冬の夜に赤くともるベテルギウス、青白く輝くシリウス、小さく寄り集まったスバル。どれも一度は耳にした星の名前ですが、その出どころをたどると、生まれた土地も言葉もまるでばらばらです。スバルは日本語、シリウスはギリシャ語、ベテルギウスはアラビア語。ひとつの夜空に、いくつもの言語が同居しています。
星の名前は、その星を見上げた人々が使っていた言葉の化石のようなものです。名前をほどいていくと、意味だけでなく、その知識が海を越えて伝わってきた道のりまで見えてきます。
三つの星、三つの言葉——名前の出どころ

まず、代表的な星の名前がどの言葉から来て、もともと何を意味していたのかを並べてみましょう。日本語・ギリシャ語・アラビア語と、由来する言語は星ごとにてんでばらばらです。
| 星の名前 | 元の言語 | もとの意味 | 日本での呼び名 |
|---|---|---|---|
| スバル | 日本語(和語) | 統(す)ばる=集まって一つになる | 昴(すばる) |
| シリウス | ギリシャ語 | セイリオス=焼き焦がすもの | 青星(あおぼし) |
| ベテルギウス | アラビア語 | (元は)オリオンの手 | 平家星(へいけぼし) |
| リゲル | アラビア語 | オリオンの足 | 源氏星(げんじぼし) |
同じ空の星でも、名前の背景はこれだけ違います。以下では、この三つの言葉がそれぞれどんな道をたどって星の名前になったのかを、一つずつ見ていきます。
スバル——日本語がそのまま名前になった星

スバルは、おうし座にあるプレアデス星団の日本での呼び名です。世界の星の名前の多くが外国語からの借り物であるのに対し、スバルは純粋な和語がそのまま星の名として残った、めずらしい例です。
「統ばる」から生まれた名前
集まって一つになる、という意味
「すばる」は、多くのものを一つにまとめる「統(す)べる」の自動詞「統ばる」に由来するとされています。小さな星がいくつも寄り集まって一つのかたまりに見える姿が、まさに「統ばっている」ように映ったのでしょう。古くから王者や農耕の目印として尊ばれた星団で、多くを束ねるという語感ともよく合っています。
六連星(むつらぼし)とも呼ばれた
肉眼では、ふつう六つほどの星が見えます。そこから「六連星(むつらぼし)」という別名も生まれました。実際の星団には数百個の星が含まれますが、目のよい人でもせいぜい六つか七つ。その控えめな見えかたが、かえって親しみのある名前を残したといえます。
千年前の文学にも登場する
『枕草子』の「星はすばる」
平安時代の清少納言は『枕草子』のなかで「星はすばる。彦星。明星(みょうじょう)……」と書き残しました。数ある星のなかで真っ先にスバルの名を挙げているあたり、当時から特別な星として親しまれていたことがうかがえます。千年前の呼び名が、いまも同じ「スバル」として通じているわけです。
漢字の「昴」は中国から来た
「スバル」という音は和語ですが、当てられた漢字「昴(ぼう)」のほうは中国由来です。昴は、古代中国で星空を区切った二十八宿(にじゅうはっしゅく)の一つで、ちょうどプレアデス星団のあたりを指します。読みは日本の言葉、文字は大陸の知識という、二つの由来が一つの星名に同居しているのです。
※ 二十八宿(にじゅうはっしゅく)とは、古代中国で天球を二十八の区画に分けて星の位置を示した体系のことです。日本の暦や星の呼び名にも影響を与えました。
シリウス——「焼き焦がす」ギリシャ語の星

おおいぬ座のシリウスは、太陽をのぞけば全天でいちばん明るく見える恒星です。その名はギリシャ語の「セイリオス(Σείριος)」から来ていて、意味は「焼き焦がすもの」。明るさそのものを名前にしたような、直球のネーミングです。
セイリオスに込められた意味
「焼き焦がす」「光り輝く」
セイリオスには「焼き焦がすもの」「光り輝くもの」といった意味があるとされています。古代ギリシャでは、シリウスが太陽と同じ方向に昇る真夏の時期を、一年でもっとも暑い季節と結びつけて考えていました。英語で盛夏を指す「ドッグ・デイズ(dog days)」という言葉も、おおいぬ座のこの星に由来します。
実際の明るさと符合する名前
名前が誇張でないところがシリウスの面白さです。シリウスの見かけの明るさは、夜空で二番目に明るい恒星をもはっきり上回ります。地球に近く(約8.6光年)、星そのものも太陽より明るいという二つの条件が重なった結果で、「焼き焦がすもの」という名にふさわしい輝きを放っています。
日本での呼ばれ方
青星(あおぼし)・大星(おおぼし)
日本ではシリウスを、その青白い色から「青星(あおぼし)」、ずば抜けた明るさから「大星(おおぼし)」などと呼んできました。星の色や大きさをそのまま名前にする素朴な付けかたで、ギリシャ語の「焼き焦がす」とはまた違う感じかたが表れています。
犬の星、天の狼
シリウスはおおいぬ座に属することから、英語では古くから「ドッグ・スター(犬の星)」とも呼ばれました。一方、中国ではこの星を「天狼(てんろう)」、つまり天の狼と見ています。犬と狼という近い動物に、遠く離れた文化がそれぞれ同じ一等星を重ねていたのは、偶然にしても味わいがあります。
ベテルギウス——誤読が生んだ、いわくつきの名前

オリオン座で赤くともるベテルギウスは、名前の由来がもっとも込み入った星のひとつです。アラビア語から来ているのは確かなのですが、その途中で「読み間違い」が起きたと考えられていて、いまの形は本来の意味からずれている可能性があります。
もとの意味は「オリオンの手」
ヤド・アル・ジャウザー
研究者の多くは、この名の元をアラビア語の「ヤド・アル・ジャウザー(yad al-Jauzā)」に求めています。「ヤド」は手、「アル・ジャウザー」はこの星のある星座を指す言葉で、あわせて「ジャウザーの手」を意味しました。ジャウザーは、ギリシャのオリオン座が伝わる前からアラブにあった独自の星の呼び名で、ある人物像を指していたと考えられています。
星の位置ともつながる
この星が輝くのは、オリオンの肩から腕にあたる位置です。「手」を意味する名前が付いたのは、その見かけの位置とちょうど重なるから。星座絵のどこに星があるかが、そのまま名前の由来になっている好例といえます。
中世の写本で起きた取り違え
アラビア文字のyがbに化けた
アラビア語の天文書が中世ヨーロッパでラテン語に訳される過程で、最初の文字が取り違えられたとされています。アラビア文字の「ヤ(y)」が「バ(b)」と読まれてしまい、本来の「ヤド(手)」が「バイト(家)」のような別の語として写されました。こうして生まれた「ベダルゲウゼ」のような綴りが、のちに「ベテルギウス」へと変わっていったと考えられています。頭に付いた「べ」の音は、いわば書き写しの事故の名残なのです。
「腋の下」説は後付けか
この星を「ジャウザーの腋(わき)の下」の意味とする説明も広く知られています。星が肩の近くにあることを思えばもっともらしく聞こえますが、これは名前の形にあとから意味を当てはめた解釈ではないかとみられています。名前が先に崩れ、その崩れた形に合う意味が後から探された——そんな逆転が起きた可能性のある、由来をめぐって諸説のある名前です。
なぜ星の名前にはアラビア語が多いのか

ベテルギウスやシリウスを見てきましたが、じつは私たちが使う一等星の名前は、アラビア語に由来するものがとても多いのです。ギリシャ語の星が例外的に思えるほどで、これには天文学の知識が伝わってきた歴史がそのまま関わっています。
ギリシャからイスラム世界、そしてヨーロッパへ
古代ギリシャの天文学を受け継いだ人々
古代ギリシャで築かれた天文学は、その後イスラム世界へ受け継がれました。中世のイスラム圏では星の観測が盛んに行われ、多くの天文書がアラビア語で書かれます。ヨーロッパが天文学から遠ざかっていた時期に、星の知識を守り育てていたのはアラビア語の文献だったのです。
ラテン語訳で「音」だけが残った
やがてそれらの書物がヨーロッパへ渡り、ラテン語に訳し直されます。このとき星の名前は、意味を訳さずに音だけを写す形で持ち込まれました。だからヨーロッパの言葉になっても、響きはアラビア語のまま。ベテルギウスの綴りが崩れたのも、この「音を写す」段階で起きた取り違えでした。
意味を知ると見え方が変わる星たち
アラビア語由来の星名は、もとの意味をたどると多くが「体の一部」や「動物」を指しています。星座絵のどこに位置するか、何に見立てられたかが、名前にそのまま刻まれているのです。代表的なものを挙げてみます。
| 星の名前 | もとの意味 | 属する星座 |
|---|---|---|
| リゲル | (オリオンの)足 | オリオン座 |
| アルタイル | 飛ぶワシ | わし座 |
| デネブ | (白鳥の)尾 | はくちょう座 |
| アルデバラン | 後に続くもの | おうし座 |
アルデバランが「後に続くもの」なのは、夜空でスバル(プレアデス)の少し後ろからついていくように動いて見えるためです。星の名前が、ほかの星との位置関係まで教えてくれているわけです。
赤い星と白い星を「源平合戦」に見た日本人

最後に、オリオン座をめぐる日本らしい見立てを一つ。オリオン座には、赤いベテルギウスと青白いリゲルという対照的な一等星が斜めに向かい合っています。この二つの色を、日本の一部の地域では源平合戦の旗の色になぞらえました。
赤いベテルギウスを平家の赤旗に見立てて「平家星(へいけぼし)」、青白いリゲルを源氏の白旗に見立てて「源氏星(げんじぼし)」と呼んだのです。岐阜県の揖斐郡(いびぐん)の山村に伝わる呼び名とされ、当初は赤と白の対応が今と逆に語られていたという話も残っています。遠いアラビア語の名前を持つ二つの星が、日本では武士の物語を背負っていたというのは、名前をめぐる旅のちょうど対岸にある光景です。
同じひとつの夜空に並ぶ名前でも、その出どころは日本語だったりギリシャ語だったりアラビア語だったり。なかには書き間違いの跡まで抱えた星もあります。星は変わらずそこにありながら、名前だけが人と言葉の歴史を映して移ろってきました。次に冬のオリオンを見つけたなら、赤い星と白い星のあいだに、いくつもの言葉が旅してきた道のりが重なっている。そう思い浮かべると、見慣れた星も少し違って見えてくるはずです。
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