カマキリのメスがオスを食べるのは、おもに栄養をとるためだと考えられています。とくにお腹をすかせたメスほどオスを襲いやすく、食べたメスはそのぶん多くの卵を産むことが実験で確かめられました。ただし必ず起きるわけではありません。野外の観察では、オスとメスが出会った場面のおよそ1〜3割にとどまります。
メスがオスを食べるのはいつ?

交尾の前・最中・後のどこでも起きる
共食いのタイミングは一つに決まっていません。オスが背中に飛び乗る前につかまる場合もあれば、交尾の最中や、離れたあとに食べられる場合もあります。研究の世界では、交尾にかかわって起きるこの共食いを「性的共食い」と呼び、ほかの場面の共食いと呼び分けるのが一般的です。
食べるのは首の後ろから
メスはまず、オスの首の後ろあたりにかみつきます。19世紀フランスの昆虫学者ファーブルは、メスがオスを少しずつかじり進め、最後に羽だけを残す様子を書き残しました。獲物のバッタを食べるときと同じ手順で、相手がオスだからといって特別な食べ方をするわけではないようです。
野外では出会いの13〜28%
自然の中でどれくらい起きるかは、野外調査の数字が手がかりになります。2016年の論文では、これまでの調査をもとに「自然の出会いの13〜28%で起きる」とまとめられました。裏返せば、7割以上の出会いではオスは食べられずに去っていきます。「交尾のたびに必ず食べられる」というイメージは、かなり大げさです。
ファーブルが見た「2週間で7匹」

えさを十分に与えたつがいで観察
カマキリの共食いを広く知らせたのは、ファーブルの『昆虫記』です。8月の終わり、彼はつがいを1組ずつ別々の飼育かごに分けました。えさは十分に入れてあり、「空腹だったから」という言い訳はできない条件だったと書いています。オスは長い時間じっとメスを見つめ、やがて羽をふるわせて背中に飛び乗りました。
1匹のメスが次々にオスを迎えた
交尾は長いと5〜6時間続き、その日のうちか翌日にはオスが食べられました。ファーブルは同じメスに2匹目、3匹目のオスを入れてみます。すると次々に受け入れては食べてしまい、2週間で7匹のオスが同じ運命をたどったと記録しています。暑い日にはとくに多かったそうです。
せまいかごの影響はファーブルも認めていた
ファーブル自身、かごのせまさがオスの犠牲を増やしているかもしれないと書き添えています。野外ならオスは交尾のあと逃げられるからです。それでも原因はほかにあると考え、話は「メスの残酷さ」に寄っていきました。この印象の強い記述が、のちの研究者たちに一つの宿題を残します。
「実験室だけの現象」と疑われた理由

人のいない部屋ではオスは食べられなかった
1980年代にアメリカの研究者リスケとデイビスは、チュウゴクオオカマキリを人のいない部屋に置き、ビデオで交尾を記録しました。えさを十分に与えたメスとオスは、念入りな求愛のふるまいを見せたうえで交尾し、共食いは起きなかったと報告されています。人前での観察とはまるで違う結果でした。
カマキリは目で獲物を探す虫
カマキリは大きな目で動くものをとらえて狩りをします。明るい照明や、すぐそばで動く観察者が刺激になり、メスの攻撃を引き出しているのではないか。そう考えると、狭いかごと人の視線の中で行われた古い観察は、共食いを実際より多く見せていた可能性があります。
野外調査で「自然でも起きる」と確認
では共食いは飼育の中だけの出来事なのか。その答えを出したのが1990年代の野外調査です。ヨーロッパのウスバカマキリやチュウゴクオオカマキリを自然のまま観察し、野生でも一定の割合で共食いが起きることが確かめられました。冒頭の「13〜28%」は、こうした調査から出てきた数字です。
お腹をすかせたメスほどオスを食べる

えさの量を変えたオーストラリアの実験
2008年、オーストラリアのマッコーリー大学のバリーらは、現地にすむカマキリ(Pseudomantis albofimbriata)で実験を行いました。メスに与えるえさの量を変えてからオスと出会わせると、体調の悪いメスほどオスを食べやすいという結果になります。共食いは気まぐれではなく、お腹のすき具合に左右されていました。
食べたメスは重い卵のうを産んだ
オスを食べたメスは体調がはっきり良くなり、そのあと産んだ卵のう(卵が入った泡のかたまり)も重くなりました。研究チームは、共食いがメスにとって「えさ集め」の一つになっていると結論づけています。オスは、メスの近くに自分から寄ってくる大きな獲物でもあるわけです。
オスが大きい種だから食べる価値がある
この実験にカマキリが選ばれたのには理由があります。オスを食べるクモの多くは、オスがメスよりずっと小さく、食べても腹の足しになりません。一方、このカマキリのオスはメスに比べてそれほど小さくないため、1匹食べればメスの体重がはっきり増えます。栄養補給の説を確かめるのに向いた相手でした。
食べられたオスの体は卵になるのか?

オスの体に目印をつけて追いかけた
2016年、アメリカのブラウンとオーストラリアのバリーは、食べられたオスの体がどこへ行くのかを調べました。使ったのはチュウゴクオオカマキリです。放射性の目印をつけたコオロギをオスに食べさせ、その成分がメスの体や卵のどこに移るかを追跡しました。半分のペアでは共食いを許し、残り半分では止めて比べています。
食べたメスの卵にはオスの成分が多かった
オスを食べたメスの卵や生殖器官からは、オス由来のアミノ酸が多く見つかりました。最初の卵のうのあとに産んだ卵の数も、食べたメスは平均約88個、食べなかったメスは約38個と大きな差が出ています。食べられたオスの体は、文字どおり自分の子どもの材料になっていたのです。
食べられなくても約25%は渡っていた
ただし、食べられなかったオスも何も渡していないわけではありません。精液を通じて、目印の約25%がメスに移っていました。また、産んだ卵の総数で比べると、食べたかどうかではっきりした差は出ていません。オスの体が卵に回るのは確かでも、その効果は「2回目以降の卵を増やす」程度と読むのが正確です。
オスは食べられたくて近づくのか?

空腹のメスにはなかなか近づかない
オスが子孫のために自分を差し出している、という見方もかつてありました。これを確かめたのが2006年のレリトとブラウンの実験です。えさを食べたばかりのメスと、お腹をすかせたメスをオスに見せると、オスは空腹のメスへの接近をためらいました。近づくときも動きはゆっくりです。
危ないときほど遠くから飛び乗る
メスがこちらを向いていて前脚の鎌を使いやすい向きのときも、オスは慎重になりました。求愛のふるまいを増やし、ふだんより離れた位置から背中へ飛び乗ったのです。遠くから跳べば、それだけ鎌につかまる危険は小さくなります。オスは相手の空腹と向きを見て、危険を見積もっているようです。
「すすんで食べられる」説には否定的な結果
研究チームは、オスが命と交尾を引きかえにしているという考えに反する強い証拠だと述べています。オスの体が卵の材料になるのは事実でも、オスにとって食べられるのは避けたい出来事です。共食いは、オスとメスの思惑がぶつかる「せめぎ合い」として見るほうが実態に近いでしょう。
やせたメスがオスを呼び寄せる

においで一番オスを集めたのはやせたメス
カマキリのメスは、においの成分でオスを呼びます。2015年、バリーはえさの量を4段階に分けて育てたメスを大学構内の屋外の囲いに放し、何匹のオスが寄ってくるかを数えました。いちばん多くのオスを集めたのは、意外にも最もやせた「とても体調が悪い」組のメスでした。
オスにとっては割に合わない相手
やせたメスが持っていた卵は平均5個ほどで、体調の良いメスの約62個と比べるとごくわずかです。しかも同じえさの条件では、この組のメスは出会いの約9割でオスを食べたと報告されています。交尾に至るのは半分ほどでした。オスから見れば、危険が大きいのに得るものの少ない相手です。
においで「うそ」をついている可能性
バリーは、やせたメスが体調の良さを装うにおいでオスを引き寄せ、えさにしている可能性を指摘しました。においによる「性のうそ」を示した初めての実証研究とされています。1匹のオスを食べると、メスの体調は約33%、産める卵の数は約40%上がると見積もられました。
メスと取っ組み合うオスもいる

南アフリカ原産のカマキリで52組を観察
オスがただ逃げ回るだけとは限りません。ニュージーランドのオークランド大学のバークとホルウェルは、南アフリカ原産のMiomantis caffra(スプリングボックマンティス)を調べました。ペットの取引を通じてニュージーランドやヨーロッパ南部、カリフォルニアにも広がった種です。2021年の論文で、52組の出会いを記録しています。
先につかんだほうが勝つ
この種のオスとメスは、出会うと鎌でつかみ合います。勝負は平均13秒ほどで決まり、オスが勝つことのほうがやや多い結果でした。先にメスをつかんだオスは78%の確率で無傷のまま。反対にメスが先につかんだ場合、オスは例外なく食べられています。
オスがメスの腹を刺すこともある
研究者を驚かせたのは、勝ったオスが鎌の先でメスの腹を刺し、傷を負わせる場面でした。深手を負わせたオスは、全員が食べられずに済んでいます。野外で集めたメスにも、オスにつけられたとみられる傷あとが見つかりました。カマキリのオスは、一方的な「被害者」ではなかったのです。
頭を失ってもオスは交尾をやめない

ファーブルが見た頭のないオス
ファーブルは、交尾の最中に食べられ始めたオスも記録しています。頭がなくなり、胸の途中までかじられても、オスはメスにしがみついたまま交尾を続けました。メスが腹にかじりつくまで離れなかったそうです。ファーブルは「この目で見て、いまだに驚きから覚めない」と書いています。
頭の神経が交尾にブレーキをかけていた
この不思議を神経のしくみから説明したのが、アメリカの神経生理学者ローダーです。1935年の研究以来、カマキリの交尾の動きは頭の下側にある神経のかたまりによって抑えられていると考えられてきました。頭を失うとそのブレーキが外れ、腹部の交尾の動きがむしろ強まります。
※ 食道下神経節(しょくどうかしんけいせつ)とは、昆虫の頭の中で、食道の下側にある神経のかたまりのことです。ここが交尾の動きを抑える役目をしていると考えられています。
頭がなくても交尾できる体のつくり
交尾の動きを指令する中心が腹部にあるため、カマキリのオスは頭がなくても交尾をやりとげられます。ただし、これを「食べられることを見越した仕組み」と言い切ることはできません。ゴキブリでも似た反応が知られており、昆虫に広く共通する体のつくりがたまたま役立っている、という見方もあります。
共食いの理由として挙がった4つの説

ここまでの研究を「共食いで得をするのはメスかオスか、それともどちらでもないか」という目で並べると、説ごとの立ち位置が見えてきます。今いちばん支持が厚いのは、メスの栄養補給の説です。
| 説 | 得をするのは | 今の評価 |
|---|---|---|
| 栄養補給の説 | メス(卵が増える) | 空腹のメスほど食べる・食べると卵が増える、という実験結果がそろう |
| オスの子育て投資の説 | オス(自分の子の材料になる) | オスの成分が卵に入ることは確認。ただしオスは食べられるのを避けようとする |
| 見分けちがいの説 | どちらでもない(獲物と間違える) | 空腹で攻撃的になったメスが、動くものを反射的につかむ面はあるとされる |
| 飼育の影響の説 | どちらでもない(観察の副産物) | 飼育下で多く見えていたのは確か。ただし野外でも起きる |
カマキリは世界に2,000種以上いて、共食いの起きやすさも種によって違います。メスの空腹が引き金になり、その結果オスの体が卵に生かされる。そこに、オスの用心深さや取っ組み合いが加わって割合が決まる。いくつかの説が重なり合って、今の姿になっていると考えるのが自然です。
日本のカマキリでも起きる?

研究の多いチュウゴクオオカマキリは日本の仲間に近い
ここで何度も出てきたチュウゴクオオカマキリは、日本のオオカマキリとごく近い仲間です。古い論文では同じ種の中の亜種として扱われていました。日本でも、秋の草むらや飼育ケースの中でメスがオスを食べる場面は観察されており、カマキリの仲間に広く見られるふるまいだといえます。
飼うなら別々のケースで
カマキリはオス同士・メス同士でも共食いをします。複数を飼うなら1匹ずつ別のケースに分けるのが基本です。オスとメスを会わせるときは、メスにえさを十分に食べさせてからにすると、研究の結果から見ても危険を減らせるでしょう。それでも食べられることはあるので、交尾が終わったらすぐに離すのが安心です。
メスのカマキリは、オスを見れば必ず襲う「悪女」ではありませんでした。共食いを左右していたのは、その日のメスのお腹のすき具合です。そしてオスの側も、空腹のメスを見分けて距離をとり、ときには取っ組み合ってまで生き延びようとしてきました。秋の草むらで出会うカマキリの多くは、何ごともなく別れていきます。
参考
- Brown & Barry (2016) Sexual cannibalism increases male material investment in offspring(Proceedings of the Royal Society B)
- Barry (2015) Sexual deception in a cannibalistic mating system? Testing the Femme Fatale hypothesis(Proceedings of the Royal Society B)
- Burke & Holwell (2021) Male coercion and female injury in a sexually cannibalistic mantis(Biology Letters)
- J. H. Fabre『Social Life in the Insect World』(Project Gutenberg)
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