デンキウナギは自分だけ感電しない、電気はどこへ逃げている?

生きものの話
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デンキウナギが自分の電気で倒れないのは、流れた電気の大半が体の中ではなく、まわりの水を回って戻っていくからです。発電器官は尾のほうに寄っていて、脳や心臓は反対の頭側に押し込まれています。おまけに一発の放電は2ミリ秒ほどで終わるので、自分の筋肉をけいれんさせるには時間が短すぎます。

ただし「完全に無傷」と言い切れる根拠はまだありません。デンキウナギがなぜ自分だけ平気なのかを正面から調べた研究は、じつはほとんど存在しないのです。記録された最大電圧は860ボルト。その電気を毎日自分の体から出しながら、この魚は平然と泳いでいます。

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デンキウナギは体のどこで電気を作っている?

単3や9Vなど、いろいろな大きさの乾電池のイラスト

電気を作るのは、筋肉から進化した「発電細胞」が積み重なった発電器官です。この器官が体の約8割を占めていて、残りの2割に内臓が詰まっています。つまりデンキウナギは、長い体のほとんどが電池でできた魚だと言えます。

発電細胞は薄い板を積み上げた電池

発電細胞(電気細胞)の形は、薄い円盤です。ふだんは細胞の内と外でイオンの濃さが違い、わずかな電位差を保った状態です。神経の末端からアセチルコリンが放たれると、この電位差が一気にひっくり返ります。

アセチルコリンとは、神経の末端から出て、次の細胞へ「信号が来た」と伝える物質のことです。ヒトの筋肉を動かすときにも同じ物質が使われています。

1枚が生む電圧は0.15ボルトほど

1枚あたりの働きは、乾電池1本にもまるで届きません。魚類学の総説では、直列に並んだ発電細胞3枚の電位を合わせて465ミリボルトという値が示されています。1枚あたりおよそ0.155ボルトという計算です。

数千枚を直列につないで数百ボルトへ

この薄い板が、懐中電灯に乾電池を詰めるように縦一列に並んでいます。デンキウナギの発電器官には数千個の発電細胞があり、それらが直列につながって足し算されるのです。0.15ボルト×4000枚ならおよそ600ボルト。ざっと計算するだけでも、実測されている電圧の桁に届いてしまいます。

発電器官は3つに分かれている

ひとまとまりに見える発電装置は、じつは名前の違う3つの器官の集まりです。スミソニアン国立動物園の解説では、主発電器官・ハンター器官・サックス器官の3つが挙げられています。それぞれ担当する仕事が違います。

主発電器官とハンター器官が高い電圧を担う

もっとも強いパルスを出すのが主発電器官です。ハンター器官はその3分の2ほどが強い放電に、残りが弱い放電に使われます。狩りのときの高圧パルスは、1秒あたり最大400発という速さで連射されることがあります。

サックス器官は弱い電気で周りを探る

サックス器官が出すのは、獲物を倒すためではない弱い電気です。こちらは1秒に10〜20回ほどのゆっくりしたリズムで発せられ、周囲の様子を探るセンサーとして働きます。武器と探知機を別々の器官で持っているわけです。

名前と受け持ちの対応は、ここで一度ほどいておきます。

器官おもな役割電気の強さ
主発電器官狩りと護身強い(高電圧パルス)
ハンター器官約3分の2が狩りと護身、残りは探知強い部分と弱い部分がある
サックス器官周囲を探る、仲間とのやりとり弱い(毎秒10〜20回)

強い電気と弱い電気を、体の別々の場所で作り分けている。この分業が、次に見る「自分だけ平気」な理由の一部にもなっています。

体の8割が発電装置で占められている

3つの器官を合わせると、体の約80パーセントに達します。長さ2メートルから2.5メートルほどに育つ魚の、尾に向かう大部分が発電装置なのです。魚らしい内臓が収まる場所は、頭に近い残りの部分だけ。

脳も心臓も頭のすぐそばに寄っている

内臓が前に寄っているという体のつくりが、次に見る「感電しない理由」の土台になります。コーネル大学で電気魚を研究したカール・ホプキンス氏は、脳や心臓といった重要な臓器が発電器官からできるだけ離れた頭の近くにあり、脂肪組織に包まれていることを有力な仮説として挙げています。電池と精密機器を、同じ箱の端と端に分けて置いたような配置です。

なぜ自分だけ感電しないのか

水草と小魚が入った水槽のイラスト

理由はひとつではなく、いくつもの条件が重なっています。電流の通り道・放電の短さ・体の大きさ・臓器の位置。この4つが同時に効くことで、近くの小魚だけが倒れる状況が生まれるのです。

電流は体の外の水を回って戻る

発電細胞の列で生まれた電流は、尾のほうから頭のほうへと体内を進んでいきます。そして頭から水へ出て、水の中を回って尾へ戻ることで回路が閉じます。電気の輪の半分は、体の外に出ているわけです。

皮膚から水へ逃げる分がとても大きい

ウルグアイの神経科学者アンヘル・カプティ氏は、電流のかなりの部分が皮膚を通って水へ散っていくと説明しています。その分だけ、中枢神経や心臓のそばを流れる電流は減ります。水中という環境そのものが、逃がし場所として働いているのです。

空気中なら1アンペア、水中では分散する

もし空気中で電気の通り道をつないでしまえば、電流は1アンペアに達し、体はそのまま500ボルトの電池に相当します。ところが水の中では電流の出口がいくつもあるため、電圧は高くても電流は分かれて小さくなります。高電圧・低電流という組み合わせが、自分の身を守る方向に働いている格好です。

放電が2ミリ秒で終わってしまう

一発の放電は、時間で見るとあっけないほど短いものです。発電細胞の連鎖反応は2ミリ秒ほどで走りきって終わります。電気ショックの効き方は電流の大きさだけでなく、流れている時間でも決まります。

腕をけいれんさせるには50ミリ秒かかる

カプティ氏が持ち出すのは、デンキウナギの体は大人の腕とだいたい同じくらいの太さだ、という比較です。人の腕をけいれんさせるには200ミリアンペアの電流が50ミリ秒流れ続ける必要がありますが、デンキウナギの放電は2ミリ秒で切れてしまう。桁がひとつ以上足りないのです。

体が大きいほど電流は薄まる

同じ電気を浴びても、受け手の体積が小さいほど密度は上がります。デンキウナギは自分の獲物より、はるかに大きな体を持っています。この差が、獲物だけが動けなくなる理由の中核です。

体長10分の1の魚は体積が約1000分の1

長さが10分の1なら、体積はおよそ1000分の1になります。小魚が受け取る電流の総量はデンキウナギ全体から見ればごく一部ですが、小さな体に対する割合で見ると桁違いに大きくなるのです。同じ電気ショックでも、体のサイズひとつで結果が逆転します。

40センチで179ボルト、113センチで382ボルト

電圧そのものも、体が長いほど高くなります。跳躍する個体を計測した研究では、体長40センチの個体で179ボルト、113センチの個体で382ボルトという電圧のもと(起電力)が測られました。直列につながる発電細胞の枚数が増えるぶん、長い個体ほど強い電気を出せる理屈です。

同じ一発の放電を、獲物の側と本人の側から見比べてみます。

比べる点近くの小魚デンキウナギ本人
体の大きさ体長10分の1なら体積は約1000分の12メートル前後
電流の入り方体を通り抜ける割合が大きい大半が皮膚から水へ逃げる
重要な臓器の位置体が小さく、逃げ場がない脳と心臓は発電器官から最も遠い頭側
受ける時間連射を浴び続ける1発は2ミリ秒で終わる

どれか一つが効いているのではなく、四つが同じ方向に働いています。裏を返せば、条件が一つ変われば結果も変わりうるということです。

本当にまったく平気なのか

白衣を着て顕微鏡をのぞく男性のイラスト

ここまでの説明は、どれも筋が通っています。それでも「確かめられた」とまでは言えません。この魚の身の守り方は、専門家が口をそろえて「よく分かっていない」と言う領域に残されています。

「直接調べた研究は見当たらない」と専門家は言う

カプティ氏は、なぜデンキウナギが他の動物を感電させながら自分は感電しないのかを扱った具体的な研究を、自分の知る限り知らないと明言しています。ホプキンス氏も「誰も正確には知らない」としたうえで、臓器の位置と脂肪の絶縁を最有力の作業仮説として挙げるにとどめました。

生きものの世界では、こういう空白は珍しくありません。派手な能力ほど注目が集まり、その裏側の「なぜ壊れないのか」は後回しにされがちです。デンキウナギは1800年代から研究されてきた魚ですが、この問いは今も宿題のまま残っています。

跳び上がるときは自分にかかる電圧が跳ね上がる

水中にいる限り、電気は四方八方へ散っていくもの。ところが体を水から出して相手に押し当てると、電流の逃げ道が急に狭くなります。跳躍を計測した研究では、体が水面から上がるにつれて戻り経路の抵抗が0オームから5400オームまで増え、相手にかかる電圧が跳ね上がることが示されました。

相手への電圧が上がるということは、デンキウナギ自身の置かれた条件も変わるということです。この場面で本人が何を感じているのかは、まだ測られていません。

弱い電気は自分で受け取っている

感電しないことと、電気を感じないことは別の話です。デンキウナギは自分が出した弱い電気が周囲の物にぶつかって歪むのを、皮膚の電気受容器で読み取っています。自分の電気を浴びないどころか、浴びることを前提に体ができているのです。

水の中の物は、電気の通しやすさが水と違えば電流の線をねじ曲げます。そのねじれは、体の表面へ落ちる「電気の影」として届くのです。自分でライトを照らし、その影を自分で読む。感電を避ける仕組みと電気を感じ取る仕組みが、同じ体に同居していることになります。

電気は何のために使っている?

茶色い馬が立っているイラスト

高い電圧は狩りと護身に、弱い電気は探知に使われます。しかも高圧のほうは、ただ相手を痛めつけているのではありません。獲物の神経を外から操る、かなり手の込んだ使い方が明らかになっています。

獲物の筋肉を遠隔で動かしている

ヴァンダービルト大学のケネス・カタニア氏は、高圧パルスが獲物の運動神経を直接たたいていることを実験で示しました。神経と筋肉のつなぎ目を薬で遮断した魚には、デンキウナギの放電が効かなかったのです。電気が筋肉を焼くのではなく、神経に「動け」と命じているわけです。

2発の「ダブレット」で隠れた魚をあぶり出す

獲物が物陰に隠れているとき、デンキウナギは2〜3発だけの短いパルスを投げます。これを浴びた魚は全身がびくんと一度だけけいれんし、居場所を自分から知らせてしまいます。カタニア氏はこの動作を、近くの物体に「おまえは生きているか」と問いかけているようだと表現しました。

体を丸めると獲物が受ける電場は2倍以上

手強い相手には、体をC字に曲げて頭と尾で挟み込みます。電池のプラス極とマイナス極を近づけるようなもので、挟まれた獲物が受ける電場の強さは2倍以上になります。出力を上げずに効き目だけを上げる、省エネの戦い方です。

水から跳び出して相手に押し当てる

追い詰められたデンキウナギは、水面から身を乗り出して相手に直接あごを当ててきます。乾季の水たまりに閉じ込められ、逃げ場がないときに見られる行動です。水に散ってしまう電気を、相手一点に集中させる方法だと考えられています。

フンボルトの「馬との戦い」は作り話ではなかった

博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトは1800年、南米で馬の群れを泥沼に追い込み、デンキウナギと戦わせた光景を書き残しました。ウナギのほうから馬に襲いかかったという記述は長く誇張とされてきました。カタニア氏の2016年の論文が跳躍行動を実証し、200年越しでこの目撃談に裏付けが与えられています。

濁った川では電気が目の代わりになる

アマゾンの水は泥で濁り、視界はほとんど利きません。そこでデンキウナギは弱い電気を出し続け、体の周りにできた電場の歪みから障害物や獲物を読み取ります。電場が届くのはおおよそ体長1本分の範囲だとされています。

そもそもウナギの仲間ではない

ひげを生やしたナマズのイラスト

名前に「ウナギ」と付いていますが、蒲焼きにするニホンウナギとは縁の遠い魚です。分類上はデンキウナギ目に属し、ナマズやコイのほうがよほど近い親戚にあたります。細長い姿が似ていたために、そう呼ばれてきただけなのです。

ナマズやコイに近い「デンキウナギ目」

デンキウナギ目の魚は南米の淡水に多く、弱い電気を出す種類をたくさん含むグループです。ウナギ目の魚が海で産卵して川へのぼるのに対し、こちらは一生を川や沼で過ごします。姿が似ているのは、細長い体が水草の間を進むのに向いていたからだと説明されることが多いようです。

空気を吸わないと溺れてしまう魚

えらだけでは酸素が足りないため、この魚は「絶対空気呼吸者」に分類されます。口の中にはひだ状の器官があり、表面積を広げる作りになっています。ときどき水面へ顔を出し、そこで空気を取り込むのです。酸素の少ない濁った水で暮らすための適応です。

水槽にふたをして沈めると死んでしまう

魚なのに、水面へ出られない状態が続くと窒息します。水族館の展示で水面までの空間が確保されているのは、見栄えのためだけではありません。水面へ上がってくる動きは、水族館の水槽でもすぐに目につく特徴です。

2019年に3つの種へ分けられた

長らく1種とされてきたデンキウナギは、2019年に3種へ整理されました。スミソニアン協会のカルロス・ダビド・デ・サンタナ氏らが107個体を調べ、既知のElectrophorus electricusに加えてE. variiとE. voltaiの2種を新種として記載したのです。論文は同年9月10日付のNature Communications誌に載りました。

860ボルトを記録したのはボルタデンキウナギ

最高記録の860ボルトを出したのは、新種のE. voltaiでした。それまでの記録はE. electricusの650ボルトだったので、200ボルト以上も塗り替えられたことになります。電池の発明者ボルタの名を冠した種が最強だったというのは、できすぎた巡り合わせです。

豆知識——100匹の群れ猟と、放電が運ぶ遺伝子

二重らせんのDNAのイラスト

この魚の研究は、ここ10年でずいぶん景色が変わりました。単独行動の魚だという常識が崩れ、放電が周囲の生きものの細胞にまで作用している可能性まで出てきています。

群れで追い込む狩りが見つかった

2021年、ブラジルのイリリ川につながる小さな湖で、100匹を超えるE. voltaiが集まって狩りをする様子が報告されました。小魚の群れを浅い場所へ押し込み、10匹ほどの狩猟班が本隊から離れて一斉に放電するという段取りです。研究チームは合計72時間にわたってこの行動を観察しました。

10匹が同時に出せば8600ボルト

単純に足せば、10匹の同時放電は8600ボルトに相当します。デンキウナギは孤独な待ち伏せ型だと長く考えられてきたので、この発見は研究者を驚かせました。同じ川に長年通っていても、見ていなかったものはある、という話でもあります。

放電がまわりの生きものへ遺伝子を運ぶかもしれない

細胞に短いパルス電流をかけてDNAを入れる「電気穿孔法(でんきせんこうほう)」は、実験室では当たり前の手法です。名古屋大学の研究グループは、川の中で同じことが起きているのではないかと考えました。飼育したデンキウナギの放電にゼブラフィッシュの稚魚をDNA溶液ごとさらしたところ、ごく微量ながら遺伝子が導入された痕跡が確認されています。

水中を漂うDNAが細胞に入り込む可能性

この成果は2023年12月にPeerJ誌へ発表されました。自然界で本当に起きているかはこれからの検証待ちですが、放電が生態系の遺伝子の流れに関わっているとすれば、話は電気の枠を超えてきます。同じ研究グループは2025年、発電細胞の「もと」にあたる未分化の細胞集団も見つけています。

人工の発電細胞を2449枚重ねて110ボルト

この積み重ね方式が、やわらかい電源の設計図としても注目を集めました。2017年にNature誌へ載った研究では、発電細胞をまねた4種類のゲルの組を2449個つないで110ボルトを取り出しました。1組あたりの電圧は130〜185ミリボルトで、本物の発電細胞1枚とほぼ同じ水準です。

金属も硬い外装も使わず、水を含んだゲルだけで100ボルトを超えた点が新しいところです。体に埋め込む医療機器のように、硬い電池を置きにくい場所の電源として期待されています。アマゾンの泥水に住む魚の体が、人工臓器の設計図になりかけているわけです。

冬の水族館で見かける「デンキウナギが点けるクリスマスツリー」も、電極で放電を拾って明かりに変える展示です。餌を与えて放電を誘い、光の強さで電気の大きさを見せる趣向になっています。ガラス1枚隔てた向こうで、860ボルトの魚が自分だけ平然としている。理由はいくつも挙がるのに、決定打はまだ誰も出せていない。この魚は、能力の派手さよりも、その能力に自分が壊されない仕組みのほうで人を悩ませ続けています。

参考

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