アラビア数字はアラビア生まれではない——インドが発明した「0」と数字の物語

踊るインド人と大きな0とラクダ=ゼロはインド発でアラビア経由 一般教養の話
スポンサーリンク

私たちが毎日書いている「0・1・2・3……」という数字。世界の多くの国で使われ、ふつう「アラビア数字」と呼ばれています。名前のとおり、アラビアで生まれた数字だと思っている人も多いはずです。

ところが、この数字のふるさとはアラビアではありません。はるか東の、インドで生まれたものでした。しかも、人類の大発明ともいわれる「ゼロ」まで、インドからやってきています。数字がたどった長い旅路を、順に追いかけてみましょう。

スポンサーリンク

アラビア数字の来歴 早見表

数字が並ぶ電卓

数字がたどった道のりは、東から西への長い旅でした。その全体像を、年表で先に押さえておきます。

時期・地域できごと
古代インド数字が誕生。6世紀ごろまでに「ゼロ」が生まれる
7世紀インドブラフマグプタがゼロを「数」として定義
9世紀アラビアイスラム世界がインドの数字を受け継ぎ、体系化
13世紀ヨーロッパフィボナッチの本で広まる。「アラビア数字」と呼ばれる

生まれ故郷はインドだった

タージマハル

まず、数字そのものの出発点から見ていきましょう。すべては古代インドで始まりました。

最初は「ゼロ」の無い数字

古代インドのブラーフミー数字

数字のいちばん古い祖先は、古代インドで使われた「ブラーフミー数字」だとされます。ただし、この頃の数字にはまだ「ゼロ」がありませんでした。位取り(くらいどり)のしくみも、まだ整っていません。今のような便利な数字になるには、大事な部品が一つ足りなかったのです。

6世紀ごろにゼロが現れる

その足りない部品「ゼロ」が生まれたのが、6世紀ごろのインドだと考えられています。「何も無い」ことを表す記号として、ゼロが数字の仲間に加わりました。これによって、位取りのしくみが一気に完成へ近づきます。空いた位を「0」で埋められるようになり、数字は飛躍的に扱いやすくなったのです。

ゼロを「数」にしたブラフマグプタ

7世紀、計算の規則を定めた

ゼロを本当の意味で「数」に育てたのが、7世紀インドの数学者ブラフマグプタです。彼は628年ごろの著作で、ゼロを使った足し算・引き算・掛け算の規則を、世界で初めて書き記しました。それまでゼロは、たんに「位が空いている」ことを示す印にすぎませんでした。それを、計算に参加できる一人前の数として扱ったのです。

「無」を数として扱う飛躍

「何も無い」を数として扱うのは、じつはとても大きな発想の飛躍でした。りんごが3個や5個なら目で見えますが、「0個」は目に見えません。その見えないものに記号を与え、計算の中で動かす。この一歩があってはじめて、今日の数学やコンピューターへの道がひらけたといえるでしょう。

なぜ「アラビア」数字と呼ぶのか

ラクダ

では、インド生まれの数字が、どうして「アラビア数字」と呼ばれるようになったのでしょうか。カギをにぎるのは、東西をつないだイスラム世界です。

イスラム世界が受け継いだ

アル=フワーリズミーの紹介

9世紀、イスラム帝国の学者たちは、インドやギリシャの知識をさかんにアラビア語へ翻訳しました。その中心にいたのが、数学者アル=フワーリズミーです。彼は『インドの計算法』という本で、インド由来の数字と計算のしくみを、体系立てて紹介しました。インドの叡智が、アラビア語という新しい器に移し替えられた瞬間だったのです。

アラビアでは「インドの数字」

おもしろいことに、アラビア語圏では、この数字を「インドの数字」と呼んできました。彼らは、自分たちの数字がインド由来だと、はっきり知っていたわけです。しかも中東で今も使われる数字(٠١٢٣……)は、私たちの見なれた形とはかなり違います。同じ源から出た数字が、地域ごとに別の姿へ枝分かれしていったのでした。

ヨーロッパから見た呼び名

アラビア経由で伝わったから

いっぽうヨーロッパの人々は、この数字をアラビア人から学びました。自分たちに数字を教えてくれた相手がアラビアだったので、「アラビア数字」と呼んだのです。本当のふるさとであるインドは、遠すぎて意識にのぼらなかったのでしょう。名前とは、その物が「だれを通ってきたか」を映す鏡でもあります。

ヨーロッパを変えた一冊の本

開いた本

そのアラビア数字を、ヨーロッパに本格的に広めた立役者がいます。一人のイタリア人と、彼が書いた一冊の本でした。

フィボナッチの『算盤の書』

1202年、商人の子が広めた

広めたのは、ピサのレオナルド、通称フィボナッチです。商人の子だった彼は、北アフリカでアラビア数字に出会い、その便利さに驚きました。そして1202年、『算盤の書(さんばんのしょ)』という本を著します。この一冊が、ローマ数字に慣れていたヨーロッパへ、新しい数字を送り込む大きな入り口になりました。

ローマ数字からの乗り換え

とはいえ、乗り換えは一夜では進みませんでした。長く使われてきたローマ数字への愛着もあり、置きかわるには時間がかかります。それでも、計算のしやすさという強みが、じわじわとアラビア数字を広げていきました。とくに、お金の計算をあつかう商人たちにとって、その便利さは手放せないものだったのです。

位取りとゼロの威力

そろばん

位取り記数法とは、数字を書く位置(けた)で値が10倍・100倍と変わるしくみのことです。「111」の三つの1が、それぞれ百・十・一を表すのがその例です。

10個の記号で、どんな数も書ける

アラビア数字の強さは、たった10個の記号(0〜9)で、どれほど大きな数も書けることにあります。カギは、位取りとゼロの組み合わせです。けたの位置が値を決め、空いたけたはゼロが埋める。この二つがそろったことで、数の表し方はおどろくほど簡潔になりました。

ローマ数字はなぜ不便か

くらべてみると、ローマ数字の弱点が見えてきます。I・V・X・L・C……と記号を並べる方式には、位取りもゼロもありません。数を書くことはできても、筆算での掛け算や割り算がとても難しいのです。ためしに「XIV(14)×XXIII(23)」を筆算する場面を想像すると、そのやりにくさが伝わるでしょう。アラビア数字の便利さは、この対比でくっきりと際立ちます。

豆知識——数字が残した「ことば」

数式に囲まれた数学者

最後に、この数字の歴史が、思わぬところに足あとを残していることを紹介します。じつは、私たちがよく耳にするあの言葉も、この物語から生まれました。

アルゴリズムとアルジェブラ

「アルゴリズム」はある人の名前

コンピューターの世界でよく使う「アルゴリズム(算法・手順)」という言葉。その語源は、さきほど登場したアル=フワーリズミーの名前だとされています。彼の名がラテン語なまりで伝わるうちに、計算の手順を指す言葉へと変わっていきました。千年以上前の学者の名が、今もIT用語として生きているわけです。

代数(アルジェブラ)も彼の本から

もう一つ、数学の「代数(アルジェブラ/algebra)」という言葉も、アル=フワーリズミーの著作に由来するとされます。その本のタイトルに含まれた「アル=ジャブル」という語が、そのまま学問の名として広まりました。一人の数学者が、数字の橋渡しだけでなく、二つの重要な言葉まで後世に残したのです。

何気なく書いている「1・2・3」の一つひとつに、ゼロを生んだインドの叡智と、それを運んだアラビアの学者たちの営みが畳み込まれています。なかでも「何も無い」を数にしたゼロの発明は、人類が手にしたいちばん静かで大きな一歩でした。次に0を書くその丸い記号の中には、千年をこえる旅が、そっと詰まっているのです。