ファスナーはなぜ引っ張っても外れないのか、歯に隠れた仕掛け

ファスナーのイラストと『ファスナー』の文字が入ったカード モノと道具の話
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閉じたファスナーの歯は、一つひとつが隣の歯のくぼみに頭を差し込んだ形で並んでいます。布を左右に引っぱっても、その力は頭をくぼみへ押しつけるだけで、抜く向きには働きません。歯が外れるのは、スライダーの中で列が曲げられ、歯のすき間が開いたときだけ。この「曲げないと外れない」形こそが、歯に隠れた仕掛けです。

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閉じた歯は「頭とくぼみ」で組み合う

かみ合う歯車のイラスト

ファスナーの強さは、ずらりと並んだ小さな歯の形で決まります。まずは歯そのものを、少し拡大して見てみましょう。

1本の歯に頭とくぼみがある

ファスナーの歯は「務歯(むし)」、英語ではエレメントと呼ばれます。金属ファスナーの務歯は、表側がぽこっとふくらみ、裏側がへこんだ小さな部品です。1914年にこの形を特許に出したギデオン・サンドバックは、歯の外側の出っぱりが隣の歯のくぼみに入り込む、と説明しています。いわば一つの歯が、凸と凹の両方を持っているわけです。

※ 務歯(むし)とは、ファスナーの左右のテープにずらりと並んだ、かみ合う小さな歯のことです。素材は金属のほか、樹脂を巻いたコイルや、テープに直接成形した樹脂の歯もあります。

左右の歯が交互に入れ子になる

左の列と右の列では、歯の位置が半分ずつずれています。閉じると左の歯は右の歯2つのあいだへ、右の歯は左の歯2つのあいだへと交互に収まります。そして各歯の出っぱりが、すぐ隣の歯のくぼみにはまり込む。こうして左右の歯は、一本の長い鎖のように入れ子になります。

横に引いても頭が押しつけられるだけ

この入れ子をほどくには、出っぱりをくぼみから「持ち上げる」動きが要ります。ところが布を左右に引く力は、テープと同じ平面の上で働く力です。出っぱりはくぼみの壁に押しつけられるだけで、抜け出す方向には動けません。サンドバックの特許も、かみ合った状態では左右の列が「ほとんど離れる動きをしない」と書いています。

外せるのはスライダーの中だけ?

ファスナー付きのパーカーのイラスト

引っぱっても外れない歯が、スライダーを下げると簡単に分かれます。秘密はスライダーの中の通り道と、そこで歯の列が受ける「曲げ」です。

スライダーの中はY字の通り道

スライダーを裏から見ると、中はY字形のトンネルになっています。上の口が2つ、下の口が1つ。左右の歯の列はそれぞれ上の口から入り、Y字の合流点で寄せられて、下の口から1本になって出ていきます。閉めるときにスライダーを上げると、この合流点で歯が順番にかみ合っていく仕組みです。

列を曲げると歯のすき間が開く

YKKは、スライダーが務歯を湾曲させ、歯車の原理でかみ合わせると説明しています。まっすぐ並んだ歯どうしは詰まっていて、出っぱりが入る余地がありません。Y字の通り道で列がカーブすると、歯車の歯先が開くように歯と歯のすき間が広がります。その一瞬のすき間に相手の歯が入り、まっすぐに戻るとがっちり固定されるという流れです。

開けるときは仕切りが割り込む

Y字の分かれ目には、くさびのような仕切りが立っています。スライダーを下げると、1本になった歯の列はこの仕切りに当たって左右へ振り分けられる。カーブで開いたすき間から出っぱりが一つずつ抜け、列は2本に戻ります。閉じる役も開ける役も、同じ一つの金具がこなしているのです。

曲げても開かない細さに作ってある

ジーンズのイラスト

曲げると開くなら、服を着て体を曲げたときに外れそうです。そうならないのは、歯の大きさに工夫があるからでした。

薄い歯は少し曲がっても外れない

サンドバックの特許では、歯を薄く作り、ファスナーを横に曲げても隣の歯どうしがぶつからないようにしています。歯は相手の列に対して小さく揺れ動けるので、少しくらい曲がってもかみ合いは保たれます。1932年には権利の範囲をしぼる届けが出され、「鋭く曲げても自然に開かない薄さの歯」が要点として残されました。曲げに強いことは、それほど大事な性質だったわけです。

Y字ほどの急カーブは日常に無い

スライダーの中のカーブは、指先ほどの長さで列をぐっと折り曲げます。服やかばんを使うときの曲がり方は、それよりずっとゆるやかです。着ているあいだの曲げでは、歯のすき間が出っぱりを逃がすほどには開かないと考えられます。スライダーだけが、歯を外せるほどの急な曲げを作り出せる道具というわけです。

両端の止め金具が抜け落ちを防ぐ

歯の列の両端には、上止(うえどめ)・下止(したどめ)という小さな金具が付いています。サンドバックの特許では、この止め金具の高さを通り道の幅より大きくして、スライダーが列から抜けないようにしていました。スライダーが外れてしまえば、歯を正しく曲げる道具がなくなります。地味な部品ですが、仕組み全体の守り役です。

閉めても後ろから開くのはなぜ?

困った顔をする男性のイラスト

スライダーを上げたそばから、歯がまた開いてしまう。ファスナーのよくある故障も、仕組みが分かると原因が見えてきます。

多いのはスライダーのすり減りやゆがみ

閉まらなくなる原因でいちばん多いのは、すり減ったり曲がったりしたスライダーだとされます。Y字の通り道が広がると、歯を合流点へ押し込む力が足りません。出っぱりがくぼみの奥まで入らないまま列が出ていくので、少し引っぱっただけで後ろから開いてしまいます。歯の側が無事なら、スライダーを替えるだけで直ることもあるようです。

布を噛んだら少し戻す

裏地や生地のはしがスライダーに巻き込まれると、Y字の入り口がふさがれて歯が通れなくなります。ここで力任せに引くと、布はかえって奥へ食い込みます。スライダーを少しだけ戻し、布をつまんで逆向きに引き出すのが安全なやり方です。

さびや塩でも動きが重くなる

金属のスライダーは、表面のめっきが傷むと腐食して、できた塩のような粉が通り道をふさぐことがあります。海辺で使ったかばんのファスナーが重くなるのは、このためかもしれません。通り道がなめらかであることも、歯をきれいに曲げるための条件です。

実用化までに20年以上かかった

靴ひものイラスト

この「曲げて外す」仕組みは、最初からあったわけではありません。発明から今の形になるまでには、長い回り道がありました。

1891年、靴ひもの代わりから始まった

起源は1891年、アメリカのホイットコム・ジャドソンが、靴ひもを結ぶ手間をなくそうと考えた留め具だとされます。特許は1892年に出願され、翌1893年に認められました。発明協会の年表によれば、同じ1893年に後のタロン社となるユニバーサル・ファスナー社が作られています。ただしこの初期型は外れやすく、衣類には使われませんでした。

サンドバックが今の歯の形を作った

使える道具に仕上げたのは、スウェーデン出身の技術者ギデオン・サンドバックです。1913年に新しい型を売り出し、1914年8月に「分離できる留め具」として特許を出願しました。特許が認められたのは1917年3月。凸と凹を持つ薄い歯と、Y字のスライダーという今の基本は、このとき出そろっています。ジャドソンの発明から数えると、20年あまりの歳月でした。

呼び名が3つあるのはなぜ?

巾着袋のイラスト

ファスナー・ジッパー・チャックは、どれも同じ道具を指す言葉です。違うのは、名前が生まれた場所と事情です。

呼び名もとになったものおもに使われる場所
ファスナー英語 fasten(留める)日本の一般名
ジッパー閉めるときの擬音「Zip」英語圏
チャック巾着をもじった商品名日本(和製の言葉)

ジッパーはゴム長靴の名前から

YKKは、1921年にアメリカのメーカーが「シューッ」という閉める音の「Zip」から名づけた、と紹介しています。英語圏では、1923年にタイヤ会社のB.F.グッドリッチが、ファスナー付きのゴム長靴を「ジッパー・ブーツ」として売ったのが始まりとよく語られます。年は少しずれますが、音から生まれた名前という点は同じです。長靴の名前がいつのまにか、留め具そのものの呼び名になりました。

チャックは尾道生まれの和製語

いちばん外来語らしく聞こえる「チャック」は、実は日本生まれです。1927年、広島県の尾道(おのみち)で、口を締める「巾着(きんちゃく)」にちなんだ「チャック印」の製品が売り出されました。これが評判になり、商品名がそのまま呼び名として広まったとされます。英語らしい響きなのに、生まれは日本の巾着袋だったわけです。

日本には財布から入ってきた

財布を開く男性のイラスト

日本でのファスナーの歴史は、外国帰りの人が持ち帰った小さな財布から始まります。発明協会の年表を追うと、その後の広がりが見えてくるでしょう。

第一次大戦中に持ち帰られた財布

第一次世界大戦中の1917年ごろ、洋行帰りの紳士がファスナー付きの財布を日本へ持ち帰ったとされます。10年後の1927年に、広島で「チャック印」の財布が作られ、売り出されました。量産が始まるのは1932年ごろのこと。当初は手作業で、1日に作れるのは80〜100本ほどだったといいます。

従業員3人の商店からYKKへ

1934年、富山県魚津出身の吉田忠雄が、従業員3人でサンエス商会を立ち上げます。これがYKKの前身です。戦後の1945年に吉田工業を設立し、1952年には歯の列を機械で連続して作るチェーンマシンを入れて大量生産へ進みました。社名がYKKになったのは1994年。いまでは世界中の衣類やかばんで、YKKの刻印を見かけます。

ファスナーを1回上げ下げするたびに、何十もの歯がスライダーの中で曲げられます。すき間を開けてかみ合い、まっすぐ戻って固まる。その繰り返しです。引っぱって外れないのは力ずくの頑丈さではありません。外し方をスライダーにだけ教えてある、よく考えられた形のおかげです。

参考

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