削れた石が積もって固まる |
| 角礫岩 | 角ばったままの礫 | あまり運ばれず、砕けた場所の近くで積もって固まる |
| 石灰質角礫岩 | 角ばった石灰岩の礫 | 溶けた石灰分がのりとなり、角礫どうしを結びつける |
神社のさざれ石もこの仲間
神社などでさざれ石として紹介される岩も、多くは礫岩や角礫岩の仲間です。表面には握りこぶしほどの石がいくつも浮き出ています。一つの塊でありながら、もとが小石の集まりだったことを隠していません。
神社のさざれ石は近年に置かれたもの

歌を目で見るための石
各地の神社を歩くと、「さざれ石」と札の立った岩に出会います。京都の下鴨神社や千葉県一宮町の玉前神社(たまさきじんじゃ)などにあり、多くは奉納などで近年に据えられたものとされます。玉前神社の岩は、産業技術総合研究所の地質ニュースの表紙にも取り上げられました。
誰もが口ずさむ歌詞のなかで、さざれ石は姿を思い浮かべにくい言葉です。そこに現物を置けば、言葉が急に手ざわりを持ちます。解説板の多くが歌の引用から始まるのは、そのためでしょう。
宮崎・大御神社のさざれ石群
宮崎県日向市の大御神社(おおみじんじゃ)には、国内最大級と紹介されるさざれ石群があります。2003年の境内の改修工事で見つかった礫岩の巨石が始まりとされ、一つの岩でなく礫岩の地面が広がる規模です。ラグビー日本代表がワールドカップの前に訪れ、ここで国歌を歌ったことでも知られています。
神座や龍の伝承が重なる場所
一帯には、周囲30メートルほどの巨石を神座(かみくら)とする言い伝えや、くぼみを龍神の跡とみる解釈があります。いずれも神社が伝える由緒で、年代が考古学で確かめられたものではありません。石が信仰を集める場所では、こうした物語が岩の周りに積もっていきます。
「苔のむすまで」はどれくらいの時間?

千代も八千代も「果てしなく長い」の意味
「千代に八千代に」は、千年や八千年という正確な数ではありません。果てしなく長い時間をあらわす言い回しです。とはいえ数千年という語感で受け取ると、岩ができる時間にはまるで届きません。
材料の石灰岩は2億5千万年以上前のもの
揖斐川町のさざれ石の場合、角礫のもとになった伊吹山の石灰岩は古生代の地層とされています。古生代は約2億5千万年前に終わった時代。歌の「千代」をいくら重ねても追いつかない時間が、あの岩には詰まっています。歌はおおげさに詠んだようでいて、むしろ控えめだったのかもしれません。
苔が生えるのは岩が古びてから
苔が岩に根づくには、表面が風化してわずかな凹凸と水気を持つ必要があります。歌がたどるのは、石が固まって岩になり、さらにその岩が古びるまでを見届ける順序です。願われているのは完成ではなく、完成したあとの長い時間のほうでした。
石は育つという古い感覚

巨石は小石が育ったものという伝承
かつての日本には、大きな岩はもともと小さな石が育ったものだという言い伝えがありました。石を生きもののように扱う感覚で、巨石をあがめる信仰ともつながる考え方です。この感覚に立てば、歌のさざれ石は比喩というより素直な描写に近く読めます。
科学とは別の道で同じ景色へ
続成作用の説明は、この古い感覚と結果だけがよく似ています。もちろん歌の作者が地質学を知っていたはずはありません。日々の観察から生まれた言い伝えと後世の学問が、別々の道を通って同じ景色にたどり着いた形です。
曲がついたのは明治になってから

最初の曲はイギリス人フェントン
1869年(明治2年)ごろ、横浜にいたイギリス軍楽隊の隊長ジョン・ウィリアム・フェントンが国の歌の必要を説き、この歌詞に曲をつけました。これが最初の「君が代」です。ただ歌詞と旋律がなじまず、定着しませんでした。
1880年、雅楽の旋律による現行曲へ
作り直しでは、奥好義(おくよしいさ)がつけた旋律に手を加えたものが、宮内省の伶人長・林広守(はやしひろもり)の名で選ばれます。ドイツ人のフランツ・エッケルトが和声をつけ、1880年(明治13年)11月3日の天長節に宮中で初めて演奏されました。いまの曲は、ひとりの作曲家の作品ではないのです。
法律で国歌になったのは1999年
その後も君が代は儀式などで広く歌われてきましたが、法令の裏づけはないまま百年以上が過ぎます。国旗国歌法が公布・施行されたのは1999年8月13日。歌詞が生まれてから、およそ1100年後のことでした。
入学式でも競技場でも、あの歌は1分足らずで終わります。そのあいだに呼び出されるのは、川原の小石と固まった岩、そして苔が広がるまでの年月です。歌詞のたった五文字に、それだけの時間が畳み込まれています。
参考
- 岐阜県「笹又の石灰質角礫巨岩(通称さざれ石)」
- 産業技術総合研究所 地質調査総合センター『GSJ地質ニュース』Vol.2 No.9(2013年)
- コトバンク「君が代」(日本大百科全書・世界大百科事典ほか)
- 国立国会図書館 日本法令索引「国旗及び国歌に関する法律」
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