目の前の人があくびをすると、つられて自分もあくびが出てしまう。この「伝染するあくび」は、見たときだけに起きるのではありません。あくびの音を聞いたときや文章を読んだとき、さらには「あくび」について考えただけでも誘発されることがあります。じつはこの文章を読んでいる今、少し出そうになった人もいるでしょう。なぜあくびは人にうつるのか。しくみはまだ完全には解明されていませんが、有力な手がかりは「共感」という心の働きにあるようです。
伝染あくびのポイントを、先にひとまとめにしておきます。
伝染あくびの要点

| 観点 | わかっていること |
|---|---|
| きっかけ | 見る・聞く・読む・考えるだけでも誘発される |
| 有力な説 | 他人の動きを脳内でなぞる「ミラーニューロン」と共感の働き |
| うつりやすさ | 共感力が高い人ほど起こりやすい傾向(諸説あり) |
| 相手との距離 | 血縁・親しい人ほどうつりやすく、見知らぬ人だと起こりにくい |
| いつから | 生まれてすぐは起こらず、4〜5歳頃から現れ始める |
うつる主因とされるのは「共感」のしくみ

あくびがうつる最大の手がかりは、相手の状態を自分のことのように感じ取る「共感」の働きだと考えられています。その土台としてよく挙げられるのが、ミラーニューロンという神経細胞です。
他人の動きを脳内でなぞる神経
見た動きを「自分の動き」として再現する
ミラーニューロンは、1990年代にイタリアの研究チームがサルの脳で発見した神経細胞です。自分が手を動かすときだけでなく、他人が同じ動きをするのを見たときにも活動する点が特徴で、「鏡(ミラー)」のように相手の行動を脳内でなぞる働きをすると考えられています。他人のあくびを見ると、この仕組みが自分の脳の中でもあくびをシミュレートし、実際のあくびを引き出す――というのが伝染あくびの代表的な説明です。
見なくても、聞くだけ・読むだけで出る
伝染あくびのやっかいなところは、相手の姿を見ていなくても起きることです。あくびの音を聞いただけ、あくびに関する文章を読んだだけ、あるいは頭であくびを思い浮かべただけでも誘発されることが知られています。視覚だけの反射ではなく、もっと抽象的なレベルで「あくび」という概念に反応している。この点も、単なる物真似ではなく心の働きが関わっていることをうかがわせます。
共感力が高い人ほど、うつりやすい
共感性との相関
「共感が関わる」という見方を支えるのが、共感力の高さと伝染あくびの起こりやすさに関連がみられるという報告です。他人の気持ちを想像したり、感情を分かち合ったりする傾向が強い人ほど、あくびもうつりやすいとされています。逆に、疲れていて他人に注意が向いていないときは、うつりにくくなるとも言われます。あくびが伝わるかどうかは、相手にどれだけ心を向けているかと結びついているようです。
自閉スペクトラム症でみられる傾向
他者への注意や共感の現れ方に特性がある自閉スペクトラム症の子どもでは、伝染あくびが起こりにくい傾向がある、という研究があります。ただしこれは単純な話ではありません。あくびをする人の「目」に注意を向けるよう促したり、見せる相手を親にしたりすると差が小さくなった、という報告もあります。つまり違いは共感そのものというより、どこに注意を向けているかの差かもしれない、という見方も出ています。伝染あくびと共感の関係は、まだ検証が続いている領域です。
あくびの伝染には「距離」がある

あくびは誰からでも等しくうつるわけではありません。相手が自分にとってどれだけ近い存在かによって、うつりやすさが変わることがわかっています。ここも、共感という説とよく噛み合う特徴です。
親族・友人・知人・他人の順にうつる
近い相手ほど伝わりやすい
数百人規模の観察をもとにした研究では、あくびが最も伝染しやすいのは家族などの親族でした。次いで友人、知人、そして最後が見知らぬ人という順番になったと報告されています。相手との社会的な近さと、あくびのうつりやすさがきれいに対応していたわけです。親しい相手の状態には自然と心が同調しやすいという、共感の説明とよく合います。
うつるまでの時間差にも表れる
近い相手ほどうつりやすいという傾向は、うつる回数だけでなく、相手があくびをしてから自分があくびをするまでの時間の短さにも表れたとされます。仲のよい相手のあくびには、素早く反応してしまう。あくびは、言葉にしない親しさをこっそり映し出しているのかもしれません。
犬にも人のあくびはうつる
飼い主のあくびのほうがうつりやすい
あくびの伝染は、人間どうしだけの現象ではありません。人が犬に向かってあくびをして見せると、犬にもあくびがうつることが確かめられています。東京大学の研究グループの実験では、見知らぬ人のあくびよりも、飼い主のあくびのほうが犬に伝染しやすいという結果が出ました。しかも、そのとき犬の心拍などにストレスの高まりはみられず、不安からの反応ではないことも示されました。ここでも「近い相手ほどうつる」という、人間と同じパターンが現れています。
そもそも、あくびはなぜ出るのか

うつる理由の前に、あくびそのものが何のためにあるのかも、実はきれいには解けていません。「眠いから」「酸素が足りないから」とよく言われますが、いずれも決定打には欠けています。近年注目されているのが、脳を冷やすためという説です。
脳を冷やす「ラジエーター」説
大きく息を吸って熱を逃がす
あくびは、脳の温度が上がったときにそれを下げるために起きるのではないか、という考え方です。大きく口を開けて冷たい外気を吸い込み、あごや顔の血流を変える。それによって脳にたまった熱を逃がすラジエーターのような役割を果たす、というものです。提唱したギャラップらの実験では、鼻だけで呼吸してもらうと伝染あくびがほとんど起こりませんでした。口で呼吸したときは半数近くであくびが出た、という結果も報告されています。鼻呼吸で頭が冷えていると、あくびの出番が減るというわけです。
眠気と結びつく理由
この説に立つと、眠いときや退屈なときにあくびが出やすいことにも説明がつきます。眠気があると脳の温度は上がりやすく、活動も鈍りがちだからです。あくびで脳を冷やし、ひととき頭をしゃきっとさせる。眠気覚ましのように感じられるのは、気のせいではないのかもしれません。ただし脳冷却説もすべてを説明しきるわけではなく、あくびの機能は今も研究が続いています。
いつからうつるようになるのか
赤ちゃんはあくびを「するが、うつらない」
あくび自体は、お腹の中にいる胎児の頃からしています。ところが、他人のあくびがうつる「伝染あくび」は、生まれてすぐには起こりません。多くの研究では、4〜5歳頃から現れ始めるとされています。ちょうど、他人の気持ちを推し量る力が育ってくる時期と重なります。あくびがうつるようになるのは、共感する心が育った合図とも読めるのです。
知っておくと面白い、あくびの豆知識

群れの「覚醒」をそろえる名残か
伝染あくびには、進化の上での意味があったのではないかとも考えられています。一頭があくびをして眠気や気のゆるみを示すと、それが群れ全体に伝わる。みなの覚醒レベルや行動のリズムをそろえる働きをした、という見方です。危険の多い環境で、集団の警戒態勢や休息のタイミングを合わせる合図だったのかもしれません。あくびが「近い仲間」ほどうつりやすいことも、同じ群れの結束と重ねると腑に落ちます。ただしこれはあくまで仮説の一つで、確かめられた事実というわけではありません。
「見ない」ようにしても防ぎにくい
伝染あくびは、意識してこらえようとしても完全には抑えにくいことが知られています。あくびをかみ殺しても、口の奥では小さくあくびが起きていることもあります。会議中や式典の最中など、あくびをしてはいけない場面ほど、周りの一人のあくびが連鎖してしまう。うつるあくびが「反射」に近い自動的な反応だからこその、あの気まずさなのです。
退屈やねむけのサインとして煙たがられがちなあくびも、見方を変えれば、相手の状態に自分の体が静かに同調している証です。次に誰かのあくびがうつったとき、そこにあるのは眠気だけではないのかもしれません。その人との見えない距離の近さを、体のほうが先に教えてくれた瞬間でもあるのです。
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