ホンビノス貝とハマグリは何が違うのか、東京湾で急に増えたのはなぜ?

ハマグリの貝殻が並ぶイラストと「ホンビノス貝」の文字 身近な食文化
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ホンビノス貝とハマグリは、同じマルスダレガイ科ではあっても属から違う別の貝です。ホンビノス貝は北米の大西洋岸が原産で、1990年代に船の積む海水にまぎれて東京湾へ入ったと考えられています。急に増えたのは、酸素の少ない泥の海底にも耐えられる強さがあったからです。アサリやハマグリが住みにくくなった場所に入り込み、2017年には千葉県の主な漁協だけで2,600トンを超えるほど水揚げされました。

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ホンビノス貝はハマグリの仲間?

紫色の二枚貝のイラスト

同じ科でも属が違う

二つの貝は、どちらもアサリと同じマルスダレガイ科に入ります。ただし枝分かれの先が違い、ホンビノス貝はメルケナリア属(学名 Mercenaria mercenaria)、ハマグリはメレトリクス属(Meretrix lusoria)に入ります。人にたとえれば、同じ一族でも家がとうに分かれた遠い親戚くらいの距離です。

「白ハマグリ」は売り場の呼び名

出回りはじめたころ、ホンビノス貝は「白ハマグリ」「大ハマグリ」の名で売られていました。なじみのない貝を手に取ってもらうための呼び名で、生きものとしてはハマグリではありません。いまは「ホンビノス」の名のまま並ぶことが増え、ハマグリの代用品という見方も薄れつつあります。

「ビノス」は女神ヴィーナスの名残

耳慣れない「ビノス」の響きは、学名の歴史にさかのぼります。1758年にリンネがこの貝を記載したときの名は Venus mercenaria でした。Venus はローマ神話の愛と美の女神のこと。のちにメルケナリア属へ移されましたが、和名には女神の名がそのまま残りました。日本の海には同じ属の「ビノスガイ」(Mercenaria stimpsoni)という在来の貝もいて、ホンビノスとは名前の上で並び立つ関係です。

殻の色と模様で見分けられる?

口を開いた二枚貝のイラスト

無地のホンビノス、模様のハマグリ

店先でいちばん頼りになるのは殻の色です。ホンビノス貝の殻は灰色がかった白から黒っぽい色の無地で、乾くと白く粉をふいたように見えます。ハマグリは茶色やクリーム色の地に、山形や稲妻のようなジグザグ模様が入るものが多くなります。模様があるかどうかが、まず目に入る違いです。

模様だけで決めつけない

ハマグリの模様は個体ごとの差が大きく、無地に近いものも混じります。色だけで判断すると取り違えることがあるため、次に挙げる形や重さと合わせて見るのが確実です。殻の表面にはどちらも同心円状の細かい筋(成長線)が走りますが、ホンビノス貝のほうはつやがなく、ざらりとした手ざわりです。

形と重さはホンビノスが大ぶり

バットの塩水につけて砂抜きしている貝のイラスト

ころんと丸い殻

ハマグリは左右がほぼそろった、三角に近い整った形。ホンビノス貝は丸みが強く、横から見ると厚くふくらんでいます。蝶番(ちょうつがい)の近くがわずかに片側へ寄るため、少しいびつに見える個体もあります。全体にころんとして無骨な印象です。

厚くて重い殻

千葉県の資料によると、ホンビノス貝は殻の長さが最大で10センチを超える大型の貝で、厚く硬い殻を持ちます。東京湾では1個100〜150グラム前後のものを中心に獲っています。手のひらに乗せたときのずっしりした重さは、ハマグリにはない手がかりです。

海外では100歳を超えた例も

長生きな貝としても知られています。千葉県の資源評価では、海外で100歳を超える例が報告されている一方、東京湾の個体は最大で13歳ほどとされています。成長も速く、早ければ1年で殻の長さが3センチに届くそうです。速く育ち、条件が合えば長く生きる。この性質も、新しい海で数を増やせた理由の一つといえそうです。

味と料理の向き不向きは?

湯気の立つクラムチャウダーのイラスト

歯ごたえのホンビノス、やわらかなハマグリ

ハマグリは身がふっくらとやわらかく、上品なうまみが持ち味です。ホンビノス貝は身がしっかりしていて、かみしめるほど味が出るタイプ。だしが濃く出るので、汁物にすると貝の存在感が前に出ます。お吸い物ならハマグリ、スープならホンビノス、と考えると選びやすいでしょう。

クラムチャウダーの本場の貝

北米ではクラムチャウダーやパスタの具になる大切な食用貝で、ロードアイランド州では「州の貝」に選ばれています。日本でも2019年2月に第1回の「日本クラムチャウダー選手権」が開かれ、ホンビノスを使ったボストン風やマンハッタン風が並びました。故郷の料理が、そのまま新しい土地の名物になった形です。

火を通しすぎると硬くなる

扱いにくさもあります。千葉県は、殻が厚くて身を取り出しにくいこと、加熱しすぎると身が硬くなることを挙げています。なじみの薄さと合わせて需要がなかなか伸びず、安い値で取り引きされてきました。酒蒸しなら口が開いたらすぐ火を止める。それだけで食感はずいぶん違ってきます。

東京湾にはいつ、どうやって来た?

海を進むコンテナ船のイラスト

1990年代に湾の奥で見つかった

千葉県立中央博物館の報告では、1990年代の中ごろに東京湾の奥で稚貝が見つかったとされます。一方、外来種の資料が国内の初記録とするのは、1998年に千葉市の幕張の人工海浜で確認された例です。年が二つ出てくるのは、稚貝が見つかった時期と、記録として報告された時期の違いと読めます。いずれにしても、日本の食卓に来てまだ30年ほどの貝です。

船のバラスト水に乗ってきた

侵入の経路は、タンカーなどのバラスト水に幼生がまじって運ばれたと考えられています。北米東海岸の港で積んだ海水が、東京湾で捨てられたというわけです。原産地では、北米大陸の東海岸のほぼ全域に分布しています。

※ バラスト水とは、荷を降ろして軽くなった船が姿勢を保つために積み込む海水のことです。別の海で排出されると、まじっていた生き物や卵も一緒に運ばれます。

横浜港まで広がった

2009年の神奈川県立生命の星・地球博物館の報告では、分布は東京湾の中に限られていました。東は養老川の河口から三番瀬(さんばんぜ)まで、西はお台場から京浜運河、川崎を経て横浜港までです。横浜の人工干潟では殻の長さ3ミリほどの稚貝も見つかり、湾の南の端でも世代をつないでいることが確かめられました。

急に増えたのは酸素の少ない泥に強いから

赤く染まった海の赤潮のイラスト

貧酸素と低い塩分に耐える

東京湾の奥では夏を中心に、海底近くの酸素がほとんどなくなる「貧酸素水塊(ひんさんそすいかい)」がたびたび生じます。多くの生き物が弱るこの状態に、ホンビノス貝は強い耐性を持っています。川の水が流れ込んで塩分が下がっても平気です。アサリが住めなくなったような場所でも生き延びられるとされています。

ヘドロの海底が住みかになった

横浜港の調査で見つかった場所は、干潟を除くと、黒い泥が積もって酸素の乏しい海底ばかりでした。報告はこの貝を、有機物の多い汚れた底を好む種と位置づけています。ほかの貝が避ける場所を、ほぼ競争相手なしで使えたことになります。空いていた席に、ちょうど体に合う客が座ったような増え方です。

アサリの代わりの漁になった

増えた貝は漁の対象にもなりました。三番瀬では2000年代の中ごろに本格的な漁が始まり、アサリが減った漁業者の新しい稼ぎ口になります。千葉県の主な漁協の水揚げは2007年の159トンから伸び、2015年から急増して2017年に2,646トンに達しました。同じ年に県は「三番瀬産ホンビノス貝」を千葉ブランド水産物に認定しています。

本家のハマグリは絶滅危惧種

干潟で潮干狩りをする女の子のイラスト

2012年にレッドリスト入り

入れ替わるように、在来のハマグリは数を減らしました。環境省は2012年8月の第4次レッドリストで、ハマグリを新たに絶滅危惧II類に選んでいます。理由は二つ。戦後の干潟の干拓や埋め立て、護岸工事で住みかが悪くなったこと。そして各地の漁獲量が急に落ちたことです。ホンビノスが増えた湾の奥は、もとはハマグリが育った浅い海でした。

店の「はまぐり」は別の種も多い

そのため、店で「はまぐり」と書かれた貝の多くは本ハマグリではありません。茨城の鹿島灘から千葉の九十九里にかけての外洋の砂浜では、近い仲間のチョウセンハマグリが大事な漁獲物です。中国などから輸入されるシナハマグリも多く出回ります。内湾の本ハマグリは、いまや産地でもなかなか見かけない高級品です。

ひな祭りの貝としての顔

ハマグリの旬は春先とされ、ひな祭りのお吸い物に使われるのもこの時期です。二枚の殻は対になった相手としか合わないことから、夫婦円満の縁起物とされてきました。日常のスープに使うホンビノスと、祝いの席のハマグリ。値段の差には、この役割の違いも表れています。

増えたホンビノスもいまは減少中

船の上で網を引き上げる漁師のイラスト

ピークの6分の1以下に

勢いよく増えたホンビノス貝ですが、2017年を境に水揚げは減り続けています。千葉県の令和6年度の資源評価では、2023年の漁獲量は419トンでした。ピークの2,646トンと比べると、6分の1を下回る量です。県は資源の水準を「低位」、動向を「減少」と判断しました。

漁業者が自主的に獲る量をしぼる

三番瀬などの漁では、漁業者が自分たちで漁獲量や漁の時間に上限を設けています。底びき網では網の目の大きさにも決まりがあります。かつて「外来種」として持て余されかけた貝が、地元の名物になり、いまは守りながら獲る資源になりました。わずか30年ほどの間の移り変わりです。

ホンビノス貝は、ハマグリの偽物でも安売りの代役でもありません。北米から船の水に乗って渡り、ハマグリが去った泥の海底に根を下ろした貝です。名前には美の女神が、殻には東京湾の30年の歴史が刻まれています。

参考

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