子どもが夢中になって絵を描いているところに「上手に描けたらおやつをあげる」と言ったとたん、筆が止まった——そんな場面を見たことはないでしょうか。
これは「アンダーマイニング効果(undermining effect)」と呼ばれる現象です。もともと自発的に動いていた行動に外部から報酬を与えると、報酬がなくなったとき以前より意欲が下がってしまう、という逆説的な心理効果です。1970年代の実験で繰り返し確認され、教育・育児・職場設計の考え方を大きく変えました。
アンダーマイニング効果・早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現象名 | アンダーマイニング効果(undermining effect) |
| 代表的実験 | エドワード・デシのソマキューブ実験(1971年) |
| 定義 | 自発的な行動に外部報酬を与えると、報酬消失後に意欲が低下する |
| 反対の効果 | エンハンシング効果——情報的フィードバックは内発的動機を高める |
| 対策の鍵 | 自律性・有能感・関係性の3要素を満たす環境づくり(自己決定理論) |
1971年の実験——報酬がパズルへの興味を下げた
デシのソマキューブ実験
1971年、心理学者エドワード・デシ(Edward Deci)は大学生を2グループに分けてパズル(ソマキューブ)に取り組ませました。実験グループには課題を1問解くたびに1ドルを支払い、統制グループは無報酬です。数セッション後に報酬を廃止し、自由時間にどれだけパズルに向かうかを観察しました。
結果、報酬があったグループは自由時間のパズルへの関与が大きく減少しました。統制グループは変わらず、パズルを楽しみ続けていたのです。金銭報酬が「やりたいからやる」という感覚を「もらうからやる」に置き換えてしまったのです。
1973年にはレッパー・グリーン・ニスベット(Lepper, Greene & Nisbett)が就学前の子どもを対象に行った「期待される報酬」実験でも同様の結果が確認されています。あらかじめ「賞状をあげる」と約束して絵を描かせると、後日は無報酬の子どもより描く時間が短くなりました。「期待していなかった報酬(サプライズ)」を後から渡した場合は内発的動機を損なわなかったのも重要な知見です。
内発的動機と外発的動機——2種類のやる気
| 種類 | 動く理由 | 例 |
|---|---|---|
| 内発的動機づけ | 楽しい・知りたい・やりたい | 趣味の読書、自主練習、好きな研究 |
| 外発的動機づけ | 報酬がある・評価される・怒られたくない | 給料のための仕事、テストのための暗記 |
アンダーマイニング効果は、内発的動機が強い状態に外発的動機が割り込むことで起きます。「自分でやっている」という感覚が「やらされている」に変わると、報酬がない局面での意欲が失われやすくなるのです。
教育・子育て・職場への影響
褒め言葉でも起きるアンダーマイニング
この効果は金銭報酬だけに限りません。「100点だったね、すごい」のような結果への評価的な褒め言葉も、子どもに「点数を取るためにやる」という外発的な枠組みを与えやすいとされています。
内発的動機を守る3つの要素
デシとライアンが提唱した「自己決定理論(self-determination theory)」では、内発的動機を維持するには3つの心理的欲求が満たされることが重要とされているのです。
| 要素 | 内容 | 実践例 |
|---|---|---|
| 自律性 | 自分で選んでいる感覚 | 「どのやり方でやってみたい?」と選択肢を与える |
| 有能感 | できるという感覚 | 「よく工夫したね」とプロセスを認める |
| 関係性 | つながりの感覚 | 「一緒にやろう」と協力して取り組む |
3つが揃う環境では、報酬があっても内発的動機が保たれやすくなります。逆に「やり方を細かく指定する」「他者との比較で順位をつける」といった管理的な関わり方は、3要素を損ない、アンダーマイニング効果が強まることが研究で示されました。
豆知識——「エンハンシング効果」との対比
アンダーマイニング効果の反対に位置するのが「エンハンシング効果(enhancing effect)」です。報酬の中でも「あなたはうまくできた」という情報的な意味を持つフィードバックは、内発的動機をむしろ高める場合があります。
デシとライアンは「認知的評価理論(cognitive evaluation theory)」でこの違いを整理しました。報酬が「コントロール(行動を制御するもの)」として受け取られるか「情報(有能さを示すもの)」として受け取られるかによって、内発的動機への影響が正反対になるというものです。同じ「すごい」という言葉でも、「100点を取ったからすごい(結果の評価)」より「最後まで諦めなかったのがすごい(プロセスの情報)」のほうが有能感につながりやすいとされています。
「ごほうびをあげたのにやる気が消えた」と感じたとき、それは報酬の有無ではなく、伝え方の問題かもしれません。何を基準にしてその報酬が渡されるのかを意識するだけで、意欲への影響はかなり変わってくるのです。


