言葉と論理の話

切腹は、いつのまにか腹を切らない儀式になっていた——江戸中期に武士が手を伸ばしたのは、短刀ではなく扇子だった

記録に残るいちばん古い切腹は、武士の名誉ある最期ではありませんでした。988年、盗賊として追われていた貴族が捕らえられ、その場で自分の腹を刺して翌日に獄中で死んだ——それが最初の一例として挙げられます。そして時代が下ると、今度は逆のずれが起...
文化と価値観の話

ちょんまげの剃り上げた部分は、はじめ毛抜きで一本ずつ抜いていた——江戸初期の記録が伝える、痛みつきの身だしなみ

時代劇でおなじみの、頭のてっぺんを丸く剃り上げた髪型。あの剃った部分は、戦国時代のある時期まで剃られていませんでした。剃るのではなく、毛を抜いてつくっていたのです。使ったのは木でできた毛抜きでした。額から頭頂にかけての範囲を、一本ずつつまん...
歴史と変遷の話

幕府は大名行列に「人を減らせ」と何度も命じていた——参勤交代の目的は財力を削ることではなかった

参勤交代(さんきんこうたい)を義務づけた法令には、大名の供の人数を減らせという条文が同居しています。寛永12年(1635年)の武家諸法度(ぶけしょはっと)です。大名の財布を軽くするための制度だったなら、この指示は辻褄が合いません。近年の研究...
歴史と変遷の話

家紋を管理する役所は、昔もいまも存在しない——だから武士も町人も、好きな紋を名乗れた

家紋には、登録簿がありません。「この紋はこの家のものだ」と役所が決めた記録は、昔もいまも存在しないのです。これは推測ではありません。特許庁が商標の審査基準をまとめた文書には、家紋について「公的機関等の特定の者により登録・管理等されているもの...
教育と学びの話

教室のリコーダーは、いちど歴史から消えた楽器だった——18世紀に忘れられ、20世紀に「安くて誰でも鳴る」笛として戻ってきた

小学校の学習指導要領に、「リコーダーを使いなさい」という一文はありません。書かれているのは、第3学年と第4学年で取り上げる旋律楽器について「リコーダーや鍵盤楽器、和楽器などの中から児童や学校の実態を考慮して選択すること」という一文だけです。...
歴史と変遷の話

校歌は学校が勝手に作れる歌ではなかった——1945年まで、歌詞と楽譜を文部省へ出して認可を受けていた

校歌は、学校が思い立てば作れる歌ではありませんでした。1945年まで、新しい校歌を定めるには作詞者名・作曲者名・歌詞・楽譜、さらに「歌詞の説明」を添えて文部省へ申請する必要がありました。認可を受けて、はじめて正式な校歌として認められたとされ...
文化と価値観の話

卒業式の袴は、もともと毎日の通学着だった——晴れ着になったのは日常から消えたあと

卒業式で見かける袴は、もともと式のための晴れ着ではありませんでした。明治の女学生が毎日はいて学校に通っていた、ふだんの通学着です。では、なぜ日常の服が年に一度の装いになったのでしょうか。そこには百三十年ほどのあいだに起きた三つの入れ替わりが...
歴史と変遷の話

運動会はなぜ日本独特の行事になったのか——海軍の「競闘遊戯会」と村の祭りが合流した一日

全校の児童が同じプログラムに沿って一日を過ごし、入場行進と団体演技があり、校庭の外周には保護者が場所を取る。日本で運動会と呼ばれている行事のこの形は、海外の学校ではほとんど見かけません。百科事典でも「近代日本独特の体育的行事」と説明されてい...
歴史と変遷の話

「前へならえ」の腕は、前の人を見るためではなく測るために伸ばす——幕末に翻訳され、戦後に一度消えた号令

「前へならえ」で前に伸ばす腕は、前の人を指し示すためのものではありません。自分と前の人のあいだにどれだけの空きがあるかを測る、体ひとつでできるものさしです。そして、この号令の言い回しは日本で考え出されたものではないとされます。もとは幕末に外...