カーボンニュートラルとは、温室効果ガスの排出量から吸収量を差し引いた合計をゼロにすることです。排出そのものをなくす話ではありません。出した分を吸収と除去で埋め合わせ、差し引きをゼロにするという引き算の考え方を指します。
日本がその期限を2050年に定めたのは2020年10月でした。遠い先の約束に見えますが、途中の目標はすでに動き出しています。2023年度の排出・吸収量は統計開始以来の最低値を記録し、2026年度からは大口の排出企業に排出量取引への参加が法律で義務づけられました。
カーボンニュートラルは何をゼロにするのか

ゼロにするのは排出量ではなく引き算の答え
環境省の脱炭素ポータルは、カーボンニュートラルを「温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること」と説明しています。排出を全体としてゼロにするとは、排出量から植林や森林管理などによる吸収量を差し引き、合計を実質的にゼロにするという意味です。
排出量から吸収量を差し引く
1年に100を出し、森林が20を吸ったなら、差し引きは80になります。この80をゼロへ近づける道は二つしかありません。出す量そのものを減らすか、吸う量を増やすかです。実際の政策は、どちらも同時に進める形をとっています。
「ニュートラル」は中立という意味
カーボンは二酸化炭素に含まれる炭素を指し、ニュートラルは増えも減りもしない中立の状態を表します。プラスとマイナスがちょうど釣り合った状態を言い当てた言葉です。「実質ゼロ」「ネット・ゼロ」も、同じ内容を別の角度から呼んだものにあたります。
対象は二酸化炭素だけでなく7種類のガス
ゼロにする相手は二酸化炭素に限りません。日本が国連へ報告している温室効果ガスは、二酸化炭素・メタン・一酸化二窒素に代替フロン等4ガスを加えた7種類です。
※ 代替フロン等4ガスとは、ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)・パーフルオロカーボン類(PFCs)・六ふっ化硫黄(SF6)・三ふっ化窒素(NF3)の4種類のことで、エアコンの冷媒や半導体の製造工程などに使われています。
強さの違うガスをCO2換算でそろえる
ガスごとに温室効果の強さが違うため、二酸化炭素に換算した「CO2換算」という単位にそろえて数えます。2023年度のメタンは2,940万トン、代替フロン等4ガスは3,700万トンでした。量そのものは少なくても、効き目の大きいガスほど換算後の数字は膨らみます。
日本の排出の9割超は二酸化炭素
2023年度の総排出量10億7,100万トンのうち、二酸化炭素は9億8,900万トンで92.3%を占めました。そのうち9億2,200万トンは、燃料を燃やすことで出るエネルギー起源の二酸化炭素です。裏を返せば、エネルギーの使い方を変えない限り総量はほとんど動きません。
脱炭素・ネットゼロ・オフセットの使い分け
ニュースで並んで出てくる言葉は、指している範囲が少しずつ違います。混ざりやすいので、いちど並べておくと読み分けが楽になるはずです。
| 言葉 | 指している内容 |
|---|---|
| カーボンニュートラル | 温室効果ガスの排出量と吸収量を釣り合わせ、差し引きをゼロにすること |
| 脱炭素 | 炭素の排出そのものを減らし、なくしていこうとする方向性 |
| ネット・ゼロ | カーボンニュートラルとほぼ同義。正味(ネット)でゼロという言い方 |
| カーボンオフセット | 減らしきれない排出分を、別の場所での削減・吸収で埋め合わせること |
| カーボンクレジット | 削減量や吸収量を証書にして、売り買いできるようにしたもの |
なぜ期限が2050年に引かれたのか

大気中の二酸化炭素濃度は最高値を更新し続けている
期限が置かれた背景には、観測されている数字があります。世界気象機関(WMO)の温室効果ガス年報は、大気中の濃度が上がり続けていることを毎年報告してきました。歯止めがかかった年は、まだ一度もありません。
2024年の世界平均は423.9ppm
気象庁が公表したWMO温室効果ガス年報第21号によると、2024年の世界平均二酸化炭素濃度は423.9ppmでした。ppmは100万分の1を表す単位です。空気の分子100万個のうち424個ほどが二酸化炭素、という濃度にあたります。年報につけられた表題そのものが「2024年の二酸化炭素の年増加量は観測史上最大」です。濃度も増え方も記録を塗り替えた年だったことになります。
年増加量3.5ppmという伸び幅
2023年からの増加量は3.5ppmに達しました。1957年に近代的な観測が始まって以来、もっとも大きな伸び幅です。化石燃料からの排出が続いていることに加え、高温と乾燥で陸の生態系が炭素を吸う力を落としたことが重なったとされています。
パリ協定の1.5℃目標から逆算された年
2050年は、思いつきで置かれた区切りではありません。2015年に採択されたパリ協定は、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求すると定めました。世界のほぼすべての国が参加する枠組みです。この1.5℃から逆算した到達点が、世界全体での実質ゼロにあたります。
日本の2035年度・2040年度の目標についても、政府は国会で「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が示す1.5度目標と整合的な経路の削減率の幅に収まっている」と説明しました。期限も途中の数字も、この一本の線から引かれています。
日本が2050年を掲げたのは2020年10月
環境省の脱炭素ポータルは、2020年10月に政府が「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と宣言したと記しています。所信表明演説で示されたこの一言が、その後の計画と法律の土台になりました。
宣言を計画へ落とし込んだ2025年2月18日
宣言だけでは何も動きません。2025年2月18日、政府は地球温暖化対策計画・第7次エネルギー基本計画・GX2040ビジョンの3つを同じ日に閣議決定しました。削減目標と電源の絵姿、そして産業政策を一体で決め直した日にあたります。
目標年は国によってそろっていない
2050年は世界共通の期限ではありません。中国は2060年、インドは2070年を目標年に掲げています。2025年1月にはアメリカが大統領令でパリ協定からの離脱を表明しており、国際的な足並みは一枚岩とは言えなくなりました。
日本の排出量はどこまで減ったのか

2023年度は10億1,700万トンで過去最低
環境省と国立環境研究所が2025年4月25日に公表した確報値では、2023年度の温室効果ガス排出・吸収量は約10億1,700万トンでした。1990年度までさかのぼっても、これより低い年はありません。
排出10億7,100万トンから吸収5,370万トンを引いた値
内訳は、排出量が約10億7,100万トン、森林やブルーカーボンなどによる吸収量が約5,370万トンです。この引き算の答えが10億1,700万トンにあたります。吸収が占める割合は全体の5%ほどで、削減の主役はあくまで排出側にあると分かります。
前年度から4.2%、2013年度から27.1%の減少
2022年度からは約4,490万トン減って4.2%の減少、2013年度からは約3億7,810万トン減って27.1%の減少でした。環境省は主な要因として、電源の脱炭素化が進んだことと、製造業の国内生産活動が減ったことを挙げています。
2035年度60%・2040年度73%という新しい目標
2025年2月18日、日本は新しい国別の削減目標を国連気候変動枠組条約事務局へ提出しました。2013年度を基準に、2035年度で60%、2040年度で73%の削減を目指すという内容です。環境省はこれを、2050年のネット・ゼロへ向かう直線的な経路の上にある目標と位置づけています。
| 年度 | 2013年度比 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 2023年度 | ▲27.1% | 実績。過去最低を記録 |
| 2030年度 | ▲46% | 従来からの目標 |
| 2035年度 | ▲60% | 2025年2月に決定 |
| 2040年度 | ▲73% | 2025年2月に決定 |
| 2050年 | 排出・吸収量ゼロ | カーボンニュートラル |
経済が伸びながら排出が減った11年
削減は景気の落ち込みの裏返しではないか。そう疑う見方は根強くありますが、統計はそうなっていません。
実質GDPは4.5%増、排出量は23.3%減
2013年度と2023年度を比べると、実質GDPは4.5%増えています。同じ10年で温室効果ガスの排出量は23.3%減りました。実質GDP1単位あたりの排出量は2013年度以降11年連続で下がり、過去最小を更新しています。
部門別では家庭部門の減り方が最も大きい
2022年度からの変化を部門別に見ると、家庭部門が6.8%減でもっとも大きく下がりました。次いで業務その他部門が6.2%減、産業部門が4.0%減、運輸部門が0.7%減と続きます。エネルギー起源の二酸化炭素は、すべての部門で前年度から減りました。
電気の脱炭素はどこまで進んだのか

2023年度の再生可能エネルギー比率は22.9%
排出の大半がエネルギー起源である以上、電気をどう作るかが削減の中心に来ます。2023年度の電源構成に占める再生可能エネルギーの割合は22.9%で、前年度から1.0ポイント上がりました。
10年で10.9%から2倍以上に
2013年度の再エネ比率は10.9%でした。10年で2倍以上になった計算で、伸びの大半は太陽光が担っています。ただし発電電力量そのものが10,845億kWhから9,877億kWhへ減っており、分母が縮んだことも比率の上昇に効いています。
原子力は8.5%まで戻った
原子力の割合は2023年度で8.5%、前年度から2.9ポイントの上昇です。2014年度には0.0%まで落ちていたので、そこからの戻りということになります。火力はバイオマスを除いて68.6%を占めており、まだ全体の7割近くが化石燃料です。
2040年度に再エネ4〜5割という絵姿
2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画は、2040年度の電源構成の見通しを示しています。再生可能エネルギーが4〜5割程度、原子力が2割程度、火力が3〜4割程度という絵姿です。再エネを最大の電源に据える一方で、火力も3割以上は残る想定です。
火力を残したまま実質ゼロに届かせる難しさ
火力が3割残るなら、燃やしても温室効果ガスを出さない形に作り替えるか、出た二酸化炭素を回収して閉じ込めるしかありません。どちらの道も、まだ研究開発の途上にあります。
水素とアンモニアの混焼
燃やしても二酸化炭素を出さない燃料として、水素とアンモニアを既存の燃料に混ぜて燃やす実証が進んでいます。発電所の設備をある程度そのまま活かせる点が利点とされてきました。一方で、燃料そのものを海外から安く運んでくる道筋は立っていません。
回収して地中に貯めるCCS
もう一方の道が、出た二酸化炭素を回収して地中へ戻す方法です。煙突の出口で捕まえるCCSのほか、大気そのものから直接回収するDAC(直接空気回収)の研究も進んでいます。ただ日本は貯留に適した地層が限られ、輸送と貯留の費用も高いままだと指摘されています。2050年の目標達成に欠かせない技術と位置づけられてはいますが、実用規模での運用はこれからです。
※ CCS(Carbon dioxide Capture and Storage=二酸化炭素回収・貯留)とは、工場や発電所から出る二酸化炭素を回収し、地中深くの安定した地層に閉じ込めて大気へ出さないようにする技術のことです。
2026年度から企業に何が義務づけられるのか

排出量取引が任意参加から法的義務に変わる
2026年度は、日本の気候政策にとって区切りの年になります。改正されたGX推進法が2026年4月1日に施行され、大口の排出企業には排出量取引制度への参加が義務づけられました。2023年度から続いてきた自主参加の試行が、法的な義務へ切り替わる形です。
※ GX(グリーントランスフォーメーション)とは、産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換していく取り組みのことです。
対象は直接排出10万トン以上の300〜400社
参議院の調査資料によれば、義務の対象は二酸化炭素の直接排出量が政令で定める規模以上の事業者で、その水準は年10万トン以上が想定されています。対象は300社から400社程度、カバー率は日本の温室効果ガス排出量の60%近くに達する見込みです。数は少なくても、排出量で見れば過半を押さえた設計になっています。
会社を分けても義務からは外れない
排出量を10万トン未満に分割すれば逃げられるのではないか、という論点は国会でも取り上げられました。政府の答弁では、会社分割によって10万トン未満になった場合でも、分割後に残る事業と引き継がれた事業の双方に実績相当の排出枠を翌年度に償却させるとされています。制度逃れの穴は、あらかじめふさがれているわけです。
排出枠は無償で配られ、足りなければ買う
排出量取引と聞くと、まず枠を買うところから始まる印象を受けます。実際の順番は逆です。制度の骨格は、先に枠を配って後から実績と突き合わせる形です。経済産業大臣が業種の特性を考慮した指針に基づいて排出枠を無償で割り当て、企業は翌年度に実績量を報告します。割当ての手法には、業種ごとの標準値を使うベンチマーク方式と、過去実績を使うグランドファザリング方式の二つが想定されています。
超過分は1月末までに調達する
実際の排出が枠を超えた企業は、償却が行われる1月末までに不足分を調達しなければなりません。逆に削減が進んで枠が余った企業は、売却も翌年度への繰り越しも自由です。実績量の算定にJ-クレジットや、途上国との協力で生まれたJCMクレジットを充てることもできます。
※ J-クレジットとは、省エネ設備の導入や再エネの利用による排出削減量、適切な森林管理による吸収量を国がクレジットとして認証する制度です。2013年度から経済産業省・環境省・農林水産省が運営しています。
償却しなければ1.1倍の負担金
枠を償却しなかった企業は、未償却相当負担金を納めることになります。額は未償却分に参考上限取引価格を掛け、さらに1.1倍した金額です。払って済ませるほうが得にならないよう、あえて上乗せが設けられています。
炭素への値付けは段階的に重くなる
カーボンプライシングは排出量取引だけで終わりません。2028年度からは、化石燃料の輸入事業者などから化石燃料賦課金(かせきねんりょうふかきん)が徴収されます。2033年度からは、発電事業者への排出枠の一部が有償オークションに切り替わります。最初から重くはせず、時間をかけて厚くしていく設計です。
暮らしの側では何が変わるのか

家庭の二酸化炭素は1世帯あたり年2.47トン
環境省の家庭部門のCO2排出実態統計調査によると、2023年度の1世帯あたりの年間排出量は全国平均で2.47トンでした。何から出ているかを並べると、手を打つ先が絞れます。
| 用途 | 構成比 |
|---|---|
| 照明・家電製品等 | 46.3% |
| 給湯 | 24.0% |
| 暖房 | 19.5% |
| 冷房 | 5.7% |
| 台所用コンロ | 4.5% |
エネルギー種別で見ると電気が67.6%を占めます。次いで都市ガス14.6%、灯油12.1%、LPガス5.7%と続きました。家庭の排出の3分の2は、電気をどう作るかという先ほどの話につながっているわけです。
2025年4月から新築住宅に省エネ基準が義務づけられた
暮らしの側でいちばん大きく動いたのは住宅です。2025年4月1日以降に着工する建築物は、原則としてすべて省エネ基準への適合が義務になりました。それまで努力義務にとどまっていた断熱性能が、最低ラインとして求められるようになっています。
対象は原則すべての新築へ広がった
従来の義務化は、延べ面積2,000平方メートル以上の大規模な建築物に限られていました。改正後は小規模な住宅も非住宅も含め、原則すべての新築が対象になります。求められる水準は断熱等級4です。
断熱だけでは家庭の排出は落ちきらない
住宅の性能が上がれば排出は減りますが、届く範囲には限りがあります。家庭の排出で暖房が占めるのは19.5%、冷房は5.7%にとどまり、照明・家電と給湯で7割を超えるからです。建物を良くしたうえで、電気そのものを脱炭素にしないと数字は動きません。
世帯あたりの排出量は地域で2.5倍の開き
同じ日本でも、世帯あたりの排出量には大きな地域差が出ます。もっとも多い北海道は4.14トン、もっとも少ない九州は1.65トンで、2.5倍の開きがありました。暖房に必要な量と、その地域の電気がどう作られているかの両方が効いています。
豆知識:コンクリートと海藻も吸収量に数え始めた

CO2吸収型コンクリートの吸収量は121トン
吸収量と聞いて浮かぶのは森林でしょうが、国連へ報告されているのは森だけではありません。2023年度のインベントリには、CO2吸収型コンクリートによる吸収量として合計約121トンが計上されました。前年度は約27トンでしたから、1年で4倍以上に増えた計算です。
とはいえ日本全体の吸収量は約5,370万トンあります。121トンはその数十万分の一で、桁としてはまだ実験室に近い規模です。それでも国の公式な報告に載っている、という点が面白いところだと思います。
藻場やマングローブは約34万トン
海の側の吸収は、ブルーカーボンと呼ばれます。藻場(もば)やマングローブ林による吸収量として、2023年度は約34万トンが算定・報告されました。IPCCのガイドラインにはマングローブ・潮汐湿地・海草藻場の算定方法しか示されておらず、海藻藻場については日本が独自のモデルを検討して2024年提出分から報告を始めています。
※ ブルーカーボンとは、海草や海藻、マングローブなどの海の生態系に取り込まれて貯留される炭素のことです。
クレジットの値段は生まれ方でまるで違う
削減量や吸収量を証書にしたJ-クレジットは、東京証券取引所で売買されています。市場開設から2025年8月29日までの取引平均価格を見ると、省エネ由来は2,552円でした。再生可能エネルギー(電力)由来が4,547円、森林由来は5,623円でした。同じ1トンでも、どう生み出されたかで倍以上の差がつくのです。
カーボンニュートラルは技術の話として語られがちです。ただ、2026年度に始まる排出量取引の中身を読むと、配分の取り決めがずらりと並んでいます。誰にどれだけ枠を無償で配るか。超えた分をいくらで買わせるか。ゼロという一語の内側にあるのは、負担をどう分け合うかという、きわめて人間くさい交渉なのでした。
参考
- 環境省「2023年度の我が国の温室効果ガス排出量及び吸収量について」(2025年4月25日)
- 環境省「家庭部門のCO2排出実態統計調査」
- 参議院事務局企画調整室『立法と調査』第478号「GX推進法改正案をめぐる国会論議 ― 排出量取引制度の本格稼働 ―」
- 気象庁「2024年の二酸化炭素の年増加量は観測史上最大」(WMO温室効果ガス年報第21号)
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