トルコ石と呼ばれるのは、この石がトルコを通ってヨーロッパへ届いたからです。名前のもとはフランス語の「トルコの石」で、産地を指した言葉ではありません。昔から名高い産地はペルシャ(現在のイラン)とエジプトのシナイ半島で、いま金額でいちばん多く産出するのはアメリカのアリゾナ州とされます。石が通った道の名前だけが、そのまま残りました。
名前はフランス語の「トルコの石」

ターコイズ(turquoise)という語は、石の色や性質ではなく「どこから来たか」を表す言葉です。日本語の「トルコ石」は、その意味をそのまま訳した呼び名にあたります。
13世紀のフランスで生まれた呼び名
米国宝石学会(GIA)によると、名前の出どころはフランス語の pierre tourques(トルコの石)です。この呼び名は13世紀にさかのぼるとされます。ヨーロッパの人々はこの石をトルコ方面から受け取ったので、届いた方角で呼んだわけです。
英語ではturkeisからturqueiseへ
英語には14世紀ごろ turkeis という形で入り、1560年代にフランス語風の turqueise に置き換わったとされます。綴りは何度か変わりました。それでも「トルコの」という中身だけは、どの時代の形にも残っています。
色の名前としての記録は1573年
この語が石ではなく色の名前として英語に記録されたのは、1573年が最初とされます。いまでは「ターコイズブルー」として、石を見たことがない人にも通じる言葉です。産地の取り違えを含んだ名前が、実物よりも広く世界を回ったことになります。
なぜ通り道の名前がついたのか?

名前を決めたのは、石を掘った人ではなく、最後に受け取った人でした。中継の商人しか見えない買い手にとって、石の故郷は「トルコ」だったのです。
ペルシャからアナトリアを抜けて地中海へ
イランで採れた石は、陸路でアナトリア(現在のトルコ)を通り、地中海の港からヨーロッパへ運ばれました。英語版ウィキペディアやトルコ語版の記事は、この石がオスマン帝国を経由してヨーロッパに入ったと説明しています。東西の交易の要所を、トルコ系の国が長く押さえていたことが背景にあります。
届けてくれた相手の名で呼ぶのは珍しくない
中継貿易が当たり前だった時代には、品物の本当の産地は買い手からほとんど見えません。手渡してくれた商人の国の名で呼ぶほうが、むしろ自然でした。トルコ石は、その仕組みがいちばん分かりやすく残った例の一つです。
「トルコ」の指す範囲には幅がある
13世紀と1560年代では、ヨーロッパから見た「トルコ」の中身も同じではありません。語源辞典の中には、中央アジアのトルキスタンなどトルコ系の国々から来たと考える見方もあります。どの説を取っても、名前が指すのは産地ではなく経由した土地という点は変わりません。
名高い産地はイランのニシャプール

トルコ石の「本場」といえば、トルコではなくイランです。なかでも北東部のニシャプール周辺は、品質の基準として名前が挙がる産地です。
澄んだ空色が品質のものさし
GIAは、最上の空色を産む伝統的な産地としてニシャプール地区を挙げています。業界ではこの色合いを「ペルシャンブルー」と呼び、ほかの国で採れた石にも使うそうです。産地の名前が色の等級として独り歩きしているあたりは、トルコ石という名前とよく似ています。
ペルシャ語では「勝利」の石
ペルシャ語ではこの石を「ピールーゼ」と呼び、もとは「勝利」を意味する言葉とされます。アラビア語でも同じ系統の「ファイルーザ」です。産地の言葉には、もともと「トルコ」の要素がまったく含まれていません。
エジプトでは5000年前に掘られていた?

ヨーロッパがこの石に名前を付けるはるか前から、エジプトでは採掘が始まっていました。名付け親になったのは、いちばん遅く登場した顔ぶれだったわけです。
シナイ半島の鉱山は第1王朝から
古代エジプト人は、遅くとも第1王朝(紀元前3000年ごろ)にはシナイ半島でトルコ石を掘っていたとされます。セラビト・エル・カディムやワディ・マガラの鉱山跡は、知られているなかで最も古い採掘地に数えられます。ニシャプールと並んで、この石の歴史の出発点です。
ツタンカーメンのマスクにも使われた
よく知られた使用例が、ツタンカーメンの黄金のマスクです。ラピスラズリやカーネリアン、色ガラスと一緒に、トルコ石が象嵌(ぞうがん)されています。3000年以上前の職人が選んだ青が、いまも博物館のケースの中で色を保っています。
中国でも3000年以上前から彫られた
GIAによると、中国の職人も3000年以上前からトルコ石を彫刻していました。チベットでは国の宝石とされ、健康や幸運を呼ぶ石として大切にされてきたそうです。東西どちらの古代文明でも、この青は特別な色でした。
アメリカ大陸にも別の青い石の文化

大西洋の向こう側では、旧大陸とは関わりなくトルコ石の文化が育ちました。いまの主な産地も、実はこちら側にあります。
アステカの呼び名は「チャルチウィトル」
アステカの人々はこの石をチャルチウィトルと呼びました。ふだんの飾りに使う石と、とくに美しい石を別の言葉で呼び分けていたとされます。儀式で胸に着けたとみられるモザイクの像も残っています。
南西部の先住民にとっては「通貨」でもあった
北アメリカ南西部の先住民は、トルコ石を儀式の石として扱い、交換の手段にも使いました。アパッチの人々は、弓や銃に付けると狙いが正確になると信じていたそうです。いまでも最大の市場は、このアメリカ南西部だとGIAは書いています。
金額で最大の産地はアリゾナ州
現在の産出額でいちばん重要な産地は、アリゾナ州だと英語版ウィキペディアは書いています。「トルコ」の名が付いた石が、トルコから1万キロ以上離れた砂漠で掘られている状況です。ナバホやズニの銀細工にはめ込まれた青も、この土地の石が多く使われてきました。
トルコではなんと呼んでいる?

名前の当事者にされたトルコでは、昔から別の言葉が使われてきました。そこへヨーロッパ製の呼び名が戻ってきて、いまは両方が並んでいます。
昔からの呼び名は「フィルーゼ」
トルコ語版ウィキペディアは、この鉱物の名前として turkuaz・türkuvaz・firuze の三つを挙げています。このうち firuze は、ペルシャ語のピールーゼやアラビア語のファイルーザと同じ系統の言葉です。トルコ自身も、産地の言葉を借りてこの石を呼んできたことになります。
「turkuaz」はフランス語からの逆輸入
一方の turkuaz は、同じ記事によるとフランス語の turquois(トルコの)から来た語です。ヨーロッパで付いた「トルコの石」という呼び名が、めぐりめぐって当のトルコへ戻ってきた形になります。自分の国の名を含む外来語を輸入するという、ちょっと不思議な往復です。
日本語の「トルコ石」はターコイズの訳語
日本語の「トルコ石」は、英語やフランス語の名前を意味どおりに訳したものです。宝飾店で「ターコイズ」と「トルコ石」が並んで書かれていても、中身は同じ石を指します。ヨーロッパの取り違えを、日本は翻訳を通してていねいに受け継いだわけです。
七面鳥のturkeyも通り道の名前

英語で七面鳥を指す turkey も、トルコ石とよく似た道筋で名前が付きました。しかも途中で、指す鳥そのものが入れ替わっています。
もとはアフリカのホロホロ鳥
英語版ウィキペディアによると、turkey は turkey cock・turkey hen を縮めた言葉で、最初はホロホロ鳥を指していました。アフリカ原産のこの鳥は、トルコを経由してヨーロッパへ入ったためにそう呼ばれたとされます。理屈はトルコ石とまったく同じです。
名前がアメリカの鳥へ引っ越した
その後イギリス人が北アメリカに植民地をつくると、見た目の似た現地の大きな鳥に turkey の名が移りました。アフリカの鳥に付いたトルコの名前が、最後はアメリカの鳥に落ち着いたことになります。1550年には「誇らしげな七面鳥」を描いた紋章が、航海者ウィリアム・ストリックランドに与えられています。
フランス語では「インドの鶏」
同じ鳥を、フランス語では「インドの鶏」を意味する poule d’Inde と呼び、いまの dinde になりました。ノルウェー語やスウェーデン語では、インドの港町カリカットにちなむ名前です。どの国も、鳥の本当の故郷とは違う土地の名で呼んでいたわけです。
トルコ石はなぜ色が変わる?

名前の話から離れて、石そのものも見ておきます。トルコ石は、宝石としてはかなり柔らかく繊細な部類に入ります。
モース硬度は5〜6の柔らかい石
トルコ石は銅とアルミニウムを含む、水を抱えたリン酸塩の鉱物です。GIAによればモース硬度は5〜6で、水晶の7にも届きません。乾いた土地で、銅を含む地下水がまわりの鉱物と反応して生まれる鉱物です。
※ モース硬度とは、鉱物の傷つきにくさを1(滑石)から10(ダイヤモンド)で表した目安の尺度です。数字が大きいほうが、小さいほうに傷をつけられます。
熱を加えると青が緑に変わる
ニシャプール産の青い石は、熱を加えると水分が抜けて緑色に変わるとされます。またトルコ石は細かな穴の多い多孔質(たこうしつ)の石で、柔らかいものほど穴も多くなります。宝飾品として扱うときに、温度や汚れに気を使う理由です。
市場の多くは「安定化処理」済み
粗く穴の多い石は、なめらかで艶のある見た目にするため処理されるのが普通だとGIAは説明しています。代表的なのが、樹脂などを圧力で染み込ませて固める方法です。この樹脂を使う技術は、1950年代に開発されたとされます。
最初にまねたのは古代エジプト人

人気の宝石には、いつの時代も「にせもの」がつきまといます。トルコ石の場合、その歴史もまた驚くほど古いものでした。
青い焼き物ファイアンスで色を再現
トルコ石の人工の模造品を最初につくったのは、エジプト人だといわれます。使われたのは、ファイアンスという釉薬(ゆうやく)をかけた焼き物でした。本物が貴重だったからこそ、色だけでも手に入れたいと考えたのでしょう。
※ ファイアンスとは、砂などを焼き固めて表面にガラス質の釉薬をかけた古代エジプトの焼き物です。青緑の発色が特徴で、装身具や副葬品に多く使われました。
いまの定番は染めたハウライト
現代の模造品で最も多いのは、白い鉱物のハウライトやマグネサイトを青く染めたものです。黒い網目のような模様まで似せられるため、見た目だけで見分けるのは簡単ではありません。名前を取り違えられ、色をまねられながら、5000年ほど求められ続けてきた石だといえます。
名前は、ものの正体よりも、それが誰の手を通ってきたかを記録することがあります。インドで生まれた数字がアラビア数字と呼ばれるのも同じ仕組みです。トルコ石という呼び名には、ペルシャの鉱山からアナトリアを抜けて地中海を渡った道のりが、そのまま地図のように刻まれています。
参考
- Turquoise History and Lore(GIA 米国宝石学会)
- Turquoise Description(GIA 米国宝石学会)
- Turquoise(英語版ウィキペディア)
- Turkuaz (mineral)(トルコ語版ウィキペディア)
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