ラジオ体操はいつから?1928年の誕生からGHQ停止・復活まで

雑学・教養
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夏休みの朝に公園でスタンプカードをもらいながら参加した記憶がある人は多いでしょう。ラジオ体操は1928年(昭和3年)に始まり、戦時中の変質・GHQによる停止・戦後の復活を経て、今日も続いている国民的な体操です。

ラジオ体操の歴史・早見表

時期できごと
1928年(昭和3年)逓信省が設計し、NHKラジオで放送開始。アメリカの体操を参考に日本独自化
1930年代軍国主義の文脈に組み込まれ、職場・工場での実施が推進される
1945年(終戦後)GHQが「軍国主義的」として放送停止を命令(約5年間中断)
1951〜1952年第1・第2が新たに制定され戦後版として復活。現在の形が確立
現在NHKで平日毎朝放送継続。最長寿番組のひとつ

1928年の誕生——逓信省が生んだ「国民健康体操」

かんぽ生命の前身が開発した健康政策

ラジオ体操の原型を作ったのは逓信省(現在のかんぽ生命・日本郵政の前身)です。当時、日本の簡易保険加入者の健康増進と死亡率低下を目的に、国民全体が参加できる体操を設計しました。1928年11月1日にNHKのラジオ放送でスタートし、「ラジオ体操の日」として今も記念されています。

モデルとなったのはアメリカのメトロポリタン生命保険が普及させていた体操です。日本の担当者がアメリカを視察し、その仕組みを参考にしながら日本独自の体操として組み立てました。最初に作られたのは現在の「ラジオ体操第1」の前身にあたる体操で、全国の学校・職場・地域単位での参加が呼びかけられました。

戦時中の変質——「国民皆体操」へ

1930年代に入ると、ラジオ体操は軍国主義の文脈に組み込まれていきます。「体力向上」「銃後の国民として体を鍛える」という戦時の論理が加わり、1942年には「国民体操」という新バージョンが制定され、職場・工場での実施が義務化に近い形で推進されました。

同時期に「ラジオ体操第1・第2」という現在の枠組みに近い形が整理されます。ただし戦時中の国民体操は、戦後に使われなくなります。現在のラジオ体操第1は1951年、第2は1952年に新たに制定されたものです。

GHQによる停止と、戦後の復活

1945年——GHQが「軍国主義的」と判断して停止

終戦後の1945年、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)はラジオ体操を「軍国主義的な集団行動の象徴」として放送停止を命じました。約5年間、ラジオ体操はNHKから姿を消します。

1951年——新しいラジオ体操として復活

1951年、軍国主義的なイメージを払拭した新バージョン「ラジオ体操第1」がNHKラジオで再開されました。翌年には「第2」も登場し、現在まで続く2本立ての構成が確立されます。この新バージョンは厚生省(現・厚生労働省)と文部省(現・文部科学省)が協力して設計し、健康増進を主目的とした体操として位置づけ直されました。

「夏休みのラジオ体操」として子どもたちが毎朝参加するスタイルが全国に広まったのも、1950年代以降のことです。かんぽ生命の前身が出席カード(スタンプカード)の配布を後援し、全国の地域行事として根づきました。

豆知識——ラジオ体操第1と第2の違い

ラジオ体操には第1と第2があり、それぞれ目的が異なります。

種類対象特徴
第1子ども〜高齢者まで全年齢柔軟性・バランス重視。全13種目
第2主に成人・勤労者筋力・持久力を重視。より動きが大きい全13種目

NHKのラジオ・テレビ放送は現在も平日毎朝続いており、ラジオ体操はNHKの最長寿番組のひとつです。始まりから100年近く経った今も、公園・学校・工場・高齢者施設など各所で実施されているのは、「誰でも場所を選ばずできる」というシンプルな設計あってのことでしょう。