ガラスは固体です。「じつは液体で、何百年もかけてゆっくり流れ落ちている」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、常温のガラスは流れません。古い教会の窓が下のほうで厚くなっているのも、垂れた結果ではありませんでした。
とはいえ、この俗説がここまで広まったのには事情があります。ガラスは氷や食塩のような「きちんと結晶になった固体」とは、たしかに違うつくりをしているからです。
「流れるのか」と「固体なのか」は別の問い

「ガラスは液体か」という一つの問いに見えて、中身は性質の違う二つの問いが混ざっています。先に分けて答えを置きます。
| 問い | 答え | ひとことで言うと |
|---|---|---|
| 常温のガラスは流れる? | 流れない | 10億年かけて1ナノメートル。人の時間では止まっている |
| 古い窓の下が厚いのは? | 当時の作り方 | 元から厚みがまばらな板を、厚い側を下にして納めた |
| 「液体に似ている」は誤り? | 誤りではない | 原子の並び方は液体そっくり。ここが混乱のもと |
| 結局どちらなのか | 非晶質の固体 | 結晶ではない固体。物理では「凍った液体」とも呼ばれる |
※ 非晶質(ひしょうしつ/アモルファス)とは、原子が規則正しく並んだ結晶構造を持たない状態のことです。
なぜガラスは「液体」だと言われてきたのか

俗説とはいえ、まったくの出まかせから生まれたわけではありません。ガラスには、たしかに液体めいた顔がいくつもあります。
結晶と違って「融点」がない
溶ける温度が一点に決まらない
氷は0℃で水になります。この「ここから液体」という一点があるのが結晶の特徴です。ところが窓に使われるソーダ石灰ガラスには、その一点がありません。
代わりに、性質が切り替わる温度が段階的に並びます。ひずみ点が約505℃、転移点が約550℃、軟化点は約730℃。加熱していくと少しずつ軟らかくなり、どこかで「溶けた」と言い切れる瞬間が来ません。
| 温度の目安 | 呼び名 | そこで起きること |
|---|---|---|
| 約505℃ | ひずみ点 | これ以下では粘り気のある流れが事実上止まる |
| 約550℃ | 転移点 | ガラスらしいかたさと、液体らしい振る舞いの境目 |
| 約730℃ | 軟化点 | 自重で形が変わりはじめる |
冷やすときも「固まる瞬間」がない
溶けたガラスを冷やしても、結晶に変わる瞬間は訪れません。原子が整列する暇もなく粘りだけが増していき、やがて動けなくなります。この乗り移りがガラス転移です。
※ ガラス転移とは、液体が結晶にならないまま粘りを増し、固体のように振る舞いはじめる変化のことです。プラスチックやゴムでも起こります。
原子の並び方が液体そっくり
近所は整っているのに、遠くまで続かない
結晶は同じ並びが端まで繰り返されます。ガラスにその繰り返しはありません。隣り合う数個の原子までは規則的でも、少し離れると秩序が消えてしまいます。
X線を当てるとその差が出ます。結晶なら鋭い線が並ぶところ、ガラスはぼんやりした山になるだけ。この模様は液体を測ったときとよく似ています。
「過冷却液体が凍りついたもの」という説明
製造の説明としては、この言い方は正しいものです。結晶になり損ねた液体が、そのままの姿勢で動きを止めた——それがガラスの成り立ちだからです。
ただし「そのようにしてできた」と「いまも液体である」は別の話でした。生まれの説明が、現在の状態の説明として一人歩きしたわけです。
教科書から教科書へ受け継がれた
出どころははっきりしていない
いつ誰が言い出したのかは特定されていません。ドイツ語で書かれたガラスの熱力学の文献を読み違えたのが始まりとも言われますが、確たる証拠はないようです。
目に見える「証拠」がセットで語られた
この俗説が強かったのは、誰でも確かめられる物証がついていたからでしょう。教会へ行けば、下のほうが厚い古い窓が実際にはまっています。
「見ればわかる」話は伝わりやすく、疑われにくいものです。授業で使うにも都合がよく、教科書から教科書へ渡り歩きました。
常温のガラスは、実際どれくらい流れるのか

「まったく流れない」と「観測できないほど遅い」は厳密には違います。物理としては後者が正しく、そして後者の数字がとんでもない大きさになります。
数字にすると「止まっている」に等しい
中世の窓ガラスを実際に測った研究
2017年、オズグル・ギュルビテンとジョン・マウロが、ロンドンのウェストミンスター寺院にあった1268年の窓ガラスを調べました。米国セラミックス学会誌に載った論文で、常温での粘度は10の24乗から25乗パスカル秒と見積もられています。
この値は、それまで有力だった推定より16桁も小さいものでした。つまり「思っていたより流れやすい」と分かったうえでの数字です。それでも人の一生では何も起きません。
※ 粘度とは、流れにくさを表す量です。単位はパスカル秒(Pa·s)で、値が大きいほど動きにくくなります。
10億年で1ナノメートル
同じ研究チームの計算では、中世のガラスが動く距離は10億年でおよそ1ナノメートルでした。宇宙が生まれてからずっと流れ続けたとしても、進む距離は髪の毛の太さの数千分の一にも届きません。
身近な液体と並べると、桁の違いが見えてきます。
| 物質 | 粘度のおよその値 | 実感 |
|---|---|---|
| 水(20℃) | 0.001 Pa·s | こぼせば一瞬で広がる |
| はちみつ | 数 Pa·s | とろりと落ちる |
| ピッチ(瀝青) | 2.3×108 Pa·s | 数年に1滴落ちる |
| ガラス(常温) | 1024〜1025 Pa·s | 人の歴史では動かない |
「本当にゆっくり流れる固体」と比べてみる
90年以上続くピッチドロップ実験
オーストラリアのクイーンズランド大学には、1927年に始まった実験が今も置かれています。トーマス・パーネル教授が漏斗(ろうと)に入れたピッチ(瀝青・れきせい)が、何年もかけて1滴ずつ落ちていく様子を見せるものです。
ハンマーで叩けば砕けるほど硬いのに、放っておくと落ちる。8滴目が落ちたのは2000年11月28日で、そこから求められた粘度は水のおよそ2300億倍にあたります。
ちなみに9滴目は劇的でした。2014年、ビーカーを交換する作業中に台がぐらつき、しずくは自然に落ちきる前にちぎれてしまったそうです。
それでもガラスは桁が違う
そのピッチと比べても、常温のガラスの粘度は1000兆倍を超えます。「見た目は固体だが実は流れる」の代表格ですら、ガラスの前では俊敏な液体の側に回ってしまう計算です。
ピッチが1滴落ちるあいだに、ガラスは原子1個ぶんも位置を変えません。「流れる」という言葉を使うこと自体が、そもそも無理筋なのです。
では、古い窓の下はなぜ厚いのか

答えは物理ではなく、職人の手仕事のほうにありました。均一な板ガラスが当たり前になったのは、じつはごく最近のことです。
円板から切り出す作り方だった
吹いた球を開いて回す「クラウンガラス」
中世からの代表的な製法がクラウンガラスです。溶けたガラスを吹いて球にし、切り開いてから竿の先で高速に回します。遠心力で広がって大きな円板になりました。
できあがった円板は、竿を刺していた中心が厚く、外へ向かうほど薄くなります。ここから四角い板を切り出すのですから、1枚のなかで厚みに差が出るのは避けられません。
円筒を切り開く方法でもむらは残る
長い円筒に吹いてから縦に切り開き、平らに伸ばすやり方も広く使われました。手作業で伸ばす以上、厚みは場所ごとにばらつきます。
溶かした錫の上にガラスを浮かべて平らな板を得るフロート法が実用化されたのは、1950年代末のことでした。窓が均一になってからまだ70年ほどしか経っていません。
職人は厚い側を下にして納めた
重い側が下のほうが据わりがいい
中世の窓は、手のひらほどの小さな板を鉛の桟でつないで一面に仕立てるものでした。板の一枚ごとに向きを決められるわけですから、選択の機会は窓一つで何十回とあったことになります。
厚みの違う板をはめるとき、重いほうを下にするのは自然な判断です。座りが安定し、見た目にも落ち着きます。向きを決める一瞬に、手が勝手にそう選んだのでしょう。
厚い側が上や横を向いた窓もある
ここが決め手になります。実際の古い建物を見ると、厚い側が上や横を向いたままの板も残っているのです。
重力で垂れたのなら、例外なく下が厚くなっていなければ筋が通りません。ばらついているという事実そのものが、流動説をきれいに否定してくれます。
もっと古いガラスは変形していない
古代の器に「垂れ」の跡はない
コーニングガラス美術館で古代ガラスを研究したロバート・ブリルは、古代エジプトの容器に底が厚くなる傾向が見られないことを指摘しています。中世の窓より1000年以上も古い品々です。
薄い壁のガラス器は、板ガラスよりずっと変形しやすいはずでした。その器が形を保っているのですから、窓が数百年で目に見えるほど垂れるという話は成り立ちません。
豆知識——身のまわりのガラスと、まだ解けていない問い

ガラスは窓の中だけのものではない
黒曜石は天然のガラス
火山から噴き出した溶岩が急に冷やされると、結晶になる暇がないまま固まります。こうしてできるのが黒曜石(こくようせき)で、成り立ちは窓ガラスとほぼ同じです。
割ると鋭い刃ができるため、旧石器時代から刃物の材料として重宝されました。人類が最初に手にしたガラスは、工房ではなく火口から届いたことになります。
飴もガラスの仲間
砂糖を煮詰めて一気に冷やすと、結晶にならないまま透明なかたまりになります。べっこう飴が澄んで見えるのは、まさにガラスと同じ理屈です。
作りかけの飴が白くざらついてしまう失敗も、これで説明がつきます。冷やし方が足りず、砂糖が結晶へ戻ってしまったのです。
「ガラスとは何か」はまだ決着していない
物理学に残された大きな宿題
1995年、科学誌サイエンスが一流の研究者たちに「次の10年で取り組むべき問題」を尋ねました。ノーベル賞物理学者のフィリップ・アンダーソンが挙げたのが、ガラスとガラス転移の理論です。
彼はそれを「固体理論でもっとも深く、もっとも興味深い未解決問題」と書きました。窓に使われて2000年以上になる材料が、いまだに理論の側では手強い相手なのです。
2017年に提案された「凍った液体」という定義
エドガー・ザノットとジョン・マウロは、ガラスを「短い時間では固体に見えるが、たえず液体の状態へ向かって緩んでいく非平衡・非結晶の物質」と定義し直す提案をしています。
この見方では、ガラスの最終的な行き先は結晶化とされます。ただし、そこへ至る時間は宇宙の年齢を軽く超える長さです。日常のガラスが固体であることは、それで少しも揺らぎません。
窓のガラスが流れていないことは、けた違いの数字ではっきり示されました。けれど「ガラスとは何か」という問いのほうは、いまも研究者の手のなかにあります。片づいた問いと、片づいていない問い。教会の高窓には、その二つが同じ一枚のなかに収まっています。
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