切手のふちのギザギザは、飾りではなく「穴を開けた跡」です。切手は何十枚も並べて1枚の紙に刷られるため、1枚ずつちぎり取れるよう、あいだに小さな穴の列が開けてあります。この穴の列を目打(めうち)と呼びます。ちぎった穴の半分ずつがふちに残り、あの波のような形になるのです。
ギザギザの正体は「切り離すための穴」

穴の列を「目打」と呼ぶ
目打は、切手のほか収入印紙や収入証紙のまわりにも入っている連続した小穴のことです。紙に点線状の穴が並ぶと、そこだけ紙が弱くなります。指で折り曲げて引けば、穴と穴のあいだが裂けて、きれいに1枚が外れます。ちぎったあとの穴が半円になってふちに並ぶので、外れた切手のへりは波形に見えるわけです。
「目打入り」と「無目打」
切手を集める人のあいだでは、穴の開いた切手を「目打入り」、穴の無い切手を「無目打(むめうち)」と呼び分けます。無目打の切手は、はさみや刃物で切り離すしかありません。いまの切手はほとんどが目打入りか、それに似せた形をしています。ただし歴史をさかのぼると、無目打のほうが先でした。
最初の切手にギザギザは無かった

ペニー・ブラックは「のり付き・穴なし」
世界最初の郵便切手は、1840年5月1日にロンドンで売り出されたイギリスのペニー・ブラックです。使われ始めたのは5月6日からでした。郵政博物館の解説によると、この切手は裏のりが付いていた一方で、目打はありません。なめて貼る仕組みは最初から整っていたのに、切り離す仕組みだけが抜けていたことになります。
はさみで切り離した14年間
イギリスでは1854年まで、切手はシートからはさみやナイフで切り出すか、手で破り取って使っていました。窓口の係員は、客が求める枚数をそのつど切り分けなければなりません。まっすぐ切れなければ絵柄に食い込みますし、混み合う窓口では時間もかかります。切手が広まるほど、この手間は無視できなくなっていきました。
穴あけ機を考えたのは誰?

アイルランド人ヘンリー・アーチャー
この不便に目を付けたのが、アイルランド出身の実業家ヘンリー・アーチャーです。彼は1847年、紙に短い切り込みを入れる機械を試しましたが、うまくいきませんでした。そこで穴を打ち抜く方式に切り替え、1848年に特許を取っています。針を並べた型を上から押し下げ、一度に何列もの穴を開ける仕組みでした。
4,000ポンドで国が買い上げた
イギリス政府は試験を重ねたうえで、アーチャーの特許を4,000ポンドで買い取りました。買い取りの時期は1853年とする資料が多く、前年とする説もあります。その原理をもとに新しい機械が作られ、1853年10月にまず収入印紙で使われたとされています。郵便切手に穴が入ったのは1854年の初めで、赤いペニー・レッドが最初の目打入り切手になりました。
※ 収入印紙とは、税金や手数料を納めたしるしとして書類に貼る、国が発行する証票のことです。
日本の切手はいつギザギザになった?

竜文切手は穴なし・のりなし
日本最初の切手は、1871年(明治4)4月20日に発行された竜文切手(りゅうもんきって)です。額面は48文・100文・200文・500文の4種類で、名前のとおり竜が描かれています。薄い和紙に刷られたこの切手には、目打も裏のりもありませんでした。版も職人の手彫りで、使う側ははさみで切り、のりを付けて貼っていたことになります。
翌年の竜銭切手で穴が開いた
1872年(明治5)の2月、通貨の単位が文から銭に変わったのに合わせて竜銭切手(りゅうせんきって)が出ます。竜文切手の版をほぼそのまま使い、額面だけを書き換えたものです。この竜銭切手が、日本で最初に目打の入った切手とされています。郵便が始まってから、1年足らずのことでした。
桜切手で「今の切手の姿」に
同じ1872年には、四隅に桜を描いた桜切手が登場します。国立印刷局の解説では、この桜切手から目打と裏のりが必ず付けられるようになったと説明されています。大きさは縦24ミリ・横21ミリで、形も寸法もいまの普通切手とほぼ同じです。日本の切手は、発行からわずか1年あまりで現在の形にたどり着いたのです。
郵便まわりの決まりごとには、こうした明治生まれのものが少なくありません。記号のなりたちについては郵便番号7桁の意味と、〒マークの由来でも触れています。
ギザギザが消えた時期もある

震災切手と終戦前後の切手
目打は一度標準になったあとも、いつも入っていたわけではありません。1923年の関東大震災のあとに急いで作られた震災切手や、終戦前後に発行された切手には、目打の無いものがあります。印刷所や資材が足りないときには、穴を開ける工程が省かれたのです。利用者はまた、はさみで切り離して使うことになりました。
穴の有無は時代の手がかり
裏を返せば、目打の有無はその切手が作られた事情を語ります。ギザギザの無い日本の切手を見かけたら、明治のごく初期のものか、非常時に刷られたものかもしれません。ふちの形ひとつで、刷られた時代のおおよその見当がつくわけです。穴を開けるという地味な工程にも、それだけの手間と設備が要ったということでしょう。
穴の開け方は時代とともに変わった

上から打ち抜くか、ローラーで転がすか
アーチャーの機械は、針を植えた型を上から打ち下ろす方式でした。同じ1854年には、イギリスのベムローズ兄弟が針付きのローラーを転がして穴を開ける回転式の特許を取っています。こちらは最初は切り込み用に作られ、1856年にアメリカの印刷会社の技術者が穴あけ用に作り直しました。回転させながら次々に処理できるため、大量に刷る切手に向いた方式です。
穴ではない「ルレット」
紙を丸く抜かず、短い切り込みを点線状に入れて切り離しやすくする方法もあります。これをルレットと呼びます。紙くずが出ないのが違いで、ちぎったふちは丸い波ではなく細かい破線のような形です。フィンランドの初期の切手には、くねくねと蛇行する切り込みを入れたものがありました。
※ ルレットとは、洋裁や製図で使う歯車状の道具のことです。紙や布の上を転がして、切り込みや印を線状に入れます。
ルレットは厳密には「目打」ではない
見た目は似ていても、ルレットを目打と呼ぶのは正確ではないとされます。目打は、あくまで紙を抜いた穴を指す言葉だからです。切手を集める世界では、紙を抜いたのか切っただけなのかで、別のものとして区別されています。ふちのギザギザという同じ見た目の裏に、作り方の違いが隠れているわけです。
穴の数はどうやって数える?

基準は20ミリあたりの穴の数
目打の細かさは、20ミリの長さの中に穴がいくつあるかで表します。12個なら「目打12」です。横と縦で細かさが違う切手もあり、その場合は「13×13 1/2」のように横×縦の順で書き分けます。切手1辺の穴の総数ではなく、決まった長さあたりの密度で測るので、大きさの違う切手どうしでも比べられるのが利点です。
目打ゲージという専用の物差し
数えるときは目打ゲージという道具を使います。目打数ごとの点や線が印刷された板で、その上に切手を重ね、穴の並びとぴったり合う段を探すだけです。定規で穴を1つずつ数えるより速く、半目ほどの細かい差も見分けられます。いまの切手の多くは11〜14の範囲に収まるとされ、これより細かいものや粗いものは珍しい部類です。
穴の数が違えば「別の切手」
目打のおもしろいところは、ここからです。印刷に差が無く一見まったく同じ切手でも、目打の細かさが違えば別の種類として扱われることがあります。作られた時期や使った機械が違うことの証拠になるからです。同じ絵柄の2枚が並んでいて、片方だけ評価が違う。その理由が、目では気づかないほどの穴の間隔だった、ということも起こります。
※ 郵趣(ゆうしゅ)とは、切手や郵便物を集めたり研究したりする趣味のことです。印刷や目打の違いを調べて分類する、研究に近い楽しみ方もあります。
シール式切手のギザギザは何のため?

切る必要のない切手
台紙からはがして貼るシール式の切手は、1964年に西アフリカのシエラレオネで出たものが世界初とされています。シール式は台紙の上で1枚ずつ型抜きされているため、紙をちぎる必要がありません。日本でもグリーティング切手や記念切手でよく見かける形です。本来なら、ふちはまっすぐでもかまわないはずです。
波形はわざと型抜きしたもの
ところが多くのシール式切手は、ふちをわざわざ波形に型抜きしてあります。切り離すためではなく、目打があるように見せるための形です。本物の目打は、ちぎった歯の先に紙の繊維がけば立って残ります。型抜きの波形はなめらかなので、指先でなぞると違いが分かります。機能が要らなくなっても、ギザギザは「切手らしさ」の記号として残ったのです。
偽造よけの変わった穴も
近年の切手には、目打の一部だけを楕円形の穴にしたものもあります。普通の丸い穴の列の中に、形の違う穴をまぜておく工夫です。偽造を防ぐためとされ、市販の穴あけ機ではまねしにくくなります。切り離すための穴が、長い年月のうちに本物を見分ける目印の役目まで担うようになったわけです。
保存ボタンのアイコンが、もう誰も使わないフロッピーディスクの形をしているのと同じように、切手のギザギザも役目を終えたあとまで形だけが受け継がれています。はさみで切っていた14年間を思えば、あの小さな穴の列は、郵便を速く回すための大発明でした。ふちの波ひとつに、170年あまりの工夫が刻まれているのです。
参考
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