お寺の地図記号はなぜ「卍」なのか——幸福を願う古いしるし「マンジ」の話

卍の看板にとまどう外国人と合掌するお坊さん 文化と価値観の話
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地図でお寺を探すと、目に入るのが「卍」というしるしです。はじめて意識したとき、どこかで見た別のマークを思い浮かべて、少しドキッとした人もいるかもしれません。ナチス・ドイツの旗にあった、あの印です。

けれども卍は、あの鉤十字(かぎじゅうじ)とはまったく別のものです。それどころか、幸福を願う、とても古くやさしいしるしでした。なぜお寺のマークが卍なのか。その意味と歴史を、順にほどいていきましょう。

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地図記号「卍」早見表

日本地図

この記号の正体を、先に一枚の表にまとめました。細かな由来は、このあと一つずつ見ていきます。

項目内容
読み方まんじ
表すもの寺院(お寺)
由来サンスクリットの吉祥文様「スヴァスティカ」
意味幸福・幸運・めでたさ
地図での採用明治期の地形図から

卍はもともと「幸福のしるし」

大仏

そもそも卍は、お寺のために生まれた記号ではありません。もっと古い、幸せを願う文様が元になっています。

サンスクリットの吉祥文様

スヴァスティカとは、古代インドのサンスクリットで「幸福」「めでたさ」を意味することば、およびその文様のことです。卍のかたちのおおもとにあたります。

語源は「幸運」を意味することば

卍のかたちは、古代インドの「スヴァスティカ」という文様に行き着きます。この語は、幸福や安寧(あんねい)を意味しました。ヒンドゥー教・仏教・ジャイナ教などで、めでたさの象徴として大切にされてきたのです。日本語で「まんじ」と呼ぶのは、この吉祥(きっしょう)のしるしを漢字であてたものでした。

仏の胸に現れる瑞相

仏教では、卍は仏の胸などに現れる、めでたいしるし(瑞相/ずいそう)の一つとされます。仏さまの体に備わる特別な特徴の一つに数えられ、功徳(くどく)や慈悲が満ちていることを表すといわれます。単なる模様ではなく、仏の徳そのものを示すしるしだったわけです。

「まんじ」の読みは唐の皇帝が定めた

「まんじ」という読み方は、じつは中国で生まれました。唐の女帝・武則天(ぶそくてん)が、693年に「卍」を「万(萬)」の意味で読むと定めたと伝えられます。「吉祥万徳(きっしょうまんとく)が集まるところ」という願いを込めた読みでした。日本語の「まんじ(万字)」は、この漢語の読みを受け継いだものです。ちなみに「万」の字が卍から生まれたという話も耳にしますが、これは俗説。その漢字は、それよりはるか昔から使われていました。

世界に古くからある形

新石器時代からある文様

卍のような形は、じつは世界のあちこちで、とても古くから使われてきました。その起源は新石器時代までさかのぼるともいわれ、インドだけでなく各地の遺跡や工芸品に見られます。太陽や光、めぐる命を思わせる形として、人類が繰り返し描いてきたしるしなのです。

日本では仏像に刻まれた

日本での古い例としては、奈良・薬師寺の薬師如来像の足の裏に刻まれた卍が知られています。1300年以上も前から、幸福の象徴として受け継がれてきたとされる形です。仏像の足の裏にまで彫り込まれていたと知ると、このしるしがどれほど大切にされてきたかが伝わってきます。

なぜ地図で「寺」を表すのか

お寺の建物

では、その卍がどうして地図の記号になったのでしょうか。話は明治の時代にさかのぼります。

明治の地形図で採用された

寺のしるしとして定着

日本の近代的な地図づくりが進んだ明治期、寺院を表す記号として卍が採り入れられました。仏教と深く結びついたこのしるしは、お寺を示す印としてしっくりなじみます。以来、卍は地図の上で「ここにお寺がある」ことを伝える記号として、長く使われ続けてきました。

神社は鳥居、寺は卍

地図の上では、神社と寺がきちんと描き分けられています。神社を表すのは鳥居のかたちの記号、そしてお寺を表すのが卍です。よく似た存在に思われがちな二つを、ひと目で見分けられるようにしているわけです。地図を見るとき、この対になった記号を覚えておくと便利でしょう。

家紋にもなった卍

弘前の市章は卍

卍は、家紋の図柄としても使われてきました。青森県弘前(ひろさき)市は、市のしるし(市章)そのものが卍です。これは、かつてこの地を治めた津軽家の家紋に由来するといわれます。地図記号としてだけでなく、土地の誇りを示す紋章としても、卍は生き続けているのです。

ナチスの「鉤十字」とは別物

世界地図

ここで、多くの人が気になる点をはっきりさせておきましょう。卍と、ナチス・ドイツのハーケンクロイツ。この二つは、似ているようで別のしるしです。

向きと傾きが違う

左まんじと右まんじ

卍には、腕の曲がる向きが逆の二種類があります。日本の寺や家紋で使われるのは「左まんじ(卍)」です。いっぽう、それを鏡に映したような逆向きの形は「右まんじ(卐)」と呼ばれます。まず、この向きの違いが一つの見分けどころになります。

45度傾けた鉤十字

ナチス・ドイツの鉤十字(ハーケンクロイツ)は、この右まんじを45度ほど傾けて、菱形に立てた図案です。ナチ党が1920年に党のしるしとして採用し、1935年にはドイツの国旗にも用いられました。まっすぐ立った卍と、斜めに傾いた鉤十字。並べてみると、印象はずいぶん変わります。

卍のほうがずっと古い

数千年をこえる歴史のしるし

そもそも東洋の卍と、20世紀に使われた鉤十字とのあいだに、直接のつながりはありません。幸福を願う卍の歴史は数千年におよび、ナチスがシンボルを掲げるよりはるかに前から世界にありました。同じ源から生まれた形が、一方では祈りのしるしに、もう一方では負の歴史の象徴になった。かたちの運命の分かれ方には、考えさせられるものがあります。

外国人観光客と「卍」問題

案内板を見てとまどう外国人観光客

とはいえ、由来を知らなければ、卍を見てとまどう人がいるのも事実です。この記号は、近年ひとつの議論の的になりました。

「ナチスを連想する」という声

記号を変える案が検討された

訪日外国人が増えるなか、寺院の卍について「ナチス・ドイツを連想する」という声が寄せられました。そこで2016年、国土地理院は外国人向けの地図で、寺院の記号を三重塔をかたどったマークに変える案を検討します。だれもが安心して使える地図をめざした、一つの提案でした。

それでも卍は残った

ところが、この案には反対の意見も多く集まりました。「卍は日本の文化として尊重すべきだ」「二つの記号が混在すると、かえって混乱する」といった声です。最終的に、寺院の記号は従来どおり卍のまま残されました。由来をていねいに伝えて理解してもらう。そういう方向が選ばれたのです。

豆知識——世界に散らばる同じかたち

外国人観光客の家族

最後に、卍がいかに広く親しまれてきたかを、二つの角度から見てみましょう。古い信仰から、思いがけず現代の若者まで話はつながっているのです。

祈りの形として、遊びの言葉として

各地の宗教で「めでたい印」

卍の形は、今もインドをはじめ各地で、めでたいしるしとして使われています。ヒンドゥー教やジャイナ教では、祭りや儀式のときに幸福を願って描かれます。国や宗教を越えて「よきもの」を表してきた形。その広がりは、この文様の古さと力を物語っています。

若者言葉になった「卍」

近年では、卍が思わぬ形で若者言葉に登場しました。SNSなどで、気分が高まったときの掛け声のように「卍」と使う用法です。はっきりした意味があるわけではなく、由来にも諸説あります。千年をこえて祈られてきたしるしが、いまの若者の遊び心の中でも生きている。そう思うと、少し愉快な気もしてきます。

地図の上の小さな卍には、幸福を願う古代インドの祈りから明治の地図づくり、そして現代の議論までが折りたたまれています。よく似たあの記号とは、まるで違う物語を背負ったしるしなのです。地図の隅で、数千年ぶんのめでたさを配り続けている小さな卍に、少しだけ親しみがわいてきませんか。