カクテルパーティー効果とは、多くの声が入り混じる場所でも、聞きたい一人の声だけを選んで聞き取れる脳の働きのことです。騒がしい店で自分の名前だけが耳に届くのは、聞き流しているつもりの音も脳がある程度は調べていて、自分に関わる言葉には少ない手がかりで反応するからだと考えられています。ただし実験で名前に気づいたのは3割前後でした。
カクテルパーティー効果とはどんな働き?

雑音の中で一人の声を聞き分ける力
居酒屋で向かいの友人と話していると、隣の席の笑い声も店員の掛け声も耳には届いています。それでも会話が成り立つのは、脳が目の前の相手の声を前に出し、ほかの音を背景へ下げているからです。この「選んで聞く」働きが、カクテルパーティー効果と呼ばれています。
※ 選択的注意とは、多くの情報の中から必要なものだけを選んで注意を向ける脳の働きのことです。カクテルパーティー効果は、その代表例とされています。
名前の出どころは1953年の論文
この呼び名のもとになったのは、イギリスの研究者コリン・チェリーが1953年に米国音響学会の学術誌へ出した論文です。冒頭で彼は、ほかの人が同時に話しているときに一人の言葉をどう聞き取るのかと問い、これを「カクテルパーティー問題」と呼びました。
チェリーは通信工学の研究者でした。論文の問いも、その作業をする機械(フィルター)をどんな理屈で設計できるか、という形で書かれています。心理学の有名な用語は、もともと工学の問いから生まれたものでした。
聞き分けの手がかりは声の方向や高さ
チェリーは同じ論文で、人が声を聞き分けるときに使っていそうな手がかりを挙げています。
- 声がどの方向から来るか
- 口の動きや身ぶり
- 声の高さ・話す速さ・男性か女性か
- なまりの違い
- 話の流れ(話題や文法から次の言葉を予想できること)
彼は二つの話を同じ人の声で1本のテープに録音し、「話の流れ」以外の手がかりを消して試しました。それでも二つの話は聞き分けられたと報告しています。ところが新聞から集めた決まり文句150個をつなげた話どうしでは、被験者は聞き分けられませんでした。次の言葉を予想できないと、声は混ざったままになるのです。
チェリーの実験で分かったこと

左右の耳に別々の話を流す
チェリーの実験でよく知られているのは、ヘッドホンで右耳と左耳に違う話を流す方法です。被験者には片方の耳の話を、聞こえたそばから声に出して繰り返してもらいます。この「追いかけて復唱する」作業は、のちにシャドーイングと呼ばれるようになりました。終わってから反対の耳の話を尋ねると、被験者はほとんど何も答えられませんでした。音がしていたことは分かっても、中身は頭に残っていなかったのです。
途中でドイツ語に変えても気づかない
チェリーはさらに意地の悪い仕掛けを試しています。両耳とも英語で始め、被験者が復唱に慣れたころ、聞いていない側の話だけをドイツ語に切り替えたのです。読み手は英国人です。
あとで「左耳の話は何語だった?」と聞かれた被験者は、まったく分からないが英語だと思っていた、と答えました。別の被験者で繰り返しても結果は同じでした。言葉の種類さえ、聞いていない耳では素通りしていたことになります。
男女の声の入れ替わりには気づく
一方で、聞いていない側の声が男性から女性に変わると、ほとんどの人が気づきました。400ヘルツの「ピー」という音を混ぜたときは、全員が気づいています。録音を逆回しにした声は、「何か変だ」と感じた人もいれば普通の話だと思った人もいました。声の高さや音色といった音そのものの性質は伝わるが、単語や意味は伝わらない。これがチェリーのまとめです。
名前に気づくと示したのは1959年のモレイ

12人中4人が自分の名前に反応
「無視している耳でも自分の名前には気づく」と最初に示したのは、イギリスの心理学者ネヴィル・モレイです。1959年、彼はシャドーイング中の被験者の聞いていない耳に、本人の名前をこっそり混ぜました。名前に気づいたと答えたのは、12人中4人でした。割合にすると33%です。中身がまったく残らないはずの耳から、名前だけは3人に1人の割合ですり抜けてきたことになります。
チェリーの実験とよく混同される
解説によっては、チェリーの実験で被験者が自分の名前に反応したと書かれていることがあります。しかし1953年の論文に、名前の話は出てきません。チェリーが確かめたのは、声の性別やピーという音のような音の性質に気づくところまででした。
それどころか論文には、右耳に流す新聞記事を固有名詞が入らないよう注意して選んだと書かれています。名前の効果は、チェリーがあえて避けた部分を後の研究者が掘り当てた発見だったのです。
2021年の追試でも約3割
この結果は、その後も何度か確かめられています。1995年のウッドとコーワンの実験では35%が自分の名前に気づきました。2021年のレーアとコーワンは、事前に方法を登録したうえで80人を調べ、23人(29%)が名前に気づいたと報告しています。
同じ実験では、ほかの人の名前に気づいたのは2人でした。名前の代わりに無関係な単語を混ぜた場合は、ほぼ誰も気づいていません。どんな言葉でも通り抜けるわけではなく、自分の名前が特別あつかいされていることが分かります。
なぜ自分の名前だけが届く?

入り口でふるい落とすフィルター説
チェリーの結果を受けて、1958年にイギリスのドナルド・ブロードベントが一つの説を出しました。脳は入り口の段階で、声の方向や高さを手がかりに通す音を一つ選ぶ。残りは意味を調べる前にふるい落とす、という考えです。
この説なら、聞いていない耳の言語が変わっても気づかないことはうまく説明できます。ただ、意味を調べる前に捨てているのなら、名前が通り抜けるはずはありません。モレイの結果は、この単純なフィルターの考えに疑問を投げかけました。
名前は少しの手がかりで分かる言葉
そこで出てきたのが、聞いていない音も完全には捨てず、弱めて通しているという考え方です。心理学者アン・トリーズマンらは、自分の名前のような大事な言葉は、ほんのわずかな音の情報でも聞き分けられると論じました。
弱められた音の中でも、名前ならかすかな響きだけで「あ、呼ばれた」と分かる。騒がしい店で名前だけが届くのは、こうした仕組みで説明されることが多くなっています。
名前を聞いた脳は約0.3秒で反応する
脳波を使った研究でも、名前の特別さは確かめられています。音や文字を受け取ってから約0.3秒後に現れる「P300」という脳波の波は、自分の名前を聞いたときに、ほかの名前より大きくなることが繰り返し報告されてきました。眠っている間でも、自分の名前には違う反応が出たという報告があります。
面白いのは、名前の文字を見せた2014年のポーランドの研究で、母親や恋人など本人が選んだ一番大切な人の名前にも同じくらい大きな波が出たことです。脳が特別あつかいしているのは「自分」そのものというより、自分にとって大切でなじみのある言葉なのかもしれません。
名前に気づく人と気づかない人の差

注意を絞るのが苦手な人ほど気づきやすい
同じ実験でも、名前に気づく人と気づかない人がいます。2001年のコンウェイらの研究では、ワーキングメモリーの容量が小さい人ほど、聞いていない耳の名前に気づきやすいという結果が出ました。
名前に気づくのは耳が鋭いからではなく、関係のない音を締め出す力が弱いからだ、という見方です。ただし2021年の追試では、容量の違いで気づく割合に確かな差は出ず、結論は一つに定まっていません。
※ ワーキングメモリーとは、情報を一時的に覚えておきながら作業に使う、頭の中の作業台のような働きのことです。
名前に気づいた直後は作業が乱れる
名前に気づいた人には、もう一つ共通点がありました。名前が流れた瞬間とその直後の2語ほどで、復唱の言い間違いや言い落としが増えていたのです。1995年の実験でも2021年の追試でも、同じ傾向が確かめられています。
注意が一瞬、名前のほうへ引っ張られた跡だと考えられます。会議中に廊下から自分の名前が聞こえて、話の続きを聞き逃した経験がある人もいるはずです。
気づかない7割は普通のこと
裏を返せば、実験では7割前後の人が自分の名前に気づきませんでした。名前が聞こえなかったからといって、注意力が劣っているわけではありません。目の前の作業にしっかり集中できていた、とも言えます。「騒がしい店でも名前は必ず聞こえる」というイメージは、気づいたときの印象が強く残るぶん、少し大げさに語られているのかもしれません。
暮らしの中で起きる場面は?

呼びかけに名前を添えると届きやすい
人混みで知り合いを呼び止めるとき、「すみません」より名前を呼んだほうが振り向いてもらいやすいものです。接客や営業で相手の名前を口にするとよい、と言われるのも同じ理屈でしょう。名前は相手の注意をこちらへ向けるきっかけになります。ただ、実験で名前に気づいたのは3割前後でした。相手が何かに集中しているときは、名前を呼んでも届かないことがある、と考えておくほうが実際的です。
関心のある言葉も耳に入りやすい
名前ほどはっきりした研究ではありませんが、好きな歌手の名前や欲しい商品の名前が、雑談の中からふいに耳に飛び込んでくることもあります。身近な人の名前に脳波が大きく反応したように、脳は自分にとって大事な言葉に敏感だと考えられています。何が耳に入ってくるかは、その人がいま何に関心を持っているかを映しているとも言えそうです。
機械には今も難しいカクテルパーティー問題

チェリーの問いはもともと機械の話
先に触れたとおり、チェリーの論文は「一人の声を取り出す機械をどう作るか」という問いから始まっていました。人間が何気なくやっている聞き分けを、機械で再現するのは難しい。その難しさこそが、彼の言う「カクテルパーティー問題」でした。
チェリーは、話を聞き取るには脳の中に「どの言葉が次に来やすいか」という膨大な蓄えが必要だと考えました。予想が立つから、雑音に負けずに聞き取れるという見方です。
補聴器や音声認識の課題として続く
混ざった音から一人の声を分ける技術は、補聴器や音声認識の分野で長く研究されてきました。補聴器は音を大きくしてくれるものの、周りの雑音まで一緒に大きくなれば、かえって会話は聞き取りにくくなってしまいます。
人間の脳は方向・声の高さ・話の流れといった手がかりを組み合わせ、この問題をその場で解いています。70年前の問いがいまも技術の課題として残っていること自体、脳の聞き分けの巧みさを物語るものでしょう。
目でも起きる「見えないゴリラ」

見たいものだけが浮かび上がる
選んで受け取る働きは、耳だけのものではありません。駅の人混みの中で、待ち合わせの相手の顔だけがぱっと目に入る。あの感覚も選択的注意の一つです。
ただし、選ぶということは、選ばなかったものを見落とすということでもあります。それを鮮やかに示したのが、次の実験でした。
192人の46%が見落とした
1999年、アメリカの心理学者ダニエル・シモンズとクリストファー・チャブリスは、白いシャツと黒いシャツの2チームがボールをパスし合う75秒の映像を用意しました。見る人には、片方のチームのパスの回数を数えてもらいます。
映像の途中、ゴリラの着ぐるみの人か傘をさした女性が5秒ほどかけて画面を横切ります。全条件を合わせた192人のうち、46%がこの出来事にまったく気づきませんでした。
非注意性盲目という名前
注意を向けていないものは、目の前にあっても見えなくなる。この現象は非注意性盲目(ひちゅういせいもうもく)と呼ばれています。論文では、数える作業が難しいほど見落としが増えることも報告されました。耳で名前を拾うのも、目でゴリラを見落とすのも、限られた注意をどこに配るかという同じ仕組みの表と裏です。
騒がしい店で名前が聞こえたとき、脳は聞き流していたはずのざわめきの中からその響きを拾い上げています。そして同じ瞬間にも、気づかないまま通り過ぎた声がいくつもあったはずです。聞こえた一言の裏には、聞こえなかった無数の言葉があります。

参考
- Cherry「Some Experiments on the Recognition of Speech, with One and with Two Ears」The Journal of the Acoustical Society of America 25(1953)
- Röer, Cowan「A Preregistered Replication and Extension of the Cocktail Party Phenomenon: One’s Name Captures Attention, Unexpected Words Do Not」Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition(2021、PMC)
- Tacikowski, Cygan, Nowicka「Neural correlates of own and close-other’s name recognition: ERP evidence」Frontiers in Human Neuroscience(2014、PMC)
- Simons, Chabris「Gorillas in our midst: Sustained inattentional blindness for dynamic events」Perception 28(1999)
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