制度・インフラの歴史

歴史と変遷の話

端午の節句の主役は菖蒲だった、なぜ五月五日に決まったのか

端午の節句は、もともと菖蒲(しょうぶ)で厄を払う日でした。兜も武者人形も空を泳ぐ鯉も、ずっとあとから加わった飾りです。主役は軒に挿す一束の草で、香りの強さこそが行事の中心にありました。では、なぜ五月五日なのでしょうか。「端」は「はじめ」、「...
歴史と変遷の話

還暦はなぜ60歳なのか、赤いちゃんちゃんこは子どもの防寒着

還暦は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた六十通りの暦がひと回りして、生まれた年と同じ干支(えと)に戻る節目です。辞典はこれを数え年六十一歳の異称として載せています。いま祝われているのは、たいてい満六十歳のほうです。赤いち...
歴史と変遷の話

暖簾分けの暖簾はもともと何のための布だったのか

暖簾(のれん)は、もともと店の看板ではありませんでした。禅寺で冬の寒さをしのぐために、簾(すだれ)のすきまをふさいで掛けた布。それが「暖簾」という言葉のはじまりです。屋号を染め抜いて店先に掛けるのは、布としての歴史からすればずっと新しい使い...
歴史と変遷の話

けん玉はどこで生まれたのか、皿が三つあるのは日本だけ?

けん玉の発祥地は、一か所には決まっていません。玉を糸でつないで受け止める遊びは世界のあちこちにあり、はっきり残っている最も古い記録は16世紀フランスの「ビルボケ」です。ただし、いま私たちが手に取るあの形——先のとがったけん先と、大中小の三つ...
歴史と変遷の話

昔のすごろくはバックギャモン、絵双六は江戸で生まれた

すごろくと呼ばれてきた遊びは、ひとつではありません。奈良時代の貴族が熱中した「盤双六(ばんすごろく)」は、二個のさいころを振って十五個の駒を相手の陣地へ送り込む対戦ゲームで、いま世界で遊ばれているバックギャモンとほぼ同じ形をしています。紙に...
言葉と論理の話

「いの一番」の「い」はいろは歌か、家の柱か

「いの一番」の「い」は、いろは歌のいちばん最初の一字です。手もとの辞書を引くと、どれも同じようにそう書いてあります。ところが世の中では、大工が家を建てるときに使う記号から生まれた言葉だ、という説明のほうがよく語られています。二つの説は対立し...
言葉と論理の話

「うだつが上がらない」のうだつは、家のどこにあるのか

うだつは、町家(まちや)の屋根の両端で一段高くなっている小さな壁のことです。隣の家との境目に立ち、上には小さな屋根と瓦が載っています。もとは、隣から燃え移る火を止めるための壁でした。ただし土を塗り重ねて漆喰(しっくい)で仕上げ、瓦まで葺くと...
モノと道具の話

背広の語源はどこにあるのか、法令には今も「背広型」とある

「背広」という言葉がどこから来たのかは、いまも決まっていません。国語辞典を開くと語源の欄に説がいくつも並んでいて、辞典のほうがどれか一つに決めていないのです。ロンドンの洋服屋街サヴィル・ロウ・市民服を意味する英語・羊毛の産地・ずんどうの上着...
社会と仕組みの話

名札はなぜ右胸につけるのか、左胸の人は何が違う?

名札を右胸につけるか左胸につけるかを決めているのは、体の左右ではありません。基準になっているのは、その日着ている服の胸ポケットです。陸上自衛隊の通達は、名札の位置を「右胸ポケットの中央上端部から5ミリメートル」と書いています。学校が配る名札...