クラゲに脳はありません。神経の細胞は体じゅうに網のように散らばっていて、命令を出す司令塔にあたる場所がないのです。一方の目は多くのクラゲにあり、身近なミズクラゲは明るさだけを感じる「眼点(がんてん)」を持っています。箱形の傘を持つ立方クラゲは、レンズ付きを含めて24個の目で水面の上の木々まで見上げています。脳のない体で、夜に眠り、ぶつかった経験から学ぶことまで分かってきました。
クラゲに脳がないのは本当?

本当です。クラゲはイソギンチャクやサンゴと同じ刺胞動物(しほうどうぶつ)の仲間で、神経細胞のかたまりである脳を持ちません。そのかわりに、体のつくりに合った別の神経の配り方をしています。
神経が網のように広がる「散在神経系」
クラゲの神経細胞は、傘や触手の中に網の目のように散らばってつながっています。これが散在神経系(さんざいしんけいけい)です。北海道大学のクラゲの教材でも、クラゲの神経は散在神経系で脳はないと説明されています。ヒトのように脳と脊髄へ神経が集まる「中枢神経系」とは、まったく違う設計です。
司令塔がなく信号はまわりへ広がる
網の目のつくりでは、どこか一か所が刺激を受けると、信号がまわりへ広がっていきます。上から命令が下りてくるというより、体全体がゆるやかにつながって反応するイメージです。一部が傷ついても、残りの網が働き続けられるのもこの設計の強みでしょう。
放射状の体には「前」がない
ヒトや魚には頭と尾があり、進む方向の先に目や口や脳が集まっています。クラゲの体は傘の中心から放射状に広がっていて、決まった「前」がありません。どの方向から餌や危険が来てもおかしくない体なら、神経を一か所に集めないのも理にかなっています。
脳の代わりは傘のふちの神経の輪

散らばっているとはいえ、クラゲの神経がまったく均一なわけではありません。多くのクラゲでは、傘のふちに沿って神経細胞がリング状に集まり、ここが脳の代わりに近い役目を果たしています。
中枢神経のように働く神経の輪
北海道大学の教材では、この輪が中枢神経のように働いていると考えられている、と紹介されています。泳ぐときの拍動のリズムを作るのも、このふちの神経細胞です。脳という「かたまり」はなくても、情報をまとめる場所は傘のふちに細長く引き延ばされて存在している、と言えそうです。
感覚器も同じ輪の上に並ぶ
光や重力を感じる感覚器も、この輪の上に並んでいます。ミズクラゲなら、傘のふちの切れ込みごとに8か所。感じる場所とまとめる場所がすぐ隣にあるので、信号の行き来は短くて済みます。ヒトの脳の神経細胞はおよそ860億個とされ、数ではまったく勝負になりませんが、クラゲは少ない神経でかなりのことをこなしています。
心臓や骨の代わりもひと通りそろう
クラゲには脳だけでなく、心臓も骨もありません。ヒトの体にある装置がクラゲでは何に置き換わっているのか、役目ごとに組にしました。
| はたらき | ヒト | ミズクラゲ |
|---|---|---|
| 情報をまとめる | 脳と脊髄(中枢神経) | 体じゅうの神経の網+傘のふちの神経の輪 |
| 光を感じる | 頭の2つの目 | 傘のふち8か所の感覚器にある眼点 |
| 上下を知る | 耳の奥の器官 | 感覚器の中の重い粒(平衡胞) |
| 栄養を運ぶ | 心臓と血管 | 胃から放射状にのびる管の中を、細かな毛(繊毛)の動きで流す |
| 体を支える | 骨と筋肉 | 水分95%のコラーゲンのゲル(中膠) |
一つひとつの装置は簡素でも、役目そのものはひと通りそろっています。表の数字と管のしくみは、北海道大学の教材の説明によるものです。
泳ぐリズムは感覚器が刻む

クラゲは傘を縮めては広げ、水を押し出して進みます。この「ふわっ、ふわっ」という拍動のテンポを決めているのは、傘のふちの感覚器です。
19世紀の切り取り実験で分かったこと
イギリスの生物学者ジョージ・ロマネスは、19世紀後半にクラゲの傘をあちこち切り取る実験を重ねました。縮む波はたいてい感覚器の一つから始まり、傘に切れ込みを入れても回り込んで伝わっていったといいます。2019年に学術誌eLifeに載ったミズクラゲの神経のモデル研究も、この古典的な観察を出発点にしていました。
感覚器をすべて外すと拍動が止まる
感覚器を取り除くと、自分から縮む動きは止まってしまいます。感覚器の中にはリズムを生み出す「ペースメーカー」があり、8か所あればどれか一つが先に打ったテンポに全体がそろう、と考えられています。一つが壊れても、ほかが代わりを務められるわけです。
脳なしでどうやって餌を捕る?

餌を捕る毒針は、神経の命令を待たずに飛び出すしくみです。食べ過ぎを止める合図も、脳とは別のところで出ています。
毒針のカプセルが自分で引き金を引く
クラゲの触手には、刺胞(しほう)と呼ばれる小さなカプセルがびっしり。中には毒の付いた細い糸が巻いて収められており、獲物が触れると一気に打ち出されます。どこを刺すか判断する脳はいりません。
浜に打ち上げられたクラゲに触れて刺されることがあるのも、この仕組みがクラゲの意思と関係なく働くためです。乾きかけに見えても、素手で触らないほうが安全でしょう。
発射にかかる時間は700ナノ秒
2006年に学術誌Current Biologyに載った研究では、クラゲと同じ刺胞動物のヒドラを使い、刺胞が発射される速さを超高速カメラで測りました。かかった時間は最短700ナノ秒、つまり1秒の約140万分の1。加速度は最大で重力の約541万倍に達し、先端にかかる圧力は銃弾に並ぶほどだと計算されています。
満腹の合図はハエとも共通
東北大学などのグループは2023年、エダアシクラゲという小さなクラゲで食欲の仕組みを調べました。餌をたくさん食べると、GLWアミドと呼ばれる神経ペプチドが働き、触手が餌を口へ運ぶ動きにブレーキがかかります。
同じペプチドは、ショウジョウバエの食べる行動も抑えました。クラゲと昆虫の祖先が分かれたのは約6億年前と考えられており、研究グループは脳ができる前から食欲を調節する仕組みがあった可能性を示しています。
クラゲの目はどこにある?

クラゲの目があるのは、傘のふちにある小さな感覚器の中です。ミズクラゲの場合は明るさが分かる程度の簡単な目で、形のある像は見えていないと考えられています。
傘のふちの白い点が感覚器
水族館でミズクラゲをよく見ると、傘のふちの切れ込みの境目に、白っぽい小さな点があります。これが目や平衡感覚の器官をまとめて収めた感覚器で、ミズクラゲでは全部で8か所。四つ葉のクローバーのような胃の模様とあわせて見ると、体が4の倍数で組み立てられていると分かります。
ミズクラゲの目は16個
大阪の海遊館は、感覚器1か所に眼点が2つずつあるので、ミズクラゲは16個の目を持つと説明しています。眼点は光を感じる細胞と色素が集まったシンプルな目で、レンズはありません。ヒトのようにはっきり見えているわけではなく、明るさと暗さが分かる程度とされます。
目を持たないクラゲもいる
海遊館は、眼点を持たない種類のクラゲもいると紹介しています。「クラゲに目はあるか」の答えが「種類による」になるのは、このためです。目のないものから明暗だけ分かるもの、さらにレンズ付きの目を持つものまで、同じクラゲでも幅は広いのです。
24個の目を持つクラゲは何を見ている?

箱のような四角い傘を持つ立方クラゲの仲間は、4か所の感覚器に6個ずつ、合わせて24個の目を持っています。そのうち上を向く目で水面越しに陸の木を見上げ、住みかへ戻る道しるべにしていることが分かっています。
4種類の目が1か所に6個
詳しく調べられているのは、カリブ海のマングローブ林に住むTripedalia cystophoraという、傘が指先ほどの小さな立方クラゲです。1つの感覚器に、つくりの違う4種類の目が組み合わされています。
| 目の種類 | 感覚器1か所あたり | つくり | 分かっている役目 |
|---|---|---|---|
| 上のレンズ眼 | 1個 | レンズ・網膜あり | 水面越しに真上を見る |
| 下のレンズ眼 | 1個 | レンズ・網膜あり | 横や下の障害物を見る |
| ピット眼 | 2個 | くぼみ状、レンズなし | 明るさを感じる |
| スリット眼 | 2個 | すき間状、レンズなし | 明るさを感じる |
ピット眼とスリット眼の細かな役割には、まだ分かっていない部分も残っています。
レンズ眼はヒトの目に近いつくり
2つのレンズ眼は、魚の目のような球形のレンズと、光を受ける網膜を備えたカメラ型の目です。脳を持たない動物に、像を結ぶ目があるわけです。24個のうちヒトの目にいちばん近いのは、この上下のレンズ眼でしょう。
反応は遅く、色は見分けられない
2007年の研究では、立方クラゲのレンズ眼は反応が遅く、色を見分けられないと報告されました。光を感じるたんぱく質が1種類しかないとみられるためで、論文の題名そのものが「遅くて色の見えない目」です。高性能のカメラというより、白黒で少しゆっくり映るモニターを想像すると近そうです。
ピンぼけの目で林を見上げる

レンズを持っているのに、立方クラゲの目はくっきりとは見えていません。それでも大きな木の影は見分けられ、住みかの林へ戻る目印になっています。
網膜がピントの位置からずれている
2005年に科学誌Natureに載った研究で、レンズ自体はほとんどゆがみのない鮮明な像を作れる優れたものだと分かりました。ところが網膜は、そのくっきりした像ができる位置からずれています。クラゲに届く景色は、いつもぼやけているのです。
細かいものを見ないための設計
ぼやけた視界では、水中を漂う細かなゴミやプランクトンは消えてしまいます。残るのは、根や岩のような大きくて動かないものの影だけです。脳で情報を選り分けられない動物にとって、見なくていいものを最初から映さない目は、処理を軽くする近道になっていると考えられています。
重りのおかげで上の目はいつも真上
感覚器は細い柄の先にぶら下がり、先端には平衡石(へいこうせき)と呼ばれる重い結晶の粒が入っています。この重みで向きが保たれるため、上のレンズ眼はクラゲの姿勢に関係なく常に真上を向いたまま。水面では光が屈折し、空と陸の景色は約97度の範囲に縮んで見えます。上の目の視野は、その範囲とほぼ重なるそうです。
少なくとも8メートル先の林が見える
2011年、デンマークのコペンハーゲン大学などのチームが、このクラゲが陸の景色を目印に泳いでいることを確かめました。目のモデルで計算すると、マングローブの林は少なくとも8メートル先から見分けられます。住みかから離れた場所に放すと、クラゲはすぐに近くの木々の方へ泳いで戻りました。
ところが林が見えないようにすると、戻れなくなります。餌になる小さな甲殻類は、林のすき間から差し込む光の柱に集まります。林から離れすぎると飢えてしまうので、上を見る目は命綱なのです。
日本の海の立方クラゲは危ない?

立方クラゲの仲間は日本の海にもいて、刺されると強い痛みを起こすものが含まれます。お盆のころに海水浴場で被害が出るアンドンクラゲや、沖縄のハブクラゲがそうです。
ハブクラゲの触手は1.5メートル超
沖縄美ら海水族館の解説では、ハブクラゲは沖縄県内に5〜10月ごろ現れ、傘の高さは10センチほど。傘の四隅からは、長いものでは1.5メートルを超える触手が束になってのびています。触手の刺胞の毒は非常に強く、刺されるととても痛み、ショックを起こすこともあるそうです。
沖縄の海の被害の約4割
沖縄県によると、令和7年(2025年)に県内で起きた海の危険生物による刺されたり噛まれたりする被害は199件。そのうち81件、約4割がハブクラゲでした。県は毎年6〜9月に注意報を出し、クラゲの侵入を防ぐネットが張られたビーチの情報も案内しています。目で見て自分から泳ぐ仲間だからこそ、漂うだけのクラゲより出会いやすいのかもしれません。
脳がなくても眠る?

眠ります。2017年、アメリカのカリフォルニア工科大学のチームが、サカサクラゲの仲間(Cassiopea属)に眠りに似た状態があると発表しました。傘を下にして海底にひっくり返ったまま、休まず拍動を続けるクラゲです。
夜は拍動が1分39回に落ちる
拍動の回数は、昼間は1分間におよそ58回、夜は約39回でした。夜に休んでいるクラゲの足場を抜き取ると、目覚めて姿勢を立て直すまでに最大で5秒ほどかかります。起きているときはすぐに泳いで底へ戻るので、夜は刺激への反応そのものが鈍っていると分かりました。
寝不足の翌日はよく休む
次に試されたのは寝不足です。夜のあいだ10秒ごとに水流を当てて、20分間クラゲを休ませないようにしました。すると翌日の昼間、ふだんより休む状態に入りやすくなったのです。眠りを奪われると後で取り戻そうとする性質は、ヒトの睡眠にも見られます。眠気を誘うメラトニンなども、ほかの動物と同じ向きに効きました。
研究チームは、クラゲを「眠ることが分かっている動物のうち、進化のうえでいちばん古いもの」と位置づけています。眠りは脳を休めるため、という考えだけでは、脳のないクラゲが眠る理由を説明しきれません。
ぶつかった経験から学ぶ

2023年には、24個の目を持つTripedalia cystophoraが経験から学ぶことが報告されました。ドイツのキール大学とデンマークのコペンハーゲン大学のチームによる研究です。
しま模様の水槽で7分半
灰色と白のしま模様を壁に貼った丸い水槽は、マングローブの根が並ぶ景色を見立てたものです。薄い灰色のしまは遠くの根のように見えるため、クラゲは最初、何度も壁にぶつかりました。ところが7分半の観察のうちに、壁との平均距離は約50%広がり、うまく向きを変える回数は4倍に。壁にぶつかる回数は半分に減りました。
切り離した感覚器でも学んだ
研究チームは、体から切り離した感覚器1つに灰色のしまを見せる実験もしました。最初は反応しなかった感覚器が、ぶつかったときの刺激に似た弱い電気と組み合わせて見せ続けるうちに、しまを見ただけでよける信号を出すようになったのです。学習の場は、目と神経がまとまった感覚器そのものにあると考えられています。
「考えている」とまでは言えない
ただし、眠りや学習があることは、クラゲが私たちのように考えたり感じたりしている証拠ではありません。確かめられたのは、休息の状態があることと、見たものとぶつかった刺激の組み合わせで反応が変わることです。クラゲの中で何が起きているのかは、研究が始まったばかりの段階です。
泳ぐリズムを刻む。明るさを測って上下を知る。満腹を感じ、夜は眠り、ぶつかれば覚える。すべて脳のない体でのことです。私たちが脳の仕事だと信じているもののうち、本当に脳がなければできないことは、いったいどれくらいあるのでしょうか。
参考
- 北海道大学 LASBOS「クラゲ」
- 海遊館「壁に耳あり、クラゲに目あり」
- 沖縄県「ハブクラゲ等海洋危険生物」
- EurekAlert!「Jellyfish shown to learn from past experience for the first time」(2023年)
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