天気が崩れる前に頭が痛くなるのは、耳の奥の「内耳(ないじ)」が気圧の下がり方を感じ取り、その信号が脳や自律神経をゆさぶるから。そう考える研究者が増えています。マウスやラットの実験では、気圧を下げると内耳から脳へ向かう神経が反応し、内耳を壊しておくと痛みの悪化が起きなくなりました。
ただし、ヒトの耳のどこに気圧計があるのかは、まだ突き止められていません。気圧はどのくらい変わっているのか。動物実験で何が分かり、どこから先が未解明なのか。順に見ていきます。
気象病・天気痛はどんな不調?

天気の変化をきっかけに出る体の不調をまとめて「気象病」と呼び、そのうち痛みが中心のものを「天気痛」と呼ぶことが多くなっています。どちらも正式な病名というより、症状のくくり方を表すことばです。
頭痛だけでない天気痛の症状
いちばんよく挙がるのは頭痛。ほかにも首や肩のこり・古傷や関節の痛み・めまいなど、人によって出方はいろいろです。
古傷が「天気を当てる」という言い伝え
「膝が痛むから明日は雨」という話は昔からのもの。日本生気象学会のコラムでも「雨が降ると頭痛がする」「台風が近づくと古傷が痛む」という例が、天気痛の典型として紹介されています。言い伝えの中身が、いまになって研究の対象になっているわけです。
痛み以外のだるさや気分の落ち込み
痛みがなくても、眠気や倦怠感(けんたいかん)、気分の沈みとして出る人もいます。原因がはっきりしないまま「なんとなく調子が悪い」で終わりやすく、本人も天気との関係に気づきにくいのが厄介なところです。
約2人に1人が自覚する天気痛
ウェザーニューズが2026年6月にアプリ利用者へ行った調査では、11,784人の回答のうち24%が「天気痛を自覚している」と答えました。「天気痛かもしれない」の25%を足すと49%で、ほぼ2人に1人です。
女性は約3人に2人
男女で分けると差がはっきり出ます。女性は「かもしれない」まで含めると約3人に2人にのぼり、男性を大きく上回りました。女性のほうが若い年代から症状を感じ始める傾向も報告されています。
医師の診断を受けた人は6%
自覚している人が多い一方で、医師から診断を受けたことがある人はわずか6%でした。約7割は医療機関に相談したことがないと答えました。多くの人が、我慢や市販薬でしのいでいる姿が浮かびます。
全国推計1,000万人以上という数字
日本生気象学会に掲載されたウェザーニューズの研究者のコラムでは、天気痛に悩む人は全国で推計1,000万人以上。アンケートで「天気痛に関係していると思う気象要素」を尋ねると、気温や湿度を抑えて、気圧を挙げた人が約8割にのぼりました。
気圧を挙げる人が多い理由
気温や湿度は肌で感じられますが、気圧は目にも肌にも見えません。それでも気圧を挙げる人が多いのは、天気予報で「低気圧の接近」を聞いたあとに不調が来る経験が重なるからでしょう。体感より先に、経験が気圧を疑わせているのです。
気圧はどのくらい変わっている?

ふだんの気圧は1,013hPa前後で、低気圧や台風が来ると数十hPa下がります。体にとって問題になるのは、この「下がる量」と「下がる速さ」だという見方が有力です。
1気圧は1013.25hPa
気圧とは、頭の上にある空気の重さが押してくる力のこと。海面の高さでの標準の値を1気圧と呼び、ヘクトパスカルに直すと1013.25hPaになります。
ミリバールからヘクトパスカルへ
昔の天気予報では「ミリバール」という単位が使われていました。気象庁は国際単位系に合わせて、1992年12月1日にヘクトパスカルへ切り替えています。数値はそのままで、呼び名だけが変わりました。
1hPaは1平方メートルに約10kg分
1hPaは100パスカルで、1平方メートルあたり約10kgの重さがかかる力に相当します。1,013hPaなら1平方メートルに10トン以上。それほどの圧力を、体は内側からも同じ力で押し返しているので、ふだんは何も感じません。
台風の中心は925hPaまで下がった
低気圧や台風の中心では、気圧が大きく下がります。気象庁の統計(1951年以降)で上陸時の中心気圧が最も低かったのは、1961年9月16日に高知県の室戸岬の西に上陸した第二室戸台風の925hPaです。
ふだんとの差は約90hPa
1,013hPaとの差は約90hPaです。ここまでの台風はまれですが、台風が近づけば数十hPaの落差が短い時間に押し寄せます。天気痛の人が「台風の季節がつらい」と言うのは、この大きな落差を毎年くぐるからだと考えられます。
2位は伊勢湾台風の929hPa
同じ統計の2位は、1959年に和歌山県の潮岬の西に上陸した伊勢湾台風で929hPaでした。どちらも9月の上陸です。秋の台風シーズンに不調を訴える人が増えるのは、こうした記録からも納得がいきます。
1hPaに満たない小さな揺れ
気圧は、低気圧の接近のような大きな波だけで動くわけではありません。前述のコラムでは、天気痛と関わりうる変化として3つの種類を挙げています。
- 低気圧の接近にともなう気圧の低下
- 1hPa以下の小刻みな「微気圧変動」
- 数hPaほどの幅で半日ごとに上下する変動
天気が良くても気圧は動く
半日周期の変動は、晴れた日にも起きています。天気が崩れていないのに調子が悪い日があるのは、こうした見えない揺れが関わっているのかもしれません。もっとも、コラムは気圧だけでは説明できない場合もあると付け加えています。
体質や体調も重なる
同じ日に同じ気圧の変化を受けても、つらくなる人とならない人がいます。個人の体質やその日の体調が複雑に関わるため、気圧の数字だけで「今日は必ず頭痛が来る」とは言い切れません。
耳の奥のどこで気圧を感じる?

候補として有力なのは、内耳の中でも体の傾きや動きを感じる「前庭(ぜんてい)」の仲間です。飛行機で耳がツンとする鼓膜のあたりの話とは、場所が一段奥になります。
中耳と内耳は別の場所
耳は外側から外耳・中耳・内耳の3つに分かれます。鼓膜の奥の小さな空洞が中耳で、さらにその奥の骨に埋まった部分が内耳です。
飛行機の耳の痛みは中耳
飛行機の離着陸で耳が詰まったり痛んだりするのは、中耳の中と外の気圧に差ができて鼓膜が押されるためです。つばを飲むと治るのは、耳と鼻をつなぐ管が開いて圧が釣り合うから。天気痛で考えられているのは、これとは別の仕組みです。
内耳には聞こえと平衡感覚の器官
内耳には、音を感じる渦巻き状の蝸牛(かぎゅう)と、体の傾きや回転を感じる前庭や三半規管があります。前庭には、重力や加速度を感じる「耳石器(じせきき)」と呼ばれる袋が2つ並んでいます。
内耳を壊すと痛みが悪化しなかったラット
内耳が気圧を感じているという考えの出発点になったのは、ラットを使った実験です。2009年に欧州の痛みの専門誌に載った論文で、のちにマウスの実験も手がける佐藤純氏らの研究チームが報告しました。
8分で27hPa下げる実験
神経を傷つけて慢性的な痛みを持たせたラットを部屋に入れ、8分かけて気圧を27hPa下げました。ふつうのラットでは、足裏への刺激に対する痛みの反応が強まります。ところが薬で内耳の感覚細胞を壊しておいたラットでは、この悪化が見られませんでした。
寒さによる悪化は残った
同じラットで、室温を24℃から17℃に下げる実験もしています。こちらは内耳を壊しても痛みの悪化が残りました。つまり内耳が関わるのは「気圧」の影響だけで、寒さの影響は別の道筋を通るということです。
「気圧酔い」に近いという見方
前庭は乗り物酔いにも深く関わる場所です。気圧の変化が前庭を刺激するなら、天気痛の一部は軽い乗り物酔いに近い状態だ、という見方ができます。
ダイビングや飛行で起きる一時的なめまい
ダイビングや飛行のように急で大きな気圧の変化を受けると、一時的なめまいが起きることが知られています。耳と平衡感覚と気圧が、もともとつながっていることを示す例です。
天気の影響を受けやすい片頭痛の人
研究チームは以前、天気の影響を受けやすい片頭痛の人は、前庭に弱い電気刺激を与えたときに「体が動いた」と感じ始める値が低かったと報告しています。平衡感覚が敏感な人ほど、気圧の変化も拾いやすいのかもしれません。
マウスの実験で何が分かった?

中部大学・愛知医科大学の佐藤純(さとう じゅん)氏らのチームは、マウスで「気圧を下げると内耳の神経が働くか」を2段階で確かめました。1回目は脳の側、2回目は耳のすぐ近くの神経を調べています。
2019年の実験は40hPa下げて脳を見た
2019年に科学誌『PLOS ONE』に載った研究では、マウスを気圧を変えられる部屋に入れ、1,013hPaから40hPa下げました。10分かけて下げ、30分その気圧を保ち、10分かけて元に戻す流れです。
反応したのは上前庭神経核だけ
実験のあとに脳を調べると、内耳の前庭から情報が届く「前庭神経核」に変化が見つかりました。神経が働いた目印のタンパク質が、上前庭神経核(じょうぜんていしんけいかく)という部分でだけ増えていたのです。ほかの部分には変化がなく、オスでもメスでも結果は同じでした。
※ 前庭神経核とは、内耳の前庭から届いた平衡感覚の情報を受け取る、脳幹の神経細胞の集まりのことです。
マウスの動きには変化なし
気圧を下げている間も、マウスの動く量はふだんどおり。見た目には何も起きていないのに、脳の平衡感覚の中継点だけが静かに反応していたことになります。中日新聞はこの成果を「耳の奥に気圧センサー」という見出しで報じています。
2025年の実験は20hPaで耳の神経を見た
2025年12月に『Scientific Reports』に載った続報では、下げ幅を自然の天気の範囲に収まる20hPaにしました。これを3回続けて与え、内耳のすぐ外にある神経の集まり「前庭神経節」を調べています。
働いたのは下前庭神経節
前庭神経節には上と下の2つの部分があります。気圧を下げたマウスでは、下前庭神経節で働いた神経が有意に増えました。上前庭神経節には差がありませんでした。
回転させると逆の結果
比べるために、マウスをくるくる回す実験もしています。こちらで働いたのは上前庭神経節で、下は変わりませんでした。「回転」と「気圧」では、耳から出る神経の通り道が分かれていたのです。
センサーの候補は球形嚢か後半規管
下前庭神経節は、主に耳石器の片方である球形嚢(きゅうけいのう)と、三半規管のうちの後半規管から情報を受け取っています。論文は、マウスではこのどちらかが気圧を感じている可能性が強いと結論づけました。
麻酔下の実験という限界
論文には、著者自身による限界の説明もついています。実験は麻酔をかけた状態で行ったため、起きているときとは違うかもしれません。神経が働いた目印のタンパク質を数えただけで、電気信号を直接測ったわけでもない、という点も挙げられています。
ヒトの気圧センサーは未確認
論文は、ヒトで小さな気圧の変化を感じる仕組みはまだ見つかっていないと明記しています。耳の中のどの細胞が、どんな分子で圧を感じているのかも不明です。「耳の奥にセンサーがある」は、いまのところ有力な説の段階にとどまります。
耳の反応から痛みやだるさへ

耳が気圧の変化を拾ったとして、なぜ頭痛や古傷の痛みにまでつながるのか。研究チームが有力と見ているのは、自律神経のうち体を活動モードにする交感神経を介する道筋です。
交感神経と副交感神経のバランス
自律神経は、心拍や血圧、消化などを意識とは関係なく調節している神経です。交感神経がアクセル、副交感神経がブレーキのように働き、両者の釣り合いで体の調子が保たれています。
前庭の信号は自律神経の中枢に届く
前庭から脳幹に届いた信号は、自律神経を調節する中枢にも影響すると考えられています。乗り物酔いで冷や汗が出たり、胃がむかむかしたりするのも、平衡感覚の混乱が自律神経に波及した結果です。
気圧を下げると血圧と心拍が上がった
チームはこれまでに、気圧を下げると健康なラットの血圧と心拍数が上がること、天気の影響を受けやすい患者でも同じように上がることを報告しています。気圧の変化が、動物でもヒトでも交感神経を高ぶらせている可能性を示すデータです。
古傷が痛む仕組みの仮説
神経を傷めた場所では、交感神経が高ぶると痛みを伝える神経が過敏になることが知られています。気圧の低下で交感神経が働けば、古傷の痛みが強まるのも筋が通ります。
交感神経を除くと悪化が抑えられた
ラットの実験では、交感神経を取り除いておくと、気圧の低下による痛みの悪化が抑えられました。耳で感じた変化が交感神経を通って痛みに届く、という流れを裏づける結果です。
片頭痛は三叉神経の刺激という説
片頭痛については、前庭の興奮が顔や頭の感覚を担う三叉神経(さんさしんけい)を刺激するという別の説も論文で挙げられています。ただし、どちらの道筋も実験での直接の確認はこれからだと、著者は慎重に書いています。
「変化の速さ」が効くという考え
体は、ゆっくりした変化には慣れやすく、急な変化にはついていきにくいものです。実験がいずれも数分〜数十分の短い時間で気圧を動かしているのも、「どれだけ低いか」より「どれだけ速く下がるか」を重く見ているためでしょう。
高い山で暮らす人は毎日不調なのか
標高の高い土地では、気圧はいつも低いまま。それでも住民がみな天気痛に苦しむわけではありません。問題が低さそのものではなく、低くなる途中の変化にあると考えると、この違いが説明しやすくなります。
不調が出やすい人や時期は?

調査から浮かぶのは、女性・片頭痛のある人・梅雨や台風の時期という組み合わせです。地域によっても報告の多さに差が見られます。
梅雨と台風の季節に悪化
2026年の調査では、天気痛のある人の3割以上が梅雨や台風の時期に症状が悪くなると答えました。前線や台風が次々に通り、気圧の上がり下がりが続く季節です。
一年中つらい人も約3分の1
一方で、季節に関係なく一年中つらいと答えた人も約3分の1いました。春や秋の移り変わりの時期だけの話と思われがちですが、実際にはもっと身近な悩みです。
年々悪くなっていると感じる人は3割
症状が年々悪くなっていると答えた人は3割で、良くなっている人の5%を大きく上回りました。極端な天気が増えていることとの関係も指摘されていますが、因果ははっきりしていません。
報告が多い5つの県
2020年6月から2022年末までのアプリの報告を分析したコラムでは、天気痛の報告の割合が高い県として次の5つが挙がっています。
| 県 | 地域 |
|---|---|
| 山形県 | 東北 |
| 山梨県 | 中部 |
| 宮崎県 | 九州 |
| 鹿児島県 | 九州 |
| 徳島県 | 四国 |
台風の通り道と山あいの盆地
宮崎や鹿児島、徳島は台風の影響を受けやすい土地です。山形や山梨は山に囲まれた盆地を抱えています。地形と気圧の変化がどう関わるのかは、このデータだけでは断定できません。
片頭痛のある人と女性
もともと片頭痛がある人は、天気の変化で発作が出やすいとよく言われます。前の章で見たように、平衡感覚の敏感さが関係している可能性があります。
マウスでは性差がなかった
調査では女性に多い天気痛ですが、マウスの実験では耳や脳の神経の反応にオスとメスの差はありませんでした。センサーの感度より先の、痛みの感じ方やホルモンの影響で差が生まれているのかもしれません。
気圧の変化にどう備える?

気圧そのものは変えられないので、備えの中心は「来る前に知る」ことです。つらさが強いときは、医療機関に相談する道もあります。
記録を付けて自分の型を知る
頭痛やだるさが出た日時と、その日の天気や気圧をメモしておく。それだけで、自分がどんな変化に弱いかが見えてきます。
予報アプリで前日に気づく
気圧の予報グラフや、天気痛の出やすさを知らせるアプリもあります。前の日に「明日は気圧が大きく下がる」と分かれば、予定を軽めにしたり早めに休んだりと先回りの手が打てるでしょう。
「気圧のせい」と分かるだけで楽になる
原因の分からない不調は、それだけで不安を大きくします。天気との関係が見えれば「この日は仕方ない」と割り切りやすくなり、無理を重ねて悪化させることも減らせるはずです。
五苓散のマウス研究
天気による頭痛には、漢方薬の五苓散(ごれいさん)が使われることがあります。熊本大学などの2021年の研究では、この仕組みがマウスで調べられました。
脳の血流の増えすぎを抑えた
マウスの気圧を下げると脳の血流量が増え、気圧を戻しても元の量まで下がりきりませんでした。五苓散を与えたマウスでは増加が抑えられ、気圧を戻せば元の量に回復。鎮痛薬のロキソプロフェンとは働き方が違うことも示されました。
ヒトでの効果はこれから
あくまでマウスでの基礎研究で、ヒトでの効き目は今後の検証が必要だと大学自身が断っています。薬を選ぶときは、自己判断より医師や薬剤師に相談するのが確実です。
気象病外来という窓口
佐藤氏は愛知医科大学病院などで「気象病外来・天気痛外来」を開いています。天気との関係を前提に話を聞いてもらえる専門の窓口です。
別の病気を見逃さないために
頭痛やめまいには、天気と関係のない病気が隠れていることもあります。いつもと違う激しい痛みや、手足のしびれを伴う症状があるときは、「天気のせい」で片づけずに早めに受診してください。
渡り鳥は中耳に気圧計を持つ

気圧を感じる耳の仕組みがはっきり分かっている動物もいます。鳥です。
傍鼓室器官という専用の器官
鳥は中耳に「傍鼓室器官(ぼうこしつきかん)」という、圧を感じる専用の器官を持っています。2025年の論文でも、ヒトの耳を考える手がかりとして取り上げられました。
気圧計と高度計を兼ねる
この器官は、気圧計と高度計の両方の役目を果たすとされるもの。渡りの途中で天気の崩れや飛んでいる高さを知るのに役立っている、というわけです。
違う神経で同じ場所へ
鳥の傍鼓室器官は顔面神経につながっていて、ヒトやマウスとは神経が違います。それでも情報の行き先は、同じ前庭神経核です。論文の著者は、鳥とヒトが別々の道筋で似た仕組みにたどり着いた「収斂(しゅうれん)進化」の可能性を挙げています。
雨の前に膝がうずくのは、体が勝手に天気予報を出しているようなものです。当たってほしくない予報ほどよく当たるのが困りものですが、その予報士が耳の奥の小さな袋かもしれないと知ると、少しだけ憎めなくなります。


