トルコ石は、トルコでは採れません。青と緑のあいだを揺れるあの石の主な産地は、古くはペルシャと呼ばれた現在のイランです。
ではなぜ「トルコの石」という名前がついたのでしょうか。鍵になるのは産地ではなく、ヨーロッパへ運ばれた「通り道」のほうです。
トルコ石とトルコの、ほんとうの関係

名前と実態がどれくらいずれているのか、先に一覧にしておきます。
| 項目 | 実際のところ |
|---|---|
| 主な産地 | イラン(旧ペルシャ)、エジプトのシナイ半島、アメリカ南西部、中国など |
| トルコでの産出 | 現在のトルコからの産出はないとされる |
| 名前の由来 | 古フランス語の pierre turquoise(トルコの石)。ヨーロッパへの搬入経路がトルコだった |
| トルコでの呼び名 | 伝統的には「フィルーゼ」。現地で「トルコ石」とは呼ばない |
| 語の大もと | ペルシャ語のピールーゼ(勝利)とされる |
| 日本語の「トルコ石」 | 英語 turquoise の訳語。ターコイズとまったく同じ石 |
| 誕生石 | 12月(西洋の慣習) |
産地でも、原語でも、現地の呼び名でもない。「トルコ」だけが、名前に残りました。
名前は「トルコの石」——ヨーロッパが最初に見た経路

この名前は、産地の記録ではなく交易の記録です。ヨーロッパの人々がこの石を最初に手にしたとき、それはトルコの商人の手から渡されました。
語源は古フランス語の「トルコの石」
pierre turquoise=トルコの石
英語の turquoise は、古フランス語の pierre turquoise に由来します。turquoise は「トルコの」という意味の形容詞で、そのまま訳せば「トルコの石」。石の性質でも色でもなく、どこから来たかで名づけられた言葉です。
英語に入ったのは16世紀ごろ
この語が英語で使われるようになるのは16世紀ごろとされます。やがて石の名前は色の名前にもなり、いまでは「ターコイズブルー」として、石そのものを見たことがない人にも届く言葉になりました。誤解のほうが、実物より広く旅をしたわけです。
なぜ経由地が名前になったのか
交易路を握っていたのがトルコだった
ペルシャで採れた石は、アナトリア(現在のトルコ)を通って地中海へ出て、ヨーロッパへ渡りました。オスマン帝国はこの東西交易の結節点を長く押さえています。買い手であるヨーロッパ側から見れば、石は「トルコから来るもの」でした。
産地の名を知らないまま、届けてくれた相手の名で呼ぶ。中継貿易が当たり前だった時代には、ごくありふれた命名です。
広まった時期には諸説ある
ヨーロッパへの伝播については、十字軍の時代に持ち帰られたとする説と、オスマン帝国の交易を通じて広まったとする説があります。どちらを取るにせよ、要点は変わりません。名前が指しているのは、石が生まれた場所ではなく、石が通った場所です。
本当の産地は、2000年以上前から掘られていた

トルコ石の歴史は、ヨーロッパがこの石を知るよりずっと古いところから始まります。名前を与えた側が、いちばん遅れて登場した参加者でした。
イラン・ニシャプールという基準点
品質のものさしになった青
イラン北東部、ホラーサーン地方のニシャプール近郊は、少なくとも2000年以上にわたる主要産地です。ここで採れる澄んだ空色は「ペルシャ産」と呼ばれ、世界のトルコ石の品質を測る基準として扱われてきました。他産地の石が「ペルシャ級」と形容されることからも、その位置づけがうかがえます。
ペルシャにとっては「勝利」の石
ペルシャ語でこの石を指す語は、「勝利」を意味するピールーゼにさかのぼるとされます。宮殿やモスクのドームを覆う青いタイルの色でもあり、事実上の国石として扱われてきました。産地の言葉には、はじめから「トルコ」の要素がありません。
さらに古いシナイ半島
紀元前3000年ごろの採掘跡
エジプトのシナイ半島では、第1王朝(紀元前3000年ごろ)あるいはそれ以前から採掘が行われていたとされます。セラビト・エル・カディムの鉱山跡はその代表で、古代エジプト人がこの青をどれほど求めたかを物語ります。
ツタンカーメンの黄金のマスク
もっとも有名な使用例が、ツタンカーメンの黄金のマスクです。ラピスラズリやカーネリアン、色ガラスとともに、トルコ石が象嵌(ぞうがん)されています。数千年前の職人が選んだ青が、いまも展示ケースの中で色を保っているわけです。
大西洋の向こうにも、別の系譜があった
アステカの「チャルチウィトル」
アメリカ大陸では、旧世界とは無関係にトルコ石の文化が育ちました。アステカはこの石をチャルチウィトルと呼び、火の化身とみなしたと伝えられます。金や貝、マラカイトと組み合わせたモザイクの仮面は、いまも各国の博物館の目玉です。
現在の主産地はアリゾナ
北アメリカ南西部でも、先住民が古くから鉱床を掘っていました。現在この地域はトルコ石の一大産地で、なかでもアリゾナ州が中心とされます。ナバホやズニの銀細工にはめ込まれた青い石は、多くがこの土地のものです。「トルコ石」という名の石が、トルコから1万キロ以上離れた砂漠でさかんに採られている、という状況になっています。
トルコでは「トルコ石」と呼ばない

名づけの当事者にされたトルコ側は、この石を自分の名前では呼んでいません。呼び名は、産地の言葉から借りたものです。
現地の呼び名は「フィルーゼ」
ペルシャ語から借りた言葉
トルコ語では伝統的にフィルーゼ(firuze)と呼ばれます。先ほどのペルシャ語のピールーゼから、アラビア語のファイルーズを経て入ってきた言葉です。つまりトルコ語の呼び名も、産地であるペルシャ側から借りたものでした。ファイルーズは女性の名前としても親しまれています。
逆輸入された「turkuaz」
現代のトルコ語には、英語やフランス語から入った turkuaz という語もあります。ヨーロッパでできた「トルコの石」という呼び名が、めぐりめぐって当のトルコへ戻ってきた形です。自国の名を冠した外来語を輸入する、という珍しい往復がここで起きています。
日本語の「トルコ石」はどこから来たか
英語 turquoise の訳語
日本語の「トルコ石」は、英語やフランス語の名称をそのまま訳したものです。つまり日本は、ヨーロッパで生まれた誤解を、翻訳を通じて丁寧に受け継ぎました。宝石店の店頭で「ターコイズ」と「トルコ石」が併記されているのは、同じ石の外来語表記と訳語が並んでいるだけのことです。
「トルコ土産の石」ではない
ちなみにトルコの土産物店では、トルコ石を使ったアクセサリーがよく売られています。ただしそれは国内で採れたからではなく、名前と需要があるからです。現在市場に出回るトルコ石の多くは、イランやアメリカ、中国の産とされます。名前を信じて本場の石を買ったつもりが、産地は別の国だった。そういう取り違えは起こりえます。
「経由地が名前になった」ものは、ほかにもある

産地ではなく中継地の名がついてしまう現象は、トルコ石だけの話ではありません。しかも、その代表格はもう一つトルコがらみです。
七面鳥(turkey)も同じ道をたどった
もとはアフリカのホロホロ鳥
英語で七面鳥を指す turkey は、もともとホロホロ鳥を指す言葉でした。この鳥はアフリカ原産ですが、16世紀にオスマン帝国の交易網を通ってヨーロッパへ入ったため、「トルコの鳥」と呼ばれるようになります。トルコ石とまったく同じ理屈です。
新大陸の別の鳥へ名前が移った
その後、新大陸へ渡ったイギリス人が現地の大きな鳥を見て、見慣れたホロホロ鳥の仲間だと考えます。こうして turkey の名は北アメリカの鳥へ移り、ホロホロ鳥のほうは guinea fowl の名に戻りました。アフリカ原産の鳥に付いたトルコの名が、最終的にアメリカの鳥に落ち着いたことになります。
アラビア数字も「経由地の名」
発明したのはインド
0から9の数字も、生まれはアラビアではなくインドです。ヨーロッパがアラビア語圏を経由して学んだため「アラビア数字」と呼ばれています。アラビア語圏では、いまもこれを「インドの数字」と呼びます。この経緯はアラビア数字はアラビア生まれではない——インドが発明した「0」と数字の物語でくわしく書きました。
名前は「誰から受け取ったか」を記録する
三つの例に共通するのは、名づけたのが作り手でも産地でもなく、受け取った側だという点です。名前は起源ではなく、当時の流通経路を写し取ります。
| 名前 | 名前が指す場所 | 実際の出どころ |
|---|---|---|
| トルコ石 | トルコ | イラン(ペルシャ)、シナイ半島など |
| 七面鳥(turkey) | トルコ | もとはアフリカのホロホロ鳥、のち北アメリカ |
| アラビア数字 | アラビア | インド |
青い石をめぐる、もう少し細かい話

名前の話から離れて、石そのものの性質にも触れておきましょう。トルコ石は、宝石としてはかなり変わった立ち位置にある鉱物です。
柔らかく、水を吸う宝石
モース硬度は5〜6
トルコ石は銅とアルミニウムを含む含水リン酸塩の鉱物で、モース硬度は5〜6ほどです。ダイヤモンドの10はもちろん、水晶の7にも届きません。窓ガラスをわずかに上回る程度、と言えば感覚がつかめるでしょうか。
※ モース硬度とは、鉱物の傷つきにくさを1(滑石)から10(ダイヤモンド)で表した目安の尺度です。数字が大きいほうが、小さいほうに傷をつけられます。
多孔質ゆえに色が変わる
さらにこの石は多孔質(たこうしつ)で、細かい穴が水や油を吸います。化粧品や汗、洗剤が染み込むと、青が緑寄りに変色することがあります。市販品の多くが樹脂やワックスで安定化処理されているのは、この弱さを補うためです。
本物より偽物のほうが多いかもしれない
染色したハウライトという定番
模造品は非常に広く出回っており、数のうえでは本物を上回るだろうとまで言われます。もっともよく使われるのが、白い鉱物のハウライトやマグネサイトを青く染めたものです。黒い網目模様まで似るため、見た目だけで判断するのは簡単ではありません。
最初に模造された宝石だった可能性
そして偽物づくりの歴史も古く、古代エジプト人はファイアンスという青い焼き物でトルコ石の色を再現していました。トルコ石は、人類が最初に模造した宝石といえるかもしれない、というわけです。名前を間違えられ、色をまねられ、それでも5000年ものあいだ求められ続けた石です。
※ ファイアンスとは、砂などを焼き固めて表面にガラス質の釉薬をかけた古代エジプトの焼き物です。青緑の発色が特徴で、装身具や副葬品に多く使われました。
名前というのは、ものの正体ではなく、それが誰の手を通ってきたかの記録なのかもしれません。トルコ石という名は、ペルシャの鉱山からアナトリアを抜けて地中海を渡った道のりを、産地ごと取り違えた形で今日まで運んできました。間違いではあるのですが、その間違い自体が、千年前の交易路の地図になっています。


