富士・鷹・茄子がこの三つになった理由は一つに決まっておらず、いちばん有力なのは駿河国(するがのくに、いまの静岡県中部)の名物や「高いもの」を並べたという説です。江戸時代の随筆には「富士山・愛鷹山(あしたかやま)・初茄子の値段」という高さの順が伝わります。四番目以降もあり、江戸の辞書には「四扇・五煙草・六座頭」と続きが載っています。
一富士二鷹三茄子は何の順番?

夢に見ると縁起がいいものの順位
一富士二鷹三茄子は、夢に見ると縁起がよいとされるものを、よい順に三つ並べた言い回しです。辞典ではとくに初夢についていうと説明されます。一番が富士山、二番が鷹、三番が茄子。新しい年の運だめしのように、いまも正月になると話題にのぼります。
1784年の狂歌にはもう登場
『日本国語大辞典』は用例として、1784年(天明4年)の狂歌集『巴人集(はじんしゅう)』の一首を挙げています。初夢でまさに一富士二鷹三茄子を見たのだから、夢を食べる獏(ばく)には食わせるな、という内容です。江戸の中ごろには、すでに誰もが知る決まり文句だったのでしょう。
最初から三つそろっていたわけではない
『ことわざを知る辞典』によると、江戸前期の用例には三つがそろっていないものもあります。山や鳥と並べるには意外な「三茄子」が加わって、いまの形に固まったのではないか、という推測です。並びの妙が、覚えやすさにつながったのかもしれません。
初夢はいつ見る夢?

いまは元日か2日の夜
『デジタル大辞泉』は初夢を、新年に最初に見る夢で、ふつう元日または2日の夜に見る夢と説明しています。『日本大百科全書』は正月2日の夜の夢としています。どちらの夜を初夢とするかは、家や地域によって受け止め方が分かれるところです。
昔は節分の夜の夢だった
古くは、節分の夜から立春の朝にかけて見る夢が初夢でした。『ブリタニカ国際大百科事典』は、旧暦では立春の前後に元日が来るよう暦を組んでいたため、節分の夜が年の変わり目だったと説明しています。その後、暦の制度の関係で、大みそかの夜や元日の夜へと移っていきました。
2日の夜に落ち着いたのは「事始め」から
『百科事典マイペディア』によれば、大みそかの夜は寝ないで年を越す習わしがあったため、江戸中期に元日の夜へ移りました。さらに正月2日は書き初めや仕事始めをする「事始め」の日で、その夜の夢が初夢として定着したという流れです。上方には古い習慣が長く残った、と『世界大百科事典』は記しています。
二の鷹は山のことだった?

富士山・愛鷹山・初茄子の値段
平戸藩主だった松浦静山(まつらせいざん)の随筆『甲子夜話(かっしやわ)』には、松平定信から聞いた話として一つの説が残っています。駿河で高いものを順に挙げると、一に富士山・二に足高山(あしたかやま)・三に初茄子の値段になるというのです。足高山とは、富士山の南東にそびえる愛鷹山のこと。
「あしたか」が「鷹」に転じた
この説では、足高山の「たか」だけが残り、やがて鳥の「鷹」の字があてられたと考えます。高さで並べた二つの山と、値段の高い野菜。三つとも「高い」でそろうことになり、語呂の筋はよく通っています。『デジタル大辞泉』や『日本大百科全書』も、この説を由来の一つとして載せています。
初物の茄子は驚くほど高かった
茄子はふつう夏の野菜です。季節に先がけて出た初茄子は珍しく、『甲子夜話』には駿府の初茄子の値がとても高かったことが書かれています。山の高さと同じ列に野菜の値段を入れてしまうところに、江戸の人らしい軽口の味があります。
駿河の名物を並べたという説

辞典がいちばん有力とする説
『日本大百科全書』が最有力として挙げるのは、駿河国のことわざで、駿河の名物を順に並べたという説です。江戸時代の随筆『笈埃随筆(きゅうあいずいひつ)』も、三つは夢の吉凶ではなく駿河の名産だと書いています。こちらの鷹は山ではなく鳥で、富士山のふもとでとれたとされています。
家康の好物という言い伝え
徳川家康は晩年を駿府(すんぷ、いまの静岡市)で過ごしました。地元には、富士山の眺め・鷹狩り・茄子という家康の好きなものを並べたという話が伝わります。静岡市の「鷹匠」という地名は家康に仕えた鷹匠が住んだことに由来し、茄子は三保・折戸地区の「折戸なす」だという話です。
山の鷹か、鳥の鷹か
同じ駿河説でも、二の鷹を愛鷹山と読むか、鳥と読むかで中身が変わります。『日本大百科全書』は名物説と「家康が挙げた高いものの順」説を別々に紹介しており、どちらかに決めてはいません。どの説も駿河と家康の周辺に行き着く点だけは、出典を見比べても変わりません。
縁起の語呂合わせという見方

富士は高く大きく「無事」にも通じる
由来とは別に、三つの言葉そのものがめでたいという見方もあります。『ことわざを知る辞典』が挙げるのは、富士は高く大きいから縁起がよいという説。さらに後世の解説では、「ふじ」の音を「無事」や「不死」に重ねて、一年の安泰を願う意味が語られるようになりました。
鷹は運をつかみ取る鳥
鷹は鋭い爪で獲物をつかみ取る鳥です。辞典はこの姿を、運や幸せをつかみ取る縁起として説明します。名前の音が「高い」に通じる、という解説もよく見かけるものです。駿河説で二の鷹が足高山の「たか」だったとすれば、この語呂は由来と同じところへ戻ってくることになります。
茄子は事を「成す」
茄子は「成す」に通じ、物事を成しとげる縁起になるとされます。辞典が語呂の説として挙げるのは、三つの中でこの「成す」だけです。富士の「無事」や鷹の「高い」は後から重ねられた解釈も多く、由来の説と語呂の説は分けて読むと混乱しません。
四番目以降は四扇・五煙草・六座頭

江戸の辞書『俚言集覧』にある続き
続きを載せているのは、江戸後期に村田了阿(むらたりょうあ)がまとめた国語辞書『俚言集覧(りげんしゅうらん)』です。そこには「一富士二鷹三茄子四扇五多波姑六座頭」とあります。多波姑(たばこ)は煙草のことで、のちの本では「五煙草」と書かれるようになりました。
扇・煙草・座頭の意味は?
扇は末広がり、煙草は煙が上へ昇る、座頭は髪をそった頭から「毛がない=けがない」。一般向けの解説では、こんな縁起の読み方がよく紹介されます。ただし辞典や図書館のレファレンス記録には、三つの意味までは書かれていません。俚言集覧自体は、これを吉夢の順とする説と駿河の名物とする説の両方を載せるだけです。
「四葬式」という縁起の悪い続きも
山梨県立図書館の調べでは、本によって続きはまるでばらばらです。「四葬礼五雪隠(せっちん)」「四に葬式、五に火事」など、縁起が悪そうなものまで出てきます。悪い夢はかえって吉と読む「逆夢(さかゆめ)」の考え方から来たのかもしれない、という見方もあるようです。
宝船を枕の下に敷くおまじない

室町時代にはもう始まっていた
よい初夢を見るための習わしが、宝船の絵を枕の下に敷いて眠ること。『日本大百科全書』によれば、室町時代にはすでに正月2日の夜に行われていました。もとは悪夢を食べる獏を描いた紙を敷く宮中の習俗で、元禄のころから庶民に広まり、七福神の図も加わったとされます。
上から読んでも下から読んでも同じ歌
宝船の絵には、回文の歌が添えられました。「ながきよのとおのねぶりのみなめざめ なみのりふねのおとのよきかな」。長い夜の眠りから皆が目覚める波の上の船の音の心地よさ、を詠んだ歌とされ、逆から読んでも同じ音です。江戸では元日に「宝船売り」が町を歩き、正月の風物詩になっていました。
悪い夢を見たら川へ流す
それでも悪い夢を見てしまったら、翌朝その絵を川へ流しました。『世界大百科事典』は、前の年の厄も一緒に流し去る意味があったと説明しています。冒頭の狂歌で「獏に食わせるな」とわざわざ言うのも、悪い夢は獏に食べさせて消すものだったからです。
山の高さと初物の値段を比べた駿河の軽口が、いつのまにか日本じゅうの初夢の物差しになりました。富士も鷹も茄子も見られなかった年は、続きの扇や煙草が出てこなかったか、思い返す楽しみが残っています。
参考
- コトバンク「一富士二鷹三茄子」(日本大百科全書・デジタル大辞泉・ことわざを知る辞典ほか)
- コトバンク「初夢」(日本大百科全書・世界大百科事典・百科事典マイペディアほか)
- レファレンス協同データベース「「一富士二鷹三茄子」の続きを知りたい。」(山梨県立図書館)
- ニッポン旅マガジン「一富士 二鷹 三茄子は家康ゆかりの駿河の名産!」
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