なぜ学校や会社は4月に始まるのか——「年度」が4月になったわけ

年度4月始まりのイメージ 社会と仕組みの話
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入学も入社も、新年度は4月から。桜の季節に何かが始まるのは、日本ではごく当たり前の光景です。ところが、この「4月始まり」は、世界では少数派なのです。

多くの国では、学校も会計も9月ごろに始まります。では、なぜ日本だけ4月なのでしょうか。その答えは、桜でも新緑でもなく、意外にも「お金」にありました。年度が4月になったわけを、たどっていきます。

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「4月始まり」のなりたち

桜と校舎

話の舞台は明治。ただ、結論だけは先に見ておきましょう。鍵をにぎるのは「会計年度」という制度です。

項目内容
日本の年度4月〜翌年3月
4月に定着した年1886年(明治19)
4月になった主因会計年度の都合(財政・米の納税)
学校が4月の理由会計年度に足並みをそろえた
世界の学校9月始まりが多数(116か国)

年度は4月とは限らなかった

卓上カレンダー

いまでこそ当たり前の4月始まりですが、初めからそう決まっていたわけではありません。明治のはじめは、むしろ迷走の連続でした。

明治のドタバタ

会計年度とは、国や会社がお金の出入りを区切って管理するための1年間のことです。この区切りが、そのまま「年度」のもとになっています。

最初は10月始まりだった

日本で会計年度がはじめて定められた明治2年(1869年)、その始まりは10月でした。ところがその後、1月や7月など、始まりの月は何度も変わります。国の家計簿をいつ区切るかが、なかなか定まらなかったのです。

1886年に4月へ落ち着いた

二転三転の末、明治19年度(1886年)から、年度は4月〜3月に落ち着きました。いま私たちがしたがっている区切りは、まさにこの年に固まった形です。140年ほど前に引かれた線を、今も使い続けているわけです。

4月になった本当の理由は「お金」

そろばん

では、なぜ最後は4月に決まったのでしょうか。理由は一つではありませんが、もっとも具体的なのは、切実な財政事情でした。

財政の帳尻合わせ

大蔵卿・松方正義の一手

当時の大蔵卿(おおくらきょう)、松方正義(まつかたまさよし)は、軍事費でふくらむ赤字に頭を悩ませていました。そこで彼は、年度の始まりを7月から4月へと動かします。あわせて明治18年度を9か月間に短縮し、予算の帳尻を合わせて赤字を削りました。4月始まりは、いわば財政のやりくりから生まれた区切りだったのです。

米で納める税とのサイクル

秋の収穫、春の納税

もう一つ、よく挙げられるのが税金の事情です。当時の主な税収は、米にかかる地租(ちそ)でした。秋に収穫した米を現金に換え、納められた税をもとに予算を組む。この一連の流れには時間がかかり、1月始まりではとても間に合わなかった、という説です。農業の国ならではの、こよみの事情でした。

イギリスにならった?

さらに、海の向こうに手本を求めたという見方もあります。当時、世界一の大国だったイギリスの会計年度が、ちょうど4月始まりでした。近代化を急ぐ日本が、それにならったのではないか、というわけです。真相は一つに絞れませんが、どの説も「4月には理由がある」と教えてくれます。

学校が4月になったわけ

入学式の子どもたち

では、学校はどうでしょうか。じつは学校の4月始まりも、もとをたどれば会計年度に行き着きます。

もとは9月始まりだった

江戸の学びは「随時入学」

そもそも江戸時代の寺子屋や藩校には、決まった入学の時期がありませんでした。学びたくなったら、いつでも入れたのです。今のように「4月にいっせいに」という発想は、まだどこにもありませんでした。

明治の高等教育は9月

明治になって西洋の教育が入ってくると、高等教育では9月入学が主流になりました。これは、今の欧米とちょうど同じです。つまり日本の学校も、はじめは世界の多数派と足並みがそろっていたのでした。

会計年度に引っぱられて4月へ

お金の都合で足並みをそろえた

流れが変わったのは、1886年に会計年度が4月始まりになってからです。学校の運営費は政府から出ます。ならば、お金の年度と学校の年度がそろっていたほうが、はるかに都合がよい。こうしてまず高等師範学校が、4月入学へと切りかえました。

徴兵も大学も4月に

4月への流れは、教育の外にも広がります。同じ1886年、徴兵の届出日が9月から4月へと変わり、軍関係の学校も4月始まりになっていきました。大学については、大正10年(1921年)に帝国大学が4月入学へ移り、これで「4月〜3月」の学校年度がすっかり定着したのです。

できごと
明治2年(1869)最初の会計年度は10月始まり
明治19年(1886)会計年度が4月に定着、師範学校・徴兵も4月へ
大正10年(1921)帝国大学が4月入学に、学校年度が定着

世界では9月が多数派

世界地図

ここまで見てきたように、4月始まりは日本の事情から生まれた区切りです。では、ほかの国はどうしているのでしょうか。

4月始まりは少数派

9月入学は116か国

東京大学の調査(2012年)によると、9月入学の国は116か国にのぼります。4月入学の日本は、世界のなかではむしろ珍しい部類なのです。当たり前だと思っていた4月が、じつは日本ならではの区切りだったわけです。

なぜ9月が多いのか

欧米で9月始まりが多いのは、夏の長い休みが明けてから新学期、という考え方が根づいているためだとされます。もとをたどれば、農作業の区切りや気候とも結びついていました。こよみの始まりは、その土地の暮らしに合わせて決まっていくものなのでした。

豆知識——「年」と「年度」はどう違う

カレンダーを見る人

最後に、まぎらわしい二つの言葉を整理しておきます。「年」と「年度」は、似ているようで指す期間が違います。

二つのこよみ

暦年と年度のずれ

1月から12月までが「年(暦年)」、4月から翌年3月までが「年度」です。同じ「2026」と言っても、年と年度では区切りがずれています。たとえば3月は、2026年でありながら2025年度。私たちは日ごろ、二つのこよみを知らず知らずに使い分けているのでした。

桜と一緒に始まる新年度。その区切りを決めたのは、花でも季節でもありませんでした。140年前、財政の帳尻を合わせるために引かれた一本の線。それが、めぐりめぐって今も続く4月の始まりなのです。入学式の桜は、帳簿の都合と隣り合わせに咲いていたのでした。